再生の夜汽車――――短編
ataruさんにネタをもらいましたー
初コラボです
「やっぱり……いけないと思うんだ…………ああいう人たちと付き合うのって」
申し訳なさそうに呟く私に、しかし彼は開き直って反論を返した。
「ああいう人ってなんだよ?あんまいい方に思ってないよな?それって偏見って言うんじゃないのか?」
淀川孝太は、少し前から良くない連中と付き合っていること
が私にバレ、この通い慣れた喫茶店で問い詰めてみると、強情な彼からまず出た言葉がそれだった。
あまり感情を表に出すのに慣れていない私は、為す術なく順調に言いくるめられようとしている、ということだ。
けれども私は言う。
彼を――――孝太を想っているからこそ、してほしくないことはハッキリと物申さなければならない。
「ちょっとだけ調べてみたんだけど…………君のいる団体って、あんまりいい噂は聞かなかったんだ。それどころか、違法なことにまで手を出してるって言うし…………」
「は?なにそれ?もしかしてストーカーってやつ?信じらんねぇ、まさかお前がかよ…………」
言葉の端を聞き、少なからず私を信じてくれていたことに若干の高揚を覚えたものの、それを打ち壊してしまう失望を聞き、本来感じるべきでない気咎めが私を襲った。
彼を説き直さなければならないのに、この様…………。
私の立場はそもそも下である。
彼を説得しようということこそが、図々しい要求なのだ。
「ち、違うんだよ…………だって――――」
「みんな仲間なんだよ。たとえお前でも、それを否定されんのは我慢できねぇ」
弁明も拒絶された。
「わ……私よりその人たちの方が…………大切だって言うのっ?」
「おいおい…………泣くとか……勘弁しろよ」
感極まって頬を流れ落ちた涙でさえ彼の心変わりには遠く及ばず、口喧嘩と言うのも口惜しい口論は、沈黙をもって幕を閉じた。
そして後に続いたのが、否、私に追い討ちをかけたのは、彼のこの言葉だ。
「別れるしかないな」
「へ…………?」
「そうだろ?俺はあいつらと縁切りなんてゴメンだし、お前はそれを是としない。妥協点もそれだけだ」
「わ、私は別にそこまでしたいわけじゃ――――っ」
「ぶちゃけ――――」
彼は頑として取り消さなかった。
次の理由が‘建前’として彼から放たれた辺り、
「お前もそっちのが気負いせず済むだろうし、関係者じゃなけりゃ、危険なことに巻き込まれたりもしないだろ?」
「…………そんな」
愕然とする私から、淀川孝太は気疎い表情を隠すよう目を背けた。
最早、今まで普通に感じていた世界が、今この瞬間からひどく歪んで見える。
気持ちが悪い…………。
孝太はまたこんな理由を話し始めた。
「もう疲れたんだよ、瞳といるの。いっつもなに考えてんのかわかんないし、ちょっとしか笑ってくれないし、」
そんな程度…………そんな程度じゃない。
なんでよ…………っ?
その後、再度ケンカにも発展しないまま話は終わり、彼の驕りでお店を出た私たちは、別れの言葉もなく私が孝太の背中を見送る形で彼は去っていった。
私も彼の姿が見えなくなると、まったく力の入らない脚を動かし、後ろを向いて歩き始めた。
道中何も覚えていない。
信号はいくつあったのか。
車や人はいくつ擦れ違ったのか。
肩に何か当たった気もするけど、それが人だったのか電柱や壁だったのかも記憶にない。
今、脳を支配しているのは――――絶望――――の二文字だけだ。
何がいけなかったのか。
私が何をしたというのか。
私は何をすればよかったのか。
責任転嫁と自己嫌悪との渦に閉じ込められ、まともな判断などできるはずもない。
こんなときに彼さえいてくれれば――――。
けれどもう、
孝太には届かないんだ…………。
何も聞こえない。
何も見えない。
身体も動かなくなった。
ここはどこで今が何時なのかもどうでもいい。
できればこれが悪い夢であってほしい。
やり直したい。
遮断機が降りた踏切の中で、私の絶望にそんな淡い理想が混ざり合わさる。
********
最期に何を見たのか覚えていない。
けれども耳にやかましい汽笛の音や重い金属同士が擦れる不快音が今も残っていた。
直前まで危険を知らせる為に鳴っていたそれらは、しかし最も大きくなった瞬間パッタリと聴こえなくなり、そこで気付く。
死んだのは私ではないのか?
いつの間にか閉じていた瞼をゆっくりと開き、そしてまず入ってきた色が――――あれ、何色だ?
夢現――――そんな表現が今の私には相応しいのだと思う。
ここは?
見慣れない駅のプラットフォーム。
そこに設置されたベンチに、私は座っていた。
――――やっぱり…………夢だったんだ。
肩の緊張が解け、肺に溜まっていた空気を反射的にすべて吐き出した。
あぁ…………そうだ。私があんな恐ろしいことをするはずない。
一時の気の迷いで…………それも夢だったけど、自ら死を選ぶなんて…………。
そもそも孝太との別れ話が夢だったんだ。
そうに違いない――――…………。
見慣れないホーム?
