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平凡なる皇帝  作者: 三国司
第四章 解術と戦争と帝国の希望と

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 肩から大きく翼を動かし、スライドは青い空を突き進んでくれている。

 スピードは申し分なく、ドラニアス軍のドラゴンたちより速かった。

 

 ドラニアスの軍勢に近づくと、ハルはその迫力に少し怯えた。竜騎士たちは皆怖そうに見えるし、体も大きい。皆揃いの軍服を着ている事もあって威圧感もある。

 ドラゴンたちの羽音や息遣いは煩いくらいで、口元から覗く太い牙は危険な肉食獣や魔獣を連想させる。

 普段はみんな可愛い仕草や表情を見せてくれるのだろうけど、今は空を飛ぶのに集中しているのか、顔が険しく獰猛に映るのだ。


(大丈夫かな……私って本当にドラゴンに好かれるのかな)


 今になって心配になってきた。ラッチやスライド、トチェッカの岩竜や赤い飛竜は変わり者で、偶然人に懐きやすいドラゴンだったのかもしれない。

 しかし、そんなふうに不安に思いながらもさらにドラニアス軍に近づいていくと、一番手前にいるレドリアの部隊のドラゴンが最初にハルたちに気づいた。

 

 端にいる赤茶色のドラゴンはハルを見ると目をパチクリと瞬かせ、興味津々といった様子で表情を輝かせ始める。

 その反応を見て、ハルは自信を持った。やっぱり自分はドラゴンにモテるみたいだと。


「おいで!」


 ハルが叫ぶと、レドリアのドラゴンたちはその声をちゃんと拾って、赤茶色のドラゴン以外の者たちもこちらに目を向けた。

 そしてやはり、皆同じようにハルに興味を示す。飛びながらしっぽを振ってこちらに来ようとするのだ。


「おい!」


 しかし乗っている竜騎士に叱られて我に返ると、残念そうにハルをじっとり見つめてくる。

 ドラゴンたちがそわそわと色めき立つと、竜騎士たちも当然ハルの存在に気づいた。


「あれは?」

「青いドラゴンって事は、ナルフロウか。なんでこっちにいるんだ?」

「というか、女の子なんて乗せて――……おい、あれ、あの子、あの顔……!」


 空がにわかに騒がしくなる。

 エドモンド様!? というどよめきが、あちこちで起こり始めた。竜騎士たちが混乱する中、ハルはずっとドラゴンたちを“誘惑”し続けていた。大きな声を出すと右腕に響くが、脂汗を浮かばせながら耐える。


「おいで、こっちだよ!」


 そうしてレドリアの部隊の前を通り過ぎていく。と言うのは簡単だが、実際はスライドがかなり頑張ってくれていた。ドラニアスのドラゴンたちがハルの姿をしっかり目に映し、声を聞けるくらい近くまで寄りながらも、速いスピードで飛行を続けている彼らにぶつからないよう、全速力で飛んでくれていたのだ。


(駄目だ、来てくれない)


 ハルは赤いドラゴンたちを見て、悔しげに目を細めた。皆ハルの後を追いたそうにうずうずしているのだが、竜騎士たちが手綱を引いてそれを制御しているのだ。


「ハル様、赤の部隊は放っておいても大丈夫です。グオタオ将軍たちの目的はアナリアの救出のはずですから」

「あ、そうだった」


 クロナギに言われてハルが冷静になると同時に、一際体の大きい年かさの竜騎士と擦れ違った。短く刈り上げられた髪は赤だが、意志の強そうな瞳はアナリアと似ている。今の人がアナリアのお父さんだろうか?


「我々の本命は王子を狙っているジラスタサルーファです。特にレオルザーク総長のいる黄を崩せればいいのですが」

「頑張る」


 ハルが力強く頷くと、やがて並んで飛んでいるドラゴンたちの体色が赤系統から黄系統に変化した。ここからジラスタに変わったのだなと、ハルでも理解できた。


「みんな、おいで!」


 必死で呼びかけると、ドラゴンたちは例外なくハルに反応して瞳を輝かせるが、やはり竜騎士が止めるので隊列から飛び出してくるまでには至らない。

 しかしその竜騎士たちも全員が困惑している。

 

「おい、あれ……」

「誰だ、あの子!?」

「クロナギさんと一緒にいるって事は、まさかエドモンド様には子どもがいたっていうあの噂は本当だったのか……?」

「ああ、エドモンド様にそっくりだし、それにあの目!」


 中にはドラゴンと同じようにハルの後を追いたそうにしている者もいたが、勝手な行動を取る勇気はないらしかった。なにせ軍団の長であるレオルザークからは、一向に何の指示も出ないのだから。


 筋肉質な金褐色のドラゴンに跨っているレオルザークは、軍勢の中央、一番前で風を切っていた。

 誰よりも存在感があり誰よりも厳しそうな顔をしているその男に、ハルもすぐに気がつく。


(あれがレオルザーク)


 レオルザークはこちらを睨んでいたので、ハルが目を向けると、二人の視線は真っ直ぐに交じり合う。

 じっと相手を見つめると、レオルザークの鋭い瞳は動揺したように揺れた。

 

(……思ったよりも、怖くなさそうかもしれない)


