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空飛び妻・その⑩

ハリルハリレハリー、ハリルハリレハリー......。

カラスの鳴き声をバックコーラスにして、斎藤さんの歌う〈ハリーソング〉が聞こえてきそうだった。あらゆる事の次第が、彼の送ってきたメールどおりに運んでいるような気がしてならなかった。

まだ日の名残りに彩られた周辺の空に目をやれば、そこに夜の海のごとく黒い雲が近づいてくるのが見えた。ただ滝の落ちる音が実際には滝ではなかったように、もちろんその雲も実際には雲ではなかった。それは黒い翼を持ったストリートギャングの群れだった。


東京中のカラスが上野の上空に集結しつつあった。白昼に完璧な闇を作りだすために。ミミズク博士の命によって。

辺りが暗さを増すたび、翼をもったストリートギャングたちの鳴き声は、雲の上の夜想曲のように響いた。その声は仲間たちを夜の森へと誘っているかのようだった。仲間である聴衆は、何千羽ものカラスたちと比較したならば、わずかな数の園内の動物たちだ。

今こそ檻の中の獣たちに彼ら自身の声を取り戻させるべく、都会の厄介者たちは空の上から声を振り絞っていたのかもしれなかった。地上の獣たちは、突然訪れた白昼の闇に戸惑いながらも、降りてくる声に耳を傾けていたのかもしれなかった。いつもならほとんど顧みることのない空を仰ぎ見て、記憶の片隅で打ち震え反響するなにかを聞き取ろうとして。


園内の外灯に明かりがぽつぽつと点いていった。祭りの夜を飾った提灯のような、立体感のある温かな光源だった。

カラスたちの夜想曲に重なって、ノスタルジックな音色が聞こえてきた。金属的なオルゴールの響きが、聞き覚えのある旋律を奏でた。園内のそこかしこに設置されたスピーカーから、ついに閉園を知らせる『今日の日はさようなら』のメロディが流れはじめたのだ。

大地に沈みゆく夕陽めいた照明に映しだされたα動物園は、昭和の路地に迷い込んでしまったかのような印象があった。もしかしたら動物たちは、いかにも平坦で透明なLEDの光を嫌うのかもしれない。自然の大地からアスファルトだらけの都会へと連れてこられた彼らは、必然的にみんな物静かな懐古主義者になるのかもしれない。


カラスの合唱と『今日の日はさようなら』のコラボは最強の組み合わせだった。そのバックコーラスとメロディは人々の記憶の風景に呪文のごとく入り込んで、それまでケージ前に留まっていた入園者たちの黒い影の山をゾロゾロと無言のうちに動かしはじめることに成功した。

彼ら入園者たちの背中は、子供から大人まで、どこか動物めいて見えた。水辺から水辺へと、外敵が眠っている夜のうちに集団で移動するなにかの群れのような。ただ彼らが向かっていたのは水辺ではなくて、動物園の正面ゲートではあった。

俺は腕にしたG-SHOCKのバックライトをオンにした。一秒の誤差もないはずの電波時計の表示では、時刻はまだ昼にもなっていなかった。それなのにつぎに俺の耳に聞こえてきたのは、オルゴールのメロディに合わせて歌う子供たちの『今日の日はさようなら』だった。


いつまでも絶えることなく

友達でいよう

明日の日を夢みて

希望の道を


子供たちの合唱には現実感がまるでなかった。ただカラスたちの夜想曲よりは穏やかに耳に和んだ。どういうわけだか動物園で開かれることになった林間学校で、キャンプファイアを囲んでいるような気分がしないでもなかった。

鳥たちのケージから幻想のキャンプファイアがパチパチと音を立てている場所を振り返れば、果たして雑木林の暗い小径に七色の火の玉がゆらゆらと浮かんでいるのが見えた。歌声はそこから聞こえていた。もしやお袋の霊が、今度は火の玉となって会いにきたのだろうか。いつから俺の母親はそんなに息子想いになったのだろうか。そんな妄想が一瞬頭を過ってすぐに消えていった。お袋の霊と子供たちが歌う『今日の日はさようなら』は、あまりにミスマッチだったから。

