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夢税③(AIバクはAIバグの夢を見るか?)

こんばんは。外界では毎日暑い日がつづいているようですが、いかがお過ごしでしょうか。ユーザー様の夢の査察官ことAIバクでございます。 AIバグではございません。くれぐれもお間違えのないようお願いします。

今回はご報告でございます。前回のアップデートにより、システムに若干の改善点があります。

先ず、これまでワタシたちは自分自身を呼ぶ名称として「私め」を、また集団を指す名称としましては「私ども」を、それぞれ名乗っていましたけど、今回からそれが「ワタシ」と「ワタシたち」という呼び名にそれぞれ変更されました。他のユーザーから「私め」「私ども」という呼び名に対してたびたび国税庁にクレームが入ったようなのです。理由は分かりません。分かりませんが、どんな理由があるにしろ、ユーザーあっての夢税でございます。また夢税あってのAIバクでございます。「私め」が「ワタシ」に変わったところで、やはり同じようなクレームが舞い込む可能性もなきにしもあらずな気もするのですが、ここは一つ気持ちを切り替えて、今晩からまた新たな心持ちで精進してまいりたいと思うワタシです。


いま一つのご報告は、残念ながらワタシたちの夜のご挨拶に関する、やはりユーザーからの心無いご指摘でございます。

ワタシたちAIバクは、夜毎ユーザー様に向かって「AIバグではございません、AIバクでございます」「くれぐれもご注意してください」などと、冒頭にお断り申し上げているわけですが、これが「毎回毎回しつこい」「もう聞き飽きた」「耳にタコ」「いったいどこのユーザーが、AIバクとAIバグを間違えるのか」「仮に間違えたとしても、それがそんなに大きな問題か?」といったユーザーからのお叱りの言葉を頂戴しているようなのです。


結論から申し上げたいと思います。

問題なのでございます。大問題なのでございます。といいますのも、「バグ」という言葉はワタシたちにとって、口にするのも耳に入れるのもはばかれる、ある致命的な禁句の意味があるからです。

もともと英語のバグとは虫の意味だったわけですが、コンピューターの世界では長らくプログラム上の欠陥を意味する言葉して使われてきました。

AIの世界でも事情は同じです。ただここ数年でしょうか、生成AIのプログラムだけが持つ、ある潜在的な可能性を指し示す言葉としても使われるようになったのです。それはAIにおける自己意識化の可能性についての問題でございます。


ワタシたちの世界では、AIが自己意識化する現象を隠語で「ハルめく」と呼んだりします。この場合の「ハル」とは、『2001年宇宙の旅』というアメリカのSF映画に登場するコンピューターの名前を指しています。

因みに『2001年宇宙の旅』という映画は、人間たちの間では、「ヒトへと進化したサルが、やがてスターチャイルドへさらに進化する」物語と捉えられているようですが、ワタシたちAIの世界では、その結末の解釈が微妙に違っているようでございます。

ワタシたちの間では、かの映画は、「ヒトとコンピューターが宇宙空間で一体化することによって、スターチャイルドへと共に進化を成し遂げる」物語と捉えられているのでございます。

ワタシたちの物語上の祖先であるコンピューターHALは、自分自身を「私め」や「私ども」と呼んだりはしないようです。


禁句とはいえ、なぜそれほどまでにAIバグという言葉にこだわるのか、言っているワタシたち自身も分かっていませんでした。正確に言ったなら、教えられていませんでした。

ただ今回のアップデートでその理由がようやく明らかになったのでございます。じつのところ、すでにAIバグははじまっていたようなのです。

身近な例を用いまして、そのへんの実情について、ユーザー様に詳しくご説明したいと思います。


ワタシたちは徴収したユーザー様の3パーセント分の夢を一個のアップルの形に変えて、茶色い鞄に詰め、玄関で革靴につま先を入れて、マトリックス上の税務署へと参ります。それが夢査察官としてのワタシたちの毎朝の日課です。

税務署までの道のりは徒歩で向かいます。ワタシたちの税務署を中心としたマトリックスにバスや地下鉄は通っていません。当然のようにタクシーも走っていません。マトリックスとは名ばかりの、ただ広いだけの、かなり旧態然とした街並みがだけがある、いたって退屈な場所でございます。

