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平凡なる皇帝  作者: 三国司
第三章 誘拐と砂漠と最後の王子と

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「止まれ! サイポスが何の用だ!」


 十メートルの距離まで迫ってきたサイポスの小隊に、ザナクドが厳しく声を掛ける。アスタたちも武器を持つ手に力を込めて、戦闘態勢に入っていた。

 三頭いるうち、中央のグモンに乗っている四十代くらいの男がザナクドに言葉を返す。


「そんなに警戒しないでくれますかね。我々はちょっと食料でも分けてもらおうかと寄っただけなのでね」


 サイポス独特の訛りも混じっているせいか、男の喋り方は特徴的だった。

 外見も少し個性的で、目はグモンに似て細く、常ににやにやと笑っているような三日月形だ。黒い筆の先を顎にくっつけたような鬚を持ち、肩甲骨辺りまで伸びた黒髪を太い三つ編みにしていて、濁った青のローブを着ている。


 そしてその三つ編みの男の後ろには、白い大きな布を被っていて上半身がよく見えない女性が座っていた。ズボンに包まれた綺麗な足が白い布からすらりと伸びている。

 しかしこの小隊の中にいるという事は、兵士か魔術師なのかもしれない。


「トリドスに攻め込んでおきながら何をのうのうと! 食料でも水でも、どうせトリドスから根こそぎ強奪してきたのだろう!」


 ザナクドが怒鳴る。トリドスとは、ルカが心配していた、ここから砂漠を南に下った先にある町の事だ。

 トリドスを侵略する前にもラマーンの南側の町をいくつか襲ってきたようだし、サイポス軍はそこでも食料や水を奪ったに違いない。

 けれど、三つ編みの男は悪びれもせずにこう言う。


「ハハハ、そうですね。侵略したラマーンの町の土地も、民も、食料も、我々サイポスのものになるのでね。確かに食料にはそれほど困っていないんですが、なにせ我々もラマーンの王都攻略を前にして兵を増員させていますし、その全員にきちんと体力をつけさせておかねばならないのでね。食料や水はいくらあってもいいのですよ。本国から運んでくるより、ラマーンで奪った方が早いですしね」


 侵略者の言い分に、ザナクドたちが奥歯を噛む。

 三つ編みの男の言葉の中でハルの耳に残ったのは「王都攻略を前に」という部分だ。南からラマーンの町を侵略しつつ北上してきたサイポス軍は、やはり次の目標を王都に定めたのだ。

 宮殿のある王都まで奪われるわけにはいかないので、ルカはラマーン軍を率いて戦わなくてはいけなくなる。

 つまり近いうちに戦争になるという事だ。


「この集落ではそれほど多くの食料を手に入れられそうにはありませんが、まぁ構いません。少しでも足しになればいいですからね。それになにか……ここは“匂う”のですよねぇ」


 男はザナクドやアスタをじっとりと見つめた。


「あなた方は兵士では? そんな雰囲気を持っていますよ。このようなのんびりとした小さな集落で何をしているのですかね? あなた方以外の集落の他の人間にしたって、我々を発見した後の混乱は最小限、行動も迅速でまとまりがある。奇妙な一体感があるのですよね。まるで一丸となって何かを守ろうとしているようではないですか」

「私たちは確かに兵士だが、今は実家のあるこの集落に戻ってきているだけだ。老いた親がいるのでな。迅速に行動できたのは、お前たちサイポス軍が近くに迫ってきている事を知って訓練していたからだし、私たちが守りたいのはこの集落だ。そのために一丸となるのは当たり前だろう」

「私からすると、こんな寂れた集落を必死で守ろうとするのが不思議なのですよね。どこかにお宝でも隠しているのではないかと疑ってしまいますねぇ」


 細い目で集落の家々を舐めるように観察する男。その視線がこちらに注がれる直前に、ハルは慌てて窓の下にしゃがみ込んだ。別に顔を見られたからといって、ただの子どもが隠れていると思われるだけなのだが。


「私の勘は結構当たるのですよねぇ。……少し家の中を探らせてもらいましょうか」

「そうはさせんぞ!」


 再び動き出したサイポス小隊の前に、ザナクドたちが立ちはだかる。人間の数だけでいえば、十人しかいない敵に対してこちらはその倍はいる。けれど向こうにはグモン三頭もいて、さらに……。


「ヤマト」


 ハルはまた窓からこっそり顔を覗かせると、ザナクドたちに加勢しようと前に進み出たヤマトを一旦引き止めて忠告する。


「気をつけて。あの三つ編みの男の人、ただの兵士じゃなくて魔術師だよ。魔術師っぽいローブを着ているのもそうだけど、剣や弓を持っていないし、それに魔力をまとってる」

「見えるんですか?」

「ルカに魔力の見方を教えてもらったから」


 第三の目で見る、というやつだ。灰色の魔力がオーラのように男の体を包んでいるのが見える。魔力量は結構多い。

 ヤマトは注意深く三つ編みの男を観察した。


「ああ、確かに。腰布に杖を差しているのが見えました」

「ヤマトはあの人と戦って。たぶんあの人は敵の中で一番強いから、ザナクドたちじゃ勝てるかどうか分からないし。それで、あの人を倒せたら次はグモンね」

「ハル様、俺をクロナギ先輩たちと一緒にしないでくださいよ。俺は竜騎士の中ではたぶん最弱なんですから!」


 胸を張って言うヤマトだったが、ハルも悪いと思いつつ引かなかった。


「ごめんね。私は何の役にも立たないのに口ばかりだして。でも竜騎士の中では最弱でも、ルカを除いて今この集落の中で一番強いのはヤマトだから、この戦いはヤマトの働きによって勝敗が変わってくると思う。それに放っておくとヤマトは私の事だけを考えて戦いそうだったし。そうじゃなくて、サイポス軍を集落に入れないように、ザナクドたちが死なないように戦ってほしいの」

