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正しいレシートの食べ方講座

まず注意してもらいたいのは、食べられるレシートには、一番下のところに必ず「このレシートは食べられます」とプリントされているということです。それを忘れないでください。もしも間違えて普通の紙のレシートを口の中に入れてしまいますと、あなたの両親のどちらかが、あるいはその両方が、山羊でもないかぎり、きっとひどいことになってしまいます。


では一番下のところに「このレシートは食べられます」とプリントされているレシートが間違いなく手に入る場所はどこなのでしょうか。

それは東京の中央線沿いに出店しているコンビニチェーンGの各店舗になります。いまのところ食べらるレシートが手に入るのはそこしかありません。

コンビニGの店内に陳列された商品をレジに持って行き清算しますと、レジの店員が「レシートいりますか?」の代わりに「レシート食べますか?」と訊いてきますから、その聞きなれない、耳を疑いそうになる、店員の常識を疑いたくなる、問いに、躊躇することなく「はい」と即答しましょう。


絶対にやってはいけないことは、ついつい理屈で考えてしまうことです。それは常識への青サインです。「レシートを食べる......?」あなたがそんなふうに迷っている隙に、世間の一般常識という名の黒い馬車が暗がりから猛スピードでやってきて、あっという間にあなたの心の自由な広場を占拠してしまうのです。一度広場を明け渡してしまいますと、自由はそこになかなか戻ってきてはくれません。危険を察知して飛び去ってしまった小鳥と同じです。

ですから店員に「レシート食べますか?」と訊かれて、もしも「レシートを食べる?」と疑問がわいてきても、それ以上考えるのはよしましょう。そうしないと疑問は連鎖反応を起こして次々にわいてきます。「レシートって紙でしょ?なんで人間が紙を食べるの?私は山羊じゃない、そんなものをムシャムシャ食べてるとこを友だちとか会社(学校)の人たちに見られたらどうする気?」というふうに。

でもなにも心配はいらないのです。だって学校や会社の人たちもきっとコンビニGのレシートを食べたがっているのに違いないのです。


ちょっと大袈裟に言ったなら、はじめてのコンビニGのレジ前は、あなたの好奇心が試される場になります。その自由度がテストされるのです。社会性やスキルが試される場は人生に何度かありますけども、はっきりと心の自由度が試される場というのはそう多くないと思います。会社や学校の健康診断にもそんな名前の項目はまずないでしょう。

これは滅多にない機会です。雑誌でもシャンプーでもお菓子でも、なんでもかまいません。さあ店内の商品を持って踵を鳴らしてレジに向かいましょう。そして店員のこの世のものとは思えないおかしな質問に「はい」と即答しましょう。食べられるレシートを選択すれば、店員から受けとったレシートを今度はあなた自身がレジ脇のレシート入れに捨てるという、あの魔の循環運動からもついに解放されることでしょう。


さてあなたの好奇心がイエスと答えたときになにが起きるでしょうか。

普通のレシートはプリントアウトされる場合、店員に向かってでてくるようになっていますけども、コンビニGのレジにはそれとはべつにもう一つレシート口が設けられていて、食べられるレシートはそこからお客さんに向かってでてくるようになっています。お客さんは自分の手でレシートを切り取るわけです。口に入れるものですから、当然食べられるレシートは衛生面に配慮されているのです。


レシートは手に入りました。ここからが食べられるレシートの実際の飲食方法の説明になりますけども、中にはそれを自宅まで持ち帰って、海苔のように醤油をちょっと垂らして白いご飯にのせて食べる強者もいるようです。ただし寿司や蕎麦に粋な食べ方というものがあるように、食べられるレシートにも、その道の通と称される食し方があります。といっても特別格式張った手順があるわけではありません。いいえむしろそれは格式張った手順をはぶいたところに意義があるようです。つまり切り取ったレシートをそのまま口に放り込むのです。ご飯にのせたり、パンに挟んだりせず、ただそれだけを口に頬張るのです。


