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銀の魔銃は少女のために  作者: TSO
1/5

開幕の悪夢

昔に自分が書いていた作品の改稿版です。

更新は遅めになりますが、どうぞ宜しくお願いします。

 ◆◆◆


 “悪夢”を……見たことがあるだろうか。


 多くは、その問いに『イエス』と答えるだろう。

 寧ろ、問いの初めに『どの様な』という一文が付け加えられていない以上、首を横に振ることは難しい。

 では逆に、“悪夢”と言われた時、人はどの様な内容の夢を思い浮かべるだろうか。

 それこそ人によって千差万別、様々な形の悪夢を思い浮かべる事だろう。


 ではその悪夢の中で、以下に表記する内容のモノに心当たりはないだろうか。


 何も無い暗い空間を、ただ必死に走り続けている。

 初めは、自分が何故走っているのかも分らない。

 だがそこで、何か恐ろしいモノに追われている事実に唐突に気が付く。

 余りの恐怖に脈拍は上がり、呼吸は乱れ、焦りは加速度的に増して行く。

 それまで軽快に動いていた筈の足は、ぬかるみに嵌ったかの様に重くなり、やがて踏み出すことすら困難に成る。

 にも関わらず、背後から迫るモノの気配は徐々に大きくなり、相手の姿を確認したくても、逃げ出したいという焦りから背後を振り向く事すらままならない。

 そして、追い付かれた思った次の瞬間、人は荒い息と共に寝床から跳ね起き、漸くいつもの日常へと帰るのだ。


 俗に、〈追われる夢〉と呼ばれるモノである。


 ソレは定番と言っても過言ではない、何ら珍しくも無い悪夢。

 中には追われている最中に、ソレが夢であると気が付く者もいるだろう。

 それ程までに見慣れた、ごく一般的な悪夢の一つ。

 故に、その時の“彼”は、自身の身に起こっている出来事を、“只の悪夢”と割り切る事が出来た。


 そう……出来てしまったのだ。




 ◇◇◇


 ――夢を見た。


「ハァ! ハァ! ハァ!」


 暗い場所を、ひた走っている。


「ハァ! ハァ! ゥンッ……ハァ!」


 カラカラに渇いた口とヒリ付く喉が、今は水よりも空気を欲しがっている。

 肺が酸素を取り込み、酸素を乗せた血液を心臓が体中の細胞に送り出す。

 細胞に取り込まれた酸素は燃焼し、運動エネルギーへと変換され、体の温度を上げていく。

 だがその反面、全身から流れ落ちる汗は、何故だがとても冷たく感じられた。


「ハァ! ハァ! ウッ、ゴホッ!」


 一度の咽。たったそれだけで、運動機能の大幅な低下を実感する。

 膝からは急激に力が抜け、体は鉛の様に重くなり、それまで感じていた痛みと苦しみがハッキリと自覚出来る様に成った。


「ハァ! ハァ! な、なん――」


 それでも、俺は走るのを止めない。


「――何なん、だよぉ!? ハァ! アレ一体、何なんだよぉ!? ハァ!!」


 背後から迫る途方もない恐怖に背中を押され、悲鳴を上げる本能が、まるで牽引するかの様に俺の足を前へ進ませる。


「ハッ! ハァッ! ゼハッ……!」


 心臓も肺も、爆発する程の勢いで外から酸素を取り込むも、疲労の蓄積した筋肉相手には、まるで供給が追い付かない。

 暗い場所を走っている筈なのに、酸欠を引き起こして朦朧となった意識は、徐々に視界と思考を白く染め上げていく。

 耳の内側で轟々と唸る血の濁流と、自身の荒れた息づかいが、外側から入る音を拒絶し、意識が身体から切り離されていく感覚に陥る。


 なのに――


『ア゛ァァーーーーッ』

「ヒッ!!」


 ――時折背後より聞こえてくる、人でも獣でもない、なんとも不快な“アイツ”の叫び声だけは、まるで鼓膜に突き刺さる様に耳と意識に飛び込んでくる。


