豊かな日常の鼓動。 肆
言語表現が...
また、記憶をいじられた。
そう気がついたのは、ヘリオが私の母の名前を叫んだ時だった。
さっきまで話していた筈の名前、すなわち『狐咎』という名前を完璧に忘れていた。
いつもの僕ならば、忘れる事はまず無い大事な事を忘れていたんだ、それだけでも異常な事態だ。
それに重ねて、ちょっとした事で記憶を取り戻した。
それから考えるにやはり、記憶を書き換えられたんだと思う。
そうでもなければ、最初にヘリオが母の名前を呼んだ時に気が付いただろう。
それはそれとして。
何です?
この嫁姑問題みたいな場の空気は、居心地が悪いったらありゃしませんね。
ヘリオと狐咎は動かず、ただ睨み合っている。
さっきまでのがオアシスだったとしたら、今は湿地帯ぐらい居心地が悪い。
「...あの」
「主は黙っておるのじゃ!!」
物凄い形相で怒られてしまった。
口出しをしたら殺されるなって、そう思った。
「狐咎よ、おぬしは何をしに妾達の所へ来たのじゃ?」
落ち着いてきているのだろうか、ヘリオの先程までの怒りが薄い。
「神は言いました、五つの世界を創り給えと」
とても唐突に、狐咎は何かを言い出した。
「神は言いました、五つの世界を結び給えと」
「神は言いました、恋がしてみたいと」
「神は言いました、恋をせよと」
「神は言いました、子を成し声を届かせよと」
「神は言いました、と、神は言いました」
おーっとっと?
ちょっと待てよ?
...一体こいつは何を言いたいんだ?
何?
これがしたくてここに来たのかこいつ。
訳わからん、まじで訳わからん。
一二三と書いてひふみって読むくらい意味がわからない。
ん?
いや、それはわかるわ。
それはともかく、母は窓を割って空へと飛び出した。
僕はそれをただ大口をあけて見ていることしかできなかった。
「再会できる日を楽しみに待ってるよー!!」
遠くから叫んでいるような声が聞こえた。
おそらく狐咎だろう。
なぜかって?
そりゃまぁ、カンって事でいいかな。
「孫!!楽しみにしてるよー!!」
確信に変わった。