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前世病弱だった私は今世では沢山運動します!②

作者: 桜幕

前作短編『前世病弱だった私は今世では沢山運動します!』の旦那視点です。

一応この作品だけでも読めますが、初めての方は前作を見てからこちらを読んだ方が理解しやすいかもです。

かなり突っ込みどころ満載ですが、お暇つぶしにどうぞ!

あと、後書きにもあの方の視点あります。



「――――――私は貴方と関わるつもりも無いし、ましてや愛情を与える事は無いと思え!」



 自分の妻となった女に暴言を吐いた私は彼女に一生振り回される事になるなど、この時は思いもしなかっただろう。



◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆



「……おかしい、噂で聞く限りでは我儘で傲慢な女と聞いていたのだが?」


夜会で運悪く見初められた私は身分が上の侯爵家からの命令に断る事が出来ず、政略結婚を強いられた。

浪費家と噂に名高い女の行動を執事に調査を任せていたのだが……。

 私は妻となった女の行動を事細かく書かれた報告書の紙をめくりながら眉間にしわを寄せながら呟いた。

 クライスター家に長年仕え絶大に信頼を寄せている執事のウォルターの報告なので嘘偽りが無いのは分かっているが、如何せん書かれている内容に驚きを隠せなかった。

 その報告書には


〇月✕日

 朝の5時に奥様起床。

その後屋敷の周りを10周走り込む。

10周の距離はおおよそ約10㎞だが、この距離を20代男性が走れば平均記録約50分のところ、奥様は40分を切る。

 その後、息切れ一つもせず引き続き懸垂に腕立て伏せ、スクワットに反復横跳びに踏み台昇降を2時間ぶっ通し続けた模様。


〇月△日

 今日も五時起床の奥様。

ここ数日の流れを見ると10周の走り込みと準備運動は毎日の日課になりつつある。

準備運動後、マットを取り出しゆっくりとした体の動きでポーズを取り始め最後の方では、仰向けに寝て膝を曲げて足を持ち上げ、足首を手で掴み、足を頭の方へ引き寄せて上体と頭を持ち上げ、片方ずつ太腿の裏と膝裏の間からひじを差し込んだあと、器用に後頭部で足を交差させた奥様は、「よっしゃああ!!ヨガの睡眠ポーズ出来る程、体が柔らかい!!」と、感動に打ちひしがれていた様子。


「……」


 その時されたであろう妻のヨガと言うやらのポーズを丁寧に執事は絵で書かれ説明されていた。

生れて初めて見る奇怪なポーズをとった人の絵に、私は固まった。

執事のウォルターの絵の上手さにも驚きだが、本当に妻はこんなポーズをとったのか?体が相当柔らかくないと出来ないぞ?いや、それよりも貴族の女性がとる行動では無い。

しかしウォルターが作成した物だから真実なんだろうが……。

私は困惑しながらも、報告書の続きを読んだ。



〇月◇日

 奥様の朝の運動に使用人達も参加し、日を追う事に健康仲間も増え、着実に屋敷に馴染み始めた奥様は本日も絶好調にヨガを披露しておられました。

 運動を始めて約2時間後、仕事の為使用人達もそれぞれの職場に戻り、一人になった奥様は、「ふふふっ、今日は快晴!!じんわりと肌に纏わりつく湿気に、この暑さにはあの運動しかないでしょう!!」と独り言を言いながら、庭にある池にてシンクロナイズドスイミングをされておりました。

 鼻にノーズクリップをつけた奥様は物語にある人魚の様に華麗でした。




 シンクロ……?、ノーズクリップ?単語自体初めて聞くが、説明が書かれていないので大した事はしていないだろうと結論付けた。

ただ、人魚の様だったと締めくくられたのが少し気になる所だが。


「……やはり報告書だけでは理解できない部分が多い。それに使用人達と仲が良くなっているとは、あの女は何を企んでいるんだ?そして一番、に落ちないのが全く散財していない事だ」