 どうやら“アイツ”との距離が、また少し縮まってしまったらしい。


「ヒ、ヒグッ! ハァハァ!!」


 怖くて怖くて仕方ない。

 兎にも角にも、何が何でも、“アイツ”から逃れる事ばかりが、僅かに回る思考を独占していく。


 何をしたって構わないと思った。

 泣き叫んで助けを求めたってよかったし、土下座してみっともなく命乞いをしてもよかった。

 無様な手でも卑怯な手でも、この現状から抜け出せるのなら、矜持も義理も恥も誇りも投げ捨てて、人として最低の行為すらやってのけようとすら思えてしまう。

 それ程までに切迫した、戦々恐々とした状況、絶望。


 だが、そこまで追い詰められていて尚――


「ハーッ! ハーッ!」


 ――俺の両腕は、その内側に抱える“コイツ”を放り出そうとはしなかった。


『ア゛ァァーーーーッ』


 その叫びは、まるで『置いていけ』と言っている様に聞こえた。


 もしかしたら、俺を追ってくる“アイツ”の狙いは、俺が抱えている“コイツ”なのかもしれない。

 そして“コイツ”の存在は、確実に俺が“アイツ”から逃げる為の妨げと成っている。

 初めは軽いと思っていた。が、恐怖と疲労に笑い出した膝では、もう真っ直ぐ進む事は愚か、“コイツ”を抱えてまともに立つ事すら難しい。

 なら、迷う必要なんてない。今すぐ“コイツ”を放り捨てて、その軽くなった体で、何処へなりと逃げ出せば良い。

 それが、この状況から抜け出すことのできる最善手の筈だ。


 それだけの、たった、たったそれだけの事なのに――


「い、嫌……だ!」


 ――俺の手は、“コイツ”を放そうとはしなかった。


 “アイツ”から逃げる為の邪魔にしか成らない“コイツ”を、何故かいつまでも大事に抱えてる。

 その時の俺は、この腕の中の重みと温もりを失うことを、何故か背後に迫る“アイツ”以上に恐れてた。

 果して、それは何故なのか、如何してなのか……。


 だが、そんな自問に答えを出す間もなく――


『ガア゛ア゛ーーーーッ』

「――ッ!!!」


 ――“アイツ”の叫びが、今迄で一番近くに聞こえた。


 背筋を這い上がる“アイツ”の気配を間近に感じ、俺は焦りよりも一瞬上回った恐怖に負けて、反射的に視線を背後へと向けてしまった。


「………ぁ」


 ガラス玉のような赤い目が。

 異様に大きいくちばしが。

 夜闇に映える黒い体が。

 振り上げられた、鋭く長い鎌のような鉤爪が。


 もう、直ぐ、ソコに…………在った。


「ガッ!!!」


 鋭く風を斬る音に続き、今迄感じた事のない衝撃と強烈な熱を背中に感じ、俺はその場にアッサリと崩れ落ちた。

 直後、視界の上下が何度も入れ替わり、あらゆる方向からの衝撃が全身を襲う。

 やがてそれが完全に止まると、俺はやっと自分が坂の上から転げ落ちたのだと理解した。

 だがそれでも、俺は腕に抱えたままの“コイツ”を離さなかった。


「ハァーー……ァーー……」


 もう、体は動かない。完全に力が尽きてしまった。

 背中は燃える様に熱いのに、体内から力と熱が急激に抜けて行くのが解る。

 さっきまでの荒々しい息遣いは一気に細くなり、指は愚か眼球すら動かす事が億劫に感じる始末。


「ア……ァ……」


 徐々に薄れていく意識の底で、微かに残った本能が、『それは駄目だ』と叫んでいる。


 ……可笑しな話だ。


 これは“夢”の筈なのに。

 目を覚ませば、全部きれいに無くなってしまう筈なのに。

 追ってくる“アイツ”も、倒れた自分も、流れ出る涙も血も熱も、いつの間にか腕の中から這い出して、俺を見下ろしている“コイツ”の顔も。

