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平凡なる皇帝  作者: 三国司
第三章 誘拐と砂漠と最後の王子と

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20

「ドラゴンにさらわれたハル様を探すために、クロナギ先輩たちは三手に別れたんじゃないかと思うんですよね。アナリアさんとラッチ、オルガさんとソル、そしてクロナギ先輩は一人で」


 ヤマトは眠っているクロナギを見下ろしながら言った。ハディに頼んで、家の居間にクロナギを寝かせてもらっているのだ。

 そしてそのハディは今、集落の人々の集会に参加しに行っている。二日後の戦いに備えて、緊急で話をしているのだろう。

 ヤマトは続ける。


「アナリアさんとラッチは、ラマーンのどこかであのサイポスの魔術師に出会ってしまったんでしょうね。ハル様を見ていないか聞き出そうとして声を掛け、その時に術をかけられたのかもしれません」


 先ほどハルは奴隷術についてヤマトやコルグたちに話していた。あの三つ編みの魔術師は、トチェッカにいた魔賊たちから術を買ったに違いないと。

 

「オルガさんとソルは、ドラゴンが巣に戻ると予想してドラニアスに向かったんだと思いますけど……」

「うん、そうかもね。オルガたちにも早く会いたいな」


 ハルは濡らした布でクロナギの顔を拭いてやりながら言った。砂がついて、布はすぐに茶色くなる。

 今ここには、眠っているクロナギとハル、ヤマト、コルグ、ラッチがいる。コルグの青い飛竜は大きいので外にいるが、出入り口の布から顔を覗かせていた。これ以上中に入ろうとするとコルグに叱られると分かっているので、ギリギリのところで大人しくしている。

 

「うーん……」


 唐突に小さく唸ったハルに、ヤマトが尋ねる。


「どうしたんです?」

「アナリアの術をどうやって解こうか考えてたの。魔賊のアジトで見つけた解術の呪文が書いてある紙、あれはトチェッカの自警団の人に渡したけど、今もちゃんと残しておいてくれるかは分からないよね。妊婦さんにかけられた術を解いた後、もう必要ないって捨ててしまったかも」

「その可能性はありますね。魔賊の脅威も無くなったわけですから。でもそこを頼るしかないでしょう」


 呪文が書かれた紙が残っていたら、ハルが頼めば、自警団員は快くその紙を渡してくれるだろう。魔賊を倒した事を感謝されているので、自警団だけでなく、トチェッカの住民や領主もこちらの望みを叶えようとしてくれるはずだ。


「あの妊婦にかかっていた術はトチェッカの領主のところにいる魔術師が解いたようですから、その魔術師を連れてきましょうか。魔術の事はよく分かりませんけど、奴隷術っていうのは難しい術なんでしょ? それを解くのも適当な魔術師じゃ無理でしょう。でも、一度解術を成功させたトチェッカの魔術師ならある程度信用できるのでは?」

「ある程度じゃ不安だよ」


 ハルは困ったように眉を下げて言った。


「もし失敗したらどうなるのか分からないもの。魔術が失敗して何も起きないっていうならまだいいけど、変に作用してしまったり、暴発したりする可能性も――」


 魔術の暴発、という自分が発した言葉にハルは聞き覚えがあった。

 どこで耳にしたんだったかと考えている間にも、ヤマトは喋り続けている。


「あのサイポスの魔術師を何とか捕まえて脅して術を解かせてもいいですけど、そもそも奴が解術方法までちゃんと金を払って買っているのか分からないですしね。それに奴こそ信用できない。解術をすると言いながら、アナリアさんや俺たちに向かって別の術をかけるかもしれません。俺たち竜人は呪文なんてよく知りませんから、相手が何の術をかけようとしてるのかなんて読み取れませんし」

「待って、分かった!」


 ハルはきらりと瞳を輝かせた。


「何がです?」

「暴発って言葉、どこかで聞いた事があるなと思ったら、父さまが殺された話を聞いた時だ」


 エドモンドの話題になると、ヤマトやコルグは表情をこわばらせた。

 ハルは続ける。


「ラマーン王は父さまを操ろうと術をかけたけど、彼は優れた魔術師じゃなかったから、術が暴発してしまって父さまは死んだんだったよね」


 ハルは隣りにいるラッチのつるつるした頭を撫でながら喋った。


「私、トチェッカで魔賊の術を見た時にどうして気付かなかったんだろう。ラマーン王が父さまにかけようとしていた術も、きっと奴隷術だ。そういえば怪しげな魔術師を宮殿に呼んでいたってルカも言ってたし……」


