7
「よく来たな。……って、何だ? おかしな格好をして」
西の白の将軍であるラルネシオの屋敷に着くと、ラルネシオはハルがヨミから降りるのを手伝ってくれた。
そして手伝いながら、ハルが顔や頭に巻いていた首巻きをぐるぐると取っていく。ジンの巻き方は見た目がおかしかったが、顔がとても暖かかったので、ここまでつけっぱなしにして来たのだ。ラルネシオに会う前に取ろうと思って忘れていた。
ここまでついてきてくれた黒の竜騎士たちに手を振って別れてから、ハルはラルネシオに尋ねる。
「ラルネシオの奥さんはどんな人?」
「奥さん?」
ラルネシオはハルを抱き上げて屋敷の中へ足を進めながら片眉を上げた。
クロナギ、アナリア、オルガ、ソルは、自分たちのドラゴンをラルネシオの使用人に預けて後ろからついてきて、ラッチはハルの横を飛んでいる。
「ジンが結婚してたから、ラルネシオもしてるかと思って」
「残念ながら俺にはまだ奥さんはいないな。モテないんでね」
「そうなの? モテそうなのに」
「ハル様、ラルネシオ将軍の言葉はそのまま受け取らない方がいいですよ。嘘がお上手ですので」
アナリアが後ろから口を挟むと、ラルネシオは片方の唇の端を上げて笑う。
「ま、もう少し自由を楽しみたいんでね」
「その歳でまだ言うのかよ」
「そろそろ落ち着かれては?」
オルガとクロナギが順番に言った。
つまりラルネシオはモテないから結婚していないのではなく、一人の女性に決められないからまだ身を固めていないのだろう。
クロナギは諭すように続けた。
「将軍方の中で結婚しておられないのは、総長とラルネシオ将軍だけですよ」
「仕事人間のレオルザークと一緒にするなよ。俺は相手には困ってないし、しようと思えばいつでもできる」
つまり奥さんはいないけど彼女はたくさんいるのだろうか? とハルが思ったところで、ラルネシオに抱っこされているハルをアナリアが奪い返した。
「浮気性の人はハル様にあまり触らないでください」
「いや、浮気なんてしてないからな。全員、承知した上で俺と――」
「将軍」
ラルネシオの言い訳は、クロナギの忠告を含んだ呼びかけによって止められた。ラルネシオもハルがいる事を思い出し、口をつぐむ。
そうして分かりやすく話題を変えた。
「あー、ハル。うちの屋敷はどうだ? 殺風景なレオルザークの屋敷よりはいいだろう?」
アナリアと手を繋いで歩きながら、ハルは屋敷の中を見回した。確かにレオルザークの屋敷よりはきらびやかな調度品が多く、階段の手すりや窓枠の装飾も凝っていて、床に敷かれた絨毯も色彩豊かで華やかだ。
多少派手な気もしないでもないが、ここにいるだけで気分が明るくなるような気がする。
「裏庭には温室もある。後で案内しよう。花は好きか?」
「うん」
「ラルネシオ……!」
と、その時。
ハルたちの後ろから、一人の女性が玄関に飛び込んできた。ドレス風のドラニアスの伝統的な衣装を着ていて――詰め襟で、スカートは足首まであり、ジジリアのお姫様が着るようなドレスほど装飾がされているわけではないが、上品なレースがついている――見た目の年齢は三十代半ばくらい、すらりと背の高い、金糸雀色の髪をした美人だ。
「サナ? お前何しに――」
「ラルネシオ、ああ……その方なのね!」
サナというらしい女性は感嘆の声を上げてハルを見た。そして両手を広げてこちらに駆け寄ってきたのだが、その前にアナリアが立ちはだかる。
サナは立ち止まってアナリアを見ると、「あら」と声を漏らしてから尊大に片眉を上げた。
「お久しぶり、アナリアさん。お元気そうで何より」
「そっちもね、サナ」
アナリアの方が十は年下だと思うのだが、身分が違うのか、サナの方がさん付けで呼んでいる。
二人は知り合いらしいがあまり仲は良くなさそうだ。クロナギ、オルガ、ソルの三人も気配を消して、女二人の間に割って入ろうとはしない。
「ところで、ちょっと退いてくださる? わたくし、陛下に会いに来たのよ」
「駄目よ。今、抱きしめようとしてたでしょ。ハル様にそうやすやすと触れられると思わないで」
