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あなたの埋もれた才能見つけます⑲

それはあなたが望んでいるような形はしていないかもしれません。これから差し上げようとしている、水晶をめぐる第二のヒントの話です。

勝手な想像で申し訳ないんですけど、あなたは読書が嫌いで、さらにクイズも嫌いなような気がします。要するに頭を使う面倒な作業は徹底して全部嫌いだし、時間の無駄というわけです。「答えを知ってるなら、最初からそっちを教えてくれよ」って感じでしょうか。


そんな未来の相方に対して、こんな話をするのはいささか気が引けるのですが、私のヒントはクイズであり、私のクイズはヒントでもあります。まるでニワトリと卵めいた禅問答ですけど、そこには答えだけはありません。でもそれでいいんです。答えがあったとしても(当然あります)、それはつぎの疑問を生みだすだけなのですから。

私はさらなる疑問を生じさせるために、あなたにクイズの答えを考えてもらいたいと思う次第です。どうでしょうか、気に入ってもらえたでしょうか。ああ、大量のFワードが私の顔目がけて飛んでくるのが見えます。


私はあなたをクイズ好きにしようとしているわけではありません。じつを言えばいままさに考えているところなんです。どうやったら上手に説明できるのかしらん、て。私がかの街で見聞きしてきたことを、できるだけ正直に、余計な先入観を与えずに。それでいて『千夜一夜』のように魅力的で、ウトウトして決して眠りに落ちないような。

先入観によって曇ったメガネは水晶掘りの勘を鈍らせ、サイコロの目を狂わせるのだそうです。邪念はなによりも水晶掘りの敵となり得るらしいのです。

もしもそうなったらどうなると思いますか?水晶掘りだけが読み解けるサイコロの目を誤読して、お宝が埋まっているはずの校庭の正確な場所が見つけられなくなるんです。狂ったウサギみたいに手当たり次第に地面を掘っては、ついに力尽きて、夜の校庭で永遠の迷子になり果てるんです。


キューブの目は私たちの良きガイドにもなれば、悪意ある不動産屋にもなり得ます。あなたに水晶掘りとしての素質がないと分かれば、キューブは街と共謀して、あるいは街に指令をだして、私たちのいる校庭の面積を拡張させたりします。悪意ある不動産屋による地上げならぬ地広げです。

どういうことかと言うと、それは私たちにその土地で水晶を掘る資格がないという間接的なジェスチャーであるわけです。あるいはそれはキューブをくれたランドセル少年のせめてもの優しさかもしれません。星々に照らされた校庭は見る見るうちに地の果てまで広がっていきます。これではもう水晶掘りどころではありません。

丸坊主のまま翌朝に山の手線に乗ってノコノコと会社の入ったビルに帰るはめになった私たちには、社長女史によるコンビ解散の令なる憂き目が待っているという悪夢の展開です。かなり気まずい空気が漂う乗客二人切りの帰りの山の手線の車内で、あなたはポケットに入れたはずのキューブの角張った感触が、いつの間にか消えてなくなっているのに気がつくでしょう。

水晶掘りだけが所持するのを許されたその小さなアイテムは、すでにランドセルを背負った子供の手のひらにもどっていて、つぎの水晶掘り候補へ、リレーされるのを待っているという按配です。


私をあなたのためのクイズマスターと呼んでください。水晶掘りの瞳を曇らせることなく、ピュアな状態のままキープするには、なによりFワードをつぶやきつづけることが大切なんだそうです。水晶掘りの瞳は汚らしい言葉によって磨かれるのだそうです。可哀想なあなた。どうかいついつまでも実り多き呪われた人生を。

「地方の郷土資料館めいた、どこから眺めても凡庸な建物として映る水晶記念館には、ある特殊な設計が施されています。それは一体なんでしょう?」

それが私の考えたクイズです。早速答えを考えはじめてください。

下劣極まりない紳士はクイズがお嫌いを地でいくあなたの頭は、きっとストレスで一杯でしょう。でも私がだすクイズは永遠のヒントであるがゆえに、たとえ正解できたとしても、その答えがつぎのクイズになるだけです。

まんまと問いのループにはまったあなたはFワードの権化となり、その瞳はさぞかし美しく磨かれるでしょう。


私たち水晶レディーの朝の仕事は、受付のパソコンを立ち上げることからはじまります。図書館の貸し出しカウンターに似たその受付は入口を入った右手にあって、カーテン奥に私たちが水晶レディーに変身するためのロッカールームがあります。

記念館の天井近くに取り付けられた四角い窓から射し込む朝の光が、館内に漂う細かなチリをチカチカと浮かび上がらせ、それがまるで通電して痺れているかのように小刻みに揺れて見えます。

