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平凡なる皇帝  作者: 三国司
第三章 誘拐と砂漠と最後の王子と

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竜笛りゅうぶえを吹いたのはお前か?」


 目立たないヤマトの容貌は、竜人から見ても同じ竜人には見えないらしい。茶髪の竜騎士の態度は冷ややかだった。人間がどうして竜笛を持っているのか、と言いたげだ。

 一方、ヤマトの方は相手の事を知っているらしい。ドラゴンの色を見て所属を予想してから、竜騎士の名前を言い当てた。


「“ナルフロウ”のコルグ・ダラン……だよな?」

「俺の事を知っているのか?」

「ああ、面識はないけど、合同訓練の時とかに何度か見た事がある。人の顔と名前を覚えるのは得意なもんで。ちなみに俺は“ヴィネスト”のヤマトだ」

「紫ッ!?」


 コルグは声を裏返らせて叫んだ。皇帝の護衛を任されている紫はエリート集団だとかクロナギから訊いた気がする、とハルは思った。


「これは失礼を。確かに名前には聞き覚えがあります。が……えっと」


 たぶんヤマトの顔は印象に残りにくいのだろう。コルグはきまり悪そうに肩をすくめた。


「ああ、いいよ。覚えられてないのには慣れてる」

「申し訳ありません」


 ヤマトの方が年上なのか、それとも上下関係があるのか、コルグは急にかしこまって頭を下げた。


「しかし紫のヤマトさんがこんな所で何を? ラマーン人に紛れて行方不明の王子を探すとか、そういう任務ですか?」

「うん、そんなところだ」


 悪びれずに嘘をつくヤマトに、真面目そうなコルグは「大変そうですね」と頷く。


「で、君は何を? こんな夜中に何かの任務か?」


 ヤマトの口調に威圧感はないけれど、質問されたコルグはぐっと言葉に詰まった。


「いえ、その……」

「任務ではないよな? 軍服を着用せずに個人で外国へ向かうような任務、俺以外ではなかなか無いぞ」


 気まずそうに視線を落としたまま口を開こうとしないコルグに、ヤマトは質問を変えて再び問う。


「俺はしばらくドラニアスに帰ってないんだ。教えてくれ、帝国で何が起こってる?」 


 一般の竜騎士が夜中にこそこそとドラニアスから抜け出すようにして個人行動を取るのは、やはり異常な事なのだろう。ヤマトの声には深い懸念が滲んでいた。故郷がどういう状況にあるのか心配なのだ。

 コルグは一度緊張気味に表情を引き締めると、ヤマトへ詰め寄るようにして一歩近づき、縋るように訊き返した。


「ヤマトさんは、クロナギさんがどこに居られるのかご存じないですか?」


 その真剣な目に、ヤマトは注意深く言葉を返す。


「いや、知らないな。同じ隊に所属しているとはいえ、紫は特殊だから、今は他の隊員の行動は把握してない」

「そうですか……」


 コルグが落胆したように息を吐く。


「クロナギ先輩がどうしたんだ?」

「……実は、俺はこれからクロナギさんを探しに行くつもりなんです。ヤマトさんは最近軍の内部で流れている噂を知っていますか? クロナギさんの姿が見えなくなってから囁かれ始めたものです」

「いや……というか、クロナギ先輩がドラニアスからいなくなってる事、皆知ってるのか」

「あの方は若手の憧れですから目立ちますし、いなくなればすぐに周りが気づきますよ」


 コルグも憧れているのか若干照れを見せてそう言うと、ヤマトは「さすがクロナギ先輩……」と悲しそうに呟いた。自分も同じ時期にドラニアスを発って不在だったけれど、指令を出したレオルザーク以外は誰も気づいていないだろうと察してしまったらしい。