「違うわ。ただ挨拶をしたいだけよ。それくらい構わないでしょ?」
そう言われて、アナリアは眉根を寄せつつも一歩横へ移動した。
サナは横目でアナリアが動いたのを確認すると、今度はハルを見てにっこり笑顔になる。
そしてハルの前で両膝を着くと、
「やっぱりエドモンド様にそっくりだわ!」
と言いながら勢いよくハルを抱きしめた。アナリアが「ちょっと!」と目を吊り上げているがお構いなしだ。
アナリアは怒ると怖くてオルガの事も一瞬で黙らせるというのに、サナは全くアナリアの怒りを恐れていない様子だった。
「もっとお顔をよく見せてください。ああ、この顔立ち、この瞳の色……」
両手を頬に当てられ熱っぽく見つめられると、近すぎる距離もあってハルは少し恥ずかしくなった。
「父さまを知ってるの?」
「ああ! やっぱりお声もどことなく似ているわ!」
「あの……」
ハルが戸惑っていると、アナリアがサナを引き剥がしにかかった。「挨拶するだけだって言ったでしょ!」「ちょっと引っ張らないで!」と言いながら睨み合っている。
困惑するハルにはクロナギがそっと説明をしてくれた。
「サナは中級貴族の令嬢で、アナリアと同じく、エドモンド様の婚約者候補の一人だったのです」
「そうなんだ。貴族って事は即位式の日の夜会で会ってる?」
「サナの両親は来ていましたが、娘は体調を崩して来られないというような事を言っていましたね」
「そうだっけ。たくさんの人と挨拶したから覚えてないや」
「竜人が体調を崩すなんて事は珍しいんだが、サナはエドモンド様の子が見つかったと訊いてから興奮し過ぎたようだ。即位式の日には熱を出してな」
ラルネシオはハルの頭にぽんと手を置いて補足説明をした。
「それで今日、ここに会いに来ちまったようだ。悪かったな、驚かせて」
「そういえばラルネシオとサナはどういう関係? 恋人?」
「まぁ、そんな感じだな」
「趣味が悪いですね」
すかさず言葉を挟んだのはアナリアだ。
それにはラルネシオではなくサナが眉根を寄せて返した。
「なんですって?」
「聞こえなかった? もう年なのかしら」
「アナリアさんは相変わらず子どもっぽいわね。フレアさんに喧嘩を売っていたあの時から全く変わっていないみたい。あの時のフレアさんは可哀想だったわ。気の強い子どもにライバル視されて」
この殺伐とした空気は何だと思いながらハルは男性陣を見てみたが、ラルネシオまでもが冷や汗をかきつつ、二人の喧嘩に巻き込まれないように大きな体を小さくしていた。
誰も止める人がいなさそうなので、仕方なくハルが口を開く。
「喧嘩しないで。仲良くして」
「まぁ、陛下の前で失礼いたしました。ですが喧嘩なんてしていませんよ」
「ええ、私とサナでは喧嘩になりませんので」
「ちょっとどういう意味よ」
「もう、アナリアってば! 二人とも怖い顔しないで。ね? 笑ってよ。そっちの方が可愛いよ」
そう言うとサナは「まぁ」と照れたように笑って、アナリアもやっと喧嘩を売るのをやめ、少しほほ笑んでくれた。困った二人だ。
サナは改めてハルの前で両膝をついた。
「わたくしがエドモンド様に選ばれなかったのは残念でしたけど、でも、フレアさんを選んだエドモンド様の選択は正しかった。少なくともアナリアさんを選んでいたら、こんなに素直な子は生まれてこなかったでしょう」
「なんですって? もう一度言ってみなさいよ」
「隙あらば挑発し合うんだから……」
ハルは困った顔をして言う。今、仲良くしてと言ったばかりだというのに。
「ふふふ、これはただの戯れです、陛下。アナリアさんとわたくしとの間のお決まりの挨拶のようなもの。本当は仲良しですから」
「ええ、とっても」
サナは立ち上がると、貼り付けたような笑顔で横からアナリアの体に腕を回す。アナリアも仏頂面をしつつその抱擁を受けていた。二人とも発言に全く感情が篭っていない。
けれどまぁ、口喧嘩をできるくらいは仲良しなのかなとハルは思った。本気で憎んでいたら口だけでは済まないだろう。