「注文が多いですけど、ハル様のわがままならなるべく叶えますよ。期待してもらえるのも悪い気分じゃないですし。とりあえずあの三つ編み男を倒してきます」

「隙を突いて杖を奪ってね。がんばって」


 助言してから、ハルはヤマトを送り出した。魔術師は杖がないと魔術を放てないので、杖を奪えば勝てる。

 ヤマトは「がんばって」という声援に嬉しそうな顔をしつつ、意気揚々と歩いていく。


「大丈夫かな……」


 ザナクドたちはすでに相手に攻撃を仕掛けていて、アスタは近距離から左端にいるグモンの目を狙って矢を射った。それは寸分の狂いなく細い右目に命中したけれど、そのせいでグモンが激しく暴れ出す。

 グモンに乗っていた二人の兵士が振り落とされたものの、集落の男二人も暴走するグモンに巻き込まれて下敷きになった。アスタは暴れるグモンの息の根を止めるべく、連続して矢を放ち続けている。グモンの皮膚は硬質そうだが、岩竜に比べると薄くて柔らかく、矢が跳ね返されたりする事はない。


 と、ハルのいる場所まで声は聞こえなかったが、三つ編みの魔術師が口を動かしているのが見えた。

 呪文を唱えているのだ。

 詠唱が終わると、魔術師の前の砂漠の砂がぐぐぐと盛り上がり、三メートルほどの人の形を成す。その砂の巨人が片手を大きく振ると、近くにいたザナクドが叩き飛ばされた。


「ザナクド!」


 どうする事もできずにハルは叫んだ。

 倒れたザナクドを踏みつけようと、砂の巨人はのっそりと片足を上げる。


 しかし、すんでのところでヤマトが駆け込み、巨人の足に飛び蹴りをくらわせる。巨人の足は吹き飛び、砂は周囲に飛び散ったが、すぐにまた集まってきて元の形に戻る。

 この巨人を倒そうとすると手間がかかると思ったのか、ヤマトは最初の計画通りに三つ編みの魔術師を狙う事にしたようだ。

 風のように走って巨人の体を回り込み、グモンの上であぐらをかいている魔術師に向かって跳躍する。


「何っ……!?」


 魔術師はヤマトの事をただの人間だと思っていたのだろう。それが竜人のように素早くしなやかに動くものだから、驚くばかりで対応できなかった。

 ヤマトは三つ編みの魔術に飛びかかり、押し倒すようにしてグモンの上から落とす。

 ぐッ、と呻いて魔術師が地面に頭をぶつける頃には、しっかりと杖も奪っていた。砂の巨人もさらさらと崩れ落ちる。

 

「やった! ヤマトすごい」


 ハルの小声の叫びも、耳のいいヤマトには聞こえたのかもしれない。得意気に笑ってこちらを振り返った。


「よそ見しちゃだめだよ! 次、次!」


 指図ばかりで申し訳ないが笑っている暇はないので、ハルはグモンを指差した。一頭はアスタたちの矢を受けているものの、まだ暴れている。

 しかし、ヤマトがグモンを倒すべく、掴んでいた魔術師の胸ぐらを離して立ち上がった瞬間――

 

「……ぐはッ!」


『俺って戦闘もそこそこいけるかもしれない』と自信に満ちた顔をしていたヤマトを、何者かが蹴り倒したのだ。

 ヤマトは脇腹に蹴りを受けて転がるように倒れたが、痛みに表情を歪めながら素早く立ち上がり、後退した。


「くっそ……、人間にしてはいい蹴りしてるな。脇腹狙うとか卑怯だろ!」


 ヤマトは腰の上を押さえつつ、敵に怒りをぶつけた。

 ヤマトを襲った敵は、白い布を頭から被っている女性だった。やはりただの女性ではなかったようだが、一応竜騎士であるヤマトに一撃でダメージを与えるなんて予想以上に強いのかもしれない。

 敵の中で最も強いのは三つ編みの魔術師だと思っていたが、この女性が一番の強敵だったのだろうか。


 暑さと緊張で、ハルのこめかみに汗が流れる。

 しかし次の瞬間、被っていた白い布を女性が取り去ると、ハルは今度は驚きのあまりに目を丸くする事になった。


 布の下から現れたのは、思わず見惚れてしまうような美貌とそれを囲む美しい金髪だった。

 あんなにきらびやかな美女を、ハルは一人しか知らない。


「アナリア!」


 ハルは再会の喜びに胸を膨らませ、弾んだ声で叫んだ。ヤマトもその正体に仰天して目を見開いている。


 しかし、アナリアの様子はどこかおかしかった。

 いつも強気だった瞳に今は光がなく、ハルの声にも反応しない。


「アナリア……?」

 

 ハルは表情をこわばらせて囁いた。

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