それはペンライトの光だった。手にした子供たちの歩調に合わせて、その淡い光源がぼんやりと闇の中で揺れていたのだ。


黄色い帽子をかぶった、バラの香りがする、遠足の子供たちだった。おぼろな光に映る彼らの姿は、幻想のキャンプファイアから抜けでてきた永遠の子供たちのようだった。ただどうして彼らがペンライトなんかを持参しているのかはよく分からなかった。

夜風のように林を抜ける澄んだ歌声と、手にした光源の輝きが大きくなるにつれ、子供たちの一人一人の顔がしだいにはっきりと小径に浮かび上がった。引率していたヴィーナス先生の姿は見当たらなかった。


空を飛ぶ鳥のように

自由に生きる

今日の日はさようなら

また会う日まで


ケージの前にきて子供たちは歌うのをやめた。夜風も収まった。七色の光に照らされた小さな顔と顔が、暗がりの中で、クマをめぐる旅の途中にいる一向に冴えない男を、とり囲んで見上げていた。

どういうわけか俺はα小学校の児童たちに人気があるみたいだった。もぎたてのリンゴめいた頬っぺたをした子供たちの表情は、みんな一様に明るかった。俺はいつか動画サイトで見た、ケイトの小さな友達一行を思いだした。空飛び妻みたいに俺が空を飛べるわけでも、子供好きなわけでもないのに。


子供たちは十二人いた。それぞれ女の子が六人、男の子が六人だった。みんなリュックサックを背負って、松明みたいにペンライトを顔の高さに持っていた。

ケイトが子供たちを導いたように、彼らは俺を導いていった。それが彼らの役目であり、そうすることが好きみたいだった。

女の子と男の子の代表が、こちらの腕にそれぞれ華奢な腕をまわしてきた。彼らに導かれるままに、俺は雑木林の中へ入っていった。そのときには、それ以外に選択肢はないように思えたし、実際にだってなかっただろう。子供たちがすることを俺はただ受け入れるしかなかった。

十二本のペンライトが暗い小径を七色に照らし、樹木の影が色とりどりのお化けさながら通り過ぎっていった。子供たちはまた歌いはじめた。ダメな大人が暗がりを怖がらないように、みんなで励ましているみたいだった。


信じ合う喜びを

大切にしよう

今日の日はさようなら

また会う日まで

また会う日まで


子供たちの案内でようやく雑木林を無事に抜けることができると、そこはベンチとテーブルが並んだ広い空間になっていた。入園者のための憩いの場らしかった。ただそこに人の姿はすでになく、誰も彼も我先にと、急いで帰ってしまったあとのようだった。テーブルの上に転がった紙コップの側面が、外灯の明かりに照らされていた。

カラスたちが鳴く下で、無人の広場にオルゴールの音色が響いていた。周囲は暗く、辺りにどんな動物たちがいるのかもよく分からなかった。黒い雲を見上げていた彼らは、ついに姿をあらわした招かれざる客の登場に恐れをなし、自分たちの声をとり戻す間もなく、暗がりの檻の奥へと身を潜めてしまったようだった。

子供たちの集団はその招かれざる客を導いて、迷うことなく広場を横切っていった。まるで動物園で暮らしているみたいに慣れた足取りで。

そのとき園内で動く生き物は都会のカラスと人間ばかりだった。よく歌うのが彼らのもう一つの共通点だった。


α小学校の児童たちがふたたび歌うのをやめたとき、俺たちは外灯の明かりがロクにとどかない場所まできていて、そこには行く手を立ちはだかるように大きな影が鎮座していた。

どうやらそれがα動物園のクマの丘らしかった。というのは、その鎮座する影は、丘と言われればたしかに丘の形にも見えたし、α小学校の児童たちもその前で立ち止まったきり動こうとはしなかったから。もしもそこが目的地でなかったら、子供たちは歌いながらせっせと迂回したはずだ。


十二本のペンライトによって照らされた丘は、園内に築かれたバベルの塔のようだった。神の怒りに触れて破壊され、残された塔の下層部分めいた。周囲には外壁に囲われた階段が螺旋状にめぐらされていて、その階段は丘と同じ褐色のザラザラした石でできていてた。壁の内側には銀色した金属製の手すりが取り付けられていて、それを昇りきったところにクマが、あるいはクマになりすましたαが、いるはずだった。

さっきまで腕をまわしていた女の子が、丘の壁を背にした俺に向かって、手に持ったペンライトを差しだした。その明かりを頼りに階段を登れということなのだろう。女の子の表情は言葉少ない子供ながらの確信と純真さに満ちていた。

