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二話同時更新してます。
「ラッチのお父さんとお母さんも見つけないとね」
難しいかもしれないが、できれば見つけてあげたいなとハルは思っていた。
空を見上げると、一号と二号の他にも、野生の岩竜や飛竜が禁城の周りを飛んでいるのが見える。皆、ハルの事は気になるようだが、クロナギたち竜人を警戒して一定の距離を保っていた。
茶色や紫、緑、青や黒、ドラゴンの体色は様々で、中にはラッチと似た橙色の飛竜もいる。
「ラッチのお父さんとお母さんも、ラッチと同じ体の色なのかな?」
上空を見上げたまま呟くと、ヤマトも空を見て答えた。
「それだったら見つけやすいんですけどね。でも実際は、まず親の体色が揃っていない事が多いですね。黄色のオスが必ず黄色のメスと番になるわけではないので親の体色は大抵バラバラですし、どちらかの色がそのまま子竜にも現れるとも限らないので。一代前の体色が出てくる事も、それ以上前の先祖の体色が現れる事もあります」
「じゃあ、体の色はあまり当てにならないね」
「言える事は、ラッチの親のどちらかは体色が橙色である可能性が高い、っていうだけですね」
ハルは腕を組んで「うーん」と唸った。自分の生き別れた親の話をしているというのに、ラッチは呑気に虫を追っている。
けれど次のクロナギの話で、ラッチの親がどこにいるのか、少しは絞れる事になった。
「ラッチの親が野生のドラゴンなのか、竜舎で飼育されているドラゴンなのかぐらいは、調べれば分かりますよ。竜舎のドラゴンはきちんと管理されていますから、卵や子竜が攫われて数が減ればすぐに分かります。一度調べてみましょうか?」
「本当? じゃあお願い」
「俺が行ってきますよ」
クロナギに代わって、ヤマトが部屋を出て行く。
「ヤマトが帰ってくるまで、竜舎にでも行ってみますか? 橙色の飛竜なら、この禁城の敷地内にある黄の竜舎にもいますから」
「うん。一度見てみる。行くよ、ラッチ」
正直、ラッチはそれほど親が恋しいと思っている様子ではないのだが、親の方はラッチがいなくなってからずっと探しているかもしれないし、できれば再会させてあげたいところだ。
再会して、ラッチも親もお互いの事をもう忘れてしまっていたなら、それはそれでいい。ラッチは今まで通りハルが可愛がるし、ラッチの親はまた新たな子を授かるかもしれない。
侍女たちを残し、クロナギとラッチと三人で竜舎へと向かう。禁城の廊下を歩いていると、途中ですれ違う文官や使用人たちは、皆ハルに頭を下げて礼を取った。
ハルも最初はペコペコと頭を下げていたものの、クロナギに「ハル様はそのままでいいんですよ」と言われたので、頭を下げ返すのはやめておいた。堂々としていた方が確かに皇帝らしいかもしれない。
「そういえば昨日、八賢竜のおじいちゃんたちが言ってたけど、即位式っていつやるの?」
階段を下りながらクロナギに訊く。
「三日後に行う予定です。昨日の夜、正式にそう決まりました」
「いつの間に」
「ハル様が眠られた後で会議があったのです」
驚くハルに、クロナギはフッとほほ笑みながら答えた。
「でも三日後なんて、私、何か練習した方がいいの?」
「前日に一度流れを確認するだけで十分ですよ。難しい事は何もしませんから」
「何か喋ったりとかは……? これから皇帝になる意気込みを発表するとか……一生懸命頑張ります、みたいな」
ハルが真剣な顔をして恐る恐る言うと、クロナギは顔を背けて咳払いをしてから――笑いをこらえたようだ――ハルを安心させるように言った。
「大丈夫です、演説をする必要はないですよ」
そんな事を言っているうちに外へ出て、気づけば竜舎ではなく、猪のような動物がいる飼育小屋に着いていた。横に長く、結構大きな小屋だ。
「何、ここ?」
小屋の前には柵で囲まれた放牧場のような場所が広がっていて、何十匹かの茶色い猪たちがそこで餌をもらっている。
ほとんどはまだ小さなウリ坊で、母親にくっついて餌を食べている者もいれば、母親の腹の下にもぐって乳を飲んでいる者もいる。
「あれは猪だよね? どうしてこんなところで猪を飼ってるの?」
「あれはドラゴンの餌にするために飼育しているんですよ。ドラニアスに昔からいる古猪という猪で、ジジリアにいる猪よりも大きくなるんです」
「ドラゴンの餌かぁ……」
ウリ坊たちは可愛いので何ともいえない気持ちになるが、ドラゴンにもごはんは必要なので仕方がない。
クロナギも猪たちを見ながら続ける。
