1歳~2歳
僕は、知らない世界で知らない家族の一員になった。
お祖父さんお祖母さんがいて、両親がいて、兄が1人。
最初は頭がおかしくなったのかと思った。
なんせ、祖母ちゃんの死のことがあってからのコレだ。
こっちでも両親が共働きで、お祖父さんも働いていて、僕と三つ年上の兄の面倒を見るのがお祖母さんだったものだから、脳が勝手に夢でも見せてるんじゃなかろうかとすら考えた。
でも、それは無いと、こっちに来て数週間過ぎた頃には思えるようになった。
というのも、こっちの世界は僕がいた現代とは全く違う一見中世ヨーロッパのような世界だった。
現代の色鮮やかだったりデザインに凝った服なんてのはまず無い。
多少着こなしはあるものの、どれもこれもくすんだような色合いにヨーロッパ色の強すぎる民族料理屋で見るような服ばかり。
乗っかる頭もどことなくバタ臭いような気がするし、髪の色も金や茶系が多い。
道も大通りこそアスファルトの代わりにレンガが敷き詰められているが、そこ以外は土がむき出している。
並ぶ建物もレンガ造りに木造もあれば石を積んだようなのまである。
しかも、一見中世ヨーロッパと何故頭に一見と付けたかというと、道を普通に剣や斧を持ったり鎧を来た人間が歩いていることや、住人がそれを見ても当然のような顔をしているから。
ましてや、普通に町中で武器類を販売しているし。
来たばっかの時は野蛮さに恐怖を感じたものだけど、次第に昔にやったRPGを思い出すと、そういう世界なのかと変に納得してしまった。
ただ残念なのか良かったのかは分からないけど、少なくとも僕は伝説の勇者の血筋では無さそうだ。
家は普通の民家、つってもそもそもこの世界の普通の民家というのがどういうのかは分からないけど、お城とかではないし、父親は冒険に行ってないし行く予定もなさそうだし、僕がどこからか助け出された王族ということもなさそうだし、何かの導きとかも感じないし。
まぁ、良いや。
とにかく高校の時は暗記量が少なそうだからと日本史をとったお陰で、世界史の知識は中学レベルの僕がこんな立派な世界観を作れるわけない。
っていうのが、まず僕の頭が夢を見せているわけじゃないという理由の一つで、あともう一つ大きい理由がある。
それはこっちの世界のお祖母さんがあんまり僕の祖母ちゃんに似ていないから。
猫背でふっくらしていた祖母ちゃんに対して、細身でいつ見ても背筋がピンと伸びてる。
いつも鼻歌を歌っていたイメージがあるのに対し、用事が無ければ口を真一文字に閉じてる感じ。
選んだ旦那さんも髪をぴっしりと固めほとんど笑うことのなかった真面目をスマホで撮ったようなのと、大分ハゲかけ良く笑う明るいのと。
これでまぁ、この世界は僕の願望の世界ではないなと半分がっかり半分覚悟を決めた。
でも、別にこっちのお祖母さんが嫌かというと、そうでもない。
天気の良い日とかだと、お祖母さんにおんぶ紐で背負われ散歩に連れて行ってもらう。
町の景色は当然ながら初めて見るものばかりでキョロキョロしていると、この時だけ少し前かがみの姿勢になるお祖母さんはてっきり僕が眠りそうになっていると勘違いをして少し揺する。
次第に本当に眠くなり、大体眠ってしまう。
目覚めた時に、僕のお昼寝スペースである取っ手の無い果物籠のような赤ちゃん用ベッドにいることで自分が寝てしまったことに気付く。
「起きたのかい?」
こっちのお祖母さんは僕の祖母ちゃんに似ていない。
目尻が大分下がっただろう今でも若い頃はつり目がちだったことがわかるし、鼻もまるっとしていない。
抜けているところもなさそうだし、大雑把でもなさそうだ。
けど、たまに洗濯物を干しながら鼻歌を歌ってるのを知ってる。
白髪混じりの黒髪をあんまり短くしないのはお祖父さんがその方が好きだからってのも知ってる。
年を経た皺のある手に頭を撫でられた。
花を育てるのが好きだった祖母ちゃんと同じ土の匂いがした。
「良く寝てたね」
覗き込んだお祖母さんの笑顔はいつか見た笑顔ととてもよく似ていた。
僕がこっちに来てから、同じ夢を何度か見た。
小さな庭付きの木造二階建ての家がある。
祖母ちゃんの家だとすぐに分かった。
そこに赤ちゃんになる前の僕と付き合っていた彼女が訪れるところから夢が始まる。
2人は鍵を使って入ると、僕の案内で居間として使っていた部屋に向かった。
十二畳の部屋には何もなく、掃除をしたばかりなのか埃が舞い上がることもなく、ただ静かにガランと置かれているようだった。
僕が押し入れを開けると、下段一杯に荷物が纏められている。
小学校の教科書、夏休みのドリルに自由研究の模型や標本。
当時流行っていたゲームにカードゲームの束、パーツの足りない戦隊ヒーローの合体ロボット。
柩に入れられ一緒に火葬された僕自身も忘れていた立派な額に入れられた敬老の日に書かれたらしきもう黄ばんでしまった絵は、ここから見つけ出されたそうだ。
それらを僕と彼女は笑いながら眺めると、僕が子供の頃に好きだった二階の部屋に行き、帰った。
全てを母親に処分してくれるよう頼みに行くついでに、彼女を紹介しに行くことを話していた。
2人が家を出ると、持ち主がいなくなった家は大黒柱が曲がり一回り小さくなったような気がした。
いつもそこで夢から覚めた。
そして安堵をした。
僕は28にもなっていたから、それを引きずることが誰にも良い影響を及ぼさないことぐらい分かっていた。
もし友人が同じような環境にいたら、こう言うだろう。
「前向きに考えようぜ」
「お前が悲しんでもお祖母さんは喜ばないさ」
それが正論で一番当たり障りがないことなんてわかってる。
僕と彼女の結婚は両親に喜ばれ、祖母ちゃんも喜んでると言われるだろう。
誰もが持ってる悲しい思い出の一つとして過ぎていくのだろう。
でも、僕は少し待って欲しかった。
何もしなかったくせに、出来なかったと浸りたかった。
きっとその思いが僕が生きていくのに邪魔だったんだろう。
こうして人は大人になっていくのだと思った。
子供のような考えは本当に赤ちゃんとなって切り捨てられたと思うと、かえってスッキリとした。
「あー」
「どうしたの?ラカス」
心配そうに見えた祖母ちゃんの顔に、なんでもないと笑い返した。
僕はもう僕じゃない。
ラカスという別の世界の人間だ。
もうその夢を見ることはない。
性格なのでしょうが、トラック転生とか神様転生とかした後、残された家族は悲しむだろうなと考えてしまうのでこんな処理の仕方になってしまいました。