3歳
兄さんが塾とやらに行くようになり、興味本位で僕も行ってみたいといったところ、なんでも体験入学者の日というのがあって僕の年でも大人しくしていられるならどうぞいらっしゃいと言われた、と言われた。
「まだまだ人数が少ないからな。一度来てもらえば良さが分かるって方針なんだと」
流石だ、と兄さんは頷いていたけど、学習塾とか予備校ってどの世界でも変わらないんだなと僕は変に感心してしまった。
どうぞ、と言われたので兄さんに連れられ、その体験入学に早速行ってみた。
てっきり剣を教えるのかと思っていたら、座学が半分を占めていて割りと面白かった。
体験入学の人にも向けてということで、これまでのことを復習という名目でさらう形の授業をしてくれたものだから、僕が知りたかったことは結構知れた。
実物は見たことないからまだ信じられないけど、本当に迷宮というのがあるらしい。
それも珍しいものというわけでもなく、いつの間にか出来ているものであって安全管理をきっちりして許可申請さえしっかりすれば育てて深くなるのを待つってことも出来るらしい。
雑草みたいだなと思ったのは内緒だ。
昔からある幾つかの迷宮には由緒ある霊木とか長寿の松のように信仰の対象になっているものもあるそうだからね。
僕の町にもある迷宮もかなり歴史があるそうだ。
毎年の年始には町長がなんらかの儀式をしているらしい。
この町は町の入口からL字型に二本の大通りが走っていて、僕の家は東西に伸びる通りにあり、北に向かう通りの先に迷宮があるから僕は見たことも聞こえたこともないけど。
でも、その迷宮もまだ小さい方に分類される大きさで、世界にはなんと四大迷宮というものがある。
先生は大雑把だけどと世界地図を黒板に書いた。
凹凸の感じや半島の大きさが違ったり所々削れてたり膨らんでいたけど、ヨーロッパから西アジアに広がりアフリカ大陸までの形に似ていた。
東の方にもまだ続くそうなのだけど、そちらはまだ国として安定していない地域が多いらしくはっきりと調べられていないそうだ。
西側に口の空いた地中海のような海に沿って北、南、東の沿岸、そして地中海の真ん中に島を書きそこに点を打つ。
四大と言われるだけあって、それぞれの迷宮に名前が付けられたのだけど、覚えられなかった。
ともかく、北を聖ロンバルト帝国が、南をアルバート共和国が、東を僕のいるサマルカン連邦が管理している。
真ん中の迷宮は四大の中でも別格で3年の間の一週間だけ、しかも各々の国が推薦する人物しか入れない決まりになっているそうだ。
何故か。
その前に、そもそも何故迷宮に入る必要があるのか。
それは迷宮の中からは金や銀を始めとして『ドラド石』『ニーヴン草』『魔法石』が取れるからだ。
ドラド石は鉄を作る際に混ぜると一層硬くなり開墾を楽にしたり砕いて土に混ぜ込むといい肥料になるし、泥炭と練り合わせると製鉄の時の火力が上がるし安定させやすいらしい。
実物が回ってきて見せてもらうと、なんか、軽石のようだった。
スカスカで見た目よりも遥かに軽いし。
ニーヴン草は身近なものでいうとランプの軸に使うと油が少なくて済むし、川の水に入れておくと水が綺麗なって飲みやすくなるそうだ。
実際家に帰ってから飲み水用の瓶を覗くと確かによもぎの葉っぱを太くしたみたいなのが入っていた。
祖母ちゃんに頼んで草を入れる前の水を貰うと、生臭い上に硬水過ぎて飲めたものじゃなかった。
汲んできたら二三日入れておくと言っていた。
魔法石はその名前のとおり魔法が結晶になったもので誰でも火を吹き出させるとか水を出すとか出来るそうだ。
もっとも、使いこなすにはそれなりの才能が必要らしいけど。
誰でも使える純度の低いものはマッチ代わりや風の魔石を馬車のクッション材に用いたりしてるらしい。
これも祖父さんのジッポみたいなのがそうだった。
石同士をぶつけると、純度の高い方の石から十分な火があがるのを見せてもらった。
よほどつけっぱなしにしなければ4年5年はもつそうだ。
