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ザキヤマの名のもとに

みなさん、こんにちは。季刊誌『やまざき』です。日ごと暖かさの増す今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。わたくし山崎マサヨシと申します。これまでご愛顧いただいてきました山崎その子と山崎知世に代わり、新しく山崎会の広報を担当することになりました。新米で、おまけにむさ苦しい独身者ではございますが、みなさんにご挨拶させていただきます。これからも季刊誌『やまざき』への変わらぬご支援ご指導のほどよろしくお願い致します。


念のため最初に断っておきますと、同姓同名のわたくしたちのレジェンドがおりますけども、残念ながら、わたくしの方は楽器はまるで弾けません。詩のことなどはまるで分かりません。わたくし、長い間、地方にあります労働者傷害保険協会で経理の仕事をしておりました。この度その地方の保険協会を退職しまして、山崎会のお手伝いをすべく上京した次第です。

そんなわけですので、そろばん勘定ならば多少の心得はありますけども、文筆業や編集はまったくの素人です。失礼にあたることもあるかもしれませんが、どうか温かい眼で見守っていただけたら幸いです。


さて、〈名字譲渡法〉の施行にあわせて産声をあげ、季節が変わるごとにお届けしてまいりましたこの会報ですけども、めでたく今号で四十号を迎える運びとなりました。これもひとえにみなさんのご支援のおかげです。会を代表致しましてお礼申し上げます。

その名字譲渡法も今年で十年の節目の年を迎え、わたくしたち山崎会に於きましてもこれまでに何人もの新姓人の方々を迎え入れることができました。昨年だけに限りましても、わたくしを含めまして、じつに二十四名の新姓山崎さんが誕生しております。和歌山県にお住まいの山崎茂樹さん、おめでとうございます。北海道からご応募された山崎しのぶさん、おめでとうございます。長崎県の山崎廉太郎さん、おめでとうございます。みなさんの新しい門出を心より祝福させていただきます。どうかお互いの第二の人生が実り多いものでありますように。

ちなみに一昨年に亡くなられた全国の山崎さん会員は二十七人でしたので、本年度の譲渡募集につきましては三名のキャリーオーバーが発生することになります。奮ってのご応募お待ちしています。


さてさて、新任そうそうお願い事ばかりで恐縮ではありますが、ここでわたくしたちの会の方から未来の山崎さんに向けて一つ重要なお知らせがございます。

それは他でもありません、未来の会員のみなさんにとって、とてもとても大切な年に一度の譲渡抽選会についてのお知らせです。

突然ですが、わたくしたち山崎会では次回の抽選会から新たな選抜方法を設けさせて頂くことになりました。これまでの抽選会は応募されたハガキの中から無作為に被譲渡者を選ぶだけの単純明快なものでしたが、次回からそこに新たな選抜方法が加わることになります。


わたくしたちの山崎の姓は〈名字人気ランキング〉にて、ここ数年常に第三位をキープすることができました。これも皆さんからのご支援の賜物と思っています。ありがとうございます。

その名字ランキングで特に人気のある、鈴木、白鳥、山崎の三つの姓を、世間では〈御三家〉と呼んでいますけども、鈴木会と白鳥会ではその抽選会に於きまして、すでに数年前から独自の選抜方法が採用されています。


鈴木の名字は、ビジネスで成功されたい方やお金持ちになりたい方々に人気があります。

白鳥の名字は、芸能界で成功されたい女性やセレブを夢みる女性たちに人気があります。

山崎の名字は、芸人として成功されたい方や会社やサークルで人気者になりたいという方々に人気があります。

御三家の名字にはそれぞれ優れた個性があり、それが三つの名字を特別な存在にしているのです。そしてその三つの名字会はその個性に見合った選抜方法を採用してきました。


鈴木会ではハガキ抽選の他に面接と資産調査が行われています。

白鳥会ではハガキ抽選の他に書類選考とオーディションが行われています。

山崎会だけが御三家の中で唯一、ハガキ抽選だけで長い間当落を決定してきました。面接もオーディションも、もちろん資産調査もありません。それは山崎という名字が、お金持ちの鈴木さんや、セレブの白鳥さんとは違って、あくまで庶民のための庶民の名字であり、誰よりもわたくしたち山崎会がそのことを自負してきたからです。


「ならば新しい選抜方法を採用する必要などないではないか」というお声が聞こえてきそうです。「なぜこれまで遵守してきた方針を、ここへ来てわざわざ志を曲げてまで変える必要があるのか」と。

まったくその通りです。実際のところわたくしたちの会の内部でも意見が真っ二つに分かれ、激しい議論が何度も交わされました。

曰く、「私たちは山崎の庶民性を守るべきだ。なぜならそれこそが山崎を山崎たらしめている理由なのだから」という山崎原理主義派と、「いいや、そんな呑気なことを言っている場合ではないだろう。そんな調子でいたら庶民性以前に、我々山崎そのものの存在が危ぶまれるだろう」という山崎世俗主義派と。