私は放り投げる様にバサリと報告書を置き妻の行動をこの目で確認する為、調査を行ったウォルターに聞くため呼び鈴を鳴らした。




 早朝の爽やかな空気の中で、妻である女の姿を離れた場所から観察をしていた。

淡い陽射しに照らされた妻は透き通る様な白い肌に、顔の頬は薄っすら赤く紫水晶色の瞳は輝き、見る者全てを魅了する満面な笑顔で体を動かしていた。

その姿は噂で聞いた高慢な雰囲気は全く無く、妖精の様な可憐さがあり美しかった。


――――――……はっ!誰が妖精だ!!何を考えているんだ私は!!


妻の観察を始めて早や数日、私は毎日の彼女の行動に目が離せなくなり、タイミングを掴めないままズルズル日数だけ経ち未だ話しかけれていない。

そして、いつの間にか背後に控えているウォルターの意味ありげな視線も気になっていたので、私は仕方なく声をかけた。


「貴方に聞きたい事がある」


 私が声をかけると、彼女は私に顔を向けた瞬間、表情を歪めた。

……反応がおかしい。私の事を気にいって結婚を強要してきた割には何故、相手をするのが面倒くさいと言わんばかりの態度なんだ?


「体操をしているだけですが……」


そんな事は見れば分かる!と、彼女の態度に一瞬イラッとしたが、言葉を飲みこんだ。

冷静になれと自分に言い聞かせ、気を取り直し彼女に話しかけたが、口調がきつめになっていた。


「貴方は私の屋敷の者達を手懐けて一体何を企んでいるのだ?」


「ええっと、仲良くなった人達がいつまでも長寿で健康でいてくれたらいいなぁと企んではいるかも。健康仲間は多い方が分かち合う楽しみが倍増ですしね!それがいけないんですか?」


「!!!」


 まさか、その様な答えが返ってくるとは……。

先程の面倒くさそうな表情とは打って変わり、笑顔で話す彼女の声は偽りなく素直に語っている様に感じ取れた。

 そして、彼女は綺麗な紫の瞳で上目づかいに見て問いかけてくるが、視線が絡まった途端に吸い込まれる様にその瞳に魅入られてしまっていた。


――――――気がついた時にはその場から逃げる様に離れてしまった。

 



「……ウォルター、彼女はいつもああなのか?」


 窓の外を眺めながら、ポツリと後ろに控えている執事に問いかけた。

簡単な問いかけだが、私の心情を理解したのかウォルターはスラスラと説明をし始めた。


「奥様は初日から周りに気を使い、使用人である私達に優しくねぎらいをし話しかけてくれました。そして健康志向の奥様は周りの者達にいつまでも元気でいて欲しいと体操は勿論の事、食事改善などのアドバイスにストレスを溜めない為の講義など行い、屋敷内での使用人達の職場環境は大幅に改善されてます。それは奥様の『皆がいつまでも健康でいてもらう為』と願った事からなのです。

 旦那様は、結婚前の奥様の噂に婚姻を強要した傲慢な我儘な女性というイメージが強いと思われますが、今現在の奥様はその頃の面影が全く御座いません。もしかしたら心を入れ替え旦那様に嫁いできたのではないかと思われます。