 自分でも意外な感想を抱く。最初の頃のアナリアの方がよっぽど恐ろしかった、とハルは思ったのだ。

 レオルザークはおそらく、ハルを憎んではいない。嫌悪しているわけでもない。あの瞳にそういう感情はこもっていない。

 むしろこちらの方が怖がられているような、そんな気がした。彼はハルを見て怯えているような気がするのだ。


 レオルザークの前を通り過ぎたほんの一瞬の間、ハルとレオルザークはずっと視線を交差させていた。

 レオルザークのドラゴンが離れていくハルを見て何度も吠える。大人のドラゴンらしく声はしゃがれていたが、甘えているみたいな鳴き方だった。

 レオルザークはぐっと瞳に力を込め、ハルから視線をそらすと、自分のドラゴンを制御しながら周囲の竜騎士たちに命令した。


「誰も隊列を乱すな! ドラゴンを抑えろ! 我々の目的はラマーンの王子だ」


 竜騎士たちは必死でドラゴンを制止している。これでは作戦は失敗してしまう、とそう思ったハルは今まで以上に大きな声を出して、ドラゴンを誘った。


「おいで! 一番に来た子は、いっぱいなでなでしてあげるからー!」


 ドラゴンたちの耳が、ぴんと立ち上がる。しっぽはブンブンと揺れて、瞳は嬉しそうにキラキラ光った。


「おい、駄目だぞ!」

「言う事をきけ!」


 あとひと押し、というところで、ハルに味方が現れる。


「んじゃ、俺一番な!」


 黄と黒の部隊のちょうど間くらいから、一頭のドラゴンと竜騎士が飛び出してきたのだ。

 ハルはその人物を目に入れると、パッと笑顔になって弾んだ声を上げる。


「オルガ!」


 しかも、オルガの後ろにはソルも続いていた。ヤマトから聞いていた話では、ハルが赤い飛竜に攫われた直後、オルガは狼の魔獣に襲われていたらしいが、今は傷跡一つ見当たらない。ソルも相変わらずの無表情だが元気そうだ。

 二人の顔を見た瞬間に、ハルの胸に喜びの感情が湧き上がってきた。


 オルガは濃いすみれ色の、ソルは淡い藤色のドラゴンに乗っていて、その二頭のドラゴンは喜んでハルの後をついてくる。

「一番に来た子は、いっぱいなでなで」という言葉を理解しているみたいに、舌を出して笑顔だった。


 そして、隊列から飛び出した二頭につられたのか、それともなでなでの権利は渡さないぞと闘志を燃やしたのか、今まで竜騎士たちの言う事を聞いていたドラゴンたちも、我先にと行動を開始した。


「あっ、おい!」

「こら! 待てって!」


 ドラゴンたちが勝手に進路を変えるので、隊列が乱れ、ドラニアス軍の陣形は崩れていく。


「いい子だね、こっちだよ」


 一度ルールを無視したドラゴンが出ると、自分だって無視していいはずと思うのかもしれない。ドラゴンたちは好きなように空を飛び始めていた。

 しかし手綱を握る竜騎士たちも、口ではドラゴンを叱るものの、ハルの後を追うという自由を許している節がある。彼らもハルの事が気になっているのだろう。

 ドラゴンが言う事を聞かないから仕方がない、というふうに装いつつ、手綱の握り方を緩める。


「ははは! こうなったら、ドラゴンたちの好きにさせるしかないな!」


 グオタオは大きな口を開けて笑うと、手綱を離し、炎のように真っ赤な自分のドラゴンに進路を委ねた。

 主人との付き合いが長いのか、真っ赤なドラゴンはそれまで決して隊列を乱さなかったが、グオタオの意を汲み取ると、嬉しそうにハフハフ息を切らせてハルを追う。

 

 そして将軍がそんな様子なので、レドリアの竜騎士たちも遠慮なくハルへと方向転換していった。

 一方、ジラスタの竜騎士たちはレオルザークを気にして恐る恐るという表情をしつつも、皆で一緒なら命令違反も怖くないと、意を決してオルガやソルの後に続く。


「総長、すみません!」

「俺じゃないです、ドラゴンが勝手に」


 最後にハルが振り返ると、苦々しい顔をしているレオルザークが見えた。


 ハルは続けてサルーファオーラットナルフロウの前を横断していったが、この三つの部隊もグオタオと同じく将軍が真っ先に動き出したので、部隊全体がそれに続いた。


 黒の将軍ジンは厳しそうな鋭い双眸でハルを見ていたが、ソルのように表情が乏しいだけで睨まれているわけではなさそうだった。

 ルカの処刑に関してはレオルザークと意見が一致しているジンだが、ハルの扱いについては違う考えを持っているのだ。


 一方、擦れ違う一瞬の間に、白のラルネシオは愉快そうに、青のサザは穏やかにほほ笑んでハルを見つめてきた。意外な反応にきょとんとしながらハルも見つめ返すと、より一層笑みを深められる。

 この二人の将軍はハルの存在を部下たちにも伝えていたのか、白と青の竜騎士たちはハルを見ても他の部隊ほど大きく混乱する事はなかった。


「オルガとソルのおかげで上手くいったね」


 スライドの後にオルガとソル、さらにその後ろにドラニアスの全軍が連なって飛んでいるのを見ると、ハルはクロナギを見上げて言った。クロナギも取り敢えずは安堵した様子で頷く。


「そろそろ地上に降りましょうか。この辺りまで来れば弓や魔術が飛んで来る事もないでしょう」


 戦闘を続けているラマーン軍とサイポス軍から離れた砂漠の上にハルたちが着地すると、ドラニアス軍のドラゴンたちも砂埃を立てながら地上に降り立った。



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