あなたの埋れた才能見つけます⑤
以前はよく通勤中にオアシスを聴いていたアップルのエアーポッズで、私が最近よく聞くのは、もっぱらあなたの「クソ」であったり、「クズ」であったりします。
これは具体的に水晶掘りのパートナーとなった私たちヘッドハンターの宿命です。朝から晩まで、あるいはどうしても『ドント・ルック・バック・イン・アンガー』を聴きたくなった仕事帰りにも、私たちはそれとはほとんど真逆の、呪われたおっさんたちが密かに通勤電車のドアに向かって口ずさむ、彼ら流の悪魔を憐れむ歌を聴かなければならないのです。心が弾む楽しい職業とは言えません。
でも一つ不思議なのは、彼ら水晶掘りが、「クソ」も「クズ」も口にしなくなったとき、どういう気の変わりようか、彼らが『ドント・ルック・バック・イン・アンガー』を聴きたくなったとき、つまり常識的で年相応のまともな社会人として落ち着いたとき、皮肉にも彼らの水晶掘りとしての人生は終わりを告げるという事実です。そして彼らが引退するとき、パートナーである私たちヘッドハンターの役目も終わるのです。
その後のヘッドハンターには二つの道が残されています。もとの職場である親会社の保険レディに復帰するか、退職するかです。会社はつぎの水晶掘りを探しますけど、私たちに二人目の水晶掘りは用意されていません。
水晶掘りの「クソ」は、彼らの心と体の健康状態を知るための大切なバロメーターです。「クソ」は多すぎてもいけませんし、少なすぎてもいけません。社長女史は言います。
「私たちにとって水晶掘りのFワードは、ブリーターにとっての愛犬の糞によく似ています。ただし水晶掘りのみなさんは私たちのペットではありません。くれぐれも誤解のないように」
私たちの愛犬のそれのごとくは、彼らがブツブツ文句を言いながら会社の食堂で首にしたブローチ内のマイクによって録音され、その音源は本社のスーパーコンピューターへと自動的に送信されます。
肉体労働者である水晶掘り用のブローチは、動きやすいように紐を通して首に掛けられるタイプになっていて、なんなら私は電車に乗って駆けつけた社員食堂で、オリンピックの表彰式みたいに、メダルよろしくあなたの首に掛けてあげてもよかったんですけど、それが原因で食事中にFワードを量産させるような展開になってはどうかと思ってヤメにしました。でもそのときそうしなかったのを、私は帰りの電車の中で後悔するはめになったわけです。
またしても食堂のテーブルのラーメンと半チャーハンの横に、自分より年下のヘッドハンターが置いた黒い小箱を眺めると、あなたはその蓋を開けるや、ブツブツ文句を言うどころか、Fワードを連発させるどころか、その場でとりだして自分の首に紐の輪を掛けてみせ、自慢するように作業着の胸を張って私に向けて見せたのです。「どうだい、意外と似合うだろ?」とでも言いたげに。
あのときあなたが咄嗟にみせた行動を、たぶん私は一生忘れないでしょう。食堂で昼食をとっていた作業着姿の男たちが、油の臭いのする男たちが、目を丸くして私たちのテーブルの方をしげしげと眺めていました。二人はそこでは、べつの星からやってきた異星人のカップルみたいでした。異星人のカップルの間では、女から男へ、紐の付いたブローチを贈るのが古くからの習わしです。
その日、社員食堂にはメニューには載っていない、男たちの昼食に奇妙な味付けをする空気が終始漂うことになりました。
「七番は水晶掘りの突然変異かもしれません」社長女史は言います。先輩のヘッドハンターたちは、皆、言葉では直接表現はしませんけど、私を羨ましがっているようです。あなたが私より背が高いからです。
これまで水晶掘りの男たちは、ヘッドハンターの女性たちよりも背が低いのが常でした。どうもあなたには、ほかの水晶掘りたちにはずいぶんと効果があった、親の付けた平凡な名前の呪いが、あまり効いていないようです。
ただ、あなたの口が汚いのはほかの水晶掘りたちと大差ありませんでした。身に付けたブローチからは、さっそくその日の午後のうちに大量の「クソ」が本社のスーパーコンピューターへと送信されてきたからです。
幸いなことにその音声を分析するのは、私たちヘッドハンターの仕事ではありません。その代わり、私にはスタッフ編集による『水晶掘りFワードベスト集/七番編』なる音源のデータが送信されてきて、それを四六時中聴く日々が待っていたわけです。
このままだと私も通勤電車の車内で「クソ」とか「クズ」とか、自分でも気づかずに、独り言のようにつぶやいていそうです。
まったくヤレヤレです。そうなったら、私のFワード症候群は労災として認定されるでしょうか。そもそも自覚症状のない話ですから無理でしょうか。
でもそれこそが親会社である大手保険企業の本当の狙いなのです。あくまで表向きのモットーは「仕事上のパートナーである水晶掘りをより良く理解するため」みたいになっていますけど、実際のところ親会社の上層部が、そのズングリした首が、会議室の端から端まで伸びるほどに欲しがっているのは、女性の水晶掘りなのです。