初日から私達を気にかけて下さったので、間違いではないと存じます。

ただ、旦那様は初めから奥様に対し嫌悪感を露わにし結婚後の一ヶ月間は元婚約者の所に通われていたので、興味すらなかったでしょうが」


と、最後の台詞部分にブリザード並の冷たい視線をウォルターから受けた。

私は誤魔化す様にゴホンと咳をし、


「……手を握ったり抱きしめたりしたが、それ以上の事はしていない」


 荒れた心を鎮める為に、幼い頃からの気心しれた幼馴染みで妹感覚の元婚約者に癒して貰おうと足繁く通っていたのだ。

身を焦がす様な激情的な恋愛は無かったが、家族の様な友愛はあったので元婚約者と会っていると心休めていた。

……だが、


「色々疑いをかけていたが、妻となった女と向き合いこの目で本当の姿や性格を知ろうと思う」


私の言葉にウォルターは微笑みながら軽く頷き


「それが宜しいかと思います。そうと決まれば元婚約者様との関係をうむやむにせず、キッチリ別れて下さいませ」


再び感情の無い低い声で言うウォルターに脅された私はブンブンと頭を縦に振った。


しかし、妻のハチャメチャな行動に振り回され一日中見張っていたら、元婚約者に会う時間が無くズルズルし、やっと別れの言葉を告げたのは結婚してから3ヶ月後だった。

元婚約者の彼女は私の言葉が信じられないと喚き散らしていたが、私は振りかえる事無く元婚約者の屋敷を後にした。

まさか、その数日後に妻と元婚約者が町で会ってあんな騒動が起こるとはこの時の私は思いもしなかったのだが……。



 話は変わるが、妻と向き合う為に私は彼女が行動を起こしている度に話しかけた。



「何をしているんだ?」

「ウォルターにバナナが食べごろと聞いたので木に登って食べてます」

「……危ないから降りてきなさい」

屋敷に生えているバナナの木は高くて約5~7メートルもあるが、気がついた時には猿の様に器用に登り、頂上に黄色く熟れているバナナをもいでその場で食べていた。

が、幾ら何でも危険過ぎではないか!!



「何を手に持っているんだ?」

「ウォルターに剣を教わろうと……」

 いやいや、待て?この国は婦女子が剣を習うなど聞いた事が無い!だが、私が注意をしてもコッソとリウォルターに習いに行くだろう。最近気付いたんだが、ウォルターは妻にかなり甘い部分があると睨んでいる。

それならば、

「私の方が教えるのが上手い」

と、教えたその一週間後にはいつの間にか練習したのか二刀流になり、王立騎士団レベルの剣の腕前に上達していた時には、

……やばいぞ、この調子で行けば軽く私を超えるのではないか?

改めて鬼の様に必死に剣の鍛錬を行ったのは仕方が無い事だと思う。



「どこに行くんだ?」

「ウォルターに乗馬の仕方を教えてもらったので、遠乗りしに行こうかと……」

『ウォルター』という言葉にピクリと目尻が上がった。

妻は何かある事にウォルター、ウォルターと直ぐ執事に頼る。

それが気に入らない私は、

「私も行こう」

ウォルターは仕事が忙しく一緒に行けないと、うまやで会った時に言えばいいだろうと、その場では自分も一緒に行くと伝えた。

そして、私の企み通り二人っきりの遠乗り……になると思いきや妻は器用に馬を操り駆けだした途端、姿が見えなくなっていた。

 必死に追いかけたが、あまりにも早く追い付かなかったのでこの時は目的地を聞いておいて良かったと心底思った。到着してから既に休憩をしていた妻の口から

「エド様は少し遅いですね?ウォルターだったら、もっと到着するのが早いんだけどね……」

と、悪気なくあっさり言われショックのあまりその日は眠れなかった。 



「何をした!?」

「側転、バック転、宙返りをウォルターの指導の元、完成したので健康仲間に御披露目した所です」

後方を見ると使用人達が拍手喝さいで騒いでいる。

……妻は何を目指しているのだ?それよりもさっき、チラリと下着が見えた気がする。

それも薔薇の様な真っ赤な色だった。

衣装関係は全てウォルターに任せていたのだが……と、頭を抱えながら

「……スカートがめくれている」

ウォルターいい仕事をしたと褒める私と、私以外の男に下着を選ばせ後悔をする私の二つの気持ちを心の中でせめぎ合いながら、絞り出す様な声で注意をした。



 私は妻……アンジェと関わっていく内に、彼女の活発で奔放さ、そしてすこし頭が足りないが、素直な性格に惹かれていった。

毎日が彼女の一つ一つ起こす行動が色んな意味で心臓が持たない。

だが、そんな生活も楽しく彼女と一緒にいるのが刺激が合って堪らない。何故、あんなに嫌悪していたのか今となっては不思議に思える程だ。

もっと早めに向き合えば良かったと後悔した時もあったが、先は長い。

 これからもっと彼女と一緒に過ごして自分の事も知ってもらい、初日に言った言葉を前言撤回し謝罪をし愛してると伝えようと、意気揚々と仕事から屋敷に戻った玄関口で、不思議な体勢をしているアンジェがいた。