「サナは、私の母さまの事、嫌いじゃないの?」
「嫌いだなんて。とても素晴らしい方だと思っていましたよ」
「本当? 別に私に気を遣わなくていいんだよ」
またしてもあまり感情の篭っていない口調で言われたので、ハルはじっとサナを見て念を押した。
するとその視線を受けて、サナは少し逡巡した後でこう吐露した。
「その瞳でまっすぐに見つめられると、嘘はつけなくなりますね。……けれどわたくしは本当に、フレアさんの事は嫌いではありませんでした。あの方はいい方です。けれど、彼女がエドモンド様と仲よく歩いているのを見たりすると、憎いと思う事もありました。何故、人間なんかがエドモンド様に選ばれるのかと」
サナは強気に上がっていた眉尻を下げて続けた。
「けれど私はその時もう大人で、まだ少女であったアナリアさんのように素直に嫉妬を表に出す事はできませんでした。エドモンド様に嫌われたくなくて、必死で理解がある振りをし、身を引いたのです。……けれど身を引けたのは、まだわたくしにも望みがあると思っていたからですが」
「望み?」
ハルが小首を傾げると、にっこりと、でも悲しそうに笑ってサナは言う。
「フレアさんは人間ですから、わたくしたちより早く死にます。ですから彼女が死んだ後に、わたくしが次の伴侶としてエドモンド様に選ばれる道が残っていると考えていたのです。それを計算していたからこそ、素直に引く事ができました」
「竜人と人間じゃ、寿命が倍は違うもんね……」
父と母が別れを決意した原因を思い出しながらハルは呟く。
サナは自嘲するように笑って続けた。
「わたくしったら……こんなふうに自分の汚い部分を陛下に話してしまうなんて何と愚かなのでしょう。知られたくないと思うのに、話さずにいられない。だってわたくしは後悔しているのです。フレアさんが死んだ後に次の妃に、なんて考えた事も、フレアさんがドラニアスから去った時に喜んだ事も。どちらもエドモンド様にとっては辛い事なのに……」
サナはハルの瞳の奥にエドモンドを見ているようだった。
本人たちは自覚があるか分からないが、ドラニアスの人たちは時々こういう目をする。クロナギもアナリアもレオルザークも今ではハル自身を見てくれているが、最初はハルの後ろにエドモンドを見ている時があった。
サナは今、ハルにというより、エドモンドに自分の罪を告白している気持ちなのだろう。フレアの死を望み、フレアがいなくなった時に喜んだ罪を。
そして彼女は、エドモンドに許してほしいのだ。
そう思ったハルは、うつむいて目に涙を溜めるサナをそっと抱きしめた。
「そんなふうにずっと罪悪感を持ってたサナは優しいよ。だから父さまはサナを責めたりしない。それに、こんなふうに真剣に自分を愛してくれたサナを父さまも好きだったと思うよ」
「本当に? 本当にそう思いますか?」
「うん」
「ありがとうございます、エドモンド様……っ」
サナは涙を零しながらハルをエドモンドと呼んだ。ハルも自分はエドモンドじゃないとは言わずにただ抱きしめられる。
フレアにアナリアにサナ、こんな美女たちに愛されてエドモンドは幸せ者だなぁと思う。そして我が父親ながら罪作りな人だ。エドモンドがフレアを選んだ影で泣いた女性は、きっとまだたくさんいるだろう。
「ごめんなさい、陛下――ハル様。みっともないところをお見せしてしまって」
「いいよ」
サナを慰めながら、皇帝の一番の仕事は、もしかしたら寿命を全うする事なのかもしれないとハルは思った。
皇帝が若くして死ねば、ある者はレオルザークのように自責の念にかられ、ある者はアナリアやサナのように行き場のない想いを抱える事になるのだ。
(長生きしよう……)
サナの涙を指で拭ってあげながらハルは思った。健康にも気をつけて、甘いものも食べ過ぎないようにしなければと。
その日の夕食は、ラルネシオの屋敷でサナも一緒にテーブルを囲んで食べた。メニューはレオルザークやジンのところでご馳走になったようなドラニアスの伝統的な料理ではなく、ドラニアスでとれた食材をジジリア風に調理したものだった。
