僕だけが見てるきみ
「まーた、待ってたの?」
うん、と頷くと、彼女は「きみもしつこいなあ」と笑った。
「毎日待たれても、わたしはきみの彼女にはなれないよ?」
「知ってる」
「知ってても、待っちゃうんだ?」
「それくらいしかできないからね」
「変な人」
「暇なだけだよ」
「うわ、暇つぶしって言われた。もうちょっとがんばって口説こうよ」
がんばっても報われないのは、僕が一番よく知っている。
それでも毎朝、こうして彼女を待ってしまうのは半分が惰性で、半分が情みたいなもの。
彼女の視線が僕の足下に落ちた。
居心地の悪さを感じて、置いてあった鞄を少し蹴る。
地面を擦る音が聞こえた気がした。
「毎日待ってて、飽きない?」
僕が待っていることを知っていても、彼女は来る時間を変えたりしない。
毎朝、8時30分きっかり。
たまには、遅れてもいいのに。
「飽きないよ」
「じゃあ、疲れない?」
手袋をはめた手を両方腰にあて、彼女が首を傾げた。
「疲れない」
ちっとも。まったく。
きっとこれからも、疲れることだけはないだろう。
僕と彼女が立ち話をしている横を、彼女と同じ制服を着た子たちが通り過ぎて行く。
短いスカートから覗く素足が眩しい。
「せっかくわたしとしゃべってるのに、よそ見しちゃうんだ」
「え、あ……ごめん」
反射的に視線を彼女の足に移すと、
「えっち」
太ももを茶色いバッグで隠された。
紺色のダッフルコートから出ている足は、透けるほどに白い。
「そういうんじゃなくて」
「うそだあ」
「ほんとに。……寒そうだなって思っただけ」
「寒いよ」
寒いなら、なんでそんなにスカートが短いの。
心の中でだけ言いながら、寒くもないのにマフラーを口元まで引き上げる。
一瞬の沈黙。
「あの……」
今日こそは言おうかな、と口を開きかけた。
彼女の……少し茶色で、黒目がちで、無邪気な目が、僕を見る。
その目で見つめられると何も言えなくなって、首を横に振った。
「なんだ、またなの?」とでも言うように、彼女が吐息をつく。
その吐息は、白く色づかなかった。
今日もまた、言えなかった。
でもきっと──終わりは勝手にやってくる。
「それじゃ、そろそろ行くね。きみものんびりしてると遅刻しちゃうよ」
数歩進んでから、彼女がくるりと振り返った。
長いポニーテールが、大きく揺れる。
「明日も……いる?」
明日は、どうかな。
そう答えると、彼女は少しだけ不満そうな顔をした。
「いつもそれだね」
だって、明日のことはわからない。
僕にも、彼女にも。
「結局、いるくせに」
笑う彼女に合わせて、僕も笑った。
笑うことが正解なのかも、わからないまま。
「じゃ、また明日」
今度こそ走り出した彼女の背中に、手を振った。
──また、明日。
僕にはその言葉が口にできないから、彼女の背中が消えるその時まで、手を振り続けた。
彼女は今日も、校門をくぐることができずに朝の光の中に消えて、溶けた。
さて、と置いていた鞄を持ち上げる。
カサリ、という音に足元を見ると、風で花束が道端に転がり出ていた。
拾おうともせずにただ見つめていると、通りがかった女子高生が花束を元の角に置き直す。
「え、触って大丈夫? 呪われたりしない?」
友だちらしき子が、ひそひそと言った。
献花を置き直した子は、それに少し悲しそうな顔をする。
「大丈夫だよ。……ここで亡くなった子、隣のクラスの子だったし」
「あ、そうだったんだ……。なんか、ごめん」
「ううん」
彼女と同じ制服を着た子たちが、ゆっくりと僕を通り過ぎていく。
5分でも遅く家を出ていれば、僕と立ち話なんてしていなければ。
彼女は、明日も学校へ行くのだろうか。
誰にも、見えもしないのに。
彼女が学校へ行くのなら、僕もここでいつものように待とうと思う。
それが、きみだけが見てる僕に、できること。
「ここで死んじゃったのって、女の子だっけ?」
「うん。それと、一緒にいた男の子も」