「何をしている!?」

「私なりの最上級の謝罪をしている所です」


アンジェは何を言っているのだ?私の方こそ謝罪すべきなのに……。それに頭を垂れていたのでは、可愛い顔が見えないではないか!そう思いながらも意味が分からないと言わんばかりに一言問いかけた。


「……謝罪?」


「はいっ、済みませんでした。今日まですっかり忘れていたんですけど婚約者のいる身だったエド様に私の我儘で婚約を解消させて、更にはお父様におねだりをして結婚を強要させたなんて過去の私はエド様に酷い事をしたのだろうと今更ながら悔やんでいます。先程、元婚約者の方に偶然お会いして聞いたのですが、エド様はその方と愛し合っているそうですね?」


「アンジェリカ?」


確かに、アンジェの言う通りだがそれは過去の話。私が現在愛しているのはお前だけだ!と、伝えたいが矢次に話すアンジェに話しかけるタイミングが掴めないでいると


「大丈夫です、その事を咎めるつもりは全くありません!今更ながらですけど、二人を祝福したいと思っているのです!そうなると私の存在が邪魔になると思いますがご安心を!ありがたい事に、私は清い体のままなのですんなり離婚は出来ます」


今、彼女の口から離婚と言ったか?冗談でもそんな言葉を彼女の可愛い声で聞きたくない!


「既にウォルターにはお父様宛てに『離縁をしたい』と書いた手紙を送る様にお願いしました。勿論、エド様の立場が悪くなる様な事は書いていません。多分、娘の私にかなり甘いお父様の事ですから私の言う事を鵜呑みしてくれる筈なので、了承の手紙がお父様より届きましたら私はこの屋敷を出るのでそれまでお待ちくださいませ!元婚約者の方と少しの間ですがお待たせさせるようになりますが、ご了承くださいね!」


 私から離れる事は、絶対に許さない。ウォルターに離縁願を託したと言っているが、アレの事だ。

最悪な結果にはならないだろう。

それより、アンジェの誤解を解かねばならない。何だか晴々した表情なのが癪に障るが今は暴走しているアンジェを止めるべき口を開いた瞬間、



「えっと、あえて言い訳をさせてもらいますが、確かに昔の私はエド様に恋慕していた事は認めます。それで結婚までさせた事実も……。でも、今はこれっぽちも恋愛感情と言うのはございません!私はエド様を異性として見ていませんが、友情はあるのでエド様に幸せになって欲しいと思うのは本当なんです」


頭をガンと殴られる位の衝撃を受けた。

 今は異性として全く見ていないだと?嘘だろ?お前は私の事を好きになって結婚を強要したのではないか?

今まであっさりとした態度を取られていたが、本心は私の事を好きだろうと高を括っていた為にあり得ない発言に彼女を睨むように聞いた。


「昔はともかく……今はその様に私を見ているのか?」


私の怒りに気付いたのかアンジェは慌ててフォローを入れようとしたが、紡ぎ出された台詞は余計に私をおとしめた。


「済みません!エド様には何も感じませんし興味すらございません。しいて言うなれば友情や親愛を感じたのはウォルターやこの屋敷で働く使用人の皆さまです。つい調子に乗って言ってしまいました!」