ジジリアで生まれ育ったハルのために、ラルネシオが料理人に頼んでおいてくれたらしい。
また、ドラニアスでは二本の細長い棒――箸を使って食事を食べる事が多いのだが、これもラルネシオはナイフとフォークを用意してくれた。
「よかった。お箸はまだ上手く使えなくて……」
ハルはホッとして言った。ハルの行儀作法の先生であるクロツキやナギサから箸の使い方は教わっているものの、なかなか難しいのだ。
レオルザークやジンのところで食事をした時には、皆ハルのたどたどしい食べ方を笑わずに見守っていてくれたが、食べるのに時間がかかって待たせてしまうのも申し訳なく感じた。
「逆にラルネシオはナイフとフォークに慣れてるみたいだね。そういえばクロナギたちもジジリアでは普通に使ってたし、ドラニアスにも昔からナイフやフォークがあったの? 杏仁豆腐を食べる時には当たり前みたいにスプーンも出てきたし」
ハルがふと疑問に思って尋ねると、ラルネシオはこう教えてくれた。
「いや、ドラニアスは昔から箸で食べる文化だ。例えばこういう一枚肉なんかは箸で食べられるようあらかじめ切ってから皿に出すものだしな。スプーンもドラニアスではレンゲがある」
「ああ、レンゲ! 朝のお粥を食べる時にも出てくるやつ」
「そうだ。だが、ドラニアスにも他国の文化は入ってくるからな。スプーンやフォークなんかはドラニアスでもかなり浸透している」
「でも、ドラニアスは今までほとんど他国との交流がなかったでしょ? どうやって文化が入ってくるの?」
ハルは大きな肉の塊をナイフで切りながら尋ねた。全部食べきれるか心配だ。
「職人たちが他国の文化をドラニアスに持ち込む事が多いな。ドラニアスの伝統を守ろうとする職人もいる一方、もっと新しいものを作りたいと外へ出ていく職人も多くいるんだ。そうして、そういう者たちが他国を見て回り、その文化を持ち帰ってドラニアスの文化と融合させる。そうやってドラニアスも変わっていった。国が他国と積極的に関わろうとしなくても、個人間での交流はあったという事だ」
「へぇ。排他的だって聞いてたけど、人間の国に興味を持つ竜人もいたんだね」
「特に職人はな」
「わたくしも、便利なものや美しいものが入ってくるのは大歓迎です」
サナは皿の上の肉をぺろりと平らげてから言った。細い女の人でも竜人はよく食べる。
ハルは結局、お肉を半分ほどしか食べきれなかったので、残りは全てラッチのものとなった。大食いのオルガとソルもハルの残りを狙っていたのだが、ラッチの行動が一番素早かったのだ。
量が多かったのでお腹ははち切れそうだし、アナリアとサナは仲が良いのか悪いのか分からないような口論をずっとしていたけれど、楽しい夕食となった。
けれどその日の夜、ハルがそろそろ眠ろうと寝室に入ったところで、アナリアがいつもと少し違う行動を取った。
突然、後ろからぎゅっと抱きついてきたのだ。
「わっ、どうしたの? 急に」
アナリアの腕の中でもぞもぞと顔だけ振り返る。廊下にいたクロナギとオルガ、それに寝室にいた侍女二人はあまり表情を変えなかったが、ラッチはハルと同じく不思議そうにアナリアを見た。
ちなみにラルネシオとサナは隣の部屋でまだ酒を飲んでいて、ソルもそこで酔い潰れている。明日ソルはパレード中に吐かないか心配である。
「アナリア?」
アナリアは一旦ハルを離すと、サナが昼間したように、ハルの頬を両手で包んで間近でじっとこちらを見つめてきた。今にも泣き出しそうな、切羽詰ったような顔をしている。
「どうしたの?」
サナの話を聞いていてエドモンドの事が恋しくなったのだろうかとハルは思った。
けれど、どうも違うようだ。アナリアは今、ちゃんとハルを見ている。
アナリアは小さく息を吐き、表情を和らげて言った。
「申し訳ありません。何でもないのです」
「何でもなくはなさそうだけど……」
ハルが疑うように言うと、アナリアは眉を下げたままくすりと笑う。