その光景は私たち水晶レディーに、静寂に包まれた朝の記念館とは対称的な、乱痴気騒ぎが繰り広げられた昨夜の館の様相を想像させます。一夜の余韻が、人の感覚では察知できないくらいにわずかな振動となって、夜が明けてもまだ宙の間を飛び回っているみたいに。


「雲は天才である」、明治の歌人は書き残しました。ヘッドハンター改め水晶レディー的に言うならば、それは「子供たちは天才である」というふうになるでしょうか。

私たちは二つの窓から差し込むニ本のレンブラント光線を見上げ、チリの揺れから、ある夢想を試みます。まるでサイコロの目を読み取ろうとするあなたみたいに。水晶レディーが帰ったあとに、この部屋でどんな賑やかな演目が繰り広げられていたのかしらん、と。

それは子供たちによる町内の野球大会だったかもしれません。それとも子供たちによる日本シリーズだったのでしょうか。

それは子供たちによる町内のサッカー大会だったかもしれません。それとも子供たちによるワールドカップだったのでしょうか。

それは子供たちによる運動会だったかもしれません。それとも子供たちによるオリンピックだったのでしょうか。

それは子供たちによるピアノ発表会だったかもしれません。それとも子供たちによるグラミー賞授賞式だったのでしょうか。

それは子供たちよる家庭科の授業だったかもしれません。それとも子供たちによる『料理の鉄人』だったのでしょうか。

どんな演目であっても、記念館の多くの子供たちがギャラリーとして参加して大いに盛り上がりをみせたでしょう。彼らはほかの子供たちに声援を送ったり、拍手喝采するのが大好きなんです。無関心な子なんて一人だっていやしません。オネムな子たち以外は。


もしもあなたが、自分のブローチから会社のマザーコンピューターにアクセスして、私のする『千夜一夜』に耳を傾けているのなら、きっと今頃、ワケの分からない詐欺事件に巻き込まれようとしている自分の身を心配しているか、さもなくば仕事上のパートナーになろうとしている相手が、じつは妄想癖のある頭のイカれた女であるのが判明して、さぞかし気落ちしているでしょう。せっかく掴みかけた一攫千金の夢が、指と指の間から泡となって消えていこうとしているのを感じて。

ふたたびおめでとうございます。あなたの頭は正常です。でも水晶生命が会社総出であなたの心と体の健康状態を調べるために大切な会社の予算を使うはずもないので、もしも疑いが生じたならば、ポケットのキューブを握りしめて、社員食堂のテーブルに向かって一振りしてみるのがいいでしょう。そこにでているサイコロの目を読み取ってみてください。あなたにとって、そして私たち水晶生命にとっても、正しい目がでていなかったとしたら、自分自身に備わっているはずの水晶掘りとしての才能を一度疑ってみるのも一考です。


水晶レディーにとって子供たちの毎夜の演目は、まるで自然博物館に勤める夜間警備員が、誰もいなくなった暗い館内を照らしだす懐中電灯の陰から、ふと剥製の唸り声や蝋人形の足音に似た物音を耳にする行為に近いかもしれません。ただ一つ違っているのは、もしも閉館後に私たちが館内で怪しい物音を耳にしたなら、それは絶対に耳の錯覚ではないということです。

深夜の乱痴気騒ぎは当水晶記念館では日常茶飯事の出来事であり、そのために近郊に配慮して、当館では防音設計が施されています。それが第一のクイズの答えです。

どうでしょうか、正解できたでしょうか。もし不正解だったとしても落ち込む必要はありません。あなたはクズではあってもバカではないでしょうから。私のクイズはヒントであり、私のヒントはクイズです。導かれた第一のクイズの答えは、自動的に第二のクイズになります。それは「防音設計が必要になるほどの乱痴気な演目に興じる子供たちとは、一体誰なのでしょう?」といったものです。


パソコンを立ち上げた水晶レディーは、早速その日の予約状況を確認します。氏名、住所、年齢、電話番号、予約時間......。陳列されている昨日の予約分の水晶をもとあった場所へともどし、つぎにパソコン画面に表示された当日の予約分をガラスケースから取りだしてきて、中央の陳列棚に予約順に並べていきます。

水晶は鉱物の中でも比較的硬い部類に入りますけど、それでも衝撃を与えれば割れたり欠けたりする可能性は十分にあるので、作業にはなにより慎重さが必要とされます。

水晶はどれもソフトボールクラスの透明な球体で、重さは一個でちょうど500mℓのペットボトルぐらいです。記念館にはいま現在、一階展覧室のガラスケースに120個、地下所蔵庫のガラスケースに223個、合計で343個の水晶が保管されています。これらの水晶がすべて、ユーザーが引き取りにくる日を待っている状態です。というのは、私たち水晶生命が取り扱っている本商品はそれなりに値が張る代物なので、たとえ分割払いを使ったとしても誰もが購入できるというわけにはいかないのです。


