3歳~4歳(1)
良いことと困ったことと嫌なことがあった。
始まりはある日の夕食の場のことだった。
朝昼はバラバラになってしまうのは仕方がないが、夕食は家族揃ってというのがこの世界の風習のようで、その日も家族全員で団欒の時を過ごしていた。
ふいに祖母ちゃんが、そういえばと話し出す。
「隣の奥さんがラカスを褒めていたのよ」
話を聞くと、僕が近隣の子供達と率先して遊んでいる様子を見て、立派なお孫さんですねと言われたと。
僕としては特別なことをしたつもりはない。
兄さんが塾に行ってしまって、遊び相手がいなくなってしまった。
そりゃ、僕が出来ることで祖母ちゃんの手伝いはずっとしてるけど、こっちの世界はガッツリ火を燃やしていたり洗濯機や掃除機などの電化製品は無いから祖母ちゃんが一日中僕を見ているのは無理。
友達を作ってきたら、と遠まわしに外に行ってなさいと言われた。
素直に外に出てみると、隣や向かいの家にも同じような境遇の子供がちらほらといた。
兄さんくらいの子供は大体塾に行ってたり家の仕事を手伝ってたりするので、いるのは一個上から一個下まで。
全員が親から、なるべく他の人に迷惑をかけず楽しく遊んで時間を潰すように言い含められている状態なので
「一緒に遊ばない?」
そう一声かけ出すとあっという間に人数が集まってきた。
鬼ごっこ、色鬼、高鬼、かくれんぼ、缶蹴りにだるまさんがころんだ。
このくらいの年代ならば、遊びの提案が出来て、女の子や小さい子を入れる入れないの際にちょっと正論の意見がはっきり言えて不平不満を多少融通すればすぐにリーダー格になれた。
プライドからか、反対や後乗りをしてくる年上もいたけど、別にリーダーになりたいわけではないから気にしなかった。
当たり前だけど、外見は子供でも中身を考えればそれぐらいは誰だって出来る。
出来ない方がおかしいと思う。
予想外だったのは、大人が変に言うより同じ子供の方が茶々が入らず話がスムーズだったり、僕が年上と比べても遜色無いくらい足が速くて同い年とか年下の子から明白に憧れられたことだけど、小学校とかでリレーのアンカーに選ばれるクラスの中心的存在になったようで、こんなところで昔の夢が叶ったことが妙に気恥ずかしかったぐらいだ。
ましてや、そんな僕の姿を見られ、まさか正面から家族の場で話されるとますます照れくさい。
「大したことじゃないよ」
とだけ言って、違う話をしてよと態度で示すと、祖母ちゃんが僕に食べたい物があれば作ってあげると言ってきた。
僕は良くこの手の質問をされた。
兄さんが色々今日は何が食べたいとか近くの雑貨店の何々が欲しいと言うのに、僕があまりねだったりしないからだそうだけど。
だって、砂糖もあまり使ってないお菓子は美味しいかと聞かれれば微妙だし、娯楽もあるわけじゃなし。
なので毎回、いらないとか言ってきたのだけど、今回初めて
「迷宮を見てみたい」
と言ってみた。
すると、兄さんを除く全員の顔が曇った。
それでもう僕の意見は通らなそうだと思えたので、じゃあ町の外に出てみたいと言うとまだマシと思われたのか、通った。
んで
「大人しくしてるんだよ」
サラ種という現代の人が馬と言われてパッと連想する大きさの馬に跨った母さんの膝の上に置かれた。
僕としてはちょっと町の外を出歩いてみたいぐらいの気持ちだったのにあれよあれよという間に話が決まってしまった。
祖父さんの牧場の奥には簡易的な門があり、その先の林を抜けると出られるらしい。
僕と母さんの乗った馬の背後にはバン種という2mサイズの馬が、更にソリに畑を耕耘する器具と餌の麦を山と載せて続く。
「気をつけてな」
見送る祖父さんを背に開けられた門をくぐる。
その時、異臭がした。
焚き火に乾電池を投げ込んだような独特の匂いが林の小道の左右から湧き上がっていた。
咄嗟に鼻を摘む僕に母さんは笑いながら説明した。
「これはニーヴン草の匂いさ。この前ジョンの塾で聞いたって言ってたろ。水に浸けてたニーヴン草を乾かして焼いた灰を撒いておくと動物が寄って来ないんだよ。毎年町のまわり全部に撒いて、柵がわりみたいなもんさ」
説明した後も僕が服に匂いが付いてしまったのではないかと気にしているのを見て、なにが面白いのかずっと笑っていた。
僕はこの母さんが苦手だった。
嫌いということではない。
祖母ちゃんの実の娘であるらしい母さんは祖母ちゃんそっくりのつり目がちでありながら綺麗な二重の目をしている。
鼻も綺麗に通っているし口角の上がった大きめの口もマイナスに作用していない。
そもそも祖母ちゃんも祖父さんもクール、茶目っ気と正反対ではあるけど、顔は整っている。
2人の良いところを貰ったような顔立ちだった。
それでいて体付きはアスリートのようにしなやかで筋肉質であり、長く伸びた兄さんそっくりのくせっ毛が風に靡くと、なんとなく、野性味を上品にしたら母さんみたくなるのではないかと思った。
ケラケラ笑う姿も下品に映らないのは本来の気質が汚されず、そのまま自然体で出ているからかもしれない。
所謂自慢できるお母さんだと思う。
それでも。
それでも、なんとなく悪いような気がしていた。
お母さんべったりの幼稚園生とかなんらかの事情がある人以外なら解ってもらえると思う。
家族の中で一番軽く扱ってしまえるのに、何かあったとき一番心にクるのは母親だということを。
僕は男性だから女の人だと父親になるのかもしれないし、僕にマザコンの毛があったのかもしれない。
でも、もう二度と会うことはないだろうと分かっていても、実際に僕を生んだ母親がどこかで生きてると思うと、今現在僕の後ろにいる人を心から母さんと呼ぶことに躊躇いを感じてしまっていた。
頭では解ってるんだけど、この人から生まれたという実感がないせいか感情がすんなりいかない。
最近は大分落ち着いてきた気はするけど、気にしているのって結構本人にも伝わるもので母さんが祖母ちゃんに、もうすぐ次の子が生まれたらますます機会が無くなると話しているのを聞いたことがある。
だから、この機会をなんらかの改善の機会だと僕は考え、母さんも同じことを考えているのがなんとなく分かった。
しかし、その目論見は早速崩れた。
視界を遮っていた林を抜けるとそこには見たことのない景色が広がっていた。
大地は自然のままになだらかに伸び、人の都合など知らず突然思い立ったかのように起伏をつくる。
植物は遠慮を知らず、空は空だけの持ち物だった。
世界の果てから吹いてくる風は間違いなく冒険の匂いを含んでいた。
知らず知らず僕は笑っていた。
世界観を段階的に説明してるつもりなんですが、踏めてるといいな。
ちょっと時間の関係で一回きります。