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平凡なる皇帝  作者: 三国司
第二章 お菓子と魔賊と竜騎士と

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「か、帰ってきちゃった……!」


 ハルはラッチと共に慌ててきびすを返したが、窓から脱出する前に、出入り口から中に入ってきた魔賊の男たちと鉢合わせしてしまった。

 十人以上の団体様だ。


「お前は昼間の……」


 一番先頭にいた金髪オールバックの男が、ハルを見て目を見開いた。


「あの黒髪の男の連れだ」

 

 バンダナを巻いた男と、紫の髪の男も頷く。

 どうやら街でハルたちと一悶着を起こした三人は、残念ながらしっかりとこちらの顔を覚えているようだった。


「捕まえろ!」


 金髪オールバックの男がこの集団の頭らしい。彼の一声で、他の魔賊たちが杖を片手にこちらへと駆けてくる。

 ハルは固まっていた足を動かして、戦おうとするラッチを引っ張り、素早く窓から脱出した。昔から運動神経はいい方なのだ。

 しかし窓から外へ飛び出て、片足で地面を踏みしめた瞬間に、ハルの足は再び固まってしまった。


「……あれ?」


 足だけではない。体も首も指先も、まるで石になってしまったかのようにピクリとも動かないのだ。視線と唇さえも満足には動かせず、とても重い感じがする。

 しかし無理矢理に眼球を動かして自分の足下を見ると、直径一メートルほどの魔法陣が光を放っているのが見えた。

 そういえば先ほどハルが窓から脱出した瞬間に、魔賊の誰かが何か短い呪文のようなものを唱えていた気がする。元々ここには魔法陣で罠が仕掛けてあって、それを呪文で発動させたのだろうか。だから体が動かない?


「きゅう!」


 けれどハルのすぐ側で飛んでいるラッチは地面に触れていないからか、魔法陣の影響を受けていないようだ。ぱたぱたと翼を動かしながら、その場で動かなくなったハルを心配するかように周囲を飛び回っている。

 歯を食いしばり、ぐぐぐと力を込めて体を動かそうとしてみるが、何も変化は起こらない。体は固まったまま微動だにしない。

 そうこうしているうちに魔賊の男たちは出入り口の方からまた外に出て、余裕の笑みを浮かべながらゆっくりとこちらへやって来た。


「まぬけな格好で固まってるな」


 駆け出そうとした姿勢のままのハルを見て、馬鹿にしたように言う。ハルはギギギと視線を動かし、横目で相手を睨んだ。

 金髪オールバックの男が憎たらしく言う。


「俺らには敵が多くてな。……少ない対価で親切にもこの街を守ってやってるっつーのに、ここの住人たちは俺たちを追い出そうとしやがるんだ。ひどい奴らだろ?」


 そこで狐のように目を細めて笑うと、続けた。


「無謀にも俺らを倒そうとこのアジトにやって来た侵入者に罰を与えるため、この家には様々な罠が仕掛けてある。これもその一つだ」


 そう言って、ハルの足下で光っている魔法陣を指差した。


「入って、くるときは……こんなの、なかった、のに……」


 重い唇を動かして言う。街の人たちに追われて焦っていたとはいえ、この決して小さくはない魔法陣を見落とすはずはない。

 金髪の男は声を上げ、愉快そうに笑った。


「ははは、そうだろうな。当たり前だ、魔法陣に透過の術をかけていたんだから。丸見えの魔法陣なんて分かりやすい罠、罠とは言えねぇだろうがよ!」

 

 他の魔賊の男たちもドッと笑い出す。「入ってくるときはこんな魔法陣なかった」というハルの言葉が、よほどおかしかったらしい。

 ひとしきり笑った後で、金髪オールバックの男が「まぁ待て。そんなに笑ってやるな」と仲間を諌めた。自分が一番笑っていたくせに。


「この馬鹿な小娘がそんな風に言うのも無理はない。そうだろう? 透過の術は俺たちが作り出した便利な術だ。魔法陣にさらに魔術をかけて見えなくするなんて事、下等生物たちでは思いもつかないのさ」

「あなたたち、が……作った、術?」


 馬鹿にされた腹立たしさよりも、そちらの方にハルの興味は向いた。

 金髪の男は尊大に胸を張って答える。


「そうさ。そんじょそこらの魔術師には到底無理でも、俺たちほど優秀で頭のいい魔術師なら新しい術を作り出す事だってわけはない。俺たちは才能を持って生まれてきた、選ばれし魔術師なんだからな」


 確かに彼らは優秀なのだろう。長い呪文や難しい魔術文字を暗記し、新しい魔術を開発する事もできる。

 だけどそれが何なのだろう。彼らを見ていると、頭の良さや持って生まれた才能など、何の意味もないように思えてくる。そんなものがあっても、心が汚ければ台無しになってしまうのだと。


「さぁ、せっかくそっちから出向いてくれたんだ。お前を囮にして、あの黒髪の男をおびき寄せてやる。街の奴らが騒いでいたが、まさかお前たちが竜人だったとはな。だが、相手が誰でも容赦はしねぇ。お前たちは俺らをコケにしたんだ」


