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僕だけが見てるきみ

作者: 狐塚冬里
掲載日:2016/12/02

「まーた、待ってたの?」


 うん、と頷くと、彼女は「きみもしつこいなあ」と笑った。


「毎日待たれても、わたしはきみの彼女にはなれないよ?」

「知ってる」

「知ってても、待っちゃうんだ?」

「それくらいしかできないからね」

「変な人」

「暇なだけだよ」

「うわ、暇つぶしって言われた。もうちょっとがんばって口説こうよ」


 がんばっても報われないのは、僕が一番よく知っている。

 それでも毎朝、こうして彼女を待ってしまうのは半分が惰性で、半分が情みたいなもの。


 彼女の視線が僕の足下に落ちた。

 居心地の悪さを感じて、置いてあった鞄を少し蹴る。

 地面を擦る音が聞こえた気がした。


「毎日待ってて、飽きない?」


 僕が待っていることを知っていても、彼女は来る時間を変えたりしない。

 毎朝、8時30分きっかり。

 たまには、遅れてもいいのに。


「飽きないよ」

「じゃあ、疲れない?」


 手袋をはめた手を両方腰にあて、彼女が首を傾げた。


「疲れない」


 ちっとも。まったく。

 きっとこれからも、疲れることだけはないだろう。


 僕と彼女が立ち話をしている横を、彼女と同じ制服を着た子たちが通り過ぎて行く。

 短いスカートから覗く素足が眩しい。


「せっかくわたしとしゃべってるのに、よそ見しちゃうんだ」

「え、あ……ごめん」


 反射的に視線を彼女の足に移すと、


「えっち」


 太ももを茶色いバッグで隠された。

 紺色のダッフルコートから出ている足は、透けるほどに白い。


「そういうんじゃなくて」

「うそだあ」

「ほんとに。……寒そうだなって思っただけ」

「寒いよ」


 寒いなら、なんでそんなにスカートが短いの。

 心の中でだけ言いながら、寒くもないのにマフラーを口元まで引き上げる。



 一瞬の沈黙。



「あの……」


 今日こそは言おうかな、と口を開きかけた。

 彼女の……少し茶色で、黒目がちで、無邪気な目が、僕を見る。


 その目で見つめられると何も言えなくなって、首を横に振った。


 「なんだ、またなの?」とでも言うように、彼女が吐息をつく。

 その吐息は、白く色づかなかった。


 今日もまた、言えなかった。



 でもきっと──終わりは勝手にやってくる。



「それじゃ、そろそろ行くね。きみものんびりしてると遅刻しちゃうよ」


 数歩進んでから、彼女がくるりと振り返った。

 長いポニーテールが、大きく揺れる。


「明日も……いる?」


 明日は、どうかな。


 そう答えると、彼女は少しだけ不満そうな顔をした。


「いつもそれだね」


 だって、明日のことはわからない。


 僕にも、彼女にも。


「結局、いるくせに」


 笑う彼女に合わせて、僕も笑った。

 笑うことが正解なのかも、わからないまま。


「じゃ、また明日」


 今度こそ走り出した彼女の背中に、手を振った。


 ──また、明日。


 僕にはその言葉が口にできないから、彼女の背中が消えるその時まで、手を振り続けた。

 彼女は今日も、校門をくぐることができずに朝の光の中に消えて、溶けた。


 さて、と置いていた鞄を持ち上げる。

 カサリ、という音に足元を見ると、風で花束が道端に転がり出ていた。

 拾おうともせずにただ見つめていると、通りがかった女子高生が花束を元の角に置き直す。


「え、触って大丈夫? 呪われたりしない?」


 友だちらしき子が、ひそひそと言った。

 献花を置き直した子は、それに少し悲しそうな顔をする。


「大丈夫だよ。……ここで亡くなった子、隣のクラスの子だったし」

「あ、そうだったんだ……。なんか、ごめん」

「ううん」


 彼女と同じ制服を着た子たちが、ゆっくりと僕を通り過ぎていく。


 5分でも遅く家を出ていれば、僕と立ち話なんてしていなければ。


 彼女は、明日も学校へ行くのだろうか。

 誰にも、見えもしないのに。


 彼女が学校へ行くのなら、僕もここでいつものように待とうと思う。



 それが、きみだけが見てる僕に、できること。



「ここで死んじゃったのって、女の子だっけ?」

「うん。それと、一緒にいた男の子も」



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― 新着の感想 ―
[一言] 二人の「終わってしまった日々」が続いて欲しいような、終わって欲しいような…… どちらが良いと安易には言えませんね。 この時間は後どれだけ続くのか……。
[良い点] ラストが意外でした。 あらすじとかを読んで、てっきり幽霊は片方だけだとばかり・・・! [一言] どちらも既に亡くなっていることを念頭に置いて読み直すと、最初の会話がすごい切ないものに感じら…
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