表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/189

あなたの埋れた才能見つけます⑦

チョークは別名白墨とも呼ばれます。どこの小学校にも必ず一人はチョーク投げの名人を名乗る教師が赴任しています。一つの学校につき一人だけも、全国規模で考えたら大変な人数です。彼らは皆、長い間その存在が噂されてきた、謎の全国組織である〈チョーク投げ教師の会〉の正規会員です。

会に属する教師たちは必ず週に一度は机の生徒に向かってチョークを投げる決まりになっています。それが会の掲げているノルマなのです。


おそらくチョーク投げ教師たち自身は意識していないと思いますけど、じつは彼らが投じる球体然とした白い物体のうちの約半数は、授業中にもかかわらず空に浮かぶ雲に乗った夢ばかり見ている、教室の窓際の列を占めた生徒たちに向けられたものです。白墨と雲の白さは、日本全国どこでも符合し、イコールで結ばれます。窓際に座った生徒たちの頭の中にイメージされた雲が白墨の白を呼びます。それは〈チョーク投げ教師の会〉会員のコントロール強化に役立つでしょう。チョーク投げ名人はなによりも幼い窓際族たちによって生みだされ鍛えられるのです。


チョーク投げは生徒を威嚇するためにあるのではありません。それはあくまで子供たちを覚醒させるためにあります。

年季の入った国語算数理科社会の各名人が、校庭を臨む机目がけて投球動作に入ったとき、魔法が起こります。それは遥か太古の昔、あるいは2001年、猿人の放った上空の白い骨が宇宙船となって降りてくるような種類の魔法です。

我目がけて教室の空間を飛んできた放物線を察知したとき、幼い窓際族の何割かが実際に覚醒し、豆粒ほどの球体をキャッチしてみせます。それは野球少年のメッセージがチョーク投げ名人へと乗り移り、さらに子供たちの手の中にとどいた瞬間です。彼らランドセルを背負った小さき者たちは、その球体のメッセージをちょうど街に突然あらわれた空き地の土へ、なにかの秘密の種のように下校の途中にこっそり埋めるでしょう。

満月の夜には、幻の空き地からひょっこりと小さな芽が顔をだします。小さきものは一晩のうちに白い月光を浴びながら一気に成長して、登下校時の子供たちだけに見える、通学路だけにする繁殖する、白い実をつけた大樹となります。


物語の中でこれから魔法学校に入学しようとする生徒たちが、謎の店主の経営する骨董屋めいた古びたお店で、箒や杖を購入するように、見習い中のヘッドハンターは、お茶の水のアウトドアショップでリュックや登山用のブーツ、テントから寝袋まで、キャンプ用品一式を購入します。

とはいえ、リュックサックを背負って私たちが向かうのは、山でも森でもありません。私たちが向かう先は、遠く離れたどこかの街に存在する見知らぬ小学校です。その校庭が私たちの一晩のキャンプ場になるのです。そのために水晶生命では全国の小学校とキャンプ場契約を結んでいるわけです......というのは嘘で、夜になるのを待って、私たちはルパンよろしく、門から忍び込むのです。


水晶掘りとヘッドハンターは一心同体です。水晶掘りたちが水晶を掘りにいくとき、私たちヘッドハンターは必ずそれに同行する決まりになっています。水晶生命が顧客と取り引きしているのは、山や洞窟の中では見つけることができない種類の水晶なのです。

会社ではそれを「採掘作業」、あるいは単に「採掘」と呼んでいます。私たちヘッドハンターはそれを「校庭キャンプ」、あるいは単に「キャンプ」と呼んでいます。見習いヘッドハンターは独り立ちをする前に、必ず一度は先輩のヘッドハンターに同行して校庭キャンプに赴き、現場で採掘作業の研修を受けることになります。


校庭キャンプは土曜日から日曜日の二日間にわたるのが普通です。それが週末にあてられるのは、水晶掘りの働いている工場や倉庫の休みが土日のためです。水晶掘りの仕事は不安定でまだまだ未知数な部分が多いので、私たち水晶生命としては並行して安定した定職を持つこと推奨しているところです。

見習いヘッドハンターだった私が、採掘作業に同行したのは、四月のまだ肌寒い土曜日のことでした。お茶の水のアウトドアショップであつらえた当日の私のファッションは、一泊二日仕様のアマチュア登山家といった様相でしたけど、私のセンスは不自然すぎるぐらいに抜群なので、SNSに写真を投稿したなら、万単位の「いいね!」が付きそうな感じではありました。


私たちヘッドハンターの間には、嘘か誠か、長年にわたって語り継がれているいくつかの逸話があります。そのうちの一つに、「校庭キャンプの土曜日は必ず晴れる」というのがあります。それが事実であるとすると、水晶掘りたちはみんな晴れ男ということになり、あなたは口の汚い晴れ男候補ということになります。私たちヘッドハンターは皆その逸話を信じて、テントの寝袋は持っても傘は持たずに、天気予報さえ当てにせず、週末の朝に家の玄関をでるのです。


