03
「私を、探しに、ですか?」
キコは正座して問いただす。
「そう。あの時のお礼もまだだったし。
モモエ君くらいの大きさの犬を散歩させてるってことは、多分持ち家でしょ。
しかも毛並みが良くてトリミングを念入りにさせてるよね。
で、僕の住むアパートまで散歩に来るってことは、距離的にもきっとこの住宅街界隈にすんでるんだろうなーって、目星付けてたまにバイト帰りにウロウロしてたんだー。」
先ほどまでとは打って変わって、
急に台本を読んでいるかのように論理的なことを喋り出す晴に違和感を覚えながら、
キコは率直な意見を述べた。
「不審者丸出しだったでしょうね。」
「あはは、でも通報される前に、おばーちゃんがモモエ君をお散歩させてるのに出くわしたんだよね。」
ねー、と言いながら晴は、曾祖母に向き直って首を曲げながら同意を求める。
「そうなのよ。ちょっと気が向いて近所まで、と思って出たらね。
"あー!!"って、凄く驚かれて。
で、話を聞くと、クリスマスにあなたに助けられたとか言うじゃありませんか。」
「助けた、だなんて、そんな。」
「あの日何かあったのかと思っていたら…立派なことをしましたね。」
助けた経緯や、その内容を何処まで話したのかと考えて戸惑うキコに、
曾祖母は優しく微笑む。
「うんうん。でも、僕と同じ学校だなんてほんと知らなかったよー!
っていうか、背も高いし落ち着いてるし、年上だと思ってたら下だったんだね。」
制服の襟元に付けることが義務付けられている、学年ごとで色が異なる校章ピンバッヂを晴は見詰めながら言った。
「この子は、他人に対して少し、身構えてしまう所があるから。
ちょっと取っ付きにくいかもしれないんだけど。
――でも晴さん、今後も仲良くしてやってね。」
曾祖母の発言に対し、キコは咄嗟に反論しようと口を開けた。
仲良く!?絶対に不可能だ、と。
見てくれも中身も趣味嗜好もまるで合致しそうにないこの対照的な相手と、
さあこれからオトモダチになりましょ、と言うのは無理難題すぎる。
キコは晴と仲良くするなら後10倍の寛容さと優しさが必要だ、と考え、
そしてそれは努力して10年は経たないと絶対に手に入れられそうにない。
しかし晴は机の中心に置かれたミカンを剥きながら、
どこをどうやったのかアーティスティックな鶴の形にしながら言うのだった。
「だよねー、僕も、キコと仲良くしたいって思ってた。」
「じゃあ、話が早いわよ。晴さん独り暮らしなんでしょう、家で夕食食べていきなさいな。」
「えー!良いの!?僕、魚の煮物大好き!!」
お婆ちゃんっ子気質に人懐っこさを大炸裂させて、晴はまんまと百重家に入り込んだ。
台所で支度をする家政婦へ料理の追加を頼みに退室した曾祖母の背中を確認して、
キコは犬なら唸り声を上げそうな不機嫌さで問いかける。
「……これも、魔法なんですか。」
晴はミカン製の鶴の最後の仕上げに取り掛かりながら呟いた。
「何のこと?」
「だから、何が望みで、ここまで来たんですか。」
「さっきも言ったけど、僕は仲良くなれそうな人を探してたんだよ。」
「その能力、誤作動してるようですよ?
私、あなたと仲良くなれるなんて微塵も思えないんですけど。」
「……わかった、じゃあ僕が努力する。
キコとお喋りしてると、凄く楽しかったんだもん。」
晴は溜息を吐きながら答えた。
「良いでしょ、嫌われたら近寄らないから。」
「まあ……現段階では、嫌い、とまではいかないです。」
キコは、ストーカー瀬野宮のギラギラ眼玉を思い浮かべながら言った。
あと、何故か晴とのファーストコンタクト時に一緒にいた、
ピンクのコートの女の顔を思い出そうとしたが、それは煙の向こうの水墨画の様におぼろげに、
記憶の渦に巻かれている。
「"現段階では"、かぁ。」
晴は面白そうに笑いながら、ミカンを口にいれた。




