04
「ごちそうさまでしたー。じゃあまたねー!!学校でねー!」
門まで見送ったキコと曾祖母に対して、
晴は後ろを何度も振り返りながら歩き、手を振った。
暗闇の中で幽霊の様に映える髪の色がスッと塀の角に消えていく様が奇妙に思え、
キコは帰宅後から今まで、オバケか狐にでも化かされたような感覚で家に入った。
「それにしても、お婆様が知らない人間を家に入れるなんて、変わったこともありますね。」
「そうねえ、初対面の人を易々招き入れることは確かに感心しないけれど。
だって、あの子って楽しいじゃない。」
これもオニババの勘か、とキコは思う。
チャラい若者が豪邸に足を踏み入れてどうなるか、最悪の事態をこの曾祖母が、
想像しないわけがない。
それでも信用した根拠が、あのバカ満開の態度によるものならば、ある意味正解かもしれない。
「それにね、あの子、モモエのことを"ももえ君"って呼んだのよね。
名前を知ってるのもそうだけど、こんなリボン付きのリードしてて、この子をオスだと認識するってことは、本当にあなたに助けられたんだと思ったんだけど。」
「……まあ、それは嘘ではないです。」
そうだ。晴はモモエのことを"君付け"で呼んでいた。
飛びかかられた時か、倒れていたからか。どちらにしろ目ざとく性別を見定めていたのだろう。
若しくは、モモエが自分で(喋って?)晴に教えたか、だ。
「また、学校で会ったらよろしく伝えておいてね。
いつでも家に来てもらっていいから。」
曾祖母の言葉を受けて、キコは静かに「はい」と返事をした。
******
キコは体力作りもかねて、学校の最寄りの駅から二駅手前で降りて徒歩で通うのを日課にしていた。
東京の駅の間隔はそう離れていないので、通学費の節約にもなって丁度いい。
それに色々な裏道や回り道を知るのも楽しかった。
新たな建築物や季節によって変わりゆく景観、それらを見ていると飽きない。
なので、学校に到着する時間が定まらず、遅刻こそしないが、ギリギリになってしまうこともたまにある。
――今日も、少し遅れてしまいました。
キコは右手の時計を見ながら、校門から靴箱への道を急ぐ。
しかしそこへ近づくにつれて、なんだか不穏な空気が漂っていることに気が付いた。
誰かが倒れて、運ばれでもしたのだろう。
最近インフルエンザが流行っていて、先日も3名ほどクラスメイトが休んだと聞いた。
キコはマスクを付けてこなかったことを少し後悔しながら自分の靴箱にたどり着く。
「おはよう。」
そこに待ち構えていたのは、昨晩いきなり家に押しかけてきた晴だった。
「ああ。おはようございます。」
キコは冷めた目でチラリとその姿を確認した後、上履きに履き替えて足早にその場を去ろうとした。
「えー、待って待って!」
無駄にデカい声で追いかけられながら、キコは無視して教室へ入る。
その時丁度始業5分前を告げるチャイムが鳴り響いた。
流石に晴もそれに従うしかないらしく、自分の教室へ帰っていく。
「百重さん!美野和先輩と、知り合いなの!?」
3学期になった今の今まで、一言もプライベートな会話をしたことがないクラスの中心人物の一人が、
興奮を隠しきれない面持ちで近づいてきた。
それに続いて、まるで飴玉に群がるアリの如く、似たような風貌の女子たちがキコの座席を我先にと取り囲んだ。




