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竜人には強い闘争心を持つ喧嘩好きが多い。そのため、昔から軍の中では殴り合いの喧嘩がしょっちゅう起きていた。
しかしそれは肉食獣同士のじゃれ合いのようなもの。ストレス解消の息抜きなのである。
意見が違えば本気でぶつかる事もあるが、それがずっと続く事はない。小さな考えの違いはあっても、『皇帝を守る』という大義を見失う事はないからだ。
彼らは同じ主君に仕える同志なのである。
だが今、守るべき皇帝のいなくなった帝国内では、ただのじゃれ合いではない争いごとが頻発していた。
主君を失った事で、皆違う方向を向くようになってしまったのだ。
「クロナギはまだ戻らないのか」
ドラニアス帝国の中心にそびえ立つ禁城の執務室で男が言った。戦神と呼ばれた彼でさえ、一年前の悲劇からはまだ立ち直れていない。
皇帝を守れなかった自分の不甲斐なさと主を失った喪失感で心は重く沈み、一秒たりとも浮く事はない。
しかし男には、いつまでも感傷に浸っている時間はなかった。
軍の最高司令官であり、全ての竜騎士たちをまとめる立場にいる彼には、皇帝のいないドラニアスを守っていかなければならない責任がある。
それだけに、皇帝が死んだ直後に国を出て行ったクロナギのことは不愉快だった。
彼の事を頼りになる部下だと思っていただけに、今どこで何をしているのかと腹立たしくなる。
「この大変な時に、いつまで国を離れているつもりだ」
そう言ってため息をつくと、男の側近が静かに答えた。
「クロナギはフレア様を探しているようですよ。おそらくエドモンド様が亡くなった事を知らせるためでしょう」
男は片眉を上げた。
「ドラニアスから去ったフレアには関係のない事だ。彼女はただの人間。エドモンド様の死を、わざわざ知らせる必要はない」
――と、彼らのいる部屋の窓に、一匹のヒダカが舞い降りた。赤茶色の羽毛を持つ、ドラニアスにだけ生息するタカ科の鳥である。
男の側近はヒダカの背に取り付けられた器具を外すと、中から薄い紙を取り出した。ずらずらと文字の書かれたそれを読み、美しく笑う。
「ちょうどクロナギの動向に関しての報告が届きました」
「ヤマトだな。やっとか。定期的に報告を上げろと言っているのに」
「仕方ありません。クロナギ相手では、ただの尾行も簡単にはいきませんから。『一度見つかってまかれたため、報告が遅くなった』と書いてあります。しかしそれ以外にも面白い報告が……」
何だ? そう返した男に、側近はいわくありげな笑みを浮かべて説明した。
聞くうちに、男の眉間にみるみる皺が寄っていく。元から威圧感のある顔が、さらに恐ろしくしかめられる。
「エドモンド様とフレアの子だと……」
「ええ、そのようです。クロナギは彼女を皇帝に据えるつもりだとヤマトは読んでいるようですが」
皇帝一族の血を引くエドモンドの子どもがいたことは、男にとっても帝国にとっても非常に喜ばしいことだった。主君をなくしていた喪失感が一瞬埋まる。
しかし、その子は人間の血も引いているのだ。
男の心に、燃えるような憎悪と怒りが蘇った。エドモンドの命を奪った、ラマーンの国王に対するものである。
人間ほど愚かな生物はいない。人間の血を引く子どもをドラニアスの皇帝にする訳にはいかない。
男は静かに指示を出した。
「その子どもは決してドラニアスに入れるな。最後の手段だが、必要であれば殺す事もいとわない」
エドモンドの血を引く子だ。できれば殺したくはない。
しかしその子は人間の国で、人間として、人間のフレアに育てられた。恐らくエドモンドの性質は受け継いでおらず、ただの少女として育っているはず。
皇帝の血を受けついでいると感じられる部分など一つもないだろう。
おまけに、その子の存在が国民に知られれば、帝国はまた混乱する。
「他の竜人たちには、この話が漏れないようにしろ。秘密裏に処理しなければ……」
混血の皇帝を認めるか否か。国民の意見は別れ、内戦が起こるかもしれない。国が分裂するような事態にはしたくなかった。
ドラニアスは強固な一つの塊でなければならないのだ。亡くなったエドモンドのためにも、国を壊す訳にはいかない。
――ドラニアスは一つ。
崩れかけているなら、不穏分子は排除して、力尽くでまとめるのみ。
「ソルとオルガを向かわせろ。あいつらならクロナギに怯む事もない」
「ええ、分かりました」
男の命に、側近は静かに目を伏せた。