「ハル様が夕食で楽しそうにしておられたので、私も楽しくて。こんな時間がいつまでも続けばいいなと思っただけです」
「アナリア」
クロナギがアナリアの肩に手を置くと、アナリアは振り返ってクロナギを見た後で立ち上がった。
「おやすみなさい、ハル様。いい夢を」
アナリアはハルのおでこにキスをしてから寝室を出て行く。廊下に出るとオルガが自然にアナリアの肩を抱いてた。
「ハル様、ゆっくりお休みください」
そしてクロナギもハルをベッドへ送って、愛おしそうにそう言って部屋を出た。
ハルはぽかんとしながら、寝室に残った侍女二人に言う。
「私、明日死ぬのかな?」
「……! じょ、冗談でもそんな事おっしゃらないでください!」
そして翌日。
アナリアの昨晩の態度は何だったのか分からないまま、パレードは無事に終わった。
パレードではソルが二日酔いで吐く事もなく、何も重大な事件が起きそうな気配――たとえば誰か襲撃者が現れてハルを殺すとか――はなかったし、ハルの体調も絶好調で、今日突然倒れるとも思えなかった。
昨晩、アナリアはまるでハルが今にも死んでしまうかのような切羽詰まった顔をしていたと思ったのだが、もっと他の事を考えていてハルを突然抱きしめたくなったのかもしれない。
あるいは心配事なんて本当に何もなかったのだが、夕食時の楽しくて幸せな空気に感極まってしまったのかも。
しかしどんな理由があるにせよ、アナリアは詳しく話す気はなさそうだったので、ハルも気になるけれど追求はしなかった。
そして午後には、白の竜騎士たちに護衛されながら南へ下る事になった。次はグオタオのところに行くのだ。
「気をつけてな」
「陛下、お元気で。またお会いできる日を楽しみにしています」
ラルネシオが両手でぐしゃぐしゃとハルの頭を撫で、サナは手を握ってくる。
「うん、二人ともまたね」
出発直前に今度は自分で首巻きを頭や顔に巻きつけ、防寒対策をしっかりしてからヨミの背によじ登る。やっと一人でもドラゴンに乗れるようになってきた。と思ったのだが、
「あれ?」
「ハル様、反対です」
跨ったら何故かヨミのお尻の方を向いていたので、クロナギにくるりと体を反転させられる。
ラルネシオやサナに格好悪い姿を見せながら、ハルは南に旅立った。
======
【パレードの日の朝の小話】
「それ、二日酔いの薬?」
ハルはクロナギが持っているコップに入った、どす黒い液体を見つめて尋ねた。恐ろしい色をしている。
「そうです」
クロナギは答えながら、ソファーで横になっているソルに近づいた。そして嫌がるソルの口をこじ開けてそれを流し込もうとしている。
抵抗しているソルの様子を見るに、きっとものすごくまずいのだろう。
「だからお前は酒を呑むなと言っただろう。これを飲むのが嫌なら最初から呑むな。呑んだなら飲め」
クロナギは苛々しながら、無理矢理ソルの鼻をつまんだ。そうすると息が苦しくなったソルが口を開けたので、すかさず薬を流し入れる。
しかしソルはすぐに咳き込んで、液体を全て吐き出してしまった。
「汚ねぇなぁ」
オルガが言い、顔に薬をかけられたクロナギは額に青筋を立てている。侍女が慌てて近づいてきて、クロナギの顔やソルの口元、服をタオルで拭いた。
「子どもみたい……」
ハルはそう呟いてから、クロナギの手からコップを奪った。中身はまだ半分ほど残っている。
そしてソファーに仰向けに寝転んだままのソルに近づくとそこで膝をつき、片手でソルの頭を少し起こして、もう片方の手でコップを口元に持っていった。
「これ飲んだら気持ち悪いのなくなるよ。がんばって」
年下のハルに諭すように言われると、さすがのソルも子どものような抵抗はできなくなるのだろうか。微妙な顔をしながらだが大人しく口を開けて薬を飲んだ。
薬を全て飲み切った後、飲む前より青い顔をしているソルに「えらかったね」と言って頭を撫でておく。ハルの母のフレアも、ハルが嫌いな野菜などを頑張って食べた時にこうやって頭を撫でてくれたのだ。
「これからはハルがソルの薬係だな」
傍で見ていたオルガが笑ってそう呟いた。




