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あなたの埋もれた才能見つけます⑰

私たちの小さな大魔神こと田中さんに知られたら地獄の果てまで追いかけられそうですけど、私の頭の中では、かの街の観光案内図が着々と完成されつつあります。それは〈校庭キャンプツアー〉のツアー客たちのために、あくまでまだ想像上ですけど、かの街における、かの駅のロータリーに、看板となって建てられる計画です。

当ツアーは普通の旅行代理店が扱っているような普通の国内ツアーとはだいぶ様子が違っています。このツアーは、宇宙飛行士並みの訓練をうけた水晶生命の男性スタッフが同行し、プラットホームに到着した山の手線車両の座席でグッタリしているツアー客を車内から一人一人引きずり出し、ホームのベンチに座らせるところからはじまるのです。

外部の人間である私たち水晶生命スタッフの行動は、かの街の現状保存が原則となるので、〈校庭キャンプツアー〉では、プラットホームに最初から設置されているベンチの数以上のツアー客は必然的に組めない計算になります。


私たち水晶生命スタッフはツアー客の体調の回復を待ちます。その際にはチョークの木の実を擦って作った白い粉薬をペットボトルの水で服用してもらうのもいいかもしれません。

プラットホーム上の昔懐かしいパネル式の掲示板では、翌日始発の(と同時にそれは最終の)発車時刻がすでに表示されていて、朝七時になっています。キャシーさん曰く、それは「いつも決まって朝七時」なんだそうです。

日が暮れて周辺が暗くなってくると、大きな影となってうずくまっていた駅前の建物が巨神兵のごとく轟音と振動とともに目覚め、窓からサーチライトめいた灯りを放ちながら始業ベルを周囲に知らせ稼働をはじめます。世界中から発注された〈失くしてしまったもの〉を製造できるのは本工場だけです。

ツアー客の体力が回復したところで、彼らには目前の〈失くしてしまったもの工場〉の見学からスタートしてもらいます。作業の工程をベルトコンベアの流れに沿って、一つ一つの〈失くしてしまったものたち〉が出来上がっていく様子を見てもらうのです。これには伏線があって、見学の最後にツアー客全員にお見上げとして茶袋が手渡され、中にはツアー客の一人一人が実生活で失くしてしまった想い出の品物の片方が忍ばせてあるという寸法です。ツアー客たちは予定外のプレゼントにみんな一様にビックリして歓喜の声をあげることでしょう。


そのあとツアー客には、すっかり日が落ちたかの街の、寂れて打ち捨てられたメインストリートを背中のリュックをお供に歩いてもらい、砂漠のオアシスめいた通称〈デッドエンドなコンビニ〉に到着したなら、食料や食器類など、必要なキャンプ用品を各自購入してもらいます。費用はあらかじめツアー料金に含まれてますので、ツアー客には「遠慮なく好きなだけ買い物カゴに商品を放り込んでくださって結構です」と伝えてあるところです。

キャンプ用品で一杯になったリュックを背負いながらデッドエンドなコンビニをあとにすると、第二のビックリなプレゼントがツアー客を見下ろす格好で待ち構えています。それまで愛想のひどく悪かったかの街の夜空に満面の微笑みが、嘘のような満点の星々が、はるばる都会からやってきたツアー客たちをようやく歓迎しはじめたかのように瞬いています。

もちろんキャンプと名のつく田舎の観光ツアーに美しい星空はつきものです。それでもあたかも瞬きするたびに表情を変える京劇の変面みたいに、あるいはさっきまで夜空を覆っていた巨大な黒いテーブルクロスが1000人の手品師によって一斉に引き抜かれたみたいに、あるいは夜空から地上へと垂れ下がった点灯用の紐を、宇宙飛行士並みの訓練をうけた水晶保険の男性スタッフたちが全員で懸命に引っ張ったみたいに、闇夜から光の世界へと突然放り込まれたツアー客たちの驚きと歓びようは尋常ではないでしよう。


〈校庭キャンプツアー〉はいまのところ私の妄想でしかありません。私はまだ田中さんを裏切るつもりはありません。ただしそれは妄想ではありますけど、研修での私の実体験がもとになっているので、ツアーの内容に関していえば限りなく現実的なものです。決して妄想だけに終始する類のものではありません。

デッドエンドなコンビニをでたあとに私自身が星々の洗礼をうけたのも本当です。ただそのとき私が授かった感情は、ツアー客やほかのヘッドハンターたちとは違っていただろうと思います。

あなたもいつか私の見た、すべてが天の星となったかの街の夜空を仰ぐ日がくるかもしれません。私とあなたは仕事上のパートナーであり、水晶掘りとヘッドハンターは一心同体と言われてますけど、それでもやはり、そのときあなたの心に湧いた感情も、私が抱いたものとは違っているでしょう。


それはどんな星図盤とも重なるはずのない星空です。天文学者やあるいは星の観察が好きな人、夜間飛行の操縦士や老いたベテラン漁師なら気がつくかもしれません。そんな星々の並びはこの世のどんな季節にも存在しないのを。

