表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/188

あなたの埋れた才能見つけます②

保険レディであるのと同時に、ある特殊専門職のヘッドハンターでもある私たちは、まるでアンドロイドをテストする近未来のバウンティハンターのようです。賞金稼ぎのことを英語でそう呼ぶのだそうです。

ー回目のテストであなたはなかなかの高ポイントを弾きだしました。昼食時の短い時間の間に、初対面である若く聡明な女性に向かって、しかも大勢の同僚たちに囲まれた危険な状況で、「クソ」と「クズ」の二つのFワードがでたのは中々のものです。相手に聞きとれるかどうかの微妙な声の音量や、その内なる響きに込められた陰湿さも完璧でした。


これならば残り二つの代表的なFワードである「バカ」と「タコ」も、きっと近いうちに耳にすることができるでしょう。私たちが所持している高性能マイクであれば、どんなに微妙な音量の言葉であっても、余すことなく拾いとれるのです。

それはあなたの中で、ある職業に適した素質が熟成されつつある可能性を意味しています。私のあなたへの嫉妬心は増すばかりです。

社内で一人だけ青いブローチをした、私たちの社長女史は言います。

「みなさん、くれぐれも気をつけて。好奇心はときに猫を殺します」


女性の身なりにとんと疎いあなたは気がつかなかったはずです。食堂の椅子に腰掛けたときに、楕円のブローチの傾きを直す振りをして、私がそれを密かに操作したのを。

あなたの「クソ」と「クズ」は、ブローチ型端末機をとおして、早速、丸の内にある水晶保険本社に送信され、記念すべき第一声のクソとクズとして記録されました。最終的なテストに合格した暁には、あなたが口にしたFワードはすべて録音されて、門外不出の貴重なデータとして、本社ビルの地下室を占拠するスーパーコンピューターに記録されます。


SNSが普及してからというもの、インターネットの世界ではFワードが花盛りです。まるで人々が電話回線を媒体にして、こぞって脳みそを汚染されてしまったかのように、機会さえあれば「クソ」だの「クズ」だのと、よく知りもしない、会ったこともない、いるのかいないのかハッキリしない、人に向かって毒ついています。さしずめ「ネットユーザーはクソの夢を見るか?」とでも呼びたくなる昨今です。

これほどまでにFワードのデフレ状態が蔓延した時代はなかったでしょう。


ただ私たちは巷に氾濫するこの傾向を、なにかしらの時代性と関連付けたり、名前を付けて呼んだりする必要は感じないのです。それはただの風俗に過ぎないからです。クソの夢に溺れているかもしれないネットユーザーは、そうしたいからそうしているだけです。そこにはありふれた理由と、ありふれた結果しかありません。

保険レディであるのと同時に、ボブカットがお似合いで、さらに特殊職専門のヘッドハンターでもある私たちが、名付けて、時代性と関連付ける必要を感じるのは、そうするのに相応しい、最低で最高な、「クソ」や「クズ」だけです。それから「バカ」と「タコ」です。そこでは、すべてのパーツがあるべき場所にあり、事が上手く運べば、普通では考えられない素晴らしい結果がもたらされます。


二回目のテストは実地テストで、それが最終テストになります。ただその前に丸の内の本社で社長女史との面接が行われます。

普段、郊外の工場地帯や倉庫街で働いているあなた方は、めったに訪れる機会のない都心のビジネス街に、山の手線や地下鉄を乗り継いでのこのことやってきます。日本一のビジネス街に、これから人も羨む高給取りになるかもしれない人間としては、かなり質素で、これといってなんら取り柄のない格好で。

ドア越しに猛スピードで流れる暗い壁に向かって、ブツブツとつぶやかれるあなたの汚らしい、聞くに耐えない、最低でありながら最高でもある独り言は、地下鉄車両が丸の内の駅に近づくにつれ、より用心深く、低い呻きになっていきます。それはまるで、他の乗客たちに気づかれないようにして、地下鉄の車両に呪いをかけている、の図です。

あなたは有望な対象者ではありますが、あなたとセレブな私たちを結び付けるのは、まだほんの一枚の紙切れ、あなたが薄汚れたヨレヨレのズボンのポケットに突っ込んで持っている、私の名刺だけです。

社長女史は言います。

「水晶掘りのみなさんは言葉遣いは汚ないですが、心は綺麗な方ばかりです。くれぐれも失礼のないように」


東京の丸の内に本社を置く水晶保険は、じつは以前はもっとまともな名前を看板にしていた、小さな小さな保険会社です。バブル崩壊のあとに大手に吸収され、今では名前を変えて、雲にもとどきそうな同じ高層ビルの一室にオフィスを構えています。