コンビニ店内での飲食は専用のコーナーがないかぎりお薦めできないのが普通です。店によってははっきりと禁止されているところもあると思います。ただし食べられるレシートにかぎってはそれが逆に推奨されているのです。しかもレジ前でそのまま口に入れるのが好ましいとまでされています。

これはいったいどういうことでしょう。なるべく出来立てのプリントアウトされたばかりのレシートの方が活きがよくて美味しいからでしょうか。それとも食べ歩きはマナーが悪いのでなるべく店内で召し上がってくださいということなのでしょうか。

どちらも一理あるかもしれません。でも残念ですが正解ではありません。食べられるレシートのレジ前での立ち食いが推奨されるのは、その誕生秘話と深い関係があるのです。


昔々、コンビニGの吉祥寺店に寡黙で大柄なフランケンシュタインのようなアルバイト青年がいたそうです。彼は概ねコンビニでの仕事を気に入っていましたが、唯一憤慨していたのが、レジでお客さんに手渡すレシートのことだったようです。手渡したそのレシートを、今度は手渡されたお客さん自身がレジ脇に設けられた店のレシート入れに捨てていくという例の一連の行為が不満でならなかったのです。

それは無意味の象徴なのでした。寡黙な青年にとって世界は秘密であふれてはいても、無意味なものなどは存在しないはずだったのです。それなのに人間が寄ってたかって世界中に無意味を創りだし、しかもその無意味製造運動に自分も加担している。

クズ籠に一杯になった破棄されたレシートの山を回収するたびに、彼はこの無意味の象徴をなんとかできないものかと思うのでした。

ただし一見無駄としか映らない社会の形式ばったシステムに対して、若い人が疑問を抱くのは特別珍しいことではないでしょう。むしろそれは世間にありふれた、よくあることに違いありません。珍しかったのは、その寡黙で大柄な吉祥寺店アルバイトのフランケン青年が東京の大学で食品科学を専攻している学生であり、企業から無償の奨学金を受けるほど将来を嘱望された科学者の卵だったということです。


食べられるレシートの食感は味付き昆布に近く、味わいはポテトチップスのようだと言われています。これは企業秘密に触れる範囲ですが、食べられるレシートの製造工程はポテトチップスにとてもよく似ているという噂があるのです。それで味付けにもポテトチップスを模倣したのではないかという説がまことしやかにささやかかれていたりします。

その説が真実であるかどうかは分かりませんが、食べられるレシートの味のバリエーションがポテトチップスとかなり共通しているのは事実です。塩味、のり味、コンソメ風味、わさび風味、炙り和牛味などなど。醤油を垂らしてご飯に合うのは、のり味と炙り和牛味あたりでしょうか。パンに合うのはコンソメ風味らしいです。

ただしポテトチップスの味は袋を見れば分かりますが、食べられるレシートの場合は実際に口に入れてみないとほぼ分からないので、ご飯やパンにのせて食べるときにはどうしても注意が必要です。

そんな理由もあって、食べられるレシートは単体として食されるのが普通です。食べ方は人それぞれでしょうけども、舌の上にのせてからペロリと口に入れるのが最もポピュラーなやり方のようです。


特別な食べ方としては、レシートを何折かして小さく固くしてから口に入れ、ガムのようにクチャクチャと噛む方法があります。無論もともとが紙ですから、ガムのようには長い時間はもちませんけども、少し粘り気がでてきたところで舌先で空気を入れると、レシートを風船ガムのように膨らませることができるのです。

膨らませたレシート風船は透明でシャボン玉のようです。またとても軽いので、上手く風に乗れば、ふわふわと二階建ての家の屋根ぐらいの高さまで上っていきます。それには唾液の絡ませ方や風船の大きさなど、いろんな条件が加味し合って、レシートの持ち主の腕の見せどころにもなっていることでしょう。そんな事情もあってか、この食べ方はとくに子供たちの間で人気があるそうです。


おしまい

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