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「血縁的には、ひ孫ですが。養子縁組をしたので戸籍上の娘、という事になります。」
キコはここで初めて二人に話しかけた。
一礼して名前を告げる。
「その際、百重 キコと改名もしております。お久しぶりです。」
夫婦は呆気に取られてキコの全身を、無礼さも忘れて嘗め回す様に眺めるのだった。
しかしそんな視線をキコは責めるつもりはない。
余りに様変わりした彼女を見て、驚かない人間がいないという事は容易に理解出来る事。
中学校に進学するにあたり、身長が急激に伸びて165cmになり、
一番の特徴だった巻き毛の金髪は黒くなってストレートに変わり、
吸い込まれるように澄んだ碧眼も長い前髪に隠されている。
おまけに真珠のようだと評されていた白い肌はニキビと吹き出物に覆われていて、一時期ネットを賑わせていた
"ロリコンホイホイ""地上に現れた最後の天使"の面影は、今の彼女には微塵も残っていないのだから。
恐らく目の前の人間たちも、自分の事を曾祖母の家政婦か何かだと勘違いしていたのだろうとキコは思う。
「あ……、私たち、全く気付かなくて…その……」
「構いません。」
口元に指先を当て、謝罪しようとする母親へ、キコは軽く片手を上げてそれを制した。
「お宅の息子さんをこんな風にしてしまったのは私にも原因の一端がありますし。
今はこうして反撃も出来るので。」
毒々しい笑みを湛えて言うキコに何も返す言葉がなく、夫婦は無言で頭を下げる。
「……うそ、だ……」
しかし、黙っていなかったのは、当のストーカーだ。
「ときこ……ときこを……隠してるんだろ、どっかに……」
立ち上がれないものの、ブルブル身体を震わせて瀬野宮は唸る。
「出せよ…、俺のときこ……」
桐野がポケットに手を入れながら嘲笑って呟いた。
「いねーよ。オマエのなんて。」
「そんな、はずっ、な゛いぃ…、こんな、こんな女が、ときこだなんっ、ぞんなぁ…」
瀬野宮は蹲ったまま拳を握りしめてグジュグジュと泣いていた。
「奥様、このまま此奴を野放しにするのは納得いきません。」
そんな瀬野宮の無残な姿を見て、普段あまり喋ることのない水門が祖母と、この場にいる全員へ告げる。
「此奴のズボンのポケットに入っていたモノです。」
そう言って手袋をした手に握られているのは、小型の金槌とスタンガン、一昔前に流行ったバタフライナイフだった。
「スタンガンは改造して威力を強めてあります。
そして、表に停まっていた不審な車も此奴の持っていたキーと合致しました。
其処にはロープやその他危険物も。余りに悪質です
恐らく、瀬野宮はお嬢様を誘拐しようと企てていたのでしょう。」
「となると、ストーカー、家宅侵入、飲酒運転、銃刀法違反、婦女暴行…これは未遂。
に、誘拐未遂。犯罪の連チャンだな。」
面白がるような桐野のその言葉を聞いて、発狂したように母親はストーカー息子へ飛びかかると
キコがぶっ放した水が冷気により氷の粒になって張り付いている背中を、ヒステリックに殴りながら叫んだ。
「アンタはっ!!!!!どうして!!!!!!どうして、私たち家族の!!!!!!
人生を!!!!滅茶苦茶にするのおおおおおお!!!!!!!!!」
息子は体力が無いせいか、抵抗しない。
ただ、されるがままに丸まって、拳を握り、まだ小さく「嘘だぁ…」と言い続けていた。
「まだ言ってる。マジこいつキケンだと思いますわ。」
桐野は言って、半狂乱を続ける母と息子へ近づくと、黙らせるように足を踏み下ろした。
「アッぐうう!!!!!!」
瀬野宮の肉付きの良い指がその下敷きになっており、母親も息子の絶叫に驚いて動きを止める。
硬い革靴の底でギュリギュリと指をつぶす様に踏みつけ続ける桐野から逃げようとするが、
一ミリも手を引けない瀬野宮は縋るように父親を見上げた。
しかし、父親は棒立ちになったまま、ばつが悪そうに目を背ける。
「そうね……だからと言って、警察は何もできないでしょう?
拘置所に入れても、たかが知れた年数だわ。」
曾祖母が溜息まじりに言った。
「此奴が持ってきたアレで、二度とお嬢様に手出しできないように色んなモン切り取りましょうか。」
「ヒィイイイイ!!!!」
「どうせ、ロクな使い方してねーんだろ!!!」
青ざめる瀬野宮の手に、笑いながら桐野が倍の力を掛けた。