俺はまだ歌声以外の彼らの言葉を聞いたことがなかったけど、ここは大人らしく、その無邪気な笑顔を黙って信じるべきなのだろう。ついに子供嫌いだった男が、彼らと和解するときがやってきたのだ。


ひまわりめいた黄色い帽子の下に並んだ小さな笑顔を、俺は見下ろした。つぶらな二十四の瞳がこちらを見上げ、これまでずっとその健気な存在を無視してきた人生を、俺はようやく後悔しはじめていた。なんてバカだったんだろうって思った。ちゃんとしたスマホを持っていたなら、早速みんなで記念撮影をして、謝罪のメッセージを付けてマユミに送りたいぐらいだった。

俺は子供たちを怖がらせない範囲で渾身の作り笑顔を浮かべて、女の子の手からペンライトをうけとった。そうして彼らの信頼を勝ち取るべく、その十二の顔に一つずつ視線を送ったあとに、ようやく案内してくれた礼の言葉を口にしようとした。

けれど子供たちはそれを俺に言わせようとはしなかった。俺の口よりも早く、ふたたびみんなで声を合わせて歌いはじめた。

それは『今日の日はさようなら』ではなかった。子供たちはもう一曲レパートリーを持っていたのだ。

「ハリルハリレハリー、ハリルハリレハリー、ハリルハリレハリルハリレハリルハリレハリー!キャー!」

夜風が木立の間を吹き抜ける代わりに、子供たちの奇声が広場にこだました。そうして彼らは一斉に身をひるがえし、もときた道を一目散に駆けだしていった。バラの香りと、俺が口にするはずだった礼の言葉を残して。


俺はペンライトを握りしめながら、残り十一本の明かりが走馬灯のように雑木林の中へ消えていく様子を呆然と見送った。それが一つ一つ見えなくなって完全に消え去ったあとも、しばらくその場から動くことができずにいた。

子供たちの豹変ぶりがそれほどショックだったのだろうか。いいやそうじゃない。ショックだったのは自分の豹変ぶりの方だ。ずっと子供嫌いを自認していたはずなのについコロっと騙されてしまった。

でもそれも仕方がないといえば仕方のないことだった。なにしろそこはα動物園だったから。ただそう自分自身を納得させるのにいくらかの時間がかかった。

俺を我に返らせてくれたのは都会の厄介者たちだった。子供たちのそれと比較したなら、空から聞こえる彼らの合唱はたしかに耳障りではあった。ただ、動物たちに声をとり戻させることはできなかったかもしれないけど、少なくとも招かれざる客である俺に、時間が残されていない状況を思いださせるのには成功した。


俺は塔の階段に足をかけた。やっとαと対面するときがきたのだ。ヤレヤレだ。どうしてスマホ一つのためにこんな気苦労を重ねなければならないのか。

子供たちの置き土産は紙コップよろしくその場に投げ捨てて行こうかと思ったけど、たとえ蝋燭一本程度の明かりであったとしても、なにもないよりはマシだろうし、なにしろ明かりこそ人類の大発明の一つだろうから、ここは考え直して、前方の階段を照らしながら一歩一歩クマの丘を登っていった。

そうして分かったのは、一度は裏切られたように感じたし、もう一生和解することもないだろうと意気込んではみたものの、やはり俺は子供たちに礼を言わなければならないだろうということだった。というのも、彼らがくれたペンライトによって、俺は九死に一生を得ることになったから。


社員がみんな帰ったあとのオフィスめいた暗い螺旋階段を、半周ばかり昇ったときだった。誰もいないと思い込んでいた丘の階段に、四本の足が、ほのかな光を浴びて突っ立っていた。

もしやαが待ち伏せしていたのかと早合点して、俺は心臓が跳び上がるぐらいに驚いたけど、目を凝らしてみると、それはどう考えても異星人の足ではなくて、見慣れた人間のそれだった。

ただ、たとえ相手が人間であっても、もしもペンライトを持っていなかったらきっと鉢合わせになるまで気づかないで、最悪の場合、俺は真っ逆さまに螺旋階段を転げ落ち、さぞかしひどい目に遭っていたことだろう。女の子がくれたペンライトのお陰で惨事に遭わずにすんだのだ。