「ドラニアスの限られた土地の中では魔獣もそれほど多く生まれるわけではありませんし、生まれてもほとんどは野生のドラゴンたちが食べ尽くしてしまいますから、食欲旺盛なドラゴンたちを満足させるには食用の動物を飼育する必要があったのです。この猪たちは性格が少し凶暴なのが難点ですが、子沢山で繁殖させやすいのです。それに魔獣と並んでドラゴンたちの好物でもありますし」
ハルは鼻に皺を寄せてクロナギの話を聞いていた。猪の獣臭が風に乗って漂ってきたのだ。わりと匂いは強い動物らしい。臭み消しの下処理をしても、人間の口には合わないかもしれない。
魔獣といい、この猪といい、ドラゴンの味覚はちょっと偏っているようだ。匂いの強い獲物が好きなのだろうか。お腹いっぱい朝ごはんを食べたはずのラッチも、鼻をヒクヒクと動かしている。
「でも、ウリ坊は可愛いなぁ」
近くにいたウリ坊に柵越しに手を伸ばそうとしたハルに、クロナギはやんわり忠告した。
「餌を持っている者には寄って来ますが、基本的に人には懐かない動物ですし、大人の猪は攻撃的ですぐに突進してきますから、お一人ではここに近づかないようにしてくださいね。たまに柵を壊して脱走する事があるんです」
「……わ、分かった」
ハルはすぐに手を引っ込めた。母親の猪がハルたちを警戒して地面を前足で蹴り始めたからだ。この古猪は、竜人でなければ飼育できないだろう。人間が育てようとしても怪我が絶えないという状況になりそうだ。
ハルは猪たちから慌てて離れて、また竜舎を目指す。
「おや……」
そして竜舎に着くと、小屋の前にいた中年の男はハルを見て目を丸くした。
誰だろう? と思うハルに、クロナギが「ドラゴンの調教師ですよ」と教えてくれる。
「こんにちは」
ハルが挨拶すると、固まっていた調教師の男も表情を崩した。
「こんにちは、ハル様。あなたの事はレオルザーク総長から聞いていましたよ。お目にかかれて光栄です」
「レオルザークから?」
まさか悪口を言っていたんじゃないだろうなと思いつつ、ハルは調教師に近づいていく。彼の足下には何故かドラゴンではなく、黒ブチ柄の子猫がいた。芝生の上でのんびりと日光浴をしている。
ハルは可愛いなと思ってその子猫を見つつ、調教師の男に尋ねた。
「竜舎の中に入ってもいい? 確認したい事があるの」
「ええ、もちろん構いませんが、今はドラゴンたちは皆、竜騎士たちと一緒に外へ出ていますよ。黄が朝から飛行訓練をしているんです」
「ああ、そうでした」
しまったというように呟くクロナギに、調教師は笑って続ける。
「新しい皇帝が現れて、レオルザーク総長は張り切っておられるんですよ。しごかれている竜騎士たちは大変そうですけどね」
「黄の竜騎士には同情します」
クロナギと調教師の会話を聞きながら、ハルも黄の竜騎士たちに心の中で声援を送っておく。
しかしドラゴンたちも訓練に行っているなら空っぽの竜舎に用はないので、ハルはクロナギとラッチと共に、少し遠回りして敷地内を散歩しつつ禁城の中に戻った。
六階の自室に入ると、ほどなくしてヤマトも帰ってくる。
「あ、こっちに戻られてたんですね」
「ヤマト、どうだった?」
ヤマトは扉を後ろ手で閉めながらこちらに近づいてくる。
「はい、記録をまとめている担当者に訊いて、中央だけでなく東西南北全ての竜舎を調べましたが、ドラニアスのどの竜舎でも、この一年で卵や子竜が攫われたという記録はありませんでした」
ラッチはまだ一歳に満たない――クロナギは生後半年くらいではないかと予想していた――ので、この一年の記録を調べるだけで十分なのだ。
ヤマトは続けて言う。
「やっぱり、ラッチは野生のドラゴンから生まれたと思いますよ。この一年といえば、エドモンド様がこの世を去られて、やる気を失った竜騎士たちの国境警備もおろそかになりがちでしたからね。人間に密入国されて、野生のドラゴンの卵や子竜を盗まれる事はあったかもしれません。でも、さすがに軍の施設である竜舎に侵入を許す事はなかったと思いますし」
「そっかぁ。ラッチは卵の時に攫われたのかな? それとも生まれた後で攫われたのかな? ねぇ、覚えてる?」
ハルはラッチの顔を覗き込んで尋ねてみたが、ペロペロと顔面を舐め返されるだけだった。
「攫う方としては卵の方が運びやすいでしょうけど、でも卵は基本的に親がずっと温めてますからね。母親が狩りに行っても、父親が交代で腹の下に入れてますし、そこから人間が卵を盗むのは難しいですよ。まぁ、生まれた後でも親が交代で守ってるのには変わりないですが、卵の時のようにつきっきりで温める事はなくなりますから、両親が巣を離れた隙を突かれたんじゃないですか?」
「じゃあ、まだ満足に動けないような赤ちゃんの時に攫われたのかなぁ? 寂しかったね」
生まれてすぐに首輪をつけられて知らないところへ連れて行かれるなんて、なかなか過酷な赤ん坊時代を過ごしたと思われるラッチだが、今はハルに抱っこされて喉を鳴らし、とても幸せそうにしている。
