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平凡なる皇帝  作者: 三国司
第二章 お菓子と魔賊と竜騎士と
17/106

6

 ハルはそろそろと後ずさり、クロナギから距離を置いた。

 ラッチが麻袋の中できゅんきゅんと小さく鳴いている。まるで「おれも参加したい」と言っているよう。


「駄目だよ」


 ハルはラッチをぎゅっと抱え込んだ。竜人もドラゴンも喧嘩好きというか、戦いを楽しむ傾向があるのだろうか。


「おい、喧嘩か?」


 通りの端に身を寄せたハルに、通行人のおじさんがちょっとわくわくしながら声をかけてきた。こんなところにも喧嘩好きがいた。

「いっちょ、加勢してやるか!」と腕まくりをしそうなおじさんに、ハルは警告する。


「喧嘩というほど可愛いものじゃないと思うけど……少なくとも私たちにとっては。危ないから近づいちゃ駄目だよ」


 と、その時。

 おじさんへ顔を向けていたハルの視界の端に、地面を蹴って走り出すソルの姿が映った。慌てて視線をクロナギに戻す。

 両者の間には十分な距離が空いていたはずなのに、ソルは一瞬でそれを縮めた。ハヤブサの滑降を思わせるような速さと迫力。

 彼はその勢いを保ったまま、左手に握った剣でクロナギに斬り掛かる。


「クロナギ……!」


 思わずハルが叫ぶが、クロナギは冷静にソルの剣を受け止めていた。キィンという高い音が、遅れて雨音の中に消える。


 ハルがホッとしたのもつかの間。次、ソルは右手に持っていた剣でクロナギを攻撃した。

 彼は少し湾曲した剣を、両方の手に握っているのだ。


 クロナギは受けていた片方の剣を弾き返して、もう片方の剣を受ける。しかしまた、ソルは自由になったもう一方の剣で攻撃を仕掛けてきて……。

 ソルの手元の動きは速すぎてよく見えない。矢継早に攻撃が降ってきて、クロナギはなんとかそれを凌いでいるという状況。剣と剣がぶつかり合う激しい音が周囲に響く。

 ハルも、隣にいたおじさんも、周りの通行人たちも、目を見張って固まった。

 

「お、おいおい……何モンだ、あいつらは」


 冷や汗を垂らしながらおじさんが言う。喧嘩に混じらなくてよかったと思っているんだろう。

 空から振り落ちる無数の雨粒も、戦闘中のソルは気にならないらしい。服や髪が濡れる事もいとわずに、止まることなく斬撃の嵐を繰り出している。

 クロナギは上手くそれを受け流しているように見えるが、ときおり擦った切っ先が、彼の服や頬に小さな傷をつけていた。


 ――と、受け身のクロナギに近づくのは、もう一人の厳つい竜人。

 オルガはクロナギの背後に回り込むと、籠手と形容するにはごつすぎる鋼をつけた右の拳を振り上げた。

 ただでさえパワーのありそうなオルガが腕に金属の塊をつけているのである。一体威力は何倍になるのか。あれで殴られたら頭蓋骨が砕けそうだ。


 ドスの利いたかけ声と共に、オルガはクロナギに殴り掛かった。拳は雨を弾き、恐るべき重量感を持ってクロナギに突っ込んでいく。


「……っ!!」


 ハルは悲鳴をのみ込んで、胸に抱えている麻袋をぎゅっと抱きしめた。中でラッチが「ぐえ」と声を漏らす。

 しかしクロナギはソルの剣を弾くと同時に地面を蹴り、間一髪、オルガの拳をよけた。

 よよよよかったぁ、と息をつくハル。


 一方、オルガの拳の先にはソルがいて、その攻撃は図らずも彼に向かってしまった。

 チッと舌を鳴らしたソルは持っていた二本の剣を交差させ、こちらへ突っ込んでくる重い拳を受け止めた――と同時に、派手に後ろへ吹っ飛ぶ。


 雨に濡れた石畳を滑って滑って転がって、やっと止まったかと思うと、眉間にしわを寄せてゆらりと立ち上がる。


「もう少し考えて攻撃しろ、馬鹿力……」


 恨めしげに言うソルに、オルガは意地悪く笑って言い返す。


「お前に『考えて攻撃しろ』とか言われたくねぇよ。本能だけで生きてるくせに」

「殺す」

「やってみろ」


 あれ? 

 ハルは口をぽかんと開けて戸惑った。クロナギ抜きで戦闘が始まりそうな雰囲気だ。


「総長の人選は間違ってたな」


 しかし、呆れたようにクロナギが言った一言で、二人の注意はまた彼に戻った。


「お前らじゃ俺に勝てない」


 余裕の笑みを浮かべて、クロナギが相手を挑発する。

 そしてこの分かりやすい挑発に、気持ちいいほど素直に乗るのがオルガとソルだった。


「んだと!?」


 オルガが唸るように言い、ソルは殺意を滲ませて剣を握り直す。

 戦闘能力だけで言うと、二人は竜騎士の中でもかなり上だ。

 が、いかんせん単純なのである。

 二人は怒りのまま、一直線にクロナギへ向かっていった。


「だ、大丈夫かな、クロナギ」


 ハルはそわそわと体を揺らす。オルガとソルの攻撃は激しさを増し、息つく暇も無い。

 防戦一方に見えるクロナギは、しかし冷静に相手の攻撃の隙をついて反撃をしているようである。何もかもが速すぎて、ハルにはよく見えないが。


「あいつら……竜人なのか?」


 周囲の見物人の一人が、ふいにそう呟いた。彼の声は雨音と戦闘音にかき消える事なく、周りの人たちの耳に届いた。


「竜人? 竜人がどうしてこの街に?」

「知らねぇよ。でも、確かに彼らは竜人みたいだ。見てみろよ、あの動き。人間じゃない」

「最悪だ……。魔賊に、平和の森のドラゴンときて、今度は竜人かよ。この街は一体どうなっちまうんだ」


 人々が恐怖に引きつった声で囁く。

 やばい、皆が竜人だってバレちゃった。ハルは緊張気味に息をひそめた。

 

「でも噂通りの戦闘種族だわ。彼らにとっては、私たち人間を殺す事なんて簡単なんでしょうね。怖い……」

「ああ、奴らはきっとなんの躊躇もなく他人の命を奪うんだろう。性格は惨忍で冷酷だと聞いたことがある」


 人間の中で、実際に竜人と会ったことがあるという人は少ない。

 ここにいる見物人たちも、今日生まれて初めて竜人の姿を見たのだろう。

 クロナギたちの事を知らない街の住人からすると、本気で戦う彼らの姿はとても恐ろしく見えるはずだ。ハルにはその気持ちがよく理解できた。


 だけどクロナギは本当は優しいんだよ。そう周りの人たちに教えたくなる。理不尽に人間を傷つけたりしないから、怯えなくても大丈夫だと。

 今だってクロナギは、ちゃんと周りを見て動いている。ハルや見物人たちを巻き込まないように、オルガとソルを上手く誘導して。

 

 人間はあまり竜人の事を知らない。

 知らないから怖いのだ。


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