 ぶつぶつと呟きながら、情報を整理していく。

 魔賊がサイポスで三つ編みの魔術師に術を売っていたなら、その隣国のラマーンにも訪れていたっておかしくない。魔賊は金を持っている人間を狙って術を売っていただろうし、ラマーン王にだって接触していたかも。


「ルカに訊いてみよう」


 ルカもルカで大変なので、時間を取らせるのは申し訳ないけれど。

 しかしハルが立ち上がろうとしたその時、ちょうどいいタイミングでルカがやってきた。青い飛竜を避けて、「ちょっとごめんね」と言いながら隙間から家に入ってくる。ハディはラッチでさえも近寄るのを怖がっていたけれど、ルカは肝が座っているようだ。


「あ、ルカ! どうだった、話し合いは?」

「集落の者たちは北に逃げる事になったよ。ザナクドやアスタたち、それに成人男子は兵士として戦いに参加するけどね」

「ルカも?」

「もちろん。だけど竜騎士たちの目があるから、僕は開戦間際まで表立って指揮は取れない。自分で言うのもなんだけど魔術師としてはかなり戦力になるはずだから、サイポスとの戦い前に竜騎士に殺されるわけにはいかないんだ」


 ルカはそう説明してから話を変えた。


「それで? ハルの仲間も増えたようだけど……一人はサイポスに囚われてるってザナクドから聞いたよ」

「そうなの。アナリアっていう竜騎士で、単に捕まってるんじゃなく魔術で操られてる。奴隷術っていう術だよ。聞き覚えない? ルカのお父さんはこの術を使って私の父さまを操ろうとしてたと思うんだ」


「奴隷術……」と首をひねって考えるルカに、魔賊の事やトチェッカでの出来事を説明した上で、再度尋ねた。


「ルカ、言ってたでしょ? ルカのお父さんは怪しい魔術師を宮殿に呼んでいたって。その怪しい魔術師って魔賊の男たちじゃないかと思うの。私が会った時は全部で十八人いたけど」

「人数は確かに多かったけど、そんなにいたかな。それに魔賊とは名乗っていなかった気がするけれど」

「じゃあ彼らの外見は覚えてる? 白っぽい金髪をこうやってオールバックにした、目つきの悪い男はいなかった? 彼がリーダーだと思うんだけど」


 ハルは自分の髪を持ち上げ、おでこを出して、目を狐のように細くした。


「髪型は違うけど、薄い金髪の目つきの悪い男はいたかも。細身でひょろりとしてて」

「そうそう! じゃあ、紫の髪の陰気な雰囲気の男と、頭にバンダナを巻いた男は?」

「ああ、そっちの二人はよく覚えてるよ。特に紫の髪の男は、魔術で染めたのか、毒々しい髪色だったから」


 他の魔賊の特徴を言っても、髪型など多少違う部分があったり、記憶が曖昧だったりしつつも、ほとんどがルカの父親が呼んでいた魔術師たちの特徴と一致した。

 

「という事は、やっぱり僕の父が使おうとして失敗した術も、その奴隷術というものなんだね。それでハルが知りたいのは、その解術の呪文か」

「そうなの」

「父は臆病な人だったから、万が一の時のために解術法も教わっていたんじゃないかと思うよ。宮殿にまだ呪文の書かれた紙が残っているかも」


 ラマーンの宮殿は、砂漠を挟んでいるとはいえ、ここから目と鼻の先にある。トチェッカよりもずっと近い。

 そこで、二人の話を聞いていたヤマトがコルグの肩に手を置き、ルカに向かってこう言った。


「その紙、こいつに探しに行かせていいか? 宮殿に入る許可がほしい」

「俺ですか?」


 いきなり指名されたコルグが困惑する中、ルカは少し考えてから答えた。


「その青いドラゴンに、僕も一緒に乗せて行ってくれるならいいよ。僕もサイポスとの戦いが始まる前に王都にいる宰相たちや兵士たちと話をしたかったんだけど、普通に砂漠を渡ったんじゃ竜騎士たちに見つかるかもしれないと躊躇していたんだ。だけどまさか僕がドラゴンに乗って竜騎士と一緒に王都に戻るとは、誰も予想しないだろう?」


