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キコはイジメへの反撃を、むしろ楽しんでいた。
これまで泥棒されていた教科書やノート、筆記具等は全て肌身離さず、
トイレへ行くだけでも抱えて歩き、某猫型ロボットのポケットのように、何が飛び出すかわからない鉄製の工具箱を携えるほどの怪力。
授業中に消しゴムのかすを投げられても、身体に当たる前に下敷きでパッと払う反射神経。
しかも、体育の授業をサボって教室に残り、地面に落ちたその消しカスが誰の物か一人一人の筆入れを確認・特定して、そいつの消しゴムをカッターでみじん切りにするという荒業までやってのける。
今まで地味で目立たず、休み時間につるむ友人も皆無だった百重 キコの隠された能力ともいうべき大胆さと身体能力にクラス中が驚愕していた。
人目を気にせず、どうにでもなれと気丈に、派手に応戦してくる彼女に
私立中学故に退学も有り得るという危機感の中、ヒッソリとイジメを敢行したい輩たちは大凡一般的にテレビや漫画等で見るイジメの手法だと歯が立たないと考えたらしく、徐々に潮が引いていくように、いつの間にかその勢いを失っていく。
――賛善 舞美以外は、だ。
ヴァレンタイン前日の昼休み、キコはいつも通り体育館の中二階から伸びている、
誰も知らないであろう梯子を登った先の屋上にて、家政婦が持たせてくれた弁当を食べていた。
この学校には一年生から自由に利用できるカフェテリアが存在するが、それは建前に過ぎず、実際に出入りしているのは主に
"立場が上"と自称している生徒か、誰が見ても権力がある生徒のみであり、大半の者は家から弁当やパンを持ってきていた。
生徒の自主性を育むために昼食を食べる場所は自由、とされているので皆思い思いのエリアを陣取る中、
過去の憩いの場所――理科棟の裏が占拠された今、キコも新たな好みの隠れ場所を発見してここへ毎日通っているというわけだ。
勿論、二の舞を踏まないように、誰も自分を追いかけてこないのを確認したうえで。
二月の風は冷たかったが、日が照っていたのでそこまで寒くはない。今朝、新聞を読んでいた曾祖母が、桜の咲き始めた地域もあるらしいということを教えてくれた。
「ここにも、春が来るのでしょうか。」
キコは静かに呟く。
見下ろせば目に入る大きな枯れ木はソメイヨシノ。
この大木に満開の花が咲き、空の一部をピンクに染めるなんて、まるで魔法の様だ。
季節のサイクルは必ず訪れる、そんなことは理解しているが、じゃあ、誰が、何が、何の為にここへ春を運んでくるのだろう?(一年中冬、あるいは夏の国だってあるのに)
そして、そんな風に考えるのはやはり、ほんの2ヶ月前に出会った謎のちゃらんぽらん魔法使いの影響だろう。
キコは静かに笑った。
と、何者かがこの屋上に繋がる梯子を登ってくる気配がした。
ゆっくりと鉄に響く硬質な足音が響いてくる。
「あー、何か見た顔……運命の再会かよ。」
途中で足を止め、先客を確認する為に顔の半分だけモグラ叩きのモグラの様にヒョコっと出した状態で、その男は言った。
キコが身体を強張らせると、ニヤニヤしながら梯子を完全に登り切り、床に足を着けた男は続ける。
「なーんちゃってなんちゃって。この学校って禁煙だろ?隠れてあそこで――」と言いながら、彼は丁度この体育館の裏手に位置する、配電盤の陰になった小さな地面を指さした。
「吸おうと思ったらさ、ここで孤独にメシ食ってる奴メっけて。
興味本位で来たってワケ。」
「何で此処に、この学校に居るんですか。」
キコは言った。
「まさか、私たちが授業サボってたこと、今更言いに来たんですか。」
「あ?何のことだ……って、ああ。
チッゲーよ。晴の高等科進学について話し合いに来ただけですー。」
からかう様に男は語尾を伸ばし、口を尖らせた。
その大人げない様子に怒りを覚えるキコは、憎たらしい思いを堪える為に拳を力いっぱい握りしめる。
この人物は、本当に晴の言っていた通り"教授"という役職なのだろうか。
かの有名なバカ田大学ならその可能性も有り得るが……、と疑いの眼をキコが向けていると
何を勘違いしたのか教授はドッカリとキコの前に座り込み、弁当箱を遠慮なく覗き込んだ。
「おっ、なになにー、オマエん家はウィンナー蟹さんか!!」
あの弟子にして、この師かよ……!!!!!
キコは絶句した。
人のテリトリーに土足で踏み込む無遠慮さ
どこまでも馴れ馴れしい晴の態度はコイツ譲りだったのだ。




