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平凡なる皇帝  作者: 三国司
第三章 誘拐と砂漠と最後の王子と

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16

 ドラニアスはラマーンとの交渉を受け入れなかった。ハルでは交渉材料にならなかったという事だ。

 すっかりレオルザークと対面する気でいたハルは、この結果に拍子抜けしてしまった。自分の存在などどうでもいいと言われたようで、少なからずショックでもある。

 ザナクドは厳しい顔をより一層厳しくして、ルカに向かってこう言った。


「宰相様は、ドラニアスの最高司令官であるレオルザーク殿に直接交渉を申し込んだそうですが、すげなく一蹴されたと」


 それに対して、ラクダの世話を終えて帰ってきていたヤマトが口を挟む。


「やっぱり総長はハル様の存在を誰にも知られたくないらしい。混乱の元になると考えて、ドラニアスから遠ざけたがってるんだ。総長に直接言うんじゃなく、他の竜騎士たちを巻き込んだ方がよかったかもな」


 レオルザーク以外の竜騎士たちがハルの存在を知れば、どういう感情を抱くかは分からない。

 けれど確証のない噂だけを頼りに軍を離脱したコルグたちのようにハルを求めている者もいるのだから、まだ軍に留まっている竜騎士の中にも、ドラニアスの国民の中にも、ハルを必要として受け入れる者はたくさんいるだろう。

 むしろレオルザークのようにハルを拒絶する竜人の方が少ないはずだとヤマトは考えている。


「レオルザーク総長だって、エドモンド様の生き写しのようなハル様の姿を実際に見れば放っておけなくなると思うんだよな。たとえ混血でもエドモンド様の血を継いでいる事は確かだって、認めざるを得なくなるはずだ」

「本当にそう思う?」


 ハルが訊ねると、ヤマトはしっかりと頷いて答えた。


「だってアナリアさんを見てくださいよ。ドラニアスの竜人たちの中でも、アナリアさんほどフレアさんを憎んでいた者はいないんです。それが今では、フレア様の血を引くハル様を溺愛してるんですよ。アナリアさんでさえ変わったんですから、レオルザーク総長だって変わる可能性は高いですよ」

「じゃあ、いっそこっちからレオルザークに会いに行った方がいいのかな」


 今まではレオルザークに会うのは怖いと思っていたけれど、ルカの命も掛かっているこの局面では怖がってもいられないし、のんびりと受け身でいるわけにもいかない。


「そうですね。エドモンド様とよく似ているんだと分かってもらう事も大切ですが、ハル様にはハル様の魅力があるという事も、直接会って話をしない事には分かってもらえませんから。……だけど総長は考えを変えないという可能性もありますし、一対一で会うのはやめた方がいいですね。総長と会うなら、他にもできるだけたくさんの竜騎士がいるところで面会した方がいいと思います。そうすれば、万が一の事態になっても、他の竜騎士が止めに入ってくれるでしょうから」


 俺一人では総長相手にハル様を守れるか不安なんですよね……と、情けなく呟き、続けた。


「あー、クロナギ先輩たちマジでどこにいるんだよ……」


 頭を抱えているヤマトを横目に見ながら、できるだけたくさんの竜騎士がいるところでレオルザークと面会するにはどうすればいいか、ハルは考えた。


 ――と、その時。

 バタバタと騒がしい足音が聞こえてきたかと思えば、いつかのようにアスタが家の中へ飛び込んできた。

 けれど彼の焦りようは、ヤマトがこの集落に現れた時とは比べ物にならない。


「ザナクド!」

「なんだ、騒がしい。殿下もおられるのだぞ」


 はぁはぁと息を切らしているアスタを、ザナクドは静かに叱った。

 アスタはルカに膝をついてから、ザナクドに向かって早口で言う。


「サイポス軍です! 十名ほどの小隊ですが、グモン三頭を連れてこの集落に向かってきています!」

「なんだと!?」


 アスタが言い終わると同時に、ザナクドは眉間にしわを寄せて素早く指示を出した。


「ハディは殿下をうちへ連れて行って寝室に隠してくれ。殿下、窮屈でしょうが、以前埋めた桶の中でしばし息を潜めていてください。アスタは集落の男たちにもこの事を伝えて、迎え撃つ準備をさせろ。急げ」


 鬼気迫る声で言いながら、ザナクドは剣を手に立ち上がっていた。アスタは即座にきびすを返して飛び出していく。

 ほんの一瞬でこの場の空気が一気に緊張感を増した。

 雰囲気にのまれてハルの心臓もドクドクと音を立て始める。

 

「殿下、行きましょう」

「ああ、分かった。ハル、気をつけて」

「う、うん、ルカも」


 ハディに連れられ、隣家に移動していくルカと短く言葉を交わす。緊急事態だという事はハルにも分かっていた。

 ヤマトも先ほどのアスタの報告から状況を読み取って、「俺は護衛や戦闘は専門外だっていうのに」とぶつぶつ言いながら、ハルをどこへ隠そうかと思案している。一応家の中を詮索し始めたものの、この簡素な造りではどこにも隠し場所など無いと悟ってすぐに戻ってきた。


