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平凡なる皇帝  作者: 三国司
番外編
105/106

小陛下は自由がほしい(2)

 禁城から抜け出して街に行くための作戦を、ミヤビとスズと一緒に立ててから五日が経った。

 エリオットはこの日の午後、侍女や護衛の竜騎士を引き連れて庭を散歩していた。

 今日の護衛はジラスタの竜騎士が三人、それにヴィネストからはミヤビの父であるオルガが来ている。


『作戦を実行するのは、父さんが護衛につく日にしましょう。父さんは大雑把で楽観的なので、そこに隙があるはずですから』


 ミヤビがそう言うので、作戦はこの日に実行する事になったのだ。

 エリオットとしてはコルグやヤマトが護衛に来る日の方がやりやすそうだと思ったが、ミヤビはそうは考えていないようだった。


『護衛につく竜騎士を倒さなければならないならヤマトさんがつく日を狙いますけど、今回の作戦ではそんな事はしないですから。エリオット様を一人にしてくれる可能性が一番あるのが、父さんだと考えただけで――あ、ごめん、スズ』

『ううん、父さまがあまり強くないのは本当だから大丈夫』


 ヴィネストの中で一番ヤマトが弱いと言ったも同然だったのでミヤビが謝ったが、スズは気にしていないらしかった。

 とにかくオルガの方が計画が成功しやすいだろうと、三人で話し合ったのだ。


(そろそろかな。散歩するふりをして、裏門の近くにも来られたし……)


 エリオットは二年前の誕生日に祖父のクロツキから貰った懐中時計を取り出し、時間を確認した。

 そして唐突にこう言う。


「あ! どうしよう! ベアズとローシュに本を借りたままだった!」

 

 ベアズとローシュというのは、八人いるご意見番――八賢竜のメンバーのうちの二人の名前だ。

 エリオットは散歩に付き添っていた侍女二人を振り返ると、慌てて続けた。


「ねぇ、悪いんだけど、二人に本を返してきてほしいんだ。二人とも今日の午後にその本を使うって言ってたのに忘れてた! ジュリアはベアズに、ラーナはローシュに返しに行ってくれる? 本は僕の寝室のサイドテーブルの上にあるから。ごめんね」


 エリオットが頼むと、侍女二人は快く頷いてくれた。そして本を返すために禁城の中に入っていく。


(よし。あとは護衛の四人だ)


 エリオットがそう思った時、侍女たちと入れ替わるようにしてミヤビとスズがこちらにやって来た。二人とも竜騎士見習いの紺色の制服を着ている。

 

「父さん」


 ミヤビはエリオットに軽く礼を取った後、オルガを見上げて声をかけた。


「陛下がお呼びです」

「ハルが? 何の用だって?」

「分かりません。おれは呼んできてと言われただけですから。父さんだけでなく、ジラスタの皆さんの事も呼んでくるよう言われました」


 ミヤビはそこで、オルガと一緒にエリオットの護衛についていた三人の竜騎士を見る。


「え? 俺たちも?」

「そうです」


 ハルから呼び出される事はほとんどないので、黄の竜騎士たちは戸惑っている。けれどミヤビは涼しい顔をしていた。

 嘘をついているのに、それが全く表情に出ないなんてすごいとエリオットは思う。ミヤビの後ろにいるスズは不自然に目をキョロキョロさせているというのに。


(スズってば、あんな分かりやすく不安そうな顔したらバレちゃうよ)


 エリオットは心の中で焦った。

 

「じゃあエリオットも一緒に戻るか。散歩は終わりな」


 オルガにそう言われたが、エリオットは計画通りにそれを拒否する。


「やだ。まだ散歩したいから、ぼくはここで待ってる。ミヤビとスズと一緒ならいいでしょ?」


 言いながら、エリオットの心臓もドキドキと脈打っていた。作戦は上手くいくだろうか? この鼓動の音がオルガたちに聞かれてしまうんじゃないかと心配だ。

 オルガは腰に片手を当て、こちらを見て何か考えている。

 計画が全てバレたんじゃないかと不安だが、スズのように目が泳がないよう、エリオットはじっとオルガを見つめ返した。


 しかし沈黙が数秒続いた後、オルガはいつもの調子でこう言った。


「なら、代わりの護衛を呼んでくるからここからあまり動くなよ。ミヤビ、スズ、任せたぞ」

「わかりました」


 ミヤビは冷静に返事をしたが、エリオットは内心「やった!」と喜んだ。

 そしてオルガと黄の竜騎士たちがここから去っていくと、密かにミヤビとスズと視線を交わして笑みをこぼす。


「うまくいったね」


 小声でそう伝えてから、引き続き作戦を実行する。

 ここはまだ禁城の敷地内で、ここから見える位置にも、城の警備をしている竜騎士たちの姿があった。あちらもエリオットがいる事を認識しているようで、距離は遠いが、自分たちの仕事をしながらたまにこちらを見ている。今はオルガたちが離れたので、どうしたのだろう? と気にしている様子だ。

 