 そして、その澄んだ星空の様な瞳の輝きも、全部夢の筈なのに。なのにそれらは、まるで全部本当で、本物で、現実で……。


 でもその時、自分の唇に触れた、ほんの僅かな温もりが――コレが、ただの夢だと教えてくれた。


『ギア゛ア゛ア゛アアアアーーッッ!!!』


 絶叫。

 轟音。

 閃光。

 衝撃。


 朦朧とした意識の最中、夢は最後まで覚めることなく、終わって…………消えた。




 ◇


 背後で水の流れる音がする。


「あ゛~~…」


 ついさっきまで二階のベットで寝ていたんだが、妙な悪夢に叩き起こされた俺は、それが夢だった、夢でよかったと安心するのも束の間――いや、実際には“ツカノマ”の“ツ”の間もなかった。

 直後、猛烈な吐き気に襲われ慌てベットから飛び出し、それは無様に転がりながら、一階のトイレへと駆け込んだ。


 お陰で部屋や階段を吐しゃ物で汚す事はなかったが、体中が痛い。

 心身ともに最悪な朝だ。


(まったく。春麗らかな朝の日差しを、なんだってトイレのドアに寄り掛かって浴びねばならんのか)


 トランクス一枚の姿でトイレの前に座り込む俺。


 良く覚えてないが、どうやら昨日はこの格好のままベットに潜り込んだらしい。

 季節はまだ春先で肌寒いと言うのに、我ながら一体何を考えていたんだか。

 胃の中身はなくなって多少スッキリとはしたが、それでもまだ頭が重たい気がする。

 もしかしたら、風邪でも引いたのかもしれない。


「ヨッ、と」


 立ち上がり、洗面所へと向かう。

 目眩というか立ち眩みというか、少し体がふら付くが、顔を洗えば今より多少はマシに成るだろう。


「ふぅ……」


 洗面所で口を濯ぎ、顔を洗って視線を鏡へと向けると、いつもより冴えない自分の顔が映っていた。


(……何だったんだ、あの夢)


 細かな内容は殆ど覚えていないのだが、自分が何かに追われていて、ソレから必死に成って逃げていた事は覚えている。

 そして、最後に背中に受けたあの衝撃と熱も、割と鮮明に思い出せる。

 実際、今でも背中にその余韻が残っていた。


「よ、っと……」


 体と首を捻り、何とか鏡に映した自分の背中を見てみたが、別段そこに何かが在るという訳じゃない。

 キズもなければ痣もない、いつも通りの自分の背中が鏡には映ってた。

 あ、いや、普段から自分の背中なんか見ていないから、“いつも通り”と言うのは語弊があるかもしれない。

 とにかく、背中には特にこれと言った問題は見当たらなかった。


「ま、そりゃそうか」


 なにか妙にリアルで生々しい夢だったが、所詮は夢だ。現実の筈がない。

 もしアレが現実だったなら、自分は今こうしてしれっと生きてはいないだろう。

 顔を洗ったお陰か、気分の方も大分スッキリとしてきた。

 どうやら風邪は引いていないみたいだが、肌寒いのでとっとと服を着ることにする。


(でも、何だってこんな格好で寝てたんだ? 普段なら寝巻き用の部屋着を着て寝る筈なんだけど)


 気になって昨日の事を思い返してみるが、どうにもよく思い出せない。

 酒でも飲んで、ソレすら忘れるほど酔っ払ってしまったんだろうか?

 そうでなければ、この歳で痴呆でも患った――とは考えたくない。


(確か、夕飯を食おうと思って――)


 夕方に近所のコンビニにまで弁当を買いに行った事は覚えているが……はて、その後はどうしたんだったか?


(それで、公園の中を通ろうとして――)


 リーーン……


「……ん?」


 不意に、何処からか小さな鈴の音が聞こえてきた。


 風鈴にしてはまだ時期が早いから、近所の誰かが猫でも飼い始めたんだろうか?