 ヤマトは頷いて答える。


「そうだな。じゃあそうしよう。コルグが上手く竜騎士の目を誤魔化すから安心してくれ」

「ヤマトさん! 勝手に決めないでください。俺、嫌ですよ。どうしてラマーンの王子とドラゴンに二人乗りしなきゃならないんですか」


 エドモンドを殺したのはルカの父親なので、コルグもルカを憎んでいるようだ。父親一人で計画、実行した事だと理解していながらも、ルカは全く関係ないとも思えないようである。子どもならば父親の仕出かした事の責任を取るべきだ、と考えているのだろう。

 なので、ハルはヤマトに話したように、コルグにも自分のピンチをルカたちに救ってもらったのだと説明した。


「この集落の人たちやルカがいなかったら、私は死んでたかもしれないんだよ。命の恩人だから、コルグもあまり失礼な態度は取らないでほしいな」


 お願い、と訴えると、コルグは「ぐっ……」と喉を詰まらせてから、座ったままの姿勢で胸に拳を当てた。


「承知しました」

「じゃあ、ルカと一緒に王宮に行って解術の呪文が書かれた紙を探してきてくれる?」

「もちろんです」

「ありがと!」


 へにゃっと笑って言うと、真剣な顔をして続けた。


「王宮に解術の呪文がなかったら今度はすぐにトチェッカに向かうとして、あと、アナリアを助けるために必要なのは信頼できる魔術師だね。本当ならルカに頼みたいところだけど、ルカも二日後には戦わなくちゃならないし……」

「うん、僕もハルに協力したいけど難しいな。開戦までは魔力を温存しておきたいし、戦いが終わった後では僕は生きているか分からないから。勝つつもりで戦うけど、正直サイポスの方が戦力は上だしね」


 冷静に自分の死を語れるルカをすごいと思いながら、ハルは緊張ぎみに顔をしかめた。二日後にルカが死んでしまうかもしれないなんて、考えたくない。

 もちろん兵士であるザナクドも戦死する可能性はあるし、ラマーンが負ければ、ハディたち一般人もこれまでのような平和な生活は送れなくなる。

 アナリアの事以外にも、ハルには心配しなければならない事がたくさんあった。

 ルカはいつも通りの穏やかな口調で続ける。


「それにサイポスとの戦いに無事勝利して、その後に解術に協力するとしても、僕も奴隷術の解術をするなんて初めてだから練習をする必要がある。そして練習すればするだけ魔力は減っていくけれど、戦いの後にそれをしている余裕は僕にはないと思う。ドラニアスの竜騎士にも対処しなければならないし、正式にラマーンの王となって国を立て直すために奔走しないといけないから」


 ルカは一国の王になる人物で、忙しい身だ。アナリアの事はラマーンとは関係がないし、こちらの事情に付き合わせる事はできない。

 他に信頼できる魔術師はいないかと考えてみるが、ハルにはそもそも魔術師の知り合いが少ない。

 やはりトチェッカの領主お抱えの魔術師に頼むのが一番無難かと思うが、赤の他人がアナリアに杖を向けるのを見るのはどうも抵抗がある。

 持っている力と技術の全てを使って、命をかけるつもりで解術してほしいけれど、その魔術師にはアナリアに思い入れがないわけだから、そこまでの気持ちを持ってくれと言っても無理だろう。


「ドラニアスには、魔術師はいないんだよね? 竜人は魔術を使わないから」


 彼らは己の身体と武器を使って戦う方が性に合っていると感じるらしく、誰も魔術を勉強したがらないらしいのだ。

 ハルの質問には、ヤマトが答えた。


「そうですね、誰も……ああ、一人だけ、レオルザーク総長の側近に魔術を使える男がいますけど、独学で魔術を学んできたでしょうし、解術ができるレベルなのかは分かりません」