その結果、わたくしたちは変化の道を選択したのです。

意を異にする多くの仲間が離れていきました。実を言えば、前任者の山崎その子さんと山崎知世さんのお二人もそうなのです。わたくしはなんとかお二人に思いとどまるよう説得を試みたのではありますが、逆に「やれるもんならやってみろ、この偽山崎!」と罵られ、年下のお二人から返り討ちにあってしまう始末でした。


どうもオリジナル山崎の方々はみなさん元気なのはよろしいのですが、少々短気なところがあるようです。

因みに「偽山崎」という言葉は禁句ですが、わたくしが被譲渡者であることを指しています。一方〈オリジナル山崎〉というのは被譲渡者でない、生まれたときから山崎の姓を持っている方々を指しています。その中でも特に優れた業績を残し、山崎の名の発展に貢献された方々はレジェンド山崎、あるいは単にレジェンド、と呼ばれます。さらにそのレジェンドの中でただ一人、〈キング・オブ・山崎〉と呼ばれる方がいらっしゃいます。ミスター八つ墓村こと山崎努さんがその人です。

話が逸れました。そのような経過がありまして、ど素人であるわたくしに、そろばん勘定しか脳のないわたくしに、大役が回ってきたわけなのです。

しかしそうまでして、変わらなければならない理由が、わたくしたちにはありました。


ご存知でしたでしょうか。ここ数年、名字ランキングに、ある見逃せない変化が起きていたのを。

それは〈裏御三家〉と呼ばれる、新しい三つの名字の躍進なのですが、わたくしたち山崎会でも数年前から彼らの存在は確認してはいました。ただ真夏に発生した台風よろしく、しばらく十位圏外をウロチョロしては消えていくだけなので、特に注意は向けていなかったのです。

しかし時が過ぎると、これまで圧倒的だった高気圧の力が弱まるのを待っていたかのように、彼らは十位圏内の壁を易々と越えてきたのです。それからの顛末はあっという間でした。


名字人気ランキングは三ヶ月毎に更新されますけども、十位圏内に攻め入った〈裏御三家〉は、その更新毎に着実に順位を上げていき、これまで安泰だったわたくしたち御三家のランキングをも脅かすようになりました。そしてついに先月発表された新しいランキングで、わたくしたち山崎がずっと確保してきた第三位の座を奪い取ってしまったのです。

哀れ、わたくしたち山崎は御三家の定位置から滑り落ち、まさにライク・ア・ローリングストーン、奈落にも等しい第五位へと陥落してしまったのです。


幸いなことに鈴木さんと、白鳥さんは、これまで通り第一位と第二位の座を死守することができました。しかしそうしますと、どうしてわたくしたち山崎だけがこれまでの定位置から転げ落ちてしまったのかという話が当然でてまいります。山崎世俗主義者たちが騒ぎはじめます。

そうしてでてきた意見が、「我々は門戸を広げすぎたのではあるまいか?」という問いであり、「あまりに多種多様な人材を受け入れたが故に、相対的に山崎のブランド価値が下がってしまったのではなかろうか?」という仮説なのです。


対する原理主義派の答えはじつにシンプルです。彼らの言い分はこうなります。「否。御三家の名字の値段が高くなりすぎたのだ」と。「であるからして、先ず庶民の名字である山崎からランク落ちるのは当然の成り行きであろう」と。

なるほどどちらの意見も一理あるように思えます。たしかに人気のある名字の価格が高くなりすぎたのは事実です。ただ多数決の結果、わたくしたちが世俗主義派の意見を取り入れたのは先述したとおりです。


この十年で名字譲渡法をめぐる環境は激変しました。そのことは新姓人でない方も、譲渡抽選会に応募した経験のない方も、日々のニュースなどで見聞きしたことがあるかと思います。

今では人気のある名字は高嶺の花となり、そう簡単には当選できなくなりました。その難易度は、宝くじに当選する確率とまでは言えなくとも、行列ができている人気ラーメン店のカウンター席に、列に並ばずに横からいきなり滑りこんで、誰からも非難されずにラーメン一杯を食べ切るぐらいには高いのではないでしょうか。

しかも当選を果たしても、今度はその値段のゼロの多さにビックリします。終わりの見えない名字ローン地獄が待っています。

持たざる人々に生まれながらの無償の財産を与え、また恵まれない残念な名字を持って生まれた人々に、第二の人生を与えるべく誕生した名字譲渡法が、人々に新たな負債を強いてしまっているのです。

かく言うわたくしも、譲渡を受ける際には、前職の退職金を充ててどうにか支払いを済ませた次第です。


「そうまでして名字を変えるメリットがあるのかしらん?」そんなお声が聞こえてきそうです。「名字を鈴木さんに変えた人が本当にお金持ちになったり、白鳥の姓に変えた女性がセレブになったり、それまで暗い人生を歩んできた人が名字を山崎に変えただけで、急に明るい性格になったりした実例があるのかしらん?」と。