と、そんなラッチの頭をハルが撫でていると、
「クロナギ様、ヤマト様、外に……」
控えていた侍女のマキナが、バルコニーの外を見て困惑気味に言った。
つられて外を見ると、二頭のドラゴンが部屋の中をちらちらと見ながら、バルコニーに降りようかどうしようかと迷っている様子だった。先ほど再会を果たした岩竜たちではなく、赤と黄色の見知らぬ飛竜たちだ。
野生の飛竜らしく、部屋の中の何かに興味を惹かれつつも、クロナギたちの事を警戒もしているらしい。
「なんだろう? 外に出てみてもいい?」
クロナギの許可を取ると、ハルはバルコニーに続く硝子張りの扉を開けた。飛竜たちは一瞬離れたものの、ハルの事は気になるようでまた近寄ってきた。
しかし、二頭はハルだけに惹かれてここまでやってきたわけではないようだ。
「ラッチの事を見てるよね?」
ハルは二頭を観察して呟いた。赤と黄色の飛竜たちは、開け放たれた扉の中にいるラッチの事をじっと見て気にしていたのだ。
「先ほど、竜舎へ向かっていた時も頭上を飛んでいた二頭ですね」
「ほんと? 気づかなかった」
「古猪の飼育場にいた時も、ずっといました。他のドラゴンと同じくハル様に興味を持って近づいてきているんだと思っていましたが……」
ハルやクロナギから少し離れたところでバルコニーに降り立った二頭の飛竜は、ラッチを見ながら一度高い声で鳴いた。
それに反応したラッチが、部屋の中からそっと出てくる。
「まさか……?」
「そのまさかの予感がします」
ハルとクロナギは息を潜めてラッチと飛竜のやり取りを見守った。
ラッチは一度ハルの元へふよふよと飛んできたが、ハルの体の陰に隠れながら飛竜たちを見ている。
黄色い飛竜がもう一度鳴くと、ラッチも応えるように一度小さく鳴いてから、恐る恐るといった様子で彼らの方へ近づいていった。
そうして飛竜たちとラッチは顔を近づけて、確かめるようにお互いの匂いを嗅ぎ始める。
匂いの確認はしつこく行われたが、やがて飛竜たちはラッチが自分の子どもだと確信したのか、優しくラッチの体を舐め出した。
「すごい……。こんな事ってある? こんなにあっさりラッチのお父さんとお母さんが見つかるなんて」
「ハル様に惹かれて近づいてきたところで、ラッチを見つけたのかもしれません。話せないのではっきりとは分かりませんが」
ラッチは自分の親の事をあまりよく覚えていないようだったが、匂いなのか、あるいはハルたちには分からない判断基準があるのか、飛竜たちに何かを感じたようではある。いつの間にかごろごろと喉を鳴らし始め、舐められて嬉しそうにしているのだ。初めは緊張気味に固まっていたしっぽも、今はぱたぱたと揺れていた。
そんなラッチを見て、ハルはちょっと泣きそうになる。
「なんだか感動的……。よかったね、ラッチ」
親子が再会できた事は本当によかった。
けれど、とハルは違う意味でまた泣きそうになった。
「ラッチとはお別れしないといけないのかな。また会いに来てくれるだろうけど、親と一緒にいた方がいいだろうし」
ラッチの親を探そうと思った時からその覚悟はしていたが、やっぱり悲しい。でも、ラッチの幸せを考えると、親と共に生きていった方がいいのかもしれない。
「ハル様……」
慰めるように、クロナギがそっとハルの背中に手を添える。
「仕方ないよ。ラッチが幸せならそれでいい」
ハルは零れそうになった涙を拭って笑顔を作ってみせた。クロナギはかける言葉に迷っている様子で、ただ優しくハルを見返す。
そうやってハルとクロナギとでラッチとの別れに備えていると――
「きゅう!」
「ぎゃうぎゃう」
「ぎゃあう」
当の本人たちは、『じゃあね!』と言うように高く鳴くラッチに、飛竜たちが『また来るからね』『いい子でな』というように応え、しっぽを振りながらあっさりと離れてしまったのだ。
飛竜たちは最後にハルの隣を通り過ぎ、ラッチの事をよろしくと言うように鳴いてから、遠くに見える山の方へ飛んでいった。
「え? 帰っちゃったの?」
ハルは唖然として飛竜たちを見送ったが、ラッチは機嫌よくまたハルのところへ戻ってきた。
「ラッチ、いいの? お父さんとお母さんだったんでしょ? ついて行かないと……」
慌ててラッチのお尻を押すが、ラッチはここから離れようとはしない。どうやら親について行く気はないらしい。
「これからもハル様と一緒にいるつもりのようですね」
「そうなの? それならよかった……のかな?」
戸惑いつつ、ラッチを撫でるハル。
あっさりとした親子の再会に何となく釈然としない気持ちもあるが、ラッチはこれから両親にいつでも会えるし、ハルもラッチと離れずに済んだし、一番いい形に収まったのだと、ハルは自分を納得させた。