どれもこれも未だに使い道には未知の部分が多いうえに、深い迷宮に行けば行くほど純度は高くなることもわかってきた。
新しい資源になる可能性、溜め込んでおけば将来高く売れる可能性の匂いがプンプンする。
したがって、どこも自分のところには欲しいが、他にはやりたくない。
その結果が入れる人数を制限するという取り決めになった歴史があるそうだ。
先生も別格には入ったことが無いと口にした。
入るためにはこの町の迷宮を制覇して、ギルドやこの辺一帯を治める領主であるバッカス侯爵の推薦を受けて四大迷宮の内の別格を除いたどれか一つに潜り、評価をされて初めて国の推薦となる。
評価というのはどれだけ自領自国にそれらの貴重な石や草をもたらせられる見込みがあるかという意味だろう。
一番のエリートコースはこの町の学校に入り11歳で卒業する前にこの町の迷宮を制覇して推薦を受け、今度はサマルカン連邦が管理する大迷宮があるダービス領に建てられたギルド学校に入学して成績優秀者となり貴族学校の生徒と一緒に入る事だそうだ。
あまりの先の長さに嫌になるけど、面白いと思ったのがサマルカン連邦において貴族、つまり領主の領主たる理由は別格の迷宮を歩き回れるほどの実力者であることであるということだった。
しかも、28歳までにという条件付きで。
それまでに達成できなければ継承権を失う。
ただ、女性の場合は婿に条件を満たすものを迎えればOKというのだから、男性は一躍領主になれるチャンスといえばそうかもしれない。
この辺はサマルカン連邦独特の決め事らしいが、どことなく領主同士での駆け引きが感じられる。
領主に後継者がいなかった場合の財産、人材の分配の取り決めまであるそうだから。
その後、先生は時間が無いので手短にと職業の話もした。
職業は6つ、戦士、僧侶、魔法使い、狩人、鍛冶師、薬草師。
これは遥か昔に聖ロンバルト帝国を建国した勇者が迷宮に巣食っていた悪魔を倒した時のメンバーが基になっていて、迷宮に入る時は6人以内でパーティーを組むのがずっと続いてきた決まりなんだって。
農家、料理人、様々な職業にギルドやら組合はあるけど、全てはこの6つのギルドの下部組織に収まっている。
その方がすんなり申請が通るんだ、と冗談のように言われた。
ここで僕達一般市民にとってポイントなのが貴族は魔法使いが多いということ。
魔法が使えるか使えないかは親から子に伝わることがほとんどなので、急に使えるようになることはまず有り得ない。
けれど、何故か貴族の子供はほぼほぼ身体能力において一般市民に劣る。
ゆえにどうしても戦士など肉体を使う職業は貴族の身内から出すのは無理がある。
だから必ず僕達の力を借りようとしてくる。
もちろんパーティーメンバーはギルドに登録するだけなので、それとなく複数のパーティーで言い合わせて6人以上の集団で行動するって人達も中にはいる。
しかし、ギルドの中にはそういうパーティーを報告することで貯まる審査ポイントもあるので、他の人達に気付かれないようっていうのは普通に組むよりかえって難しい。
じゃあ、どうするか?
真面目な鍛錬と勉強をしよう。
先生はそう言い終えると、次は外で剣の練習だと皆を案内し始めた。
さすがに実践となってくると僕の年齢だと危ないかもしれないから参加させられないと言われた。
小屋の窓から見てるか、帰るかの二択を聞かれたので、帰ることにした。
帰り道、僕はずっと走っていた。
わざと大通りに出ず、家の裏を網の目のように走る路地ばかりを選んで自分の家に向かう。
先生の説明のおかげでこの世界のことが分かりだしたからかもしれない。
冒険、未知のもの、幾つもの迷宮。
心が踊らないなんて男の子じゃないだろう。
家に帰ると、母さんが妊娠したことを告げられた。
踊った心は直ぐ様舞台裏に投げ込まれた。
説明回かな。
どうしても、皆が皆迷宮に潜らなきゃならない理由が浮かばないので、結構強引に。
あと、国が介入して百人とか二百人で入れば良いのに、とつい思ってしまうので、最後に無理やり理由付け。
ロマンが台無しですね。