「で、噂って?」


 気を取り直したヤマトが言う。

 コルグは声を潜めて答えた。


「クロナギさんは新たな皇帝を迎えに行ったんだ、という噂です」


 ハルは耳をそばだてながら、ごくりと唾を飲む。


「十何年前になるでしょうか、エドモンド様の寵妃と呼ばれた人間がいましたよね。結局結婚はされないまま、一年ほどでドラニアスを去ってしまいましたが」

「フレア様の事か?」

「ええ、そうです。クロナギさんは、そのフレア様の元へ向かったのではないかと皆噂しているのです。フレア様の元にはエドモンド様との間にできた子どもがいて、その子を迎えに行ったと。皇帝を失った我々の願望からきた噂ではありますが、クロナギさんはフレア様の護衛もされていましたから、実は妊娠していた事を知っていたとしても不思議ではありませんし」


 話を聞いたヤマトは、肯定も否定もできずに黙り込んだ。

 レオルザークはやはり混血のハルの存在を帝国の誰にも知らせていないようだが、図らずも真実に近い噂が広まってしまっているらしい。

 しかしもちろん噂は正確ではない。クロナギはフレアの妊娠を知らなかったし、またフレアに会いに行ったのもエドモンドの死を知らせるためだ。そこで初めてフレアがすでに亡くなっている事と、ハルという忘れ形見が遺されている事に気づいた。


「我々は皆、その噂に一縷の望みをかけているのです。ドラニアスには皇帝が必要ですから」


 力を込めて言い切るコルグに、ヤマトは厳しい顔をした。


「気持ちは分かるが、ただの噂を信じて軍を離脱するのはどうかと思うぞ。総長や、お前の上官であるサザ将軍からジジリアへ向かえという命令を受けている訳じゃないだろ?」

「はい……しかしこれはドラニアスのためなのです。我々は帝国のために行動している」


 コルグは堂々と言った。例えばヤマトがここでコルグを止めようとすれば、反撃してでもジジリアへクロナギを捜しに向かうだろう。ヤマトは竜騎士相手の戦闘にはあまり自信がないのか、そういう手段は取らなかったが、代わりに説得を試みている。

 なんたってハルはここにいる訳で、ジジリアに行っても無駄なのだから。


「帝国のためというなら、戻って自分の役割に専念した方がいい。今こそドラニアスは一つにまとまらないと」

「皇帝がいなければ、本当の意味でまとまる事はできません」


 コルグは強く首を振った。


「ヤマトさんも分かるでしょう? 俺たち竜人は、本当は個人主義で協調性もない。野生のドラゴンたちと同じく、番や子どもを大切にすることはあっても群れでは行動しない。いや、できないんだ。必ず喧嘩が起こるから。今のドラニアスでも小規模な諍いが頻発しています。レオルザーク総長が力づくで押さえつけていますが、長くは持たない。現に東西南北、四人の将軍たちと総長の関係も今は微妙です。それぞれ個性的な方ですし意見も違いますから、本気で国が五つに分裂しかねない。そうすれば、初代皇帝が現れる前の殺伐としたドラニアスに逆戻りです」


 鬼気迫る表情で、コルグは力説する。


「だから我々には皇帝が必要だ。その尊き存在を守る事で、竜人は一つになれる」


 しかし砂漠の夜に静かに響く声は、そこで急に弱々しくなった。


「ヤマトさん、俺は怖いんです。エドモンド様という太陽を失ったまま、この先ずっと暗闇の中で生きていくのが。……だからいるかどうかも分からない、エドモンド様の子を探しに行く。俺より先にジジリアへ向かった連中もきっと同じ気持ちだ。混血の御子がエドモンド様と同じくらいの光を放っているとは期待していません。だけど、ほんの僅かな光でもいいんです。微かにドラニアスを照らしてくれるだけでいい。それだけで俺たちは生きていけるから」