それなのに夜空に向かって視線を上げるよりも先に、すでにデッドエンドなコンビニ前のアスファルトが明るく照らしだされているのに気がついた時点で、私の心を満たしたのは驚きや歓喜ではなく、遥か遠い日の懐かしい思い出でした。そんな星図盤は今も昔もこの世に存在しないはずのに。

「今夜は星の数がいつもより多いみたい。みんながあなたに会いにきたのかしらね、ピンキー」

カウボーイハットのツバを押さえて空を仰ぎつつ、キャシーさんは自らが名付けた私のニックネームをもう一度口にします。「みんな」というのは、星々を人に例えて言っているのでしょう。あなたにはまったく縁のない世界の話ですけど、私の姉は作家でもあるのです。


かの街の星々の瞬きは、ただ眩しいだけでなく、夜遅い工場地帯のイルミネーションにも似て、私を安心させてもくれます。星たちは暗い道を照らしだし、往くべき道を教えてくれます。かつての夜と同じように。

やがて木立を挟んで、横長で三階建ての白い建物の影が見えてくると、遠くから「おそーい!」という田中さんのお怒り気味なダミ声が聞こえてきました。見ると、広い敷地を囲んだ柵の先に建物の門が構えていて、その前に立っている小さな水晶掘りの姿がありました。

キャシーさん曰く、校庭キャンプの場所となる小学校の敷地内には、水晶掘りとヘッドハンターがセットになっていないと入れないのだそうです。それで田中さんは門の外で私たちを待っていたわけです。いったいどこまで水晶掘りとヘッドハンターは一心同体なのでしょうか。あとどれくらいの決まり事が私を待っているのでしょうか。気が遠くなりそうです。

田中さんは私たちの足音が聞こえてくるまで校門を背もたれにして居眠りしていたようで、あらためて日が暮れたあとの星の多さにようやく気づいては、流石の天下の晴れ男も、口を大きく開けてしばらく顎を上げていました。


私にしてみたら、わざわざ一人で暗い道を先にいかなくても、一緒に駅のホームで休んでいけばいいのにと思うのですけど、どうやら田中さんには田中さんの事情があるようです。キャシーさん曰く、「このあとの水晶掘りの仕事は時間との戦い」なんだそうです。

田中さんとしては貴重な時間をなるべく無駄にはしたくないというのが実情で、先遣隊として小学校に到着したのも時間節約のためだったのです。じつはかの街はくるたびに土地が変化しているので、デッドエンドなコンビニも、小学校も、以前と同じ場所には建ってはいないのが常です。もちろん圏外なのでグーグルマップは使えず、私たちの水晶掘りは自らが振るサイコロだけを頼りに道なき道を進んでいきます。そうしてデッドエンドなコンビニを見つけ、白い校舎を発見したなら、今度は駅までいったん引き返してキャシーさんに手書きの地図を手渡し、ふたたび学校へもどっていったわけです。


翌朝の山の手線の発車時刻はすでに七時と決まっています。それまでに水晶が一つも採掘できなかったとしても、滞在時間の延長はできません。もしも折り返しの電車に乗り遅れたなたら、私たちは東京にはもどれずにしばらくはかの街にとどまることになってしまいます。それでもかの街にはデッドエンドなコンビニがあるので、飢え死にするような心配はなさそうですし、『サイレントヒル』みたいな展開にもならないようです。

ただ、かの街は普段私たちが暮らしている世界とはだいぶ勝手が違います。不測の事態が起きても不思議はありません。もしかしたらデッドエンドなコンビニには性格の悪い店長が隠れていて、私たちに料金を支払うように、ぼったくりバーすら可愛く思えてくるような途方もない額の請求書を押し付けてくるかもしれませんし、お迎えの山の手線の電車がつぎにいつやってくるかも定かではありません。採掘隊はなにがなんでも時間通りに七時発の電車に乗って帰るのが鉄則なのです。


水晶掘りのプライドかかかっています。私たちが無事にもとの世界にもどれるかどうかは田中さん一人の肩にかかっています。ただ、どんなに急いでいても丸坊主で帰るわけにはいきません。この二つの条件を天秤にかけると、のろまな新人ヘッドハンターにたいする田中さんのお怒りも無理のないところだと言えそうです。

私たちは黒い鉄格子によって固く閉じられた校門から、国営カジノに忍び込む大泥棒よろしく、小学校の敷地内に侵入します。まず身軽な田中さんが忍者みたいにひょいひょいと鉄格子を越えていって、つぎに私たちが二人で協力し合って大きなリュックを一つずつ放り投げると、力持ちの水晶掘りが鉄格子の向こうでそれをうけ止めてくれます。田中さんはヘッドハンターのリュックを二つの米俵みたいに小学校の敷地内に立てて置きます。そのあとは事実とは若干印象が異なりますけど、〈校庭キャンプツアー〉よろしく私が妄想するところでは、キャシーさんが門のそばに落ちた一本の小枝を一振りで一本の魔法の箒に変身させてみせ、敗走するドロンジョ様御一行よろしくそれに私たちが二人乗りすると「一二の三!」で走りだし、鉄格子の高いハードルをスタコラサッサと飛び越えていったのです。


つづく


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