12
「パソコンも、ケータイも、ペンもカメラもアレも触れなくしてやる。」
口端にいかにも悪役な笑みを湛え、桐野が足首を好き勝手動かしながら悪魔のようなことを口にする。
のを止めるでもなく、曾祖母は呟いた。
「そうねぇ。泥棒は腕を切ってしまうって言うのは、何の話だったかしら。」
「……イスラムのハッド刑ですね。」
キコが答えると、曾祖母は頷いて、瀬野宮両親へ尋ねる。
「お互い寒いですし、さっさと片を付けたい所ですね。
私もね、こんな年ですけど最近のニュースなんかは見ていて、
ストーカーの再犯率の高さくらいは知っているつもりなんですよ。
現にこうなってしまった今、息子さんをただ遠くへ追いやるだけでは確かに納得できません。
そこで。矢張り然るべき所に報告して、刑罰を受けていただくか……」
この言葉を聞いて、母親がヒィと声を上げ、両の掌を組んで祈りを捧げる格好をした。
「――息子さんを、手放すか。どちらかお選び下さいませ。」
「「「手放す――?」」」
瀬野宮家の面子が一斉に同じタイミングで同じ言葉を発したのを聞いて、
これがファミリーの団結力かとキコは笑いそうになった。
しかし、それもあと数分で脆く壊れる。
キコにはこの先の顛末が解っていた。
「誤解しないでくださいね。
勿論、息子さんの生命をどうしようとかいう訳ではないんですよ。
只、このね、うちの警護をしてくれている桐野と水門の知人に、息子さんのような人材を求めている方がいらっしゃって。」
「ああ。良いですね」
曾祖母の科白に水門がピンと来たらしく頷く。
「体格もいいし。33歳……だったわよね。年齢はギリギリかしら?」
「いけるでしょう」
「保険や、厚生年金も出るんですって。」
「それはつまり。うちの愚息に、職を世話していただけるという事でしょうか。」
父親が控えめに聞き、曾祖母は微笑みながら頷いた。
瀬野宮ほどの家柄の、長男ともなればコネで職ぐらい何とかなりそうなものだが、
このスト―カーはそんな恵まれた立場にいながら高校中退、以後引きこもりのベテランとして好き勝手やっているのだ。
島根に流されてもそんな生活を送っていたのだろうことは子供のキコにすら容易に想像できる。
もう家族全員、彼を世間から隠す、という簡単で短絡的な方法に逃げてしまっていたのだろう。
息子の未来を見放していて、体の良い厄介払いの道があるなら喜んでそれを選ぶに違いない。
「ただし、逃亡厳禁。なので親御さんがここで決断され次第、
うちら二人に引き渡してもらうことになりますが。」
桐野が冷たく言い放つ。
瀬野宮の父親は、静かに妻の方へ視線を移した。
ヒステリックさはナリを潜め、息子の背中に縋る体勢のまま彼女は、
数秒考えた後、夫と見詰め合い、そして二人同時に頷く。
「よろしく、お願いします。」
父親が恭しくお辞儀をしたのを見て、
ビクッと、瀬野宮息子の全身が跳ねる。
「…そんな、え、俺を売るのかよ…」
「お前がしてきた事に対する尻ぬぐいはもう……
今まで甘やかしてきたのが悪かったんだ。
朱鷺親、百重様のお知り合いの方に、根性叩き直して貰え。」
何とか力を込めて肘を立て、伸ばした手を振り払う様にぴしゃりと父親からそう告げられ、
息子は気絶した。