 涙こそ流していないけれど、コルグは泣いている。竜人にとっての皇帝という存在の大きさを、ハルは改めて思い知った。

 しかし見ず知らずの竜騎士から多大な期待をかけられているというのに、ハルは不思議と重圧を感じはしなかった。

 むしろ自分のこのちっぽけな存在が必要とされているなら、助けになりたいと思う。


 自分の心が大きく膨らんで、そこにいつの間にか他人を受け入れる余裕が出来ているのにハルは気づいた。


 クロナギとアナリアを入れても大丈夫、まだ余裕がある。

 オルガとソルとヤマトを入れても、まだまだ隙間があった。ここにあのコルグも入れてあげたら、彼はもう泣かないだろうか。そんなことを考える。


 竜人たちの使命が皇帝の命を守る事なら、皇帝の使命は竜人たちの心を守る事だ。

 唐突にそう理解した。


 エドモンドを失って悲しみに暮れている竜人たちを、自分は守らなくてはならない。彼らの心が潰れてしまわないように。


 ぼんやりとかかっていた霧が急速に晴れていくような、そんな変化が自分の内部で起きているが、ハルは驚くほど自然にその変質を受け止めた。


「フガ、フグッ……」


 ――と、特別な瞬間を迎えていたハルのすぐ近くで、何やら雑音が聞こえてくる。

 二度瞬いて視線を定めると、目の前の布の隙間から、ドラゴンの鼻が覗いていた。


 思わず声を上げそうになったが寸でで堪えて、フガフガと匂いをかぐようにして遠慮なく突っ込んでくる鼻先を押し戻す。

 

「……どうした? 食い物でもあるのか?」


 ふとこちらに注意を向けたコルグの声が外から聞こえてきたが、彼がハルのいる家の中を覗くより先に、ヤマトが行動を起こしたようだ。

 

「この家の人間が起きてくるからやめろって」


 尾を掴んで引っ張ったようで、ずりずりと音を立ててドラゴンが離れて行く。小さく唸って文句を言っていたが、よく躾けられているのだろう、コルグが「煩いぞ」と注意すれば大人しくなった。


「そんなに腹が減ってるなら、ジジリアへ入る前に魔獣でも探してやるよ」


 ドラゴンは不満げに鼻を鳴らしたが、彼の真意は主人には伝わらなかったようだ。ドラゴンに取り付けた鞍に乗り、コルグはヤマトに頭を下げる。


「では、俺はこれで。総長や将軍に俺の事を報告するならしてください。だけどエドモンド様の御子が居られるのか居られないのか、はっきりと確認するまではドラニアスへは戻りませんから」

「あ、ちょっと待て」


 飛び立とうとしたコルグに、ヤマトが声をかける。


「クロナギ先輩を探すなら、ウラグル山脈から西を当たった方がいい。おそらくジジリアより、ラマーンにいる可能性のが高いと思うから」

「そう……なんですか?」

「ああ。あとクロナギ先輩はドラゴンを連れてないから地上をよく探して、もし見つける事が出来れば、俺がここにいたって事を伝えて欲しい。頼めるか?」

「それくらいならお安いご用です」


 ヤマトに止められなかった事に肩透かしを食らいつつ、コルグはドラゴンに乗って夜空へと飛翔した。

 数秒待ってハルが布を引くと、小さく消えていく影を見送っていたヤマトがこちらへ向き直る。


「ドラニアス……大丈夫なの?」


 思っていたより自分の声はか細くなった。父が大切に守ってきたドラニアスが崩壊の危機にあると思うと、胸が締め付けられて居ても立ってもいられない。


「うーん、状況は悪くなる一方のようですね。俺が帝国を発つ前は、国民はラマーンへ強い怒りを向ける事で何とか一つにまとまっていましたが、王族をほとんど処刑し終えて、段々と皇帝を失った喪失感の方が大きくなってきたようです。……こうなってくると、ティトケペル王子には永遠に隠れていてもらった方がいいような気がしてきたな。あの王子を殺してしまって竜騎士たちが共通の目的を失ったら、いよいよドラニアスは崩壊しそうだ」


