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平凡なる皇帝  作者: 三国司
第四章 解術と戦争と帝国の希望と

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二話同時更新していますので、ご注意ください

 ドラニアス軍が来るまで、ハルは空からラマーンとサイポスの戦いを観察していた。

 ハルはドラゴンへの指示の出し方が分からないので、後ろに乗っているクロナギがスライドを操って両軍に近づいていく。

 しかし高度を保っていても真上は弓が飛んできたりして危ないので、ある程度の距離は開けたままだ。


「停止の術、成功したみたい」


 動けなくなった後、弓での攻撃を受けて息絶えていくグモンや騎獣兵を見て安堵してしまうなんて、良心を疑われるだろうか。

 けれど、グモンは自分の意志で戦争に参加しているわけではないだろうから少し可哀想に思うが、サイポス兵の、特にラマーンへの侵攻を決めた者たちには同情できない。

 

「これが戦争……」


 両軍がぶつかり合うと、砂煙が立ち、武器が当たる衝撃音と怒号が空まで響いてきた。あの中に自分がいたらと考えると体が震える。

 ハルの緊張を読み取ったのか、クロナギが声を掛けてくる。


「ハル様がああいう状況に置かれる事はありません。前線で戦うのは我々兵士の役目ですから」


 ハルのお腹に回した手にしっかり力を入れて、クロナギはスライドを方向転換させた。ラッチほどではないが、スライドも地上でうごめく人間たちが気になるようで、きょろきょろとあちこちに視線を移している。


 スライドが小さく鳴いたのでその視線を追ってみると、黄色い砂漠の上を二つの黒い点が移動していくのが見えた。ヤマトとコルグだ。

 二人は全く恐怖など感じていない様子で、背後からサイポス軍の中に突入していく。闇雲にではなく、一応魔術師が多くいるところを狙ったようだ。アナリアの側には三つ編みの魔術師がいるはずだと考えたのだろう。

 ハルもアナリアを探すために注意深くサイポス軍を見回していく。兵士の数が多い上に小さくしか見えないので難しいと思ったのだが、一人だけ、不思議と目に留まる人物がいた。

 多くの兵士が戦っている中で、その人物だけが浮いて見えるような気がしたのだ。

 

「たぶんあれだ、アナリア!」


 アナリアはサイポスの兵士と同じ服を身につけさせられていて、手には剣を持ち、美しい金髪は後ろで一本の三つ編みにさせられていた。アナリアに術をかけた三つ編みの魔術師が自分と同じ髪型にさせたのかもと考えると、ハルは吐き気がした。


 サイポス兵の服も三つ編みもアナリアには似合わない。今すぐ彼女の髪をといて、あの兵士服を脱がせ、ドラニアスの黒い軍服を着せたくなる。

 杖を握っている右手に無意識に力を込めてしまったようで、電流が走ったような痛みがハルの右腕を貫いた。


「……っ」


 思わず手を開いてしまいそうになったが、手袋の下の傷だらけの指は曲がった状態のまま硬直していて、杖が落ちる事はない。


「ハル様」


 クロナギが気遣わしげに声を漏らしたが、ハルは痛みを我慢して振り返った。


「クロナギ、スライドをアナリアのところへ向かわせて」


 もしくはヤマトとコルグのところへ行って、アナリアがいる位置を伝えてもいい。二人はアナリアから離れたところで邪魔なサイポス兵と戦っていて、まだアナリアを発見できてない様子なのだ。

 しかしクロナギはそれに応える前に、ハッとして顔を西の空に向けた。


「来ました、ハル様。ドラニアス軍です」


 静かに発せられた言葉を聞いて、ハルも急いで西の方角へ顔を向ける。


「どうやら東西南北、そして中央の全軍がやって来たようです」

 

 ドラゴンに乗った竜騎士たちは、青い空を背景に横に広がって、津波のようにじわじわと、けれど確実にこちらに近付いて来ている。

 想像していたより大軍だった事もあり、ハルは緊張に身を固めた。

 竜騎士たちが乗っているドラゴンの色は、左から青系統と白系統、真ん中に黒と黄系統、そして右端に赤系統と、ある程度分かれていて、様々な色がごちゃごちゃに混じっているわけではなかった。


