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二話同時更新しています。
結局、中央地区でのパレードが終わるまでにあと二人〝挑戦者〟が出たけれど、二人ともあっさりと黄の竜騎士に捕まっていた。
「三人か……。普通は一人いるかいないかというところですから、今回は多かったですね。紫の人員を増やそうとしているという事が、噂として流れているのかもしれません」
要塞に戻ってくると、クロナギはハルを竜車から降ろしながら言った。
「誰か見込みがありそうな人はいた?」
「いいえ、残念ながら。三人とも竜騎士になれるだけの実力は持っていそうですが、紫に欲しいと思うほどではありませんでした。この先、彼らの努力次第でもっと強くなるかもしれませんが、まぁ今のところは。――そんな事よりハル様」
クロナギは地面に立ったハルの前で膝をついて続ける。
「パレードはどうでした? 楽しめましたか?」
ハルは自分のまとっている長いマントが土で汚れないよう、たくし上げながら言う。
「うん、楽しめたよ。禁城の中にいると決まった人としか会う機会がないから、こうやってドラニアスの国民のみんなの顔を見られてよかった。これから地方を回るのも楽しみ」
「それはよかったです」
クロナギはハルの代わりにマントの裾をまとめて持ちながら、目を細めてほほ笑んだ。
と、そこへレオルザークがやって来て言う。
「陛下。一旦、要塞の中に入って休憩を。侍女がお茶の用意をしていますので。しばらく休んでから、うちへご案内します」
「うん! レオルザークの家に泊まるのも楽しみだなぁ」
ハルがレオルザークに駆け寄ると、マントを持っているクロナギも、ラッチやアナリア、オルガやソルも後をついてくる。
「陛下が楽しめるようなものは何もありませんが……」
わくわくしているハルに、レオルザークが困ったように顔を背けて言った。
レオルザークの屋敷は禁城のすぐ近くにあり、一般的な住宅と比べると大きかったが、周りにある他の貴族の大豪邸と比べると、少しこじんまりしていた。
庭もいくつか木が植えられているだけで、あとは何か自主訓練にでも使うのか、太い木の棒がいくつか地面に刺さっていたり、砂袋が木から吊り下げられていたりと、よく分からない殺伐とした光景が広がっている。
中に入っても、調度品がいくつか置かれているだけで飾り気のない内装だった。
けれどごちゃごちゃしていなくてレオルザークらしい家だ。使用人も屋敷の管理をするのに必要最低限の人数を雇っているだけで少ない。
「家の中を他人に歩き回られるのが嫌なのです。今いる使用人たちは長く仕えてくれていて信頼していますが」
レオルザークはハルを二階に案内しながら説明する。
ハルは長いマントを脱ぎ去って、ラッチやクロナギやアナリア、オルガとソル、それにサイファンと侍女二人と共にレオルザークの屋敷にやって来ていた。
階段を上って二階へ着くと、手前の目立つところにはエドモンドの肖像画が飾られていた。
「あ、父さまだ」
「ええ、そうです。そのうち陛下のものも描いてもらわなければ……」
後半は独り言のようにぶつぶつと呟くレオルザーク。
そして廊下の奥には、歴代のバティスタ家の当主の肖像画も並んでいる。
「うーん……。みんなレオルザークに似てるね」
目つきが鋭く、厳しそうなところなんかそっくりだ。
ハルの言わんとしている事が分かったのか、後ろでサイファンやオルガが笑っている。
やがて一つの重厚な扉の前でレオルザークは立ち止まり、その扉を押し開けながら言った。
「滞在中はこの部屋をお使いください。寝室は隣りにあります」
部屋はやはり飾り気がなかったが、それでもこの屋敷の中では一番華やかな場所かもしれない。絨毯や家具は落ち着いたデザインだが高級そうだし、そういう事に疎い主人に代わって使用人が気を利かせたのか、テーブルには花も飾られている。
「ありがとう。でも夕食までまだ時間があるし、外でラッチと遊んでてもいい?」
「それならば庭へどうぞ」
日が暮れるまでの間、ハルはレオルザークやサイファン、紫のメンバーに見守られながらラッチと遊んだ。あと、オルガとソルも一緒に鬼ごっこをしたり、芝生の上でのんびり寝転んだりもした。
ハルが笑ってはしゃいでいるとレオルザークは嬉しそうな顔をするので、それを見たハルもまた嬉しくなる。
たっぷり遊んで、皆で一緒に――久しぶりにクロナギたちとも同じテーブルを囲み――夕食を食べ、その後はお風呂に入る。
そして寝室に向かう頃には、ハルは今日という一日にすっかり満足して、心地いい疲労感に包まれていた。
「お前たちも休んだらどうです? 夜は私とレオルザークが起きていますから」
寝室の前でサイファンが振り返って、紫の四人に言う。
しかしクロナギは首を横に振った。
「休みは交代で取ります。四人とも寝るわけにはいきませんから」