 でもこの辺り、ペットを飼っている人なんて居ない筈なのだが……。


「つか寒い。早く服着よ」


 取り合えずそこで思考を打ち切り、俺は二の腕を擦りながらいそいそと二階の自室へと戻った。

 肌寒い朝の空気と温かいベットの在る部屋へと戻った俺は、二度寝の誘惑をなんとか振り切って服を着ると、朝食を食う為に再び一階へと降りる。


 ――だが朝食の前に、先ずはいつもの日課を済ませる事にしよう。


 階段を下りて直ぐ横の和室に入ると、俺はそこに置かれている仏壇の前に座り、りんを鳴らして手を合わせた。

 りんの澄んだ響きが途切れるまで黙祷を続け、部屋が朝の静けさを取り戻してから目を開ける。

 遺影の中の母さんは、いつもの優しい笑顔を浮かべていた。


「おはよう、母さん」


 このように、俺こと“天上あまかみ 功哉こうや”の一日は、自分の母親への朝の挨拶から始まる。


「さて、朝飯でも食うか」


 向かいのリビングへと移動し、そのままキッチンへ。

 冷蔵庫のドアを開けて、ドア側に収まってる大き目の牛乳瓶を取り出すと、その中身を瓶から直接喉へと流し込む。


「ングング……ップハァー!」


(やっぱ牛乳は瓶に限るなぁ。少しお高いが)


 因みに、牛乳は菌が繁殖しやすいので、今の様に瓶に直接口を付けて飲むのは余り宜しくない。飲むならちゃんとコップに移してから飲んだ方が良い。

 俺の場合は、この家に俺以外に牛乳を飲む奴が居ないのと、今日中に残りを全部飲み切ってしまう予定なので、余りその辺りを気にする必要はない。


 そうして朝の一口を済ませてから、どんぶりに大盛りに盛ったシリアルにその牛乳をぶっかける。


「いただきます」


 俺の朝食は、大抵がこのシリアルかトーストだ。朝っぱらから手の込んだ物を作る気なんてさらさらない。

 そんな時間が在るのなら、迷わず朝の睡眠に廻す方が何倍も有意義と言うものだ。



 ◇


『――つまり、このままではいずれエネルギーは不足すると?』

『ええ』


 朝食を終えて、テレビから流れる報道番組のコメントをBGMに食器を洗う。


『近年、我々は化石燃料の依存から脱却しつつあります。ですが、もしこのまま再生可能エネルギーへ完全に移行する事が出来たとしても、恐らく一世紀経たずしてエネルギーは枯渇するでしょう』

『ですがメタンハイドレート開発や太陽光発電、バイオ燃料の量産プラントなど、エコエネルギー事業は確実に成果を挙げ始めていますが』

『それは確かに仰る通りです』


「うー、冷てェ」


 食器をすすぐ水の冷たさが身に染みる。

 顔を洗うなら冷たい方が目が覚めるんだが、長時間水に触れる場合はいつもお湯を使いたい誘惑に駆られる。

 でも、そうすると当然のごとく光熱費がよけいに掛かる。

 まぁ我慢出来ない冷たさじゃないので、このままとっとと食器洗いを済ませてしまう。


『ですが、いかにエネルギー生産を増やそうと、エネルギー消費を抑えようと、それを使用する絶対数が増えてしまっては、矢張りエネルギー消費は増加してしまいます』

『それは、発展途上国の先進化が原因という事でしょうか?』

『それだけではありませんが、まぁそれも要因の一つと言えるでしょう』


 洗い物を手早く済ませ、濡れた手を振って水気を切る。

 少し体が冷えたので、そのままお茶の準備に取り掛かった。


『次は、“神隠し”についての話題です』


「――ん?」


 湯沸かし器の準備を整え、緑茶を飲むか紅茶を飲むかで迷っていると、テレビから聞き覚えの在る単語が聞こえてきた。


『本日未明、意識不明の女性が発芽川はつめがわ河口付近で発見されました』


 急須に茶葉を入れ、お湯が沸くのを待ちながらテレビの音に耳を傾ける。


『ただちに歌座花医療センターに搬送されたこの女性に外傷は無く、まもなく無事に意識を回復。その後、女性の身元が確認されましたが、この女性には五日前、警察に捜索願いが提出されており、更に失踪から発見されるまでの記憶が無いとの事が、警察への取材で明らかになりました』


