05
「知り合い、なだけです。」
キコが言うと、話しかけてきた女子の一人が
「じゃあ、なんで百重さんのこと待ってたのー?」と興味津々さを隠さずに聞く。
「さあ。よくわかりません。」
「でも、いきなりじゃんね?」
「そうそう、誰かに話しかけられても百重さんの靴箱のとこにいたし。」
「何か、約束でもしてたの?」
「していません。」
キコはいい加減鬱陶しさを感じながら、一限目の授業の準備を黙々と始めた。
憮然としたその態度から女子たちはもう何も引き出せないことを察して、散り散りに銘々の席へ戻る。
「昼休み、また先輩が来るかも。」
誰かが、浮足立った調子でそう呟いた。
キコはサッと青ざめながら、それは勘弁してくれ、と思うのだった。
しかし
当の人物は、やってきたらしいのだ。
"らしい"、というのは伝聞だからで、実際キコはその姿を目にしなかったから。
キコは給食を食べ終えるがさっさと逃げたのだった。
主に各教科の教材が収納され、準備室が連なる北校舎、柊館の裏が
キコが普段愛用している一人で落ち着ける場所で、簡素ながら
ベンチと木製のテーブルがある。
どうして誰も来ないのか、と不思議に思うくらい静かで穏やかな空間だった。
「百重さーん、どこいってたのー!?」
案の定、というべきか、午後からの授業開始時間スレスレになって戻って来たキコにクラスメイトが大声で話しかける。
「ペンを買いに、購買へ行っていました。」
自分の聖域を他人にバラすつもりの無いキコは嘘をついた。
「先輩待ってたよー」
「そうなんですか。」
サラリと返す彼女に拍子抜けした一同は、矢張り肩透かしを食らった表情で、もうそれ以上キコへ話しかけることはしなかった。
「……んだよ、調子のんなって。」
誰かが去り際にそう吐き捨てる。
キコはそれを聞き逃さず、自分がターゲットとなる試合のゴングが強かに鳴らされたことを確信した。
――ドラマでよく見る光景じゃないですか。
まさか、目立たず出しゃばらず生きてきた自分が、
あんな奇人によって表舞台へ上がらされるとは思いもよらなかった。
どうにでもなれ。
受けて立ちますよ。
キコは口の端を歪め、前髪に隠された碧い目を僅かに細めた。