「ならば警備はこの扉の前で。とりあえず二人分の椅子は置いておいてあげましたから」
そう言って、サイファンは扉の左右を指差した。そこには確かに一つずつ椅子が置かれている。
「さぁ、陛下」
サイファンはにこにこ笑ってハルを寝室へ押しやる。そしてレオルザークの事も。ラッチは慌ててあとをついてきた。
「何だよ。俺らは入るなってか」
オルガが腕を組みながら言った。
サイファンは蛇のように笑ったまま、立てた人差し指を自分の唇の前に持ってきて続ける。
「中には秘密のものがありますからね」
そう言って、自分も寝室には入らずに、レオルザークに向かってひらひらと手を振りながら扉を閉めた。
「変なサイファン」
ハルはそう呟きながら、ぴったりと閉じられてしまった扉を見た。寝室の中は蝋燭の灯りだけが揺れていて薄暗い。
ラッチが一番にベッドに飛び込み、ハルもそれに続く。しかし二人で毛布を被ろうとしたところで、ふとサイドテーブルに置かれた透明の瓶が目に入った。ワインボトルなどより太くて短い寸胴な瓶で、蓋の代わりに布が張られている。
中に入っているのは砂と少量の水、そしてカサカサと動く小さな生き物だった。
「かに?」
燭台の隣に置いてあるそれをじいっと見つめながらハルが言った。ラッチも興味津々で瓶の中を覗いている。
赤茶色の小さな蟹は、砂場と水場の境目にいて、体を半分水に浸けていた。
「かに?」
今度は顔を上げて、レオルザークを見ながら言う。レオルザークは無表情だったが、ちょっと照れくさそうにそっぽを向いたまま「そうです」と答えた。
「今朝、海で捕まえてきました」
レオルザークはそれしか説明してくれなかったので自分で想像を膨らませなければならないが、おそらく自分のために捕まえてきてくれたのだろうとハルは思った。
前にハルが「海へ行って蟹を獲ったりしたい」と言った事を、レオルザークは覚えていてくれたのだろう。
「ありがとうレオルザーク。すごく可愛い!」
ベッドから身を乗り出して熱心に蟹を見つめていると、レオルザークは表情を崩して言った。
「海水が必要なので海に住む生き物を育てるのは難しいですが、一晩くらいなら連れて来て、陛下を楽しませる事もできるかと。……餌をやってみますか?」
そう言いながら、蟹の入った瓶の隣に置いてある小さな皿を指差した。皿には、蟹と同じくらいの大きさの貝の身が三つ乗っている。
「貝を食べるの?」
「……おそらく」
レオルザークは瓶の蓋代わりの布を取り、貝の身を一つ摘まんでそのまま中に入れた。それは蟹に当たって、蟹は驚いたように砂に潜ろうとする。
「……」
「ああ! レオルザークってば! もっと小さく千切ってあげないと」
ハルは蟹の小さいハサミでも摘めるように、貝の身を千切って蟹の目の前に落とした。
すると蟹はすぐにそれをハサミで掴んで、さらに小さく千切りながら器用に口へ運び始める。
「見て! 食べたよ! 可愛いね。あそこに口があるんだ」
「そうですね」
この蟹は明日逃がすらしいので、今のうちにお腹いっぱい食べさせてあげようと、ハルはせっせと貝を千切って瓶に入れた。レオルザークは蟹ではなくそんなハルを見て、ほんの少しだけ唇の端を上げている。
飽きずにずっと蟹を見ていたハルだったが、やがてレオルザークにそろそろ寝るようにと促されてラッチと共に毛布を被った。
明日の朝も蟹に貝をあげようと思いながらレオルザークにおやすみを言い、目をつぶる。
眠りに落ちる前に今日のパレードの事などをつらつらと思い出していると、ふと婚約者問題の事も一緒に思い出してしまって、パッと目を開ける。
レオルザークはいつの間にかベッドの横に椅子を持ってきて座っていて、突然目を開けたハルに少し驚いた顔をした。
「レオルザークも、私は婚約者を作るべきだと思う?」
「唐突に……」
そう呟きつつも、次には厳格な声で言った。
「そうですね。作っていただきたいと思います。クロナギから婚約者候補のリストを受け取られましたか? あの中から、きちんとした相手を選んで婚約者を決めていただきたい。陛下が自由に結婚相手を選ぶとなると……我々臣下としては少々不安ですので」
「私が変な人を選ぶと思ってるの?」
「そうです。陛下の性格を考えると、突拍子もない人物を選ぶ可能性もありますので」
唇を尖らせるハルに、レオルザークははっきりと頷いた。皇帝に対してちょっぴり失礼じゃないかと思う。
「早めに決めていただければ、我々も安心です」
「分かった」
ハルはそう言って、また目を閉じた。
レオルザークに婚約者を決めろと言われても、特に悲しくなったり腹が立ったりはしなかった。素直に言葉を受け取れるし、心配をかけないように早くいい人を見つけないといけないなぁと思う。
けれどクロナギに言われた時は違った。
その違いが何なのか、ハルには自分でもよく分からなかった。