「じゃあ、待ってる間に鬼ごっこしよう! ぼくとスズが逃げるから、ミヤビは鬼役をやって」


 エリオットはわざと大きな声を出してから、スズと一緒に走り出した。遠くにいる竜騎士たちから見える位置でしばらく駆け回り、ただ遊んでいるだけだという姿を見せる。

 けれどあまりゆっくり遊んでいても侍女たちかオルガたちが戻ってきてしまう。八賢竜に本を借りたというのも、ハルがオルガたちを呼んでいるというのも嘘だからだ。


 エリオットはタイミングを見て、ミヤビから逃げるふりをしながら禁城の建物の陰に隠れた。

 周囲に竜騎士がいない事を確認して、そこに置かれてあった服に着替える。これはミヤビやスズがあらかじめ置いておいてくれたのだ。

 エリオットが素早く竜騎士見習いの制服に着替え、薄い外套を羽織ると、ミヤビとスズも鬼ごっこをしているふりをしてこちらに走ってくる。

 そして服と一緒にここに置いておいたリュックを三人それぞれ背負う。


「行きましょう。急いで。でも慌てずに」

「エリオット様、フードを」


 ミヤビが先頭に立って歩き出し、スズはエリオットの外套のフードを被せてくれる。

 エリオットは少しうつむき加減で顔を隠しながら、裏門へと向かった。

 そして裏門に着くと、ミヤビが門番の竜騎士に「お使い」だと伝えて門を開けてもらう。


「ご苦労さん」


 ここも難関だと思っていたのに、門番はあっさりと門を開けてくれた。中から外に出る場合はあまり細かくチェックされないのかもしれないし、門番はミヤビやスズの事を知っているのかもしれない。

 エリオットも顔の上半分を隠したままの状態だったが問題なく通れた。まさかエリオットが変装しているとは考えてもいないらしい。


 門を出てしばらく歩くと、道の脇に広がっている林に入ってそこでまた着替える。ミヤビがリュックの中に庶民の子どもが着ているような服を入れてくれておいたのだ。

 三人とも竜騎士見習いの制服から庶民服に着替え、リュックを背負ったままそっと林から出る。


「エリオット様がいないのに気づいて、父さんたちが追ってくるかもしれません。急いで街に入りましょう」

「うん、わかった」


 三人で走って街に向かう。帝都の街は禁城のすぐ近くに広がっていて、エリオットの足でも、走れば到着するまでにそれほど時間はかからない。


「着いた!」


 そうして賑やかな街に入り、通行人に紛れたところで、やっとエリオットたちは緊張を解く事ができた。


「やったね! すごい! うまくいったよ!」

「ええ、やりましたね」

「すごく緊張しましたけど……」


 エリオットが喜ぶとミヤビは勝ち気に笑い、スズも控えめに、でもしてやったりという顔をしてほほ笑んだ。

 エリオットの緑髪と緑金の瞳は目立つし、顔だって多くの国民から覚えられているので、外套のフードは被ったままだ。しかしそれでも不自由さは感じない。

 大人に黙ってしてはいけない事をするのは、どうしてこんなにわくわくするのだろう。

 帝都の街には何度か来た事があるが、ミヤビとスズだけを連れて訪れるのは初めてで新鮮な気持ちになった。見慣れたこの街が今はキラキラと輝いて見える。


「お店を見てみようよ! ぼく、貯めてたお小遣いを持ってきてるんだ!」


 エリオットは楽しげに笑ってミヤビとスズの手を引っ張る。そしてまず目に入った屋台で大きな肉まんを三つ買うと、それにかぶりつきながら街を歩いた。


「おいしいですね、これ!」


 スズが肉まんを頬張りながら言い、エリオットは自由を満喫する。


「歩きながら食べるなんて普段なら叱られちゃうよ。でも今は叱る人がいないから大丈夫」


 二人がのんきに歩いている一方、ミヤビはオルガたちが追ってきていないか、時々背後を確認していた。

 そして肉まんを食べ終えると、エリオットはこう言う。


「ミヤビとスズは何か欲しいものないの? いつもぼくの友だちでいてくれるし、今回の事にも協力してくれたから、お礼に何か贈りたいんだ」

「そんな、エリオット様に買ってもらうなんて……」

「そうです。お礼なんていりませんよ」


 スズとミヤビはそう言って遠慮したが、エリオットは贈り物をしたかった。二人の事が大好きだし、いつもお世話になっているから、その気持ちを何かで返したかったのだ。

 

「遠慮しないで。こんな時じゃなきゃお小遣いも使わないし。……あ、そうだ! 母さまにもお土産を買っていってあげよう。甘いものが好きだからお菓子がいいかな。それに父さまにも、ヴィネストのみんなにも買っていってあげたいな。レオルザークやサイファン、将軍たち、八賢竜に、いつもぼくのお世話をしてくれる侍女たち、ジラスタの竜騎士にも……」


 お土産を渡したい竜人はたくさんいるので、持って帰るのが大変そうだ。お小遣いも財布に目一杯詰め込んできたものの、足りるだろうか?

 けれど周りのみんなに何か返せるせっかくの機会なのだ。

 街に来たら自由に遊び回るんだと考えていたものの、エリオットはみんなへのお土産を選ぶ方を優先した。


 みんなに監視されるのが嫌で、みんなの事を騙して街にやって来たのに、そこで彼らへのお土産を買うなんて矛盾しているが、エリオットはそれには気づかない。

 自由になりたいという気持ちと、周りの竜人たちが好きだという気持ちはまた別のものなのかもしれない。


「じゃあ色々店を見て回ろう! ミヤビとスズも何か気になるものがあったら、遠慮せずにぼくに言うんだよ」


 そう言って、エリオットは足取り軽く歩き出したのだった。


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