(またか……)


 沸いたお湯を急須に注ぎ、出来た緑茶を湯飲みに注ぐ。

 澄んだ緑の水面から立ち昇る湯気を二~三回吹き払い、ユックリと湯飲みに口を付ける。


 ズズゥ~……


「あっち」


 熱さと渋みに顔をしかめながらも、喉を通って胃に落ちる熱と香りにホッとしつつ、そのまま一口二口と茶を啜る。


『歌座花市警察署では、今回の件が一連の“神隠し事件”に関係していると見て、今後も調査を続けていく方針です』


(コレ、まだ続いてるのか……)


 “神隠し事件”―――そんな、なんともオカルトじみた現象が現代のこの町、歌座花市かざはなしで実際に起きている事件である。


 もともと、“神隠し”の噂自体はこの辺りの土地に昔からあった物で、前まではその殆どが都市伝説や怪談の類として町の皆に認識されてきた。

 地元民なら誰もが知ってる怪談話。自分に害は無く、夕方に小さな子供を家に帰すには絶好の脅し文句。その程度だ。

 だが、その神隠しの存在がただのオカルト話としてではなく、ハッキリと認識されるようになった事件が、去年の十月頃に起こった。


(当時は随分と話題になったっけか)


 事の発端は、ある一人の女性教師の失踪だった。


 学園側は当初、その教師が行方不明になった事実を正式には公表していなかったが、現場は多くの人間が通う教育施設。

 学校側の対応が遅れた事もあって、その情報は瞬く間に外部に流出した。

 その後、女性教師は行方不明になった六日後に発見。

 目立った外傷も、何かを盗まれた形跡もなかったが、不思議な事に行方不明になっていた期間の記憶が一切なくなっていたとのこと。


 なんとも不可解な事件だが、これだけならまだ“不思議な事件”で片付ける事もできる。

 だが、さらにこの三日後、その女性教師とは全く関係の無い別の男性が、同じように失踪し、また同じように発見されたのである。


 連続して起こったこの二つの事件は、その不可解性から当然の如く多くの人目を引き付けた。

 そうして注目を集めて以来、似た内容の事件が“断続的”に――いや、“定期的”と言って良い頻度で発生し、今日にまで至っている。


 結果、多くの人は今まで噂とされていた“神隠し”と、その事件とを結びつけ、勝手な憶測で導き出した不安から、国家権力である警察に救いの手を求めたのだ。

 多くの市民の要請に、警察はこれを神隠し事件として本格的な調査に乗り出した訳なのだが……正直、俺はこんなオカルト事件を任された警察に対し、同情の念を禁じ得なかった。


(そもそも“事件”って言えるのか、これ?)


 この町の何処かで人が消へ、一週間以内にはこの町の何処かに現れる。

 被害者に記憶が無いという以外、外傷は無く、何かを盗まれたりもしていない。

 事件解決に繋がるような証拠品は未だ発見されず、調査は瞬く間に暗礁に乗り上げた……どころか、“陸の上の船”になっているらしい。


(まあ、気味が悪いから何とかしてほしいってのは分かるが、俺なら直ぐに匙を投げるぞ、絶対)


 ――と、以上がこの町、歌座花市かざはなしで起こっている“神隠し”についての概要だ。


 我ながら、一般人にしては妙に詳しい知識を持っているなと思うが、実は俺自身はこの件にそう関心はない。

 関心があるのはあくまでも俺の“友人”で、そいつが色々と情報や考察を俺に吹き込むのだ。

 ま、それをきちんと覚えている俺も、人が良いと言うか何と言うか。


(どーせまた今回のニュースでなぎの奴が――)