 そんな事をした記憶などなかったハルは一瞬疑問を浮かべたが、すぐに納得した。昼間、街で彼らに絡まれた時、クロナギが彼らの攻撃をあっさりと避けた事は、彼らにとっては『コケにされた』事になるらしい。自分の思い通りにならない事は全て癪に触るのだろう。

 固まったままのハルの元へ近づいてくる男たちに、ラッチが唸り声を上げた。


「おーおー、恐ろしいドラゴンだ。怖いねぇ」


 また魔賊たちが笑う。彼らはいちいち相手を馬鹿にしないと気が済まない性格なのか。

 ラッチは吠え声を上げながら突進して行くが、その牙が届くよりも早く、金髪の男の杖の先から雷撃が放たれた。

 ラッチは至近距離から雷に打たれ、気を失い、墜落する。


「ラッ、チ……!」


 上手く動かない唇を開き、ハルが悲鳴を上げる。ハルとは違う理由で動かなくなったラッチは、あっさりと魔賊に捕まってしまった。


「こいつは殺さずに売り飛ばすか。かなりの額で売れるだろうよ」


 魔賊の男たちは陰湿な笑みを浮かべた。


 



「こいつを人質にしておけば、あの黒髪の竜人はこっちに手も足も出せなくなる」

「ああ、そうだ。しかし俺たちみたいな優秀な魔術師と単細胞の竜人一匹とじゃ、普通に戦ってもこっちが勝つだろうけどな」

「ははっ、何だか楽勝になりそうだ。弱い者いじめは好きじゃないんだが」

「よく言う」


 目の前で繰り広げられる不愉快な会話に、ハルは黙って顔をしかめた。口を挟みたくても、猿ぐつわをかませられていて叶わないからだ。

 魔賊の男たちは、結局全部で十八人いるらしい。確かに能力の高い魔術師がこれだけの人数集まっているのなら、少人数の騎士団くらいはあっさりと倒してしまうだろう。

 彼らはひとつのテーブルを囲み、どうやってクロナギを始末するかという作戦を立てていた。

 そしてその隣の床の上で、ハルとラッチは口を塞がれ体を縛られて、みの虫状態で転がされている。


 自分の体を拘束する縄を何とか解こうとしてみるも、うねうねと床をのたうち回るだけで効果はない。

 隣で体と口をぐるぐる巻きにされているラッチは先ほど雷撃を浴びたにも関わらず、今はもう元気に抵抗をみせている。が、その度ころころと絨毯の上を転がるのみで、こちらも意味はなかった。

 なんと無力な一人と一匹。


 軽くハルが絶望していると、金髪オールバックの男がこちらへと近寄ってきた。転がるハルの隣にしゃがみ込んで、にやにやと口角を上げている。

 何かよからぬ事を思いついたような顔つきだ。ハルは身の危険を感じ、緊張に身をすくめた。


「お前いくつだ? 十三? 十四?」


 質問しておきながら、しかし口を塞がれたままのハルに対して明確な答えは求めていないらしい。黙ったままのハルに気分を悪くするでもなく、むしろ上機嫌な様子で細長い手をこちらに伸ばしてきた。

 ハルの体を縛っていた縄を一旦外すと、後ろに回した両手首にそれをつけ直す。一体何がしたいのかと疑問に思っていると――


「……っ!?」


 男はいきなり、薄手の上着を小さなナイフで切り裂いた。さらにその下の服にも手をかけた所で、他の魔賊の男が声をかけてくる。


「なんだよ、今からか? あの黒髪の男の始末はどうするんだよ」

「後でいいだろ。こっちはすぐに終わらせるさ。まだ子どもだが、このままあの黒髪の男をおびき寄せるための囮に使った後、一緒に殺しちまうのは可哀想だろ?」


 金髪の男の言葉に、他の魔賊がいやらしく笑う。


「そのまま死ぬのと、乱暴してから殺されるのと、どっちが可哀想なんだか。お前はひどい奴だよ」


 言いながらも、その声に金髪の男を非難するような感情は一切みられない。むしろ面白い余興が始まったとでもいうように身を乗り出してきた。


「このくらいの年の女が一番具合がいい。この間攫ってきた女は、少し年が上過ぎた」

「変態め」


 笑い合う男たちの下で、ハルの体温は急速に冷えていった。これから自分が何をされるのか、この金髪の男が自分に何をしようとしているのか。ハルの思い浮かべた最悪の予想は、きっと間違ってはいない。


 服をまくり上げようとする男の手を改めて見て、ぞっと鳥肌が立った。喉に何かがつっかえたように息が苦しい。

 母のように美しい女性に対してならともかく、自分のような平凡な少女にそんな感情を抱かれるとは思いもよらなかった。気持ち悪くて、怖くて、吐きそう。


 泣きたい。

 泣いたらやめてくれるだろうか。抵抗して嫌がれば諦めてくれるだろうか。

 そう思って、その通りに行動しようと思った時だった。


「随分大人しいな。自分がこれから何されるか分かってないのか?」


 薄気味悪く笑い続けながら、ハルの上に覆いかぶさった金髪の男が言う。

 そして至極楽しそうに続けた。


「泣けよ。もっと抵抗しろ」


 その方が面白いから。

 

 その言葉を聞いた途端、ハルの中で何かが弾けて消えた。


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