「あれはナルフロウオーラットサルーファジラスタ、それとレドリアで分かれて飛んでるって事だよね?」

「そうですね。それぞれの司令官が部隊を率いているはずです」

「レオルザークは黄の司令官だから、黄色いドラゴンに乗っている竜騎士たちのところにいる?」

「はい、おそらく真ん中の先頭に」


 クロナギはそう答えてから、ドラニアス軍の布陣を眺めて予想を立てた。


「真ん中にいる黒と黄の部隊はラマーンの王子を見つけ出す事が目的でしょう。そして右端の赤の目的はアナリア救出だと思います」

「赤の司令官はアナリアのお父さんだもんね」

「そうです。しかし左の青と白は……何が目的なのか」


 他の三つの部隊より少し遅れてのろのろと飛んでいる竜騎士たちを見て、クロナギは考えを巡らせている。


「サザ将軍とラルネシオ将軍の性格を考えると、ハル様に興味を引かれてやって来ただけかもしれません」

「私? レオルザーク以外の人は、私の事を知らないんじゃないの?」

「ええ、今までは。しかしドラニアスにはオルガとソルが帰っているはずですから、二人が喋ったのでしょう。四人の将軍たちはこちらの味方になってくれる可能性があるので」

「レオルザークみたいに、私を殺そうとはしないって事?」


 ハルの質問にクロナギは頷いた。


「おそらくは。四人とも歳を取っているだけに余裕があり、ある意味自分勝手な人たちなので、総長のように『ドラニアスのために』と真面目に考えすぎる事も、自分を追い込む事もしませんから。混血の後継者でも、自分たちが気に入れば受け入れる。それだけです」

「私、気に入ってもらえるかな……」

「大丈夫ですよ」


 不安を滲ませたハルとは対照的に、クロナギは何も心配していなさそうな笑顔を浮かべた。四人の将軍に対してはあまり警戒心を持っていないようである。

 ハルの事に関しては心配症なクロナギがこう言うのだから、本当に大丈夫なのかもしれない。


 と、二人でドラニアス軍を観察しているうちに、真ん中にいる黒と黄がさらに速度を上げて、こちらにぐんぐん近づいて来た。

 まばたきをしている間にも、目に映る竜騎士とドラゴンの姿は大きくなっていく。

 二つの部隊はやはり、ルカを見つけ出そうとしているようだ。ハルたちには気づいていないのか、地上にいるラマーン軍を狙って、高度を下げ始めている。


「行こう、急いで!」


 太い首を左手で叩くと、スライドはハルの言葉を理解した様子で、クロナギの指示を待たずに翼を動かした。

 何度も羽ばたいて速度を上げると、風に乗って空を滑空する。

 後ろのクロナギが壁になってくれていなければ、ハルは加速に耐え切れず地上に落っこちていたかもしれない。まるで空気の上を高速で滑っているようだった。


「ラッチ!」


 左手を伸ばし、遅れを取って慌てているラッチを掴もうとした。ハルの手は届かなかったが、代わりにクロナギが長い腕を伸ばしてラッチを確保する。


「飛ばされないようにね」


 ハルはラッチを自分のお腹にしがみつかせると、自らも落ちないように左手で鞍を掴んだ。痛む右手はラッチの前にそっと置く。


「ハル様、どうやって総長たちを止める気です?」

 

 風の音の中でクロナギが尋ねてくる。


「話を聞いてもらえそうなら話し合いで、って考えてたけど、この状況じゃ無理だよね。とにかくジラスタサルーファの意識をルカから私にそらしたいから、このまま彼らの前まで飛んで行く」

「危険です。総長たちが止まってくれなければ、弾き飛ばされますよ」

「そうならないようにスライドに頑張ってもらって、飛びながら彼らの前を横断したい。ね、スライド! 頑張って! あそこにいるどのドラゴンより早く飛んでほしいの」

「ぎゃう!」


 ハルの無理な要求にも、スライドはやる気を見せた。『まかせろ!』という様子で鼻息を荒くし、さらに速度を上げていく。

 頭から被っていた日差しよけのショールが、風に負けて取れてしまい、ハルの顔が陽のもとに晒される。


「総長たちの前を横切って、それでどうするのです?」

「竜騎士たちが私を見てどういう反応を示すかは分からないから、まずは彼らの乗ってるドラゴンたちの注意を引く。ドラゴンたちの反応は予測がつきやすいから」


 ラッチに、トチェッカで出会った岩竜二頭、ハルを攫った赤い飛竜、そしてスライド。

 これまで出会ったドラゴンたちは皆ひと目でハルに懐いていて、その経験からハルは『自分はドラゴンにモテるんだ』という妙な自信をつけていた。

 レオルザークや竜騎士たちは止められなかったとしても、ドラゴンなら止められる。ハルはそう思っている。

 そして今、竜騎士たちは皆ドラゴンに乗っているので、ドラゴンを止められれば竜騎士も止まらざるをえない。

 

「トチェッカの岩竜たちは警戒心の強い野生のドラゴンだったはずなのに、それでも私にはあんな感じだったでしょ? 赤い飛竜には攫われるくらい……愛されたし。ラッチは言わずもがな。だから私を餌にして、ドラゴンたちを釣る作戦でいこうと思う」

「……危険な事には変わりありませんが、やってみましょう」


 クロナギが手綱を握り直すと、ハルも唇を引き結び、心の中で自分に気合を入れたのだった。




***




 レオルザークは、遠くにいる青いドラゴンの存在に気づいていた。そこに乗っているクロナギと少女にも。

 地上から立ち上った砂煙が風に乗って空まで届いているのだろうか、竜人の視力を持ってしてもまだ顔はよく見えない。


(薄茶色の髪……)


