あなたの埋れた才能見つけます③
水晶掘りになる男たちは、みんな平凡な名前を持っています。苗字だって名前に負けないぐらいに平凡です。もともとの苗字が平凡なのですから、せめてあとから付ける名前ぐらいは人と違ったものを付ければいいのにと思うのですけど、彼らの親はそんなふうには考えなかったようです。
もしかしたら水晶掘りになる男性の親たちは、あえてそんな名前を自分たちの息子に付けたのかもしれません。まるで赤ん坊の狭いおでこに記した、いくつかの透明な文字が、ありふれていればいるほどに、世間に対しての御守りになるとでも思っているかのように。あるいは自分の息子が世の中すべての親たちから、どこにあってもおかしくないその名前によって、どこにいても我が子同然に扱ってもらえるように、と。
水晶掘りたちになる男たちは、みんな絵に描いたようなありきたりな人々です。面白くともなんともない人々です。名前だけでなく、見た目や行動までがありきたりなのです。ほとんど凡庸と呼んでも差し支えはないほどです。三秒間まぶたを閉じたなら、彼らの顔などほとんどの人が憶えていないのではないでしょうか。それは物理的に憶えられないというより、社長女子曰く、「脳がその顔は記憶する必要がないと命令してくる」ような、もはや脳科学的なものです。
不謹慎な例えですけど、どこかに国営カジノ強盗を計画してる一味がいたとしたなら、アルセーヌ・ルパンの子孫でもないかぎり、水晶掘りそっくりのお面を作るのが最善かと思います。誰もがカジノ強盗の顔を忘れてしまうからではなく、誰もがカジノ強盗があったことそれ自体を忘れようとするからです。それほどに彼らの凡庸さは強力なのです。
ただ一つ問題があります。誰も水晶掘りの顔を積極的には憶えようとはしないので、肝心のお面を作ろうにも、できた品物といえば、彼らとは似ても似つかないお面になってしまうのです。
そんな平凡の権化のような水晶掘りたちではありますけど、ただ彼らも生まれつき取り柄のない男たちだったわけではありません。それどころか声変わりをする以前の彼らは、誰も彼もが学校の人気者で、運動にも学業にも長けた、将来を有望視された、アイドル的な男の子たちだったのです。昼休みにともなれば、よく校舎の廊下や校庭で、『ヤァ!ヤァ!ヤァ!』のビートルズさながら、女の子たちに追いかけられる彼らの姿が目撃されたそうです。
しかしまだ幼さの残った学園アイドルたちの人気は芸能界の浮き沈みと同じように、あるいはそれ以上に、短いものでした。平凡な名前を持った少年たちは、はやくも十代のはじめに人生の絶頂期を迎えたあと、社長女子曰く、「崖を転がる岩のように」「奈落の底へと」堕ちていったのです。
それは彼らが背中のランドセルを脱ぎ捨て、学生カバンへと持ち替えた頃に、声変わりという、男性に顕著な思春期の生理現象としてまずあらわれます。
それまで無邪気に明るかった少年たちの声は、春の終わりに季節外れの意地の悪い風邪に掛かってしまったように枯れはじめ、やっとでるようになったかと思えば、人を寄せつけない、地の底から聞こえてくるようなものへと変わり果てています。
彼らは家にいても学校にいても、急に無口になって、やがて誰とも自分からは会話をしないようになります。その姿はまるで自らの声が他人に聞こえないように、あるいは自らの身に掛けられた呪いが他人に伝染しないように、注意しているみたいな印象を与えます。
最初の夏休みに入ると、少年たちの肉体的な変化は決定的なものになります。
もしかしたら彼らは、水晶掘りになるべく、自分でも知らず知らずのうちにその準備をはじめていたのかもしれません。そうでなければ薄々ながら自分たちの運命を感じとり、きたるべき未来に向って覚悟を決めていたのかもしれません。
それが効果を発揮するためには、少年たちの成長を待たねばならなかったのです。そして冬の森のように枯れた彼らの声は、それとは正反対に、ついに時が熟したのを知らせていたのです。彼らの親たちが付けた刻印が、ようやく体の中から目覚めの産声をあげ、その額に透明な輝きを放ちながら浮かび上がってきたようです。その呪文とは社長女子曰く、「凡庸であれ」「決して人より目立つな」といったものです。
その秘密めいた儀式は、両親の目の届かない、学校の友達もやってこない、場所で行われます。どんなに暑くても、部屋の窓を開けてはいけません。
喉の渇きが部屋を満たし、窓の隙間を抜け、熱風に乗って空へと舞い上がると、やがて不気味な色をした夏の雲が、黒魔術を売り物にした旅サーカスの一団みたいに街へと向ってきます。夏休みになってからというもの、ずっと部屋に閉じこもっていた未来の水晶掘りたちは、ようやく窓を開け、遠い空の向こうに大挙して姿をあらわした援軍の姿を認めます。
豪雨の到来を予感した街の人々は、次々に建物の中へ身を隠します。通りは黒サーカス旅団のパレードの一味が国営カジノに忍び込む代わりに、街中の時計という時計をすべて盗みとってしまったみたいにシンとして暗くなり、無音の通りに雨の匂いがそこら中に立ち込めたかと思うと、大粒の雨が建物の屋根と地面のアスファルトに打ちつけ、しぶきを上げ、バタバタとした騒音と水蒸気の蜃気楼で包み込みます。
少年たちの第二次成長期は夏よりも早く、たった一日で終わります。そのあとも一見して成長のように見受けられるのは、じつはすべて退化です。黒いサーカス旅団は今度どさくさに紛れて、盗んだ時間を街に置いていく代わりに、取り引きとして、少年たちがほかの男の子たちよりも沢山持っていた、世の中の良きものをすべて洗い流し、持ち去っていきました。申しわけ程度に一味が少年たちに残していったのは、水溜りの道の真ん中に落ちた、四角い小さな石ころ一つだけです。でもそれは、彼らとお面を被った『ジョーカー』の手下たちとを分けることになる運命という名のキューブなのです。
少年たちは自分の未来とは知らずに濡れた手で石を拾い上げ、強く握りしめます。彼らとしては、黒いサーカス旅団に一緒についていくつもりでいたのに、その代わりが石ころ一つというのでは大誤算もいいとこです。
少年たちは空に向って遠投みたいに石ころを放り投げます。それはまさに彼らに残されたアイドル的な部分の、クラスの女の子たちが拍手喝采しそうな、最後の見事な一投です。
まだ湿っている空気を切り裂き、石ころは音よりも速く上空を何キロにもわたって飛んでいき、やがて摩擦で熱を持ちはじめます。そして隕石さながら煙の尾を引きつつ、以前通っていた小学校の校庭に突き刺さると、泥濘の奥深くまで埋め込まれます。翌日になったときに、学校に通う児童たちが校庭の隅にポッカリ空いた未知の穴を誰も見つけられなかったのは、夜の間に黒サーカス旅団の命を受けたべつの一味がやってきて、そこを土で塞いでしまったからに違いありません。
つづく