あなたの埋れた才能見つけます⑬
一説によると、水晶掘りたちのメモリーが物悲しさに包まれているのは、まさに彼らの仕事である採掘作業と関係があるようです。
まだ幼い彼らの身に起きた出来事が、大人から見ればただの笑い話であったとしても、子供にとっては一大事です。また、成長したあとになって笑い話に思えるからこそ、後悔も一際大きくなるわけです。彼らはそれぞれの自転車置き場的モニュメントを横目で見るたびに思いださずにはいられません。「どうしてあのとき、もっと上手に、立ち振る舞うことができなかったのだろうか」と。
まるで神棚に向かって懺悔をしてから一日の仕事を開始する19世紀のロシアの文豪を連想させます。惨めな気持ちが増せば増すほどにいい仕事ができ、生産性があがる仕組みなのです。
メモリーは彼ら水晶掘りにとって消し去ることのできない心の一里塚です。それは挨拶代わりに、傷口に一摘みの塩を撫でていきます。また一説によると、その痛みを感じられなくなったとき、水晶掘りの使命は終わりを告げるのだそうです。まったく難儀な仕事です。
それは日の暮れた最果てのコンビニエンスストアに、白い実をつけて私を待っていました。緑の葉々でできた大きな傘の下に、小さな白墨の実を、さくらんぼみたいにたくさんつけたチョークの木が、私のメモリーでした。
それは存在的にはテレビのCMで有名なこの木なんの木を、外見的には予算の都合によって途中で飾り付けを放棄されたクリスマスツリーを、それぞれ思わせるべく、初代田中屋も立ち寄ったかもしれない、サイレントヒルに忽然とあらわれたオアシスめいたコンビニエンスストアの敷地に、ポツンと一本だけ生えていました。
上野の染井吉野と同じぐらいの枝ぶりがありました。私のメモリーに違いありません。そんな木を知っているのは世界に私しかいませんから。
もしかしたらそれは、リュックサックの代わりにまだランドセルを背負っていたころ、学校帰りにデッドエンドな空き地に埋めたはずの、白い実の成長した姿だったかもしれません。
肌寒かった四月の朝は夕方になってさらに気温を下げ、大人になった私はランドセルの代わりに小型冷蔵庫並みのリュックを背負いつつ、主人の到着を待っていたメモリーを、サイレントヒルのオアシスからこぼれてくる明かりのもとで、かなり戸惑いながら見上げていました。
というのも、そのときの私はまだメモリーというものの存在を知らず、どうして私の記憶の中にだけ存在するはずのものが、突然リアルな世界に姿をあらわしたのか、理解できずにいたのです。
「はじめて見るわ。あなた知ってる?」
先を歩くキャシーさんがチョークの木の前で足を止めて振り返り声をかけてきます。心当たりがなくもない私は、少しうしろから戸惑い気味にうなずいてみせます。
「きっと、これがあなたのメモリーね。おめでとう、あなたは無事に街に受け入れられたみたいよ」
なんだかキャシーさんの声が、算数先生の声とダブって聞こえてきそうです。
結果的にそれはとてもいいメモリーだったと言えるでしょう。駐輪場の葬式号とはえらい差です。普段の行いが良かったのでしょうか。
このようにして水晶掘りには個人的な大惨事が、ヘッドハンターには逆に心温まるエピソードの思い出が、それぞれ本人たちの意志とは無関係に、Amazonのお勧め機能よろしく、街によって用意され与えられます。
水晶掘りのメモリーは、孤立と後悔と懺悔が。ヘッドハンターのそれは、博愛と希望と他人に手を差し伸べる勇気が。
同業者にも関わらず、同じチームのパートナーであるのにも関わらず、どうしてこのような大きな差がでるのでしょうか。やはり普段の行いなのでしょうか。キャシーさんとゲームキング田中さんのメモリーはどんなものだったのでしょう。二つのメモリーはどんなふうに対照的だったでしょう。
「記念に一粒もらってもいいかしら」
キャシーさんはつづけて尋ねます。私は少し迷いながらもう一度うなずいてみせます。ベテランの登山仲間は、手を伸ばして山中でたまたま見つけた葡萄の実でも採るみたいに、白くて固いチョークを一番低い枝を震わせてもぎとります。それはデットエンドなコンビニの敷地内にはもっとも相応しくない人と自然との交流のようでもあり、またその実が世にも奇妙なチョークの実であることを考えたなら、もっとも相応しい風景にも見えました。
「どうしてこんな実がなるのかしら。不思議だわ。でもその理由をきっとあなたは知ってるのね。ちょっと手をだしてみて」
そう言って伝説のヘッドハンターは私の左手をとり、右手に掴んだチョークでゴルフボールよりも少し大きいぐらいの白い円を描きだすのです。まるで白墨の粉を私の掌に擦り込むかのように、なにかのおまじないみたいに、彼女は何重にも円を重ねていきます。私はぐるぐる回る山の手線を思いだして頭痛と吐き気が再発しそうです。じつは街に着いてからというもの、おかしな鉄道旅行のおかげで、私の体調はずっと最悪な状態だったのです。ひどい車酔いが尾を引いてるみたいにです。
「これでよし。舐めてみて。きっと体調がバッチリもどるわよ」
キャシーさんは闇の中で私の左手を離します。それからチョークの残りをウエスタン風なカーキ色したジャケットのポケットに仕舞います。
なんだかここにきて心の口癖ベスト10が復活しそうです。山の手線が街に到着するまでにいろいろなことがあって、キャシー先輩への信頼も一時的に揺らいだりもしたのですが、街の駅ターミナルに降り立ったときにはそれらはすべて私の気の迷いであったと反省した次第です。
でもそれがここにきてふたたび頭をもたげてきたのです。それというのも、ことチョークに関しては私の方がキャシーさんよりも多くを知っているという自負心があったからです。
その自負心によれば、「白墨は食べ物ではなく書く物なので、飴みたいに舐めてはいけない」となります。
そういうわけなので、いかにそれがキャシーさんからの提案であっても、「これで24時間戦ってみせます」とはいかないのです。
すると伝説のカウガールはこちらの不安げな表情を、デットエンドなコンビニエンスストアの明かりで読みとったカウボーイハットの考古学者めいて言います。
「このメモリーがあなたにとっていい思い出なら、あなたは街から歓迎されている。きっといい効果がでるはずよ」
私は掌の白いサークルをまじまじと見つめます。私にはすでにこの見知らぬ街に歓迎されているという自信があります。誰よりも。なぜなら白い円は、野球少年が私たちの小学校の校庭で投げていた白球のように見えるからです。
「答えは問いの中に隠れているのだよ」
算数先生がもう一度、教えてくれます。私は潔く掌を唇で吸い、残った白い問いを舌先できれいに舐めつくします。
「はい、水よ」
キャシーさんがリュックのポケットからとりだしたペットボトルを、私に差しだします。まるで『LOST』のジャックみたいにです。
つづく