やばい……涙が出そうだ。

体全身がショックで体が動かない。

私の事など全く興味が無いと言ったか?この娘は……。

この時、私の中でプツリと糸が切れた音がした。


「エド様!今までお世話になりました。何だかんだで私の行動を制限せずに自由にさせてくれたおかげで、大好きな運動をのびのびさせてもらった事は感謝しています。それに、ウォルターにも色々教えてもらったので、半年と短い期間でしたが楽しく過ごせました。ありがとうございました!!」


私から離れようとするアンジェの腕を掴んだ。

……決めた。清い体だから離婚出来るとアンジェは言っていた。

それならば、私の物にすれば離婚など考えないだろう。

もう少し時間をかけその関係を築こうと思っていたがなりふり構わない。

私は少し心を落ち着かせ、優しい声色で話しかけた。


「私からアンジェに教えたい新しい体操があるのだが、いいだろうか?この体操は二人でないと出来ないんだ」


途端に笑顔になったアンジェはキラキラした表情で私に話しかけてくる。

今では自他ともに認める健康オタクのアンジェは簡単に私の提案に食いついてきた。



「エド様、新しい体操は体力的にきついですか?」

「……(初体験は)初めては痛みを感じるが続けていれば慣れるだろう」

「へぇ」

「大丈夫だ、優しくする(デロデロに甘やかしてやる)」

「気を使わなくていいですよ!ドンドン来てください!慣れてくれば体が気持ち良くなりますしね!!」

「そこまで言うのならば遠慮なく行かせてもらおう(初めてだから少し押さえようと思ったが、アンジェがそこまで言うのであれば全力で襲ってやる)」

「ドンと来いです!!」


……チョロ過ぎるぞ?アンジェ。


と、寝室で三日三晩激しい体操?を手取り足取り教え4日目の朝、寝室で寝ているアンジェをそのままにし、ご機嫌に執務室に入った私を迎えたのは鬼神が乗り移った様な恐ろしいオーラ―を醸しだしたウォルターの姿があった。



その後一週間は地獄を見た。







◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆

《後日談》


「アンジェ、そろそろ貴方の誕生日だが欲しい物はないか?」


 結婚してから一年経ったが、あの騒動以降アンジェから離婚の言葉は出ていない。

当たり前だ、寝室でどれだけアンジェを好きで愛しているかを言葉や身体で訴えたからだ。

今では、彼女もわたしの事をそれなりに愛していると思っている。と言うかそうだと断言したい。

 今日も彼女を膝に乗せ愛の言葉を囁く様に、耳元で尋ねた。

アンジェは恥ずかしそうに、小さな声で


「この国は雪が沢山降りますよね?」

「んっ?そうだが、もしかして雪関連の物が欲しいのか?」


こくりと可愛らしく頷く妻にドキリと鼓動が跳ねた。

普通、この年代の女性であれば高価なドレスや宝石など装飾品を求めるがアンジェはそう言った物を要求した事が無い。こちらが可愛い妻を飾り立てたいと思いプレゼントしてる位なのだ。

その彼女に欲しい物があると言えば、何でも買ってあげたい気持ちになるのは当然至極の事。


「何が欲しいのだ?ほら私に言ってごらん」


微笑みながら言うと、アンジェはもじもじしながら


「スキーのジャンプがしたいです」


「……んっ?もう一度言ってくれないか?」


「私、一度でいいからノルディックスキーの競技の一つであるスキージャンプをしてみたかったのです。寒い中で空を飛べるなんて素晴らしくないですか!!いつもテレビで見てて思ったのです」


顔を紅潮しながら興奮しているアンジェだったが、初めて聞く単語に私は首を傾げた。

すると、私の表情に気付いたアンジェは見る見るうちに悲しげな顔になり


「やっぱり、難しいですよね?90m級までとはいかないけど少し高さがあるジャンプ台って無いのでしょうか?」


妻の欲しい物が分からない……。


すると、私達の近くで控えていたウォルターが、スッと前に来て


「奥様がいつ言われるのか、わたくしは待ちわびていました。実はある場所に奥様用にジャンプ台を建設していたのです。雪が積もる頃には完成して何時でも飛べますよ」


ニッコリと笑みを浮かべるウォルターにアンジェは震えながら


「……うそっ、本当に?」


「はい、わたくしは嘘をつきません」


私の存在を忘れた様にアンジェと執事はお互い見つめ合っている。

嫉妬した私はアンジェを抱き寄せようとした瞬間


「きゃあああ!!!!ウォルター!!!どれだけチートなの!!!!まさか、まさかジャンプ台まで用意が出来るなんて本当にありがとう!!!凄い、どうして私がスキージャンプをしたいと思ったの!?かなり嬉しい!!私、ウォルターに出会えて良かった」