「そう……」


 ハルは考え込むように顎に手を当て、目をつぶる。

 そして次にまぶたを持ち上げた時には、何かを決意したかのように瞳に強さが宿っていた。


「ねぇ、ルカ。私に解術できないかな」


 ハルの言葉にルカは目を見開いたけれど――ヤマトとコルグは魔術に詳しくないので、ハルが無謀な提案をしたとは気づかなかった――、冷静にこう教えてくれた。


「それは練習すればいつかはできるようになるよ。ハルは順調に基礎をこなしたし、魔術のセンスは人並みにあるからね。だけど、二日後には到底間に合わない。解術を成功させるには、長くてややこしい呪文を一言一句読み間違えず、発音も完璧にすらすらと紡げるようになる事がまず第一。そして、そこに上手く魔力を乗せなければ術は発動しない」

「うん」

「呪文は紙を見ながら詠唱しても大丈夫だからなんとか習得できるとして、問題はその難しい呪文を唱えながら上手く魔力を乗せられるかというところだよ。さっきも言った通りハルは基礎はできているから、時間さえあればこれも達成できるに違いないけど、最短でも数ヶ月はかかると思うよ」

「数ヶ月か……」


 ハルは難しい顔をして呟いた。

 二日後にアナリアを奪還できたとしても、解術まで数ヶ月もかかるのであれば、その間ずっとアナリアを拘束しておかなければならなくなるという事だ。三つ編みの魔術師の命令なしで大人しくしているとは思えないから。

 それにそんな長い間、本来の心を失った状態でアナリアをいさせたくない。一日でも一時間でも早く、エドモンドの事を愛していた本当の自分を取り戻させてあげたいのだ。


「そのアナリアという竜人を助けたいという想いはハルが一番強いはずだ。つまり僕や他の魔術師にはない情熱を持っているわけだから、集中力も高まるだろうし、根気強く練習できると思う。アナリアの術を解く人物としては、確かにハルが適任かもしれない。けれど、いくら根気があってずっと練習を続けたいと思っても、魔力が持たないんじゃどうにもならないんだ」


 ルカは残念そうに首を横に振った。


「ハルがもし、生まれつき多くの魔力を持っていたら……いくら練習したって尽きないくらいの魔力を持っていたら、数日で習得する事も不可能ではないかもしれない。けれど、こう言ってはなんだけど、ハルの魔力量はごく平凡だ。一時間も練習すれば、魔力が回復するまで一日二日休まなければならないだろう。だから時間がかかるんだ」

「一番問題なのは、私の魔力量って事?」

「そう。魔術のセンスは悪くはないし、やる気もあるわけだから、本当に魔力量だけが――」


 そこでふと、ルカは言葉を途切れさせた。

 そしてハッと何かを思いついたかのように息を呑む。


「――いや、待てよ。ハルは確か、自分の杖を持っていたよね?」


 ルカの声に興奮が混じっているのを感じ取って、ハルも緊張ぎみに頷き返した。


「うん。自分の杖っていうか、魔賊のアジトで見つけたものをどさくさに紛れて貰ってきただけなんだけど……」


 言いながら、自分の腰に差していた二十センチ程度の杖を取り出し、ルカに渡した。

 形見の指輪と同じく杖は常に腰に差していたので、赤い飛竜に攫われた時も身につけていたのだ。そしてルカに魔術を教わる事になった時にも、一度この杖を見せた事がある。

 その時はルカに「杖を使うのはまだ早いよ」と言われて、大人しく仕舞ったのだが。


 ルカはハルから杖を受け取ると、それをまじまじと眺めた。

 まだ一度も使われたことのないハルの杖はブロンツの木でできた一般的なものだが、持ち手は銀で装飾され、握る時に邪魔にならないくらいの小さな黒い石が表と裏に合わせて十個ついている渋いデザインのものだった。

 この黒い石がクロナギの瞳の色に似ていたので、ハルはこれを気に入ったのだ。

 ルカはその黒い石を親指で撫でて、呟く。


「うん、やっぱりこれ、魔石だよ」

「魔石って、魔力を溜められるっていう?」

「ああ、そうだ。魔石にあらかじめ魔力を溜めておけば、戦闘中に魔力が尽きたとしても、魔石から引き出してまた戦えるから便利だよ。こうやって杖に埋め込んだり、装飾品にして持っている魔術師は多い。僕もほら、腕輪と耳飾りについてるだろう?」