「サイポス軍……」


 ハルは囁いた。

 国が混乱しているこの機会を狙ってラマーンを侵略しようとしている、南側のやっかいな隣国。ドラニアスとラマーンのいざこさに首を突っ込み、利益を狙う三つ目の国――それがサイポスだ。

 竜騎士たちならサイポス軍など簡単に蹴散らしてしまうだろうが、彼らの目的はルカを殺す事なので、サイポスの介入には我関せずだ。ルカに手を出さない限りは、侵略でも戦争でも勝手にやればいいと思っているのだろう。

 ヤマトはハルと視線を合わせて言った。


「ハル様、サイポス軍にこの集落で暴れられるとハル様まで被害を受けるので、俺もザナクドたちと一緒に奴らを追い返してきます。ハル様はここにいてくださいね。何があってもこの家にだけには、サイポスの兵士を入れないようにしますから」

「うん。集落の人たちの力になってあげて。気をつけてね」


 ザナクドに続いて家を出て行くヤマトを見送ると、ハルは家の奥にある寝室へ行き、そこにある窓からそっと外の様子をうかがった。

 ハディの家はこの小さな集落の南側に建っているので、この窓から覗けば、南から来るであろうサイポスの小隊の様子を見る事ができるのだ。


 窓の外では、長老のような年寄りや子どもを除いて、集落の男たちが武器を手に持ち、集まっていた。

 ヤマトはハルのいる窓からつかず離れず、いつもと変わらぬ様子で砂漠を見つめている。戦闘は得意ではないという彼が緊張していないのは、いざとなればハルだけなら抱えて逃げられる自信があるからかもしれない。

 そしてザナクドやアスタたちの表情が険しいのは、ルカや集落の人々、それに家を含めた彼らの財産と、守らなければならないものがたくさんある上、それら全てを守り切れるか分からないからだろう。


 集落が乗っ取られるかもしれない、誰かが命を落とすかもしれない。そしてルカが見つかれば、サイポスの兵士はドラニアスに恩を売るために彼を竜騎士に差し出すかもしれない。そしてそうなれば、ラマーンという国は終わったも同然となる。

 最悪の未来を想像して、皆の顔に暗い影が落ちる。

 

「来たぞ!」


 ザナクドが上げた警告の声に、集落全体の緊迫感が増す。ハルと同じようにそれぞれの家の中で息を潜めているはずの女や老人、子どもたちの息遣いまで聞こえてきそうだ。

 ハルは静かに呼吸をして、この突然の窮地を皆が無事にやり過ごせるよう祈った。


 サイポス軍の小隊は、集落から離れた砂漠の上でしばらくこちらの様子を観察していたようだったが、集落の男たちの数と装備を見て負ける事はないと確信したのか、堂々とした足取りで近づいてきた。

 サイポスの兵士たちは白や茶色のゆるやかな揃いの服を着て、頭にはターバンを巻いている。砂塵避けのためだろうか、中にはそのターバンで鼻や口まで覆っている者もいたが、同じ砂漠の民だからか服装はラマーンの人々と変わりはないようである。

 武器は剣や弓で、四人はラクダに乗っている。

 そして残りの六人は二人ずつに別れ、三頭の見慣れぬ生物に騎乗していた。


「なに、あれ?」


 ハルが目を丸くして驚く。その見慣れぬ生物とは、トカゲを大きくしたような生き物だ。兵士が背に二人ずつ乗ってもまだ余裕がある大きさである。

 けれど普通のトカゲと違って体全体が平べったく、口先も丸い。四本の足で砂の上をだるそうにのそのそと歩き――それでも人間が砂漠を歩くより早い――、鱗の色は黄土色。感情の読み取れない細い目をして、口を開けると針のように細かな牙が並んでいるのが見えた。

 ドラゴンは動物とは思えないくらい表情豊かだが、この生物の顔はのっぺりと無表情だ。

 表情をこわばらせるハルに、窓の前まで後退してきていたヤマトが言った。


「あれはグモンですよ。サイポスの砂漠にしか生息していないっていう爬虫類です。ドラニアスにしかいないドラゴンみたいなもので、サイポス軍ではラクダや馬の他に、グモンを騎獣として調教しているらしいですよ。ま、でも、ドラゴンと違って人には懐きませんから完璧に言う事を聞かせるのは難しいらしく、グモンに襲われる兵士も山ほどいるみたいですけどね。それでもあのでかさと砂漠の暑さに強い点は魅力なんでしょう」


 確かにグモンがゆっくりとこちらに近づいてくるだけで、敵は逃げ出したくなるだろう。

 襲われないという確信があるからハルはドラゴンは怖くないのだが、グモンは到底自分に懐いてくれそうにないので恐ろしかった。

 ザナクドたちはハルよりいくらかグモンを見慣れているようだが、その危険性も理解しているのか、サイポスの兵士に対してと同じくらいグモンに対しても警戒している様子だ。


「止まれ! サイポスが何の用だ!」

 


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