大手と同じ保険商品も取り扱いますけど、私たちの主な業務は水晶の販売です。「どうして保険会社が水晶を売っているのか」とよく顧客に尋ねられます。一言で説明するなら、保険商品よりも利益率がよほど高いからです。ただ信用を第一とする大手企業が、水晶を売って商売をしているのはなにかと世間体が悪いらしく、そのためにべつの社名が使われているわけです。


もちろん私たちが扱っているのはありたいていの水晶ではありません。水晶は宝石の一種ではありますけど、日本ではどこにでも存在する鉱物なので、普通に売っても、丸の内に門を構えるオフィスの家賃は払えません。

私たちが取り扱っているのは、ここでしか手に入らない、普通の店舗では決してお目にかかれない、ワンアンドオンリーな、ダイヤモンドよりも貴重な商品です。それが視界に入ってきた途端に、なんとしても手に入れなければいけないような、そうするのが自分の責務であるかのような、気持ちにさせる商品です。ですから顧客は、電卓に打ち込まれた目が飛びでるほどの金額を喜んで支払い、まるで生まれたばかりの我が子を抱くかのごとくそれを持ち帰るのです。彼らは誰もみな、『ヘイ・ジュード』のオリジナル楽譜をオークションで競り落としたジュリアンです。


その顧客にとってアイデンティティにも等しい、この世に二つとない商品、それを採掘するのが、私たちがヘッドハントに精をだしている、本当は心の綺麗な対象者たちです。でも彼らが口にするのは人々に愛されるメロディではなく、人々が嫌み嫌うFワードです。

社長女史は言います。

「私たちと彼らを称して、『美女と野獣』なんて言ってはいけません。それは放漫というものです」

〈水晶掘り〉。私たちは彼らを代々そう呼んでいます。実際に彼らを表す言葉はそれ以外には見当たりません。私も配属したての頃、「なんてピッタリな名前かしらん」と思って感心したぐらいです。実際の彼らの姿を見るまでは。


水晶保険は同じビルの大手本社の人たちから「保険業界のタカラヅカ」と呼ばれています。べつに揶揄しているわけではありません。私も大手本社から配属されてくるまではそう呼んでいました。ほかの呼び方としては「アンタッチャブル」というのもあります。

水晶保険は社長も含めて全員が女性なのです。以前は男性社員もいたそうですけど、数年前から今の体制になったそうです。

保険業界のタカラヅカは、団員はそれほど多くありません。ヘッドハンターが七人に、それをサポートする社員が数名です。ヘッドハンターが七人なのは、水晶掘りがそもそも七人しかいないからです。水晶掘り一人に、それぞれヘッドハンターが一名ずつサポートにつく計算です。ちなみにこれまで八人の水晶掘りが同時に存在したという事例は一度もありません。


「彼は合格よ。きっと素晴らしい水晶掘りになるでしょう」

面接が行われた翌日の月曜日、社長室に呼びだされた私はそう言われます。

大手本社の人たちから、水晶保険のオフィスは「管制室」と呼ばれています。映画にでてくるNASAの管制室みたいだからです。正面の壁に巨大なモニターがあり、それを見上げるようにパソコンと横長のデスクが二列にならび、さらにその背後にオフィス全体を見渡せるように、短い階段を昇ったところに、ガラス張りの社長室があります。ちなみに水晶は一つとして置かれてはいません。


いつもは『スノーピアサー』にでてくるJコネリーみたいにクールな社長女史が、こんなに嬉しそうにしているのを見るのははじめてです。でも驚きはしません。私は彼女の笑顔の理由を知っています。

「これであなたも正真正銘のヘッドハンターね。あとであなたのブローチに七番のデータを送っておきます」

私が本場のタカラヅカ並みの返事を返すと、社長女史は机の中から黒い宝石小箱を取りだします。

「これを七番に」


七番。それがあなたの番号です。ちょうど七人目の水晶掘りだからです。そして私は七人目のヘッドハンターになります。私とあなたはしばらくの間一心同体です。

「ありがとうございます」

私は小箱を受けとり社長室をでて、直ぐに会社をあとにします。行き先はあなたの勤務先です。昼食までにたどり着かないといけません。時間はまだたっぷりありますけど、間違いがあってはいけません。私はホームに滑りこんできた車両に飛び乗ります。

ドア越しに猛スピードで流れる黒い壁を見つめながら、私はガラスに映った自分のブローチも見つめ、そこに同じように首にブローチをしているあなたの姿を重ねて想像します。これからあなたは、寝ているとき以外、必ずそれを首にしていなければなりません。会社の食堂でも同じです。職場ですっかり変わり者でとおっているあなたに、あらたな巨力アイテムが加わったわけです。私は可笑しくてたまらず、地下鉄の車内で独り言のように笑いを噛み殺すのです。


つづく

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