仮に水晶掘りの定員が七人と決まっていたとしても、それは男性の話であり、まだ女性のための七つの席は残されている可能性があるというのが彼らの考えです。そしてその席に女性が着くための有力な方法の一つがFワードなのです。上層部の人々はそこに水晶掘りの特殊な才能の秘密が隠されていると見ているようです。「女性にはFワードが足りない、彼女たちの唇にもっとFワードを!」というわけです。
万に一つ上手くいけば、水晶掘りの数は今の倍になり、売上げも倍になるという皮算用です。保険商品とセットにして売れるようにでもなれば、ライバルの保険会社は向こう十年は指をくわえて見ているしかないでしょう。
普通ならばそんな職業には誰も就きたくはないはずです。汚い独り言をつぶやきつづけずにはいられない生活なんて、人生をドブに捨てるようなものです。
それにFワードに秘密が隠せれているというのもおかしな話です。水晶掘りたちが発する汚い言葉は、あくまで結果であって、原因ではないからです。もしもFワードが水晶掘りになるための条件であるならば、世間にはそんな人たちがすでに大勢います。
きっと運転手付きの社用車で毎日送迎されて、面倒な仕事は全部丸ごと部下に押し付けて、一日中豪華な椅子に座りっぱなしの親会社の上層部たちは、暇を持て余してNetflixの見過ぎなんです。頭の中でおかしな陰謀論が渦を巻いてるんです。
普通に働いている女性ならばそんなふうに考えるでしょう。そしてとっとと転職先を探しはじめるでしょう。それが賢明な選択というものです。
ただ私たちは普通の女性とはちょっと違うのです。水晶生命というおかしな名前の女だらけの会社で働いている私たちは。
毎日のように社用車で送迎されている、面倒な仕事を部下に押し付ける、豪華な椅子に座りっぱなしの、Netflixを見過ぎで頭の中に陰謀論が渦を巻いているおじさんたちの、私たちは強い味方です。一昔も二昔も前の親父ギャグに腹を抱えて笑い、たとえ親や医師が止めても、自ら進んで『水晶掘りFワードベスト集』を聴きつづける者たちです。
しかしそんな愚行を繰り返すのは、私たちヘッドハンターが職務に忠実だからという理由ではありません。それは私たちの運命なのです。私たちはそうありたいのです。
水晶掘りはこの世に存在するリアルな魔法使いであり、詩人であり、凡庸でなに一つ取り柄のない彼らの口ぐせは、彼らが手に入れた世界に対抗する呪文であり、つまり今を生きる詩なのです。それはこれまでずっとそうでしたし、たぶんこの先もそうありつづけるでしょう。
残念ながら、私たちが愛するおじさんたちによる見解の正当性が証明されたことは、これまで一度もありません。水晶掘りたちの『Fワードベスト集』を聴きつづけた結果、自らも水晶掘りに転職したというヘッドハンターは、いまだに一人としてあらわれてはいません。
やはり女性は水晶掘りには向いていないのでしょうか。私たちのための七つの椅子は用意されていないのでしょうか。七とは神様から人間に与えられた特別な数字ではなかったのでしょうか。水晶掘りたちの詩には彼らの秘密が隠されてはいないのでしょうか。世界に水晶掘りが七人しかいないのは、私たちヘッドハンターが七人だからではないのでしょうか。
私は最近よく幻を見ます。それは毎日毎日、エアーポッズで『水晶掘りFワードベスト集/七番編』を聴くようになってからはじまりました。
これはいよいよ、おじさんたちの言い分が正しかったことの証明でしょうか。やっと彼らの説が認められる日がこようとしているのでしょうか。もしかしたら来年には親父ギャグブームがやってきて、世の中を席巻するかもしれません。七番が水晶掘りの突然変異なら、私はヘッドハンターの突然変異なのかもしれません。
駅にいくまでの途中で、駅からの帰り道にも、そして中央線の車窓から、昨日までマンションが建っていたり、コンビニだったり、コインランドリーだった場所が、今日になったらすっかり更地になっています。そして明日になれば、なにもなかったような涼しい顔をして、空き地だった場所に今度は最初にあったマンションやコンビニやコインランドリーがふたたび建っているのです。それは走る電車からは、一瞬のサブミナル効果のように映り、街中を歩いていれば、一マス欠けた巨大な記憶のパズル絵のように感じられます。
もっとも私は中央線沿線の街中に忽然とあらわれた空き地の住人を、私のモモを、その姿を覗き見る前からすでに知っています。遠く離れていても、エアーポッズをした私の耳に、あなたの汚れた詩と一緒に聞こえてくるのです。
その懐かしい響きは、私を遥か彼方の算数の授業へと誘います。スネイプに似た算数先生の白いチョークが、お気に入りの数式の問題を長い暗号のように、駅の看板広告の上に、家々の屋根に、電車の車窓に、書きだしていきます。
それはたしかに暗号です。導かれる問題の答えがいつも同じだからです。私は駅の看板広告に、家々の屋根に、電車の車窓に、次々にそれを暗算で読みとっていきます。〈野球少年の帰還〉。それがすべての問いへの答えです。
つづく