 ルカは肩に届くほどの長さの髪をかき上げて、水色の魔石がついた耳飾りを見せてくれた。腕輪の方は深い青色の魔石だ。


「魔石は色によって溜められる魔力の量が変わってくるんだ。色が濃ければ濃いほど、多くの魔力を溜められる。この耳飾りと腕輪なら、腕輪の魔石の方がたくさん魔力を溜められるって事だね。そしてハルの杖についている黒い石は、さらに上だ。それは魔石の中でも一番価値のある色の石だよ」

「これが? 知らなかった……」


 目を丸くして、ルカに返してもらった杖を見つめる。


「でも、こんなに小さいんだよ」

「確かに魔石は大きければ大きいほど多くの魔力を溜められるけど、黒い魔石ならそのくらいの大きさでも十分だ。しかも十個もついているしね。それ、庶民が一生働いたって買えないような代物だよ。その魔賊が持っていた杖の中から、知らずに一番貴重なものを選んだんだね」


 ルカが面白そうに笑うのでハルもつられて唇の端を持ち上げたものの、すぐに肩を落として言う。


「でも、貴重な魔石がついていても意味ないよ。私、これに魔力なんて溜めてこなかったもん」

「いいや、溜まっているよ。見てごらん」


 ルカに促され、改めて第三の目で杖を観察してみると、確かに黒い魔石は、十個全てにハルの魔力を限界まで内包しているようだった。凝縮されたような濃い緑色の魔力が黒い魔石に被さって見える。


「本当だ。でもいつの間に?」

「ずっと持っているだけでも少しづつ溜まるけど、ハルは前に言ってたよね。魔術の練習をしようとして、『毎日魔力を込めたつもりで杖を振ってた』て」

「あ、それで……」


 魔術を使うために何をすればいいのか分からずやっていた事なのだが、それが思わぬ形で実になったようだ。そういえば確かに、杖を振って自主練をした後は体がだるくなっていた気がする。

 もしかしてハルが風邪を引いたのは、知らない間に魔力を石に込めていたために体力を奪われていたせいもあるのかもしれない。

 ハルはきらきらと期待に輝く瞳でルカを見た。


「この魔石に溜めた魔力を使えば、魔力を回復させる必要はなくなるから、長い休憩を取らなくても解術の練習ができるよね?」

「そうだね、習得できるまでの時間はかなり短縮されるよ」


 ルカから嬉しい答えを貰えたので、ハルは改めて自分がアナリアにかけられた奴隷術を解くのだと決意した。

 しかし一方でルカは、真剣な表情で自分の杖を見つめるハルの姿に不安を感じていた。ハルはやると決めたら、自分の事を二の次にして解術の習得に集中するだろうと思えたのだ。


「ハル、魔力回復の時間は取らなくていいとはいえ、もちろん睡眠時間や食事休憩は取らなくちゃならないよ。術の習得に集中するあまりハルが倒れてしまっては意味がないからね。このラマーンでは、こまめに水分補給もしないと本当に死んでしまうし」


 一応そう忠告すると、ハルはしっかり頷いて返した。


「うん、分かってる。気をつけるよ。死なないように」


 自分は決して死んではいけない人間なのだと、ハルはだんだんと自覚してきていた。

 自分が死ねば、クロナギやアナリアはどうなる? ヤマトやコルグ、オルガやソルはどう思う?

 エドモンドの死で皆の心には一度ヒビが入っているのに、ハルまで死んでしまえば今度こそバラバラに壊れてしまう。

 彼らの心を守るために、自分は決して死んではならないのだ。


 だからハルは体力を使い果たして死ぬつもりはない。

 けれど命を落とすギリギリの無茶な練習をしないと、二日後には間に合わない事も分かっていた。


 何が何でも二日後に間に合わせる必要はないのだが、やはりどうしても、少しでも早くアナリアを元の状態に戻してあげたいのだ。

 それはハルの意地みたいなものなのかもしれない。


 ――エドモンド以外の人間に服従するというこの屈辱をアナリアに我慢させるのは、あと二日だけ。


 そうしたら、必ず自分が完璧に解術を会得して、アナリアを元に戻すのだ。


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