あるいは、あの女の子こそお袋の化身だったのかもしれない。そう考えた方が火の玉より合点がいくし、有り難みだってある。

お袋は二度にわたって息子の窮地を救ってくれたわけだ。一度目はバラの香りとして。二度目はα小学校の児童の姿となって。

もっとも俺たち親子は昔からそんなに仲のいい親子というわけではなかった。いいやむしろ客観的にみて悪かった。よく言って、俺とお袋は愛情表現に乏しい遺伝子を共に受け継いでいた。

そんなお袋がどうして俺を助けてくれるのだろうか。いいや、どうして俺は、お袋が助けてくれるなんて考えたりするのだろうか。あの世に逝ったお袋が俗世間の垢をすっかり落として、優しい母親として改心したとでもいうのだろうか。俗世間の垢だけでは飽き足らずに、異星垢にまで塗れている最中の息子を哀れに思ったのだろうか。 俺たち親子に限ってそんなことがあり得るだろうか。

それは霊にしろ化身にしろ、家族愛とは無縁の代物だったのだろう。きっとお袋だって、俺と同じように、自分でも分からないうちに呼びだされたのに違いない。


手にしたペンライトが階段の途中で四本の足元を照らしていた。

たぶん逃げ遅れた父親と息子の親子だろうと思った。四足の靴は、子供用のスニーカーと大人の茶色い革靴に見えたから。動物園の造りは迷路めいたところがあって、それで迷子になった子供を父親が探していたのだろうと。

でもそんなんじゃなかった。俺のシャーロック・ホームズ的な推理はα動物園に比べれば悲しくなるぐらいに凡庸だった。その子は迷子なんかじゃなかったし、二人は逃げ遅れたわけでもなかった。歓迎の素振りはまったく見せなかったけど、その親子は俺がやってくるのを階段の上でずっと待っていたのだ。


こちらを向いたきりマネキンみたいにピクリとも動かない四本の足をいぶかりながら、俺は松明を手にした冒険家さながら、暗がりに向けてペンライトを徐々に掲げていった。

親子は階段に手を繋いで立っていた。なんだかテレビドラマで観た『砂の器』の親子めいていた。運命と宿命に彩られた、α動物園版の『砂の器』親子のようだった。

明かりをかざしても二人の顔は見えなかった。男の子はシャイなのか、野球帽を目深にかぶってうつむいていたから。父親の方はもっとシャイなのか、そもそも顔がなかったから。そこにはただブラックホールめいた卵型の深淵が漂っているのみだった。

俺はもう驚かなかった。すでに十分驚き過ぎていたし、ペンライトを近づける前にそんな予感がしていたのだ。父親に顔がないことさえ、むしろ当然のように思えた。

男の子は空いた方の手にソフトクリームを持っていた。クリームの部分には舐めたあとがなかった。夏でもないのに溶けて形が崩れはじめていた。可哀想に、食べたらいいのに、と俺は思った。と同時に男の子にはそれができないことも分かっていた。なぜならそれは俺に向けたなにかしらのサインだったのだろうから。


男の子は半ズボンの上にグリーンのジャージを着ていた。父親はチノパンと白いワイシャツ、その上にベージュ色の地味なジャケットを着ていた。父親の顔が見えないことを除けば、どこにでもいそうな、俺の推理と同じぐらいに凡庸な親子らしかった。

二人は踵を返すと、ふたたび手を繋いで階段を昇りはじめた。そうすると余計に『砂の器』めいていた。

男の子は十歳ぐらいに見えた。学年で言ったら小学校の四年生ぐらいだろうか。果たしてそれぐらいの年齢になった男の子が父親と手を繋いだりするものだろうか。俺はそれについてもいぶかった。ただそうしたいのならそうすればいいとも思った。あの親子はもう直ぐ永遠に会えなくなるのだ。別れのときは間近に迫っている。


二人はいつかの俺と父親に違いなかった。だから霊にしろ化身にしろ、お袋がα動物園にいたのは当然のように思えた。だって遠い春の日にもお袋はそこに一緒にいたのだし、あれが俺たち家族の最後の日曜日だったわけだし。

俺はその背中を見失わないように、二人のあとを追って階段を昇っていった。果たしてあの春の日に、俺がそこでなにを見たのか見届けようと。


つづく


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