「グッドモーニーン!」

駅のターミナルで、わざとバタ臭く交わす陽気な朝の挨拶が、キャシーさんの持ちネタです。彼女は一度引退したあと社長女史に頼まれて現場復帰をとげた、ハワイ出身の古参ヘッドハンターです。

あご紐の垂れたベージュ色したインディ・ジョーンズみたいなツバ広の帽子からは豊かな栗色の髪が艶やかにあふれ、若かりし頃には何サイズかは細身だったかもしれない南国風のワンピースがいかにも似合いそうなカラフルな瞳の色をもった彼女は、しかしもう何年も仕事で身につけているはずの登山ファッションの方は、まるで今日になってはじめて袖をとおした七五三の衣装みたいに場違いでとってつけたような印象を、姿をあらわすなり春なのに真夏の直射日光さながら、中央線駅のターミナル一帯に振りまいていました。


水晶掘りのもう一つの逸話に、「土曜日の朝、水晶掘りが遅刻することは絶対にない」というのがあります。その日はじめて採掘に同行する私は、随分早く駅に到着したはずなのに、改札を抜けて、木のベンチと時計塔のあるターミナルに立ってみると、そこにはすでに分かる人が見れば直ぐにそれと分かる、登山ファッションといえば登山ファッションに見えなくもない、リュックを背負った小さなおじさんが、生垣のブロックの上にちょこんと一人で腰をおろしていたのでした。


一見するなり、そのおじさんが水晶掘りであるのに間違いはないようでした。なにしろチェック柄のシャツの襟元と、Vネックのハンターベストとの間の狭い空間には、私とお揃いの青いブローチらしき物体が渋く光っていたのです。

おじさんは手にしたノートサイズのiPadに全意識を集中していていました。冒険家を想像させるサファリ帽子を目深にかぶって、画面の上に人差し指を一生懸命に動かしている様子から、どうやらなにかのゲームに興じている最中のようです。マニアなのかもしれません。


それが私と水晶掘りの第一コンタクトでした。正直なところ私は挨拶しようかどうかずいぶん迷ったのです。これから日曜日までの二日間、仕事を共にするわけですから、普通に考えたら新人の私から一言挨拶して自己紹介するのが当然です。

ただ相手は水晶掘りです。水晶掘りといったら、それは反社会性の塊みたいな人たちです。龍と虎とチャウチャウ犬の刺青一ダース分に相当します。しかもその反社会性の塊が一心にゲームに夢中になっているのです。もしかしたらあともう少しでハイスコアを叩きだすところなのかもしれません。おじさんの意識はiPadの画面をスライドする人差し指の先端に集中しているはずです。そんなときにどこかの知らない娘が突然話しかけてきたらどうなるでしょうか。目も当てられない悲劇が待ちうけていそうです。


私は様子を伺うために、台所の焼き魚をねらって人家のブロック塀を渡り歩く野良猫めいた忍び足でおじさんに近づいていきました。一足もしくじったりはしませんでした。たとえどんなに鼻のいい番犬だって、私の忍び足には気がつかなかったはずです。

それがどうしたことでしょう。スーパーひとしくんみたいな帽子のツバで世間と確実に距離を置いていたはずのおじさんは、私との距離がまだ十分にあるところでおもむろに顔を上げてみせると、口をへの字に曲げてこちらをジロッと睨みつけたのです。


朝のターミナルで、私は社長女史の言葉を思いだしました。社長女史とキャシーさんが私の教育係です。私はすべてをお二人から学んだのです。社長女史はこう言っていました。

「私たちは実物の水晶掘りではなく、彼らが成し遂げた偉業の方に思いを馳せるべきです」

挨拶をする前からFワードの洗礼をうけるのは御免こうむりたいところです。むしろそれを投げかけたいのはこっちの方です。

私はすぐに踵を返し、できるだけ龍と虎とチャウチャウ犬の刺青一ダース分の反社会性からは距離を置きつつ、ここは静かにキャシーさんの到着を待つ選択をしたのです。挨拶なんてクソくらえです。


しばらくすると陽気でバタ臭い挨拶が聞こえてきました。

「あらー、可愛い帽子ね」

キャシーさんは会うなり私が頭にかぶった渋めのピンク色したニット帽を褒めてくれました。

考えてみれば登山ファッションとはいえ、私たちが私服姿で落ち合うのはその日がはじめてで、私は嬉しかったのですが、それはキャシーさんが私の大先輩であり、また教育係であるからだけではなく、彼女が「女性初の水晶掘りに最も近づいたヘッドハンター」としてかつて社内でまことしやかに噂されていた人物だったからです。


つづく

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