不意に違和感に気付き、周りを見渡そうとした瞬間、
「目を、お覚ましになりましたか?」
低い、けれどもハッキリとしっかりとした口調で、そんな質問が投げ掛けられた。
身体が反応してそちらを向いた時、態度に驚きと警戒が乗ってしまったのは、致し方ないことのはずだ。
だってさっきまで、このホームには‘人っ子一人いなかった’のだから。
それによってその訳のわからない状況への危惧を払拭できて安心したりもするが、しかし‘彼’の格好を見て、それも心得違いであると悟るのだ。
「ごきげんよう」
挨拶を口にするのは、全身黒が基調のビシッとしたスーツを着た、紳士だ。
「あ、あの…………どなた――――」
「わたくしは支配人でございます」
質問を最後まで言う前に、紳士は自らを名乗った。
けれども、まったくピンと来ない、意味のわからない肩書きだ。
駅長ではなく、車掌でもなく、通りすがりでもない。
支配人とは?
気まずい静寂がしばらくの間流れ、堪らず声を出さなければと思った。
「え、えぇっと、今何時でしたっけ?」
「さぁ、ここに時間という概念はありません」
まったく意味がわからない。
はぐらかす理由もないだろうに、概念がない――――とは?
冷やかされていると思った私は、とにかく紳士への警戒を強めることにし、相手の様子を見た。
知らない男と二人きりというのは、それだけで――――。
「ここはあなたの好きな時間をやり直せる駅でございます」
……………………。
「人生をやり直してはみませんか?」
「え……っと、あの?」
戸惑いを隠せなかった。
あろうことか、時間をやり直せる?
ますます理解し難い物言いに、唖然とする以外に私にできることはまずなかったのである。
新手の詐欺か?
だとしたら大胆にも程がある。
「こちらの切符をお好きな時間を書いて頂き、次に来る‘夜汽車’に乗るだけで、あなたは人生をやり直すことができます」
そう言った紳士が差し伸べてきた手には、ここの駅のものらしい名前が書かれ、→から何も書かれていない‘切符’が握られていた。
時間という概念がないはずなのに、時間をやり直せるとは…………。
「あの…………結構ですので」
信じる方がおかしい、何をされるかわかったものではない。
相手の口車に乗り、そのためにそんな醜態を晒すということはしたくない。
当たり前のことだ。
ん?
あれ、そういえば?
「私ってどうやって――――どうしてこの駅にいるの?」
その疑問が沸き上がると同時に、遠くの方から汽笛の音が聴こえた気がする。
夜汽車?
そう言われると、今はどうやら夜らしい。
なぜこんな時間に私はここにいるのだろう?
暗黒の空を見上げ、そう思った刹那――――目を疑う光景が、視界に飛び込んできた。
空に…………汽車が飛んでいた。
暗いし、まだ遠くて見辛いけど、あれは確かに煙を吹かしながら走る汽車だ…………。
嘘でしょ…………?
星々の間を潜り抜けるヘッドライトがあちらを向いたりこちらを向いたりしながら、まさかこっちに、ここに来ているの?
聞き慣れた、けれども独特な機械音が徐々に大きくなり、そしてその音の周期が段々と遅れてくると、‘夜汽車’は、紛れもなくこの駅で減速し、停車した。
私はまだ…………夢を見ているの?
「さぁ、切符を」
紳士は切符を、未だ驚愕したままの私に差し出し、私は何も考えることができないまま、その切符を受け取る。
こんなものを見せられて信じないわけにはいかず、私は切符にある空白を睨み付け、やり直したい時間を思案した。
やっぱり――――あの時間がいいかな。
そそくさとペンで数字を書き足し、頭を前に振って力強く私は立ち上がった。
これで、いいはずだ。
確認のため紳士に切符を預け、それ切ってもらってから、私は夜汽車に乗り込んだ。
もし本当にこれが夢なら――――、
お願い、醒めないで。
********
「瞳?」
意識が覚醒した私を呼んだのは――――、
淀川孝太。
彼がそこにいた。
「また急に黙りこむんだな。もう慣れたけど」
待って、状況がわからない。
咄嗟に辺りを見回す私が挙動不審と受け取られるのはさておき、さっきまでまったく知らなかった駅にいたはずなのに…………知らない程遠くの場所にいたはずなのに、彼との思い出の場所――――あの喫茶店の一席に座っていた。
時間も夜から昼になっている。
いや…………まさか?
「もしかして寝惚けてる?変な夢でも見てたのかよ?」
……………………なるほど。
そう言われれば納得だ。
やっぱり悪い夢だったんだ。
安堵のタメ息が漏れると同時に、何か、引っ掛かるような不安が…………。
「夜ちゃんと寝てるか?」
「う、うん、大丈夫。ちょっとだけ疲れたのかな…………?」
心配してくれた孝太を安心させるため、私はありのままの本心を言った。
それを疑う程のことではないと、彼も判断したようで、一息つくようにアイスコーヒーが入ったコップに口をつけた。
アイス…………コーヒー?
「瞳が大丈夫ならいいか。しっかしあっついな、冷房効いてんのかよ?」
「暑い?」
気づけば私はいかにも涼しげな格好をしている。
さっきは…………残暑が過ぎたくらいの季節だったのに。
「そういえば…………今日って何日だっけ?」
「あ?」
シャツを扇ぎ風を取り込もうとする孝太に、自然を装ってそんな質問を投げ掛けてみる。
「9月…………何日だっけ?」
28日。
夜汽車に乗った1ヶ月前のはずであり、私が切符に書いた数字と、同じだ。
修正点がありましたらご指摘ください