「……あれ?」


 何だ? 何かが引っかる。


『――以上、先日打ち上げに成功した人工衛星〈機織り〉の情報をお伝えしました。ここで、午前九時をお知らせします』


「九時…」


 点けっぱなしのテレビから聞こえてくる時報。


 唐突だが、ここで少しだけ自己紹介しておこう。

 俺こと天上 功哉の年齢は十六。

 地元の学校、〈私立歌座花高等学校〉に通う現役の高校生である。

 そんな学生である俺が何故、午前中のこんな時間帯に自宅でのんびりテレビを眺めているのか。

 答えは簡単――今は四月の上旬、つまり春休みなのだ。


 なので、こうしてのんびりしていても、何の問題もない筈なのだが……さっきから何かが引っかかる。


「うーん」


 考える。


「んー……」


 考える。


「……」


 考え……“凪”?


「あ……あああーーー!!!」


(そうだ!! いかん!! 思い出した!! まずい!! 時間は!? 九時五分!!) 


「い、急がんと!!」


 完全に失念していた。


 後悔している間も惜しく、慌てて椅子から立ち上がった俺は、直ぐにでも出掛ける準備に取り掛かろうとして――


 トゥルルル、トゥルルル


「げ!?」


 ――不意に鳴り出すリビングの電話。


 掛けてきた相手の予想がつく分、正直取りたくないのだが、下手に居留守や言い訳すると後が怖い。

 俺は嫌々ながらも覚悟を決め、素直に受話器を取って耳元へと近づける。


「も」しもし、とは言えなかった。


『ゴォルアァァーーー!!』


 コチラが第一声を言い終える前に、受話器の向こう側から怒号が飛び出して来る。


(ガ、ガラが悪すぎる!!)


『ちょっとアンタ! まだ家にいるとはどうゆうことよ!? もう九時回ってるんですけ怒!!』

「わ、悪い。今出るから!」

『悪いで済んだら警察いらないわよ! こっちは忙しいんですけ怒!』

「ホントにすまん。直ぐ行くから!」

『早く来いバーーーカ!!』


 ブツッ


 ――切れた。


 まずい。

 何がまずいってかなり怒っていらっしゃる。

 台詞の“ど”が“怒”になるくらい怒っていらっしゃる。

 怒られるのは仕方ない。

 いかに朝の夢見が悪かったとは言へ、約束を忘れたのは俺の責任だ、それは否定しない……否定はしないのだが。


「相っ変らず気の短い奴め、女なんだからもう少し清楚に――って、言ってる場合じゃねえ!」


 もう遅刻は確定だが、出来れば被害は最小限に留めたい。


 俺は即行で着替えると、準備を整えて急いで家を出た。

 玄関の扉に鍵を掛けたことを確認し、庭から引っ張り出した自転車に跨ると、俺は必死になってペダルを踏み込む。


「ヒーッ! 急げ!」


 あ、ちなみに遅刻とか電話の相手が女性だからと言って、残念ながら別にデートの約束とかでは無い。

 そんな色っぽい話なら嬉しかったのだが……相手が“アレ”じゃなぁ。


 春麗らかな日差しと、桜の花弁が混ざる風を受けながら、俺は全速でバイト先へと自転車を走らせた。




 ―――


 この時の俺は、“アイツ”が物陰から俺を見ている事に、全く気が付いていかなかった。


 だがまぁ、言い訳をさせて貰えるのなら、アイツは隠れて獲物を狙うのが専門の、わば“猟人”だ。

 当時ただの素人でしかなかった俺には、逆立ちをしたって見付ける事はおろか、気が付く事すら出来なかっただろう……。


酷評でも宜しいので、感想があれば色々と仰って頂けると在り難いです。

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