 後半はほとんど独り言のようだった。腕を組んで唸り始めたヤマトを、ハルは複雑な気持ちで見つめた。


 自分にとっての決断の時が迫ってきている予感がした。




 ***




「ルカは不安に思う事ない? 自分はちゃんとした王になれるのかって」


 翌日、ザナクドの家での魔術特訓中、ハルは自分の体に流れる魔力を手のひらに集めながらルカに尋ねた。ハディは自分の家で家事を、ヤマトはアスタとラクダの世話をしに行っていて今はいない。

 質問した途端に集中を切らし、鮮やかな緑色の魔力はすぐに胴体の方へと戻っていったが、ルカは咎めなかった。きょとんとした顔をしてハルを見ている。


「不安? もちろんあるよ」


 当たり前のことを訊かれて驚いているらしいが、その答えにハルも目をぱちくりさせた。


「あるの? ルカは何があってもラマーンを守るって決意を固めている感じだったから、不安も迷いもないんだと思ってた」

「まさか。僕はそこまで自信家じゃない。問題は山積みだし、不安は常にある。そもそも竜騎士たちから生き残れるかも分からないのに」

「なら、どうして決断できたの? 王になるって。王族最後の生き残りだから仕方なく……じゃないよね?」


 ハルの単純な質問は、しかし今まで誰からもされなかった問いのようだ。ルカは改めて考えると、自分の気持ちを言葉にした。


「ザナクドがいたからかな」


 その瞬間、部屋の隅で気配を消して特訓を見守っていたザナクドが、首を痛めそうな勢いで顔を上げた。

 ルカは穏やかに微笑んで言う。


「僕を必死に守ってくれたザナクドやアスタたち、あるいは僕を頼って期待をかけてくれるハディたち集落の皆、王都に残っている宰相や兵士たちの姿を見て、決めたんだ。彼らを守るために王になろうって」


 ハルの心を覗くようにして、ルカの金褐色の瞳がこちらを観察してくる。


「まだ王座についていない僕が言うのもなんだけど……ハル、君も自分がドラニアスの皇帝にならなければと思っているのなら、そんなに難しく考える必要はないよ。国を背負って、全ての民を幸せにしなきゃならないなんて、壮大な目標を立てる事はない」


 後輩を諭すようにルカが優しく言った。ハルの悩みを全て知っているかのように。


「顔や名前を知らない国民のほうが多いのに、その者たちのために死ぬ気で頑張ろうなんて思っても重圧にすぐに潰されてしまう。全ての人々のために戦う必要はないんだ。最初はただ、自分の周りにいる大切な人たちを守るために行動すればいい。それが結果的に国を守ることに繋がるんだと思うよ。僕が王になるのは、国をより良くして、ザナクドたちを幸せにしたいからだ」


 ルカがそう言い切ると、隅の方でザナクドがきつく目をつぶった。感動を噛み締めているらしい。自分の主はどうしてこんなに素晴らしいのだと思っているに違いない。

 じっとザナクドを見ていると、ルカが恥ずかしそうにハルの注意を戻した。


「ハルの大切な人は誰?」

「大切な人……」


 何年か前なら、迷いなく「母さま!」と答えていただろう。狭い世界の中で母だけがハルの全てだったあの頃は、そこに他人を入れる余地などなかった。

 だけど今は違う。ハルは少し成長して、大きくなったのだ。


「クロナギ、ラッチ、アナリア、オルガ、ソル、ヤマト……」


 指を折りながら、名前を上げていく。

 見たこともないドラニアスの大勢の国民たちのためには、皇帝になるという大きな決断は出来ないが、クロナギたちのためにと言われたらどうだろう――。

 


 魔力が見えない人間からすると、その時のハルはただ自分の指を見つめて静止しているだけだった。

 しかしルカは自分の目に映る光景に、思わず頬を緩めた。


 ハルの感情に合わせて、美しい緑の魔力が大きく膨らみ、力強く燃えていたのだ。


 

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