と、私の腕からすり抜けて喜びを露わにウォルターに飛びつく妻を見て、私は茫然としてしまった。

本来ならその立場にいるのは夫である私だった筈だったのに……。



 そして、雪が積もった頃ウォルターの案内でスキージャンプ台を見た瞬間に敗北を感じた。

こんな物、私の力では作れないしよくぞ王家からこの建造物を作る許可を得たなと、底知れないウォルターの人脈に財力そして力に恐れをなしたのはここだけの秘密だ。




しかし、スキージャンプという運動で華麗に飛んだアンジェの姿は鳥の様に美しく、彼女の気分は高揚した状態で、そのまま夜の営みに突入し普段見れないアンジェの姿が見れたので良しとしよう。例え、提供者がウォルターであっても!!



いつか絶対に、ウォルターを越えてやると誓った私であった。







おまけのウォルター日記


〇月✕日

主人のエドハルト様に傲慢、我儘、浪費家で有名な侯爵家令嬢のアンジェリカ様が嫁いできました。

エドハルト様の態度は紳士として褒められたものではないですが、奥さまと言えばそれに気にしていないご様子。こっそり部屋に戻った奥様の後を追い、大きな声で独り言を聞くと、どうやら前世の記憶を取り戻した模様。わたしは一目で前世医者をしていた頃の患者の子だと気付いたのですが、今はまだ秘密という事で。


〇月〇日

エドハルト様の依頼で奥様の行動を報告書にまとめ提出。

さてさて、これを見たエドハルト様はどう動くか今から楽しみです。

ただ、未だに元婚約者の所に足繁く通っているのはどうかと思いますが、いずれお灸をすえてあげる事にしましょう。

明らかに噂と全く違う奥様に気付いていないのは思い込みが激しいエドハルト様だから仕方がない事。


〇月△日

最近、エドハルト様が奥様のストーカ化しています。

報告書を読んでからご自分の目で奥様の行動を見るのは良い事ですが、傍から見ればかなり怪しいですよ?

声をかけたいのはありありと分るのですが、奥様に見とれている姿は若干、王立騎士団長という肩書の威厳もありません。本人は相変わらず自分の気持ちに気付いていませんが……。

早く声をかけなさい!このヘタレが!!

と、失礼しました。思わず過去に培った乱暴な口調が出てしまいました。


〇月◇日

エドハルト様は病気にかかってます。

その名は『妻に構いたい』病。

奥様が行く先々に現れ構っている様子。私としては夫婦仲良くするのはいいですが、仕事をおろそかにしていますと……〆ますよ?


✕月〇日

色々ありましたが、エドハルト様と奥様の関係は良好。

そろそろ、お仕置きを実行する時ですね。

現在は奥様ゾッコンのエドハルト様ですが、最初の頃は罵詈雑言に他の女に走ると言うダメ主人。

一応、わたしは初めの頃注意したのですがね……。

まぁ、いいでしょう。わたしは忘れた頃にお仕置きするタイプなので楽しみにして下さいね?


結果としてスキージャンプ台を見せた時のエドハルト様の呆然とした顔と奥様の喜びの笑顔で頑張ったかいがありました。ふふっ、王の弱みを握っておいて良かったですよ。あっさり土地と建設許可を作ってくれましたからね。


奥様は前世も今世も娘の様に可愛いからですから……わたしはその笑顔で満足です。



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