野暮な答えですが、あったかもしれませんし、なかったかもしれません。名字の改名と人生の因果関係を客観的に証明するのはとても難しいのです。

ただ、わたくし個人の体験から言わせていただくと、これははっきり「ある」と断言していいかと思います。なぜならまず第一に、もしわたくしが山崎の姓に変えていなければ、わたくしが今この文章を書いていることはなかったはずですから。


思いだしてみてくだい。あなたが通っていた小学校のクラスや中学校の部活に、高校の先輩に、あるいは入社した会社の部署に、山崎という名字の人気者はいませんでしたか?特別勉強ができるわけでも、スポーツが得意なわけでも、見た目がいいわけでもないのに、なぜだか同性からも異性からも好かれて、おまけに先生や上司からは信頼があって、あなたとは違って多少の失敗は大目に見てもらえる、いつでもクラスや会社の輪の中心にいる、人懐こい笑顔をした、山崎という名のタフな人気者が。

彼らは「ザキ」とか「ザキヤマ」とか「ヤマちゃん」というニックネームで呼ばれてはいなかったでしょうか。

わたくにはいたわけです。そんな山崎たちが。幼く、若かったわたくしの目に、彼らの姿は自分とは真逆の人間たちのように映っていました。


名字の人気は経済の景気のように上昇下降を繰り返すものなのかもしれません。制度上どうしてもそういった波が自然と生じるのかもしれません。

もしそうであるならば、それはそれで仕方のないことではあります。

ただわたくしには一つ懸念があるのです。それは自然に発生する波とは相反するもののように感じられます。


鈴ノ木、白金、先崎、この三つの名字がわたくしたち御三家を窮地に追いやろうとしている裏御三家なのですが、白金はいいとしても、鈴ノ木と先崎とは一体なんでしょう。わたくしはこれまで鈴木さんや山崎さんには何人もお会いしましたけど、鈴ノ木さんやら先崎さんにはお会いした記憶がありません。ましてお金持ちの鈴ノ木さんや、会社の人気者である先崎さんなんて、風の噂ですら耳にしたことはありません。


これはいったいどういうことなのでしょうか?なぜ御三家にちょっと言葉の響きが似ているからといって、聞いたこともないような名字がランクインしているのでしょうか。

なにか良からぬ力が、それも名字人気ランキングにランクインできるほどの豊富な資金力を持った勢力が、働きかけているとしか考えられません。

まるでアスファルトに映った黒い人影が、地面からのっそりと立ち上がって、人間であるご主人様の体を乗っ取ろうとしているかのように感じられます。ダースベイダーみたいな闇のフォースが、わたくしたち山崎を追いやろうとしているかのようです。

それこそ彼らが〈新御三家〉ではなく、〈裏御三家〉と呼ばれている所以ではないでしょうか。


もとより名字に貴賎はありません。他の名字や名字会を批判するつもりはわたくしたちには毛頭ありません。しかし言葉には意味があり、意味があるからこそ言葉なのです。スイングしなければ意味はなく、意味がなければスイングもないのです。

新たな選抜方の導入によって、景気の循環を見習い、山崎の人気が回復していけばいいのですが、もしこのままズルズルと下降をつづけていくようなことになりますと、会の運営にも影響を与えます。最悪赤字経営にでもなれば解散なんてことも考えられるでしょう。それではようやく抽選会で当選を果たし、せっかく退職金を叩いて上京してきたわたくしの身が浮かばれません。


いけません。話題が暗い方向ばかりに向かっています。これではタフで陽気な山崎の名が泣くというものです。

もっともわたくしは少しも絶望などしてはおりません。わたくしは絶望名人ではございません。それどころか、今の今まで、こんなにも自分の体内に活力がみなぎっているのを感じたことはないほどなのです。今のわたくしには数字の帳尻を合わせる以外にやらねばならないことが山ほどあるのです。

その中でも先ず取り組まなければならないのは、当然ではありますが、分裂状態にある会の立て直しでありましょう。ある意味、そのために部外者だったわたくしが呼ばれたのだと思っています。山崎その子さん、どうか帰ってきてください。山崎知世さん、どうかお力を貸してください。共に会の立て直しに尽力しようではありませんか。


ところで山崎会の事務所は東京は御徒町の雑居ビル内にあるのですが、わたくしはその事務所内で、つい最近ある驚くべき事実を発見した次第です。

それは山崎パラドックスとも呼べるものなのですが、山崎会に入会し、山崎会の事務所で働いているわたくしは、わたくし個人が持って生まれた資質に関わらず、叩いた退職金の金額に関わらず、決して会社の人気者にはなれないということです。

なぜならわたくしの周囲は、いつでもどこでもタフで陽気な山崎さんで溢れているからです。もちろんわたくしたちはそこで名字でなく、名前で呼び合います。

ご挨拶の最後にそんな小エピソードを補足させていただきたいと思います。


おしまい


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