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平凡なる皇帝  作者: 三国司
第二章 お菓子と魔賊と竜騎士と
16/106

5

 周囲の緊張を感じ取ったのか、麻袋の中でラッチがグルグルと唸っている。

 ハルはクロナギの背からひょっこりと顔を出し、前方を見つめた。激しさを増す雨の中、短い黒髪の男と銀髪の男がゆっくりとこちらへ向かってくる。


(きっと竜人だ)


 ハルは確信した。


 二人ともクロナギが着ていたのと同じ黒い軍服姿で、背が高く筋肉質だ。

 銀髪の男の方はすらりとした印象だが、しかしその雰囲気は野生の獣さながらで本能的に距離を置きたくなる。

 黒髪短髪の男は、銀髪の男やクロナギよりもがっしりしていて逞しく、ハルなど彼の指一本で簡単に倒されてしまいそう。

 銀髪の男の年齢はクロナギより少し下、逆に短髪黒髪の男の年齢はクロナギよりほんの少し上に思えた。

 

「ソルとオルガか……」


 クロナギが呟いた。どうやら知り合いらしい。

 黒髪短髪――オルガの方がニッと笑う。迫力のある外見に似合わず、親しみのあるやんちゃな笑みだ。


「よう、クロナギ。お前が子守りしてるって本当だったんだな。その後ろのチビッコだろ? 陛下と人間の女……ええっと、フレアって名前だったっけか? 二人の子どもは」


 オルガがちらりとこちらへ視線を向けたので、ハルは熊と目が合ってしまったかのごとく怯え、再度フードを深くかぶった。私は空気。私は空気。と、自分の存在感を消す努力をする。

 しかしオルガは目線を外さない。よく見えないハルの顔を覗き込むように首を傾ける。


「あんま陛下には似てねぇのか? よく見えねぇけど。髪は、まんまフレアと一緒の色だな」


 フードから出た薄茶色の髪だけを見て言う。


「それならやっぱ、総長の言う通りドラニアスには入らせない方が良いと思うぜ」

「という事は、お前たちは総長の命令でここへ来たんだな」


 クロナギはそう言ったものの、別段驚いている様子はない。“総長”なる人物が何か仕掛けてくるとは予想していたようだ。

 オルガも質問した。


「俺らの登場にあんま驚いてねぇよな、お前」

「ヤマトにつけられてるのは知っていたからな。あいつから総長に報告がいったんだろう?」


 つけられてる? 

 クロナギの言葉にハルは瞳を瞬かせた。全然気づかなかった。

 ヤマトという人も竜人なのだろうか。今も近くにいる? 忙しなく辺りを見回してみるが、それらしい人物は見つけられない。

 ひっそりとこちらの動向を伺っているという事は、味方ではない? そのヤマトという人も総長という人も、オルガとソルも、混血の私が帝位継承者である事が気に入らない人たち? ハルはそう思って冷や汗をかいた。

 クロナギはオルガたちを警戒しつつも、うろたえる事なく話を続けていた。


「ヤマトは尾行の才能があるな。近くにいるのは分かっても、具体的にどこにいるかが分からない」

「あいつ竜人ぽくないからな。ちょっと地味っつーか。人間に紛れやすいんだろ。あんまり存在感もないもんな」


 オルガが笑う。ハルは顔も知らぬヤマトに少し親近感を持った。竜人なのに地味……。


「もう話はいいだろ……」


 銀髪の男――ソルが初めて口を開いた。無表情な顔と同じく、抑揚のない声。ぼそっと喋るから、雨音の中ではよく聞き取れない。


「早くりたい」


 そう言って、背中に×の形で背負っていた二本の剣に手をかける。

 ハルは、前にいるクロナギの体に緊張が走ったのが分かった。


 そこそこ道幅のあるこの通りでは、街の住人たちや荷物を積んだロバなどが行き交っており、中央で半端な距離を開けて向かい合っているクロナギたちの姿は地味に注目を浴びていた。