そんなユーザーたちのために記念館は建てられました。たとえ手元に置いておくのが叶わなかったしても、予約さえ入れれば、誰でもその場所で自分の水晶を好きなだけ眺めることができます。

それからもう一つ、水晶記念館は亡くなったユーザーの家族が成人するまでの、一時的な保管場所としての役割も持っています。ヘッドハンターとなった女性の多くが、過去にその制度の恩絵をうけています。私もその一人です。


「49番です」

私が名乗ると、受付の女性が答えました。彼女は二十歳の学生である私より一回りぐらい歳上そうで、格子柄のベストと白いブラウスの襟元に、真珠色したブローチを付けています。もちろんそのときの私は、ヘッドハンターなんて職業はまだ夢にも考えたことはありません。そういった意味で、当時の私が置かれた状況は、いまのあなたとかなり共通したところがありそうです。ただ私は案内してくれた受付の女性に対して、「クズが」なんて言ったりはしませんけど。

宝石店や時計店で見かけそうな、ミイラでもスッポリと収まりそうな、重厚な造りの土台に取り付けられた横長のガラスケースが、一階展示室の中央に置かれています。受付の向かい側にある壁一面もガラス張りの棚で覆われていて、どちらのガラスの奥にも透明の球体が黒いフェルト素材の台座にのって、エイリアンの卵たちよろしく鎮座しています。よく見ると各々の台座には、それぞれに番号の振られた白い小ぶりのプレートが埋め込まれています。


その日の私はまるで占い学校に転入が決まった貧乏学生みたいでした。ジーンズに長袖Tシャツ姿の化粧気のない、晴れた日でも恥ずかしい穴を隠すためにオレンジ色のレインカバーで背中のリュックを覆っている。魔法学校の新一年生が入学前に道具店で自分用の箒を購入するように、新人占い師が自分用の水晶を購入するために森の館の水晶の間を訪れた格好です。ただそこは高級品だけを取り扱う店舗だったみたいで、貧乏学生の私は、スニーカーでティファニーの店舗に立ち寄ったような完全に場違いな感じでした。


受付の女性はカウンターに頬杖ついて本を読んでいました。とくに親切でも不親切でもない彼女は、新規の来訪者には、コンピューターHAL張りに無関心な様子です。無関心なら私だって負けてはいないのですけど、受付の女性曰く、来訪者は45分以内に水晶の群れから49番の番号を持った品を自分自身で見つけださなければいけないという謎のルールが記念館では適用されているらしく、しかもガラスの奥に鎮座するどれも等しく無個性な球体にしか見えない水晶の並びは、どういうわけかそこだけ存在を自己主張しているみたいに完全にランダムなんです。


これはいったいどういう種類の誕生日プレゼントなのか、私は怒りをとおりこして母の行為に呆れ果ててしまいました。もしかしたら彼女は娘を本当に占い師かなにかにさせようと企んでいるのではないかしらん、と。まさかその一件がファミリーアフェア的な重要案件を含んでいるとは考えもせず。

木々のカーテンに囲まれ、さらに防音設備も施された館内はとても静かです。水晶記念館の予約システムは、各回一組限定になっています。時間は45分間です。

時折、受付の女性が本のページをめくる音が聞こえてきます。私はリュックの二本の肩紐を両手で握り、冷やかし半分の客にしては熱心そうに、コンクリート床の水晶の森を散策していきます。ただ私の関心は49という数字のみです。それは7×7の答えという性質を持っているからです。


ドン、ドン、と誰かが、あるいは何かが、コンクリート床を打ちつけます。これには私だけでなく、百戦錬磨の受付女性も驚いたようで、本のページから思わず視線を上げて、防音設備が施されたはずの館内を見渡します。もしかしたら水晶レディーにとっても、聞き慣れない特異な響きだったのかもしれません。水晶記念館で私たちが耳にする怪しい物音は錯覚ではなく覚醒です。それは私に49の居場所を教えてくれます。

ドン、ドン、重い音はさらにつづきます。打ちつけられたコンクリートが、床のコンクリートに共振する音。算数先生の放り投げた白いチョークが、放物線を描きながら記念館に射すレンブラント光線の中に消えていきそうです。うっかりすると春の小学校の教室にタイムスリップしそうな意識をしっかり保ち、私は音のする方向へ近づいていきます。

どういったわけか二十歳の誕生日に、ずいぶん変わった場所で、私は野球少年と再会を果たしました。


つづく

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