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平凡なる皇帝  作者: 三国司
第四章 解術と戦争と帝国の希望と

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 これはルカにとって初めての戦争だった。怖くないと言えば嘘になる。

 けれど後方で皆に守られながら魔術師部隊の中にいる自分より、一番前で敵に突っ込んでいかねばならない歩兵たちの方がよほど恐怖を感じているだろう。


 ルカは眼前の砂漠を見据えた。サイポス軍は、やはり巨大なトカゲであるグモンに乗った騎獣兵を陣に配置している。

 ルカが以前、ハルにこう説明した通りの場所に。


『騎獣隊は中央で歩兵の前に並んで、戦いが始まると最初に突撃してくる事が多いんだよ』


 予想はきっちり当たっていた。ルカは内心、よしと拳を握りたくなった。サイポス兵の数も、事前に送っていたこちらの偵察兵からの報告と大きな違いは無さそうだ。

 しかしサイポス軍も偵察兵を送ってきていたに違いないので、ラマーンの布陣や兵士の数も、大体は知られていたかもしれない。けれどルカが真夜中にひっそりと砂漠に描いた魔術陣だけは、バレていない事を願うしかなかった。


「あれがグモンか」

「初めて見たが……でかいな」

「あんなのと戦うなんて無茶だ。こっちには馬とラクダしかいないんだぞ」


 ラマーンの兵士たちは、グモンの大きさにおののいているようだ。中には膝ががくがくと震え始めている者もいる。


「しっかりしろッ! お前たちはラマーンを守る兵士だろう! 我々がサイポス軍に恐れをなして逃げ出せば、剣を持たない国民たちはどうなる! お前たちの妻や子ども、年老いた親たちを殺されてもいいのか!? 奴隷にされてもいいというのかッ!?」


 そこで声を上げたのはザナクドだった。ラクダに乗って陣の右端にいたが、一旦前に出てきて大声で仲間を鼓舞する。

 ルカも司令官として、皆を安心させようと声を張り上げた。


「ザナクドの言う通り! ラマーンの運命は君たちが握っているんだ! 存続できるか滅びるかは、みなの働き次第。どうか僕に力を貸して、一緒に戦ってほしい! そしてこの戦いに勝ったら、ラマーンをもう一度再興させよう! 必ずやれる! 僕たちには砂漠の女神がついている!」


 ルカの宣誓に、ラマーンの兵士たちは地鳴りのような雄叫びを上げた。

 しかし盛り上がっているその隙を突こうとしたのか、サイポス軍に動きがあった。合図の鐘が打たれ、弓兵が弓を引いたのだ。


「来るぞ! 魔術部隊は防壁を!」


 サイポス軍が放った矢が、弧を描きながら雨のようにラマーン軍に降りそそぐ。歩兵たちは盾を構えたが、魔術師部隊が作った透明の壁が、ぎりぎりのところで自軍の兵士たちを矢から守った。

 大量の矢が壁に当たって跳ね返されたり折れたりする音は、まるで大粒のひょうが薄い金属に激しくぶつかっているかのようで、耳が痛くなるほどだ。


 続いてサイポス軍が騎獣兵を動かそうとしているのを見て取ると、ルカは短い呪文を素早く紡いだ。砂漠の上に描いた、停止の術の巨大な陣を発動させるために。


 ルカのタイミングは完璧だった。

 グモンに乗った兵たちが地響きと共にこちらに突撃してこようとしたところで、魔術陣は一瞬発光し、ルカの呪文に応えたのだ。

 大きな陣の上に乗っていた騎獣兵たちは、ぴたりと体を硬直させて動けなくなった。


「何っ!?」

「なんだ……!?」


 動けなくなるのは陣に触れているグモンだけらしく、その背に乗っている兵士たちは慌てて何度もグモンを鞭打った。中には、勢いよく走りだした直後に急停止してしまったために、グモンの背から放り出された者もいる。

 百近くいる騎獣兵の全てを魔術陣の中に収める事はできなかったので、一部のグモンはまだ動けるようだ。けれど八割近くは固まっている。十分だろう。

 巨大な魔術陣を維持するには相当な魔力が必要になる。元々魔力量の多いルカでも、あっという間に体内の魔力が消費されていくので、急いで次の指示を出さなければいけなかった。

 

「打て!」


 ルカが叫ぶと、今度はラマーンの弓兵たちが弓を引き、矢を射った。先ほど自軍を襲ったような矢の雨が、ラマーンの騎獣兵たちを攻撃する。

 次々に矢が刺さってグモンたちが再起不能になっていくのを見ると、ルカは術を解いて息を吐いた。サイポスの魔術師部隊は停止の術という見慣れぬ術に動揺して、防壁を築くのが遅れたようだ。

 

「よし!」

「いいぞ! 勝てるかもしれない!」


 最大の脅威だったグモンの多くが砂漠に倒れると、ラマーン兵の士気は上がっていった。そしてその勢いが萎まぬうちに、ルカは次の指示を出す。歩兵や騎兵を前進させ、魔術師部隊には後方からの攻撃を命令したのだ。そして自分も体中につけた魔石から力を借りて、攻撃魔術を繰り出していく。