 人間のフレアにそっくりの色。しかしその他の容姿はエドモンド似だという。

 まだ成長途中だという事もあって、体はクロナギの胸にすっぽりと収まるくらい小柄だ。あのなで肩も、エドモンドとよく似ている。


「総長! どうします? もうラマーン軍に突っ込みますか? それとも様子を見ます?」


 すぐ後ろについている部下が、風に負けぬ声で問いかけてきた。

 レオルザークはハルから視線を外すと、その存在を他の竜騎士に教える事なく質問に答える。


「様子見はしない。このまま行く。出発前に指示した通りラマーン軍のすぐ上を飛んで、王子らしき怪しい人間は全員ドラゴンに捕らえさせろ。こちらを警戒して顔を晒しているとは思えないからな、魔術師のローブや日除けの布を深く被っている者に特に注意しろ。行くぞ!」


 レオルザークが声を張り上げると、それを合図に黄の竜騎士たちはドラゴンの飛ぶ速度を上げた。ジンが率いる黒の部隊も、同じようにラマーン王子を狙って戦闘態勢に入る。


 そして軍団の左にいる赤が、アナリアを助けるためグオタオの号令でサイポス軍の方にドラゴンの鼻先を向ける一方で、青のサザと白のラルネシオは、特に何の指示も出そうとしない。斜め後ろでのんびりと飛んでいるだけだ。おそらくハルを探しているのだろう。


(いや、もう見つけたか?)


 レオルザークが少女を視界に入れたのと同じように、二人の将軍も彼女を発見していたかもしれない。

 サザとラルネシオは少女をどうするだろう。保護してドラニアスに連れ帰るだろうか。少女が皇帝の器でなかったら、ここに捨て置いていくだろうか。


 砂が入ったわけではなかったが、レオルザークはきつく眉根を寄せて目を細めた。エドモンドそっくりな少女がこの砂漠で野垂れ死ぬ姿を想像すると、胸が軋んで痛んだ。

 皇帝の血を継ぐ者は弱い。一人では生きられないから守ってやらねばならないのだと、冷酷な総長とは別の自分が叫んでいる。

 

 自分がどうしたいのか、レオルザークにも分からなくなっていた。

 理性的で冷酷な人格は、混血の少女は皇帝にふさわしくないと考えていて、場合によっては彼女を殺す覚悟を持っている。

 けれど単なる竜人としての人格は、皇帝の血を継ぐ者がまだこの世に存在している事に喜びを感じていて、彼女の事が気になって仕方がない。本能に従って、守りたいと思う。

 そして弱くて繊細な人格は、エドモンドの死という辛い記憶が蘇るのではないかと、少女と相対する事を恐れている。


『似ているから辛いんですよ。あの子猫を見るたび、ブチの最期を思い出しちまってね』


 昨日会話を交わした調教師の男の言葉が頭をよぎったが、レオルザークは大きく息を吐いて気持ちを切り替えようとした。

 少女の事を頭から追いやって、ラマーンの王子を探し出す事に集中しようとする。

 先ほど見た、青い空の中に小さく少女が映っている光景も、記憶に染みつかないうちに消してしまおうと考えた。

 しかし――


「総長! あれ見てくださいっ!」


 部下が張り上げた声にハッとして視線を定める。

 右手から青いドラゴンが飛び出してきて、レオルザークたちの前を横断しようとしていたのだ。

 一瞬、躾のなっていないドラゴンが戦いを前に興奮して隊列を乱したのかと思ったが、その背に乗っている人物を見るに違うようだ。


 いつの間にこんなに近づいて来ていたのだろうか。

 エドモンドと瓜二つの顔をした少女が、薄茶色の髪をなびかせている。

 不思議な緑金の瞳が、陽光を含んで明るく輝いていた。

 

 レオルザークは目を見開いて、少女を見た。

 少女は左手で鞍を掴みながら、風の抵抗を少しでも逃がそうと背を曲げて姿勢を低くしている。ドラゴンには乗り慣れていない様子だ。

 そしてサイズの合っていない黒手袋を付けた右手は、杖を握ったままぎこちなく曲げられて、橙色の子竜に添えられていた。

 

 何か行動を起こすかもとは思っていたが、こんな強硬手段に出てくるとは思わなかった。彼女はこのドラニアスの大軍を止めようとしているのだろうか?

 

(馬鹿な事を)


 と、舌打ちしたくなる。こんな危険な行為をクロナギが許している事が信じられない。


(何故クロナギはあの娘を止めない。何故彼女はドラニアスに関わろうとする)


 エドモンドより顔立ちは幼く、体つきも華奢だが、恐れていた通り、少女はしっかりとエドモンドの血を引き継いでいた。ここまで似ているとは、と雷を受けたように衝撃が走る。

 懐かしさと嬉しさはあるが、それを大波のような恐怖が呑み込んでいく。

 

『レオ、ザーク……、みん、な、ごめん……』


 少女を見ている間中、エドモンドの死に際の光景がレオルザークの頭の中で何度も繰り返された。

 

 

 


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