 竜人である事には気づかれていないようだが、住人たちは「おいおい、喧嘩でも始まるのか?」といった表情でこちらを見ている。


「お前たちの目的は?」


 ハルを背に隠したまま、クロナギが言った。


「総長からは何と命令を受けた?」

「その子どもをドラニアスに入れるなとさ。国が混乱するから。つまり、俺たちはここでお前らを止めなきゃなんねぇ。つー訳で、覚悟しろよクロナギ。ボコボコにしてやる」


 オルガはそう挑発して、楽しそうに笑った。

 彼は右手に、上腕から指の先までを覆う、籠手を改造したような鋼をつけていた。ハルなら装着しただけで腕が引きちぎれそうなものである。

 籠手といえば、剣などの攻撃から手を守るためにつけるものだとハルは思っていたが、彼の場合は違うようだ。

 オルガの性格からしても、あれは絶対に防御のためのものではない。攻撃力を上げるためのものだ。

 つまりあの鋼の塊をつけたまま、相手を殴るのである。

 ハルの体から血の気が引いていく。

 わたわたと叫んだ。


「な、なんでクロナギをっ……? 私が邪魔なら私をボコボコにすれば……よくないけど、でも」

「お前みたいな弱い奴倒したって面白くもなんともないだろ」


 オルガが当たり前のように言う。


「だからクロナギと戦るんだよ。クロナギがいなくなれば、どのみちお前、途中で野たれ死にしそうだしな。一人でドラニアスまで辿り着けそうにねぇし」


 ハルは「うぐぐ」と奥歯を噛んだ。彼の言う事は一理ある。

 実は屋敷を出てからこのトチェッカに着くまでに、森の側で蛇の魔獣に襲われたり、人さらいに連れて行かれそうになったこともあった。

 どちらもクロナギが助けてくれたからよかったものの、ハルとラッチだけでは危なかったかもしれないのだ。

 

「さて、んじゃ戦ろうぜ」


 ボキボキと拳を鳴らし始めたオルガを止めるべく、クロナギの背に隠れたまま、もう一度ハルは叫んだ。


「ま、待って! 私、別にドラニアスの皇帝になろうとか思ってない。ラッチを故郷に帰してあげたいだけで……」

「ラッチ?」


 片眉を上げたオルガに、クロナギが自分の背中を顎で指して説明する。


「人間の密猟者に攫われていた子竜だ。この袋の中にいる」

「ああ、そういう事か」

「とにかく私の目的はそれだけだし、ドラニアスやあなたたちに迷惑をかけるつもりはない」


 だから見逃して、と頼もうとしたハルの声を遮ってオルガが言う。


「お前の目的はどうでもいいんだよ。総長はお前の存在自体を警戒してんだから。いいか、よく聞けよ。陛下なき今、ドラニアスは一つにまとまっているとは言えねぇ状況だ。けど、上手くいけば、お前を中心にしてもう一度ドラニアスを元のように再建できる。が、下手をすれば、お前という存在のせいでドラニアスが真っ二つに分裂する危険性がある。総長は後者の可能性のがずっと高いと思ってんだよ。混血で、人間として育ったお前では、陛下のような求心力は期待できないからな」


 そのオルガの説明を聞いて、クロナギが低い声で言う。


「ハル様の事を知りもしないのに、たいした予想だ。総長はドラニアスを自分がまとめなければと必死で、ハル様の存在を受け止められるほどの余裕がないんだな」

「あ、言ったな。後で告げ口しといてやるからな」

「勝手にしろ。あの人に今、余裕がないのは事実だ」

「お前、ドラニアスに戻ってきたら恐ろしい事になるぜ」


 子どものように言い合っている二人を、ハルは不思議な気持ちで眺めた。仲がいいのか悪いのか。

 しびれを切らしたソルが再び言う。


「話はもういいだろ……」


 オルガも頷く。


「そうだな。俺らは総長の命令でここまで来たが、実際その子どもの事はどうでもいいんだ。皇帝になろうがなるまいが、混血だろうがどうでもいい。クロナギと本気で戦れるチャンスなんてめったに無いからな。俺らの本当の目的はそれだけ」


 そう言って、獲物に飛びかかろうとする獣のように前傾姿勢をとった。ソルも剣を抜いて、戦闘態勢に入る。

 二人の鋭い視線はクロナギに向けられていた。そこに怒りとか憎しみといった感情はなく、ワクワクと楽しそうな色があるだけ。

 オルガとソルはきっと強いのだろう。だから強いクロナギと戦うことが嬉しいのだ。そうハルは思った。自分にはない感覚だが、理解はできる。

 クロナギは荷物をその場に下ろし、ラッチ入りの麻袋をハルに抱えさせると、


「ハル様、ラッチと共に少し離れていて下さい。彼らの目的は私と戦う事です。離れていれば、貴女に危険は及びません」

「私の事はいいよ。クロナギが心配なの。あんな強そうな二人を相手に戦うなんて……」


 ハルがクロナギを見上げて言った。

 クロナギは雨で濡れた髪をかきあげながら優しく笑う。


「そんな風に心配してもらえるのは嬉しいですが、ここは私を信用して、離れていてくださいませんか?」


 本降りになった雨が、外套に包まれたハルの体を激しく叩く。

 ハルは不安げに表情を曇らせたが、自分が近くにいたところで、クロナギの戦闘の役に立つわけでもないと分かっていた。

 だからラッチを抱きしめ、後ろへ一歩足を踏み出しながらこう言った。


「やられちゃ駄目だよ、クロナギ」


 クロナギは優雅な動作で静かに礼を返した。


「貴女のおっしゃる通りに、我が君」

 

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