 サイポス軍もいつまでも動揺しているわけではなく、騎獣兵は切り捨ててすぐに布陣を変えてきた。騎獣兵がいなくても、兵の数はあちらの方がずっと多い。


「進め! 私に続け!」


 砂煙と地響きの中で、どこからかザナクドの勇ましい声が聞こえてきた。けれどザナクドは魔術を使えないごく普通の兵士だし、歳も若くはない。部下を奮い立たせるために自ら進んで前線に出ようとするその性格から言っても、この戦いで命を落とす危険性は高いかもしれない。


(どうか無事で……)


 ルカは魔術を放ちながら心の中でそう呟いた。どうか皆無事で、と。

 戦争で味方の全員を守るのは無理だと分かっているが、本当は誰一人として兵士を死なせたくなかった。

 しかしサイポス軍とぶつかると、一人、また一人とあちこちでラマーンの兵士が討たれていく。白兵戦ではサイポス軍との兵力の差が出てきてしまっているようで、じわじわと押されている状況だ。


 そして、そこに追い打ちをかけるように、西の空から新たな脅威が迫ってきた。

 ドラニアスの軍勢が現れたのだ。


「殿下ッ! ドラニアス軍です! お気をつけください!」


 味方の魔術師の一人も気づいて、こわばった声で注意を促してくる。

 ルカは空を見上げて、ぐっと唇を噛んだ。覚悟していたけれど、ドラゴンに乗って押し寄せてくる竜騎士たちはやはり恐ろしい。しかも予想していたよりずっと数が多かった。


(まさか全軍が来ているのか?)


 ドラニアス軍は、ラマーン王族の最後の生き残りである自分を必ず討たねばならないという者たちと、そこまで心血をそそぐほどの存在ではないという者たちとで割れているようだと、宰相は予想していたはずだが。

 

(やはり今日、僕を殺して全てを終わらせるつもりなのかもしれない)


 一年に及ぶ因縁の決着をつけるつもりなのだろう。

 ルカは薄いローブを深く被って自分の体を隠した。サイポス軍を退けるまでは、竜騎士たちに捕まるわけにはいかない。ルカはラマーン軍の大将であると同時に、魔術を使える貴重な戦力でもあるのだから。


 うだるほど暑いのに、ルカは全身に冷や汗をかいていた。

 色とりどりのドラゴンに乗った竜騎士たちの大群は、ただそこにいるだけで威圧感がある。ルカが跨っていたラクダは、空の異変に気づいて怯えた様子を見せた。


 ドラニアス軍は風を切りながら空の上を疾走してくる。地上からだとよく分からなかったが、それなりの速さで飛んで来ていたのだろう、まだかなり距離が空いていると思ったのに、あっという間にその距離は縮まっていた。

 真上とまではいかないが、斜め上辺りまで軍勢が迫ってきている。彼らに見つかるまで、自分には後どれくらいの猶予が残されているだろう。


「殿下……!」


 側にいた親しい魔術師が、空を見上げて焦った声を上げる。逃げてほしい、と思っているに違いないけど、逃げ道はないし、逃げるわけにもいかない。

 こういう状況に陥る事は予測できていたので、着ているローブは他の魔術師たちと似たような地味なものを身に着けているし、魔石のついた宝飾品もローブの下に隠している。ラクダに付けた鞍や飾りも他の兵士たちと変わらない。フードも被っているために、空からラマーン軍を一見しただけでは竜騎士も判断に迷うはずだ。


 けれど、目の前のサイポス軍の他に空の上のドラニアス軍にも注意を払わねばならなくなって、ルカは攻撃魔術に集中できなくなった。簡単な呪文を間違えて、自軍の兵士を助けようと放った魔術が不発に終わる。

 結果、一人の兵士が敵の剣に体を貫かれてしまった。


 ルカは苦い顔をして唇を強く噛む。

 助けられた命を、むざむざと失ってしまった。


 涙を流すほどの余裕はなかったけれど、ルカは泣きたくなった。どうしてこんな戦争なんてしているのかと、我に返りそうになる。

 自分はどうしてこんなところにいるのだろう。何故こんな大変な時代に生まれてきてしまったのだろう。何故あんな父親を持ってしまったのだろう。何故母は自分を残して死んでしまったのだろう。


 何もかもが嫌になってしまう。戦いの最中にこんな気持ちになるのは良くない。

 自分は王子という立場にいる。この戦いではラマーンの司令官だ。どんな時でも諦めず、理性的に、正しくあらねばならない。


 ルカは奥歯が砕けそうになるほど強く噛んで、自分を律した。呪文を唱えて、次々に魔術を放っていく。今度はちゃんと発動して、敵の魔術師の攻撃を相殺する事ができた。

 けれどその一方で、視界に入っている自軍の兵士たちがいたるところで敵に倒され、砂漠に伏していくのも見えてしまう。

 

(折れては駄目だ)


 そう自分に言い聞かせている時点で、心が折れそうになっているのかもしれなかった。

 

「殿下、あれを……」


 砂煙にむせながら、一人の若い兵士がルカの下まで後退してきた。ザナクドたちと一緒に集落でルカを匿ってくれていたアスタだ。

 アスタが指差した先にはドラニアス軍がいた。


「分かってる」

「いえ、あの子どもが……」


 ルカはハッと振り返って、もう一度よくドラニアス軍を観察した。するとその大群に向かって、一頭の青いドラゴンが近づいていくのが見えた。

 その背には、黒髪の男と共に一人の少女が乗っている。


「ハル、無茶だ……!」


 届くはずもないのに、ルカは息を呑んで思わずそう叫んでいた。



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