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「ってことは、やっぱり認めて貰えてないんだね。頑張ろーっと。」
晴は前向きに捉えているようで、キコは困惑する。
「頑張る価値、なんてあるんでしょうか。
私は御覧の通り、不格好で面白みのない人間ですよ。
その……友達も、居ませんし。先輩のようなタイプと相性がいいとは思えませんけど。」
晴の眼を見据えて真っ直ぐに告げた。
「先輩なら、周囲を取り巻く人間も多そうですし、その中から友人も簡単に出来るでしょう。」
「ええー、そっから選択するの?でもそんなの面白くないんだもん。」
「そうですねえ。」
「独り暮らしだから?成績がいいから?利用しようとしている人間ばっかりで。
キコは、そんな期待を僕にしないでしょ」
「期待?先輩には……ないですねえ……」
「そうバッサリいかれると微妙なトコもあるけど。
そう、こんな風に気楽に軽口叩いたり、趣味とか
興味のあるものについてお喋りできる人が良いんだよ。」
晴は二コリと笑った。
それはまさしく、キコの理想としている友人関係にもピッタリくるもののような気もする。
「そんな仲間がいたら、確かに楽しそうです。」
キコは同意する。
「で、先輩の興味のあるものって何なんです?」
まるでお見合いか、と突っ込みたくなるような会話だが慎重に尋ねる。
「サッカーと、クイズ番組と一人旅?」
……どれも、キコの好みではない。
ギリギリクイズ番組か。
それも80年代から90年代にかけての、母から引き継いだビデオ録画に限定される。
『ショーバイショーバイ』や『100人に聞きました』、晴が知るはずもないだろう。
「私は、昔のテレビや映画が好きです。」
「昔って、モノクロ時代の?」
「それも含みますね」
「じゃあさ、お勧めおしえてよ!!
ちゃんと観るから、今メモするねー」
晴は通学鞄からペンとメモ帳を出して、いそいそとキコの告げる映画のタイトルを書きとる。
一生懸命書いている字はあまり上手くはないが、英語部分が筆記体であることにキコは内心驚いていた。
現在の中学生の学習課程では筆記体を学ばないからだ。
「……と、これくらいですかね。」
一通りお勧めのタイトルを列挙した後キコが言うと
晴はありがと、と笑って筆記具を片付け思い出したように言った。
「僕の住んでるマンション、知ってるでしょ?
あそこの近くのレンタル屋さん、品揃え良いんだー。」
「私もよく利用します。
あそこだと古典映画も多いので、先ほど言ったものは殆ど置いてあると思いますよ」
キコは渋谷でも一際大型面積を誇る店舗にピンときて答える。
「えー、じゃあさ、今度一緒に行こうよ!!」
「そうですね。」
キコは自分でも驚くぐらい、アッサリと返事していた。
それが一瞬前のこと。
時計を確認するとすでに授業終了の時刻になっており、このまま店に残って店員として働くという晴と別れて
キコは店を出た。
二月半ばの気温は夕方に近づくにつれて低下し続け、屋内との温度差を余計に感じさせる。
普段から水泳や筋トレをしているために多少寒さに強いキコも、黒いマフラーを鼻まで引き上げながら
コートの襟元をしっかり合わせて冷風の中を歩き始めた。
「ちょっと!!!!!!」
そこで、聞き覚えのない声に呼び止められる。
自分の事だと思いもしなかったので、そのまま無視をしようとすれば、もう一度。
「ちょっと!!!!!!あなたよ!!!!!」
「私です、か?」
何か落としたのだろうかと振り返ってキコは無駄に大声を出す人物の顔を確認し、気付いた。
「ああ。えっと、恋する……」
なんちゃら。
小声で呟いたのをしっかりキャッチして、恋する桃猫、もといeririnは発狂したように地団太を踏んで反論した。
「なんちゃら、じゃないわよ!!
ほんっと、ムカつくわね、聞いた通りよ。」
「はあ。その、噂通りムカつく人間に何か。」
「あなた、何なわけ?」
冬の凍てついた冷気には眩しいピンクのコートから、炎が出ているようにキコには感じられた。
「晴と、なに話してたわけ?」
「はあ。特には…」
キコはウンザリした表情で曖昧に答えた。
恐らく店の外から見ていたのだろう……この歓喜の中、何分?何時間?
ストーカーには苦い過去がある。こいつも晴のソレか、と思うと頭が痛い。
「あたし、晴のこと応援している中の一人なの。
その中でも立場が上で……あんたもそうなら、まずは話、つけなさいよね。」
勝手な説明をおっぱじめる女。
確かに、こんな人間ばかりが周りを取り囲んでいるのだとしたら、その中から友達を選ぶなんてことは絶対にしたくないとキコは思った。
「ちょっと誤解されてません?
私、応援なんてしてませんけど。」
「ッキー―――!!応援って言うのは、遠回しに言ってるの!!!!!!
つまり、つまり、」
「ファンクラブ、的な。」
猿の様に甲高く鳴く女に、キコは助け船を出してやる。
「そうよ!!!!」
ファンクラブ――――。
キコは昭和世代に数多く存在したと言われる、一般人のファンクラブが実際にあることに興奮を隠しきれずに言った。
「まだ、現存しているとは驚きですねえ。
会員証とか、バッヂとかあるんですか?…幻の天然記念物だと思っていました。
古い漫画や、昭和のアイドルを髣髴とさせま「はあ!?馬鹿にしないでよ!!!!!!!!」
キコの頬にビンタが飛ぶ。