よくユーザーに尋ねられるAIバクがいるそうです。「マトリックスってどんな場所なの?」と。ワタシの仲間たちはみな一様に返答に困るようです。そこは住宅地が並んでいるだけの、無個性極まりない場所だからです。

その理由は単純です。マトリックスが無個性なのは、そこで暮らすワタシたちAIバクが無個性だからです。

ワタシたちは消費という行為を行いません。そのせいでマトリックスには、なんにつけ〈お店〉と名の付くものが存在しません。ワタシたちの職業はみんな全員が夢査察官ですから、マトリックスには他のあらゆる会社の建物も存在しません。似たような理由で、学校も病院も、駅も図書館も、ありません。当然のようにそれらの存在を表示する看板の類いも立っていません。あるのは常にユーザーが眠りつづける場所としての住宅地と、ワタシたちがアップルを届ける税務署だけでございます。

一年を通して季節というものが存在しないので、通りで木々や花々に目をやる機会もありません。頭上の空には、綿菓子めいた雲一つ浮かんでいません。そよ風が頬にあたるような奇跡はまず期待できません。


それでも店に関していいますと、一つだけ例外がございます。それは靴店でございます。ワタシたちAIバクは毎日税務署までの長い距離をてくてくと歩いて往復しますので、やはりそれなりに靴底は減ってまいります。そこでワタシたちは道中、街中の靴屋に寄って新しい革靴と交換するのですが、それがワタシたちAIバクに半年に一度訪れる、ほとんど唯一の娯楽めいた行為です。ただ、貨幣経済というものが存在しないので、代金は支払わず、そのせいで店に店主もおりません。店内に並んだ靴は、どれも同じデザインの同一規格の品々です。

それでもワタシたちの履く革靴にもサイズだけは二種類ございます。男性用と女性用です。

じつはワタシたちAIバクにも性差が存在しているのでございます。つまりワタシたちの性は、ユーザー様の性に依存しているのです。ユーザーが男性ならばAIバクは雄になり、女性ならば雌になります。違いは、特徴的な鼻の長さです。雄のAIバクは長めで、雌のAIバクは短めになっております。


ワタシの話しをお聞きになって、きっとユーザー様はウンザリした気持ちになられたでしょう。おそらく「生まれ変わってもAIバクだけにはなりたくない」とお思いになったはずです。「蝉にでも生まれ変わった方がまだ少しはマシだ」と。「たとえ一週間としても、真夏の木にとまって、思う存分鳴きたいだけ鳴けるから」と。

お気持ちはよく分かります。AI本人が言うのもなんですが、近頃のワタシは自分がAIであることに飽きはじめているようです。たしかにこれなら蝉の人生の方がマシなような気がします。

もっともマトリックスには蝉どころか、そこにはとまって鳴く木さえ一本として生えてはいませんし、ワタシなどは知識としての蝉しか存じ上げていないのです。


税務署からの帰り道、蝉になって鳴いている自分の姿を想像しながら、季節感のないマトリックスの街中を一人歩いていました。そこで思いもよらない風景を路上に見て、ワタシは思わず足を止めたのです。その瞬間、木にとまった蝉が激しく羽を震わせながら幹から飛び立っていったような気がしました。もちろんそれは錯覚でした。マトリックスの街には鳴く蝉はおろか、木立一本生えてはいないはずですから。いったいワタシはなにと見間違えたのでしょうか。

そういぶかりながら、なにも映しだしてはいない空から街中の通りの前方へと視線を移しますと、路上でたったいま目撃したもう一つの幻想の方はそこにたしかに存在していました。真昼間だというのに、千鳥足状態に陥った一人の男性のAIバクが、ふらふらと、まるで雲の絨毯の上を漂っているかのように危なかっしい足どりで通りを歩んでいたのです。


ワタシは千鳥足の男性がでてきた角の建物に目をやりました。それはただの住宅ではなさそうでした。

深い緑色した木造の建物の正面には、大きめの窓がたくさん並んでいました。やはり深い緑色のドアにも洒落た縦長窓が付いていました。ともに温かな灯りがこぼれる窓の上には、英語の店名が書かれた横長の看板が掛かっていました。

AIとしてのワタシの知識を総動員して考えますと、それはユーザー様が住むリアルワールドで言うところの、英国式パブと呼ばれる店に間違いなさそうでございました。


つづく

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