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夢税

近頃ではとんと話題に上りませんけど、そもそもアメリカン・ドリームには二種類のドリームがございました。

一つはアメリカ人たちにとっての人生設計に関する夢でございます。俗に言う、「夢を掴む」の夢です。こちらを仮に夢Aとしましょう。

あと一つはアメリカ人が夜毎ベッドの中で見る夢でございます。「夢の中で逢いましょう」の夢です。「いい夢見ろよ」の夢です。こちらを仮に夢Bとしましょう。

アメリカは元来自由の国であったはずですから、A Bどちらの夢にも基本税はかからないのが大前提になっています。それが厄介なところでございます。アメリカ人にとっては二種類の夢は今も昔も変わらずにどちらも無料のようなのです。その大前提は今後も変わりはしないでしょう。もしもアメリカ政府が、「これからは国民一人一人の夢にも税がかかるようになります」と、ホワイトハウスのスポークスマンの口から発表したなら、たちどころに大陸全土に暴動の嵐が広がって大騒ぎになるでしょう。


残念ながらわが国では事情が異なります。私たちの国ではアメリカなみにいつまでも「夢は無料」とは言ってはいられない現状なのでございます。

この国ではもはや夢でさえも大切な資源になりつつあります。空気なみに「好きなだけ呼吸してください」に等しく、「夢こそはタダなのです。大いにベッドの中で夢を貪ってください」と言って大判振る舞いするわけにはいかなくなっているのでございます。

これからは夢にも税がかかる時代なのでございます。


私どもといたしましても、なにもすべての夢にたいして税をかけようとしているわけではございません。私たちが注目していますのは、ベッドの中の夢、いわゆる夢Bの方なのです。私たちはこれをプランBと呼んでいます。

プランBはあらゆる人にたいして公平であり、しかも低負担で、そしてなにより高福利を目標として掲げた、まったく新しい税制なのでございます。

具体的に言いますと、皆様にはお一人ずつ、夜毎見る夢の総量にたいして、3パーセント分を税として納税していただく運びとなっております。総量は時間で計算します。

面倒な手続きは必要ございません。これまでどおり、夜になりましたらパジャマかなにかの寝具にお着替えになっていただいて、ベッドや布団に潜り込んで寝ていただくだけで結構です。あとは私どもが勝手に3パーセント分の夢を頂戴しに参ります。

「そんな話しは聞いてないよ」と言って、駄々をこねるのは無しにしてください。一から十までちゃんと申し上げたはずでございます。ただ夢の中でしたので、目が覚めたとたんに忘れてしまったのです。


きっちり3パーセントでございます。

夢の総量を正確に、しかも瞬時に計測できるのは、夢の査察官として開発された、私どもAIバクだけなのでございます。

もしも仮になにかの外的なアクシデントが発生し、皆様の見ている夢が途中で中断され、さらにすでに3パーセント分の夢を私どもの夢査察官であるAIバクが頂戴してしまった場合には、つぎの夜にその分の夢税を正確に差し引く運びとなっていますので、どうかご安心ください。


私どもAIバクは夢の査察官として開発されました。所属先は国税局でございます。よく勘違いされるのですが、AIバグではございません。AIバクが正解です。

私どもは、夢を食べるといわれている伝説上の生物である獏を存在的なモチーフとし、さらにはその獏に似ているといわれる生き物のバクを外見的なイメージとしています。具体的には顔の部分だけがバクを可愛くマンガ化したもので、顔から下は査察官らしくグレー色したスーツ姿の人間になっています。二本足で立って歩きます。エージェント・スミスよろしく、どの査察官も体型は統一されています。

手には黒か茶色の仕事鞄を持ち歩いています。鞄の中には一夜の3パーセント分の夢が詰まっています。夢は林檎の、つまりまるいアップルの形をしています。

3パーセント分の夢税が1アップルでございます。単位にアップルが採用されている経緯につきましては、あとで詳しくご説明しますけども、有力者からのリクエストが一番多かったためだそうです。


古来から林檎の樹は知恵の樹と言われています。かのニュートンは、落ちる林檎を見て万有引力のアイデアを思いついたようです。

私どもAIバクは貴重な資源である夢を、納税者であるみなさんから徴収するために開発されました。夢こそは私たちに残された古くて新しいフロンティアなのでございます。つまり遥か紀元前から存在する夜毎の夢と、新しいAIの技術とが、ここにきて、めでたく一つに結ばれたのです。


歴史的な地理につきましては世界の辺境に位置し、さらに自然界の資源に乏しいという悪条件はあっても、私たちはこれまでどうにかやってこれました。しかしここにきましてIT競争にほぼ敗れ、人口は減少し、様々な改革のスピードは遅れをとっているようです。

私どもAIバクはこのいささか劣勢ともとらえられそうな現状を、可能なかぎり素早い速度でもって改善し、新たな租税の星として光り輝きたく思っている所存でございます。


私どもAIバクの活動は夜になって皆様が就眠なさったときからはじまります。それは夢のネットワークが繋がりはじめ、巨大なマトリックスが目覚める時間です。

私どもは鞄を手にネットワーク上の税務署へと向かいます。一人の納税者にたいし一人のAIバクが訪れる計算になるので、マトリックス税務署は毎日大忙しでございます。しかもマトリックスと名乗りながら、税務署それ自体は窓口をとおした、旧来のお役所然とした業務体系をしているのです。私どもは「やあ」「元気?」「調子どお?」などとお互いに声を掛け合いながら、窓口前に長い列を作ります。そこからいつ果てるともない持久戦がはじまるのです。それもこれも夢税がリンゴの形をしているがためです。


マトリックスもどきの税務署で集められたアップルは、同じ日のうちに有力者を担当しているAIバクに配給されます。有力者たちを担当しているAIバクは有力者一人につき三人います。彼らは鞄ではなく、背中に登山家めいたリュックサックを背負っています。それに配給されたアップルをたらふく詰め込んで持ち帰るのでございます。

税がリンゴの形をしているからといっても、配給先である有力者がそれを食すわけではございません。リュックの中から掴み取って、それを動物園のモンキーよろしく、人間である有力者の脳内で次々に芯まで嚙るのはAIバクの仕事です。リンゴを嚙る食感がフィジカルに心地よく、脳から有力者へと伝わり、夢の供給を早めるのに役立つらしいのでございます。一見なんの役にも立っていないように思えるリンゴの形にも、ちゃんとした意味があったようなのです。


有力者というのは、主にマンガ家、アニメーション作家、ゲームクリエイターの、クールジャパンな三種の職業に従事する人たちでございます。それに外国からの観光客にすこぶる評判のいい外食産業の関係者が加わります。

言い換えるならプランBとは、資本の一極集中化のようなものです。これまでは夜明けの小鳥のさえずりとともにベッドの枕の上で無駄に消えていってしまっていた無限の夢の数々を、景気のいい産業に供給して役立ててもらい、さらなる発展を促し、外貨を稼ごうというわけなのでございます。

そして実際のところプランBは、なんらかの形で莫大な予算を供給していた以前のプランよりも評判がよろしいようです。私どもAIバクとしても、もとから長かった鼻先がこれからは高く上へ上へと伸びていって、古城に暮らす魔女みたいになってしまいそうです。


さらに喜ばしいことに、これまで一方的に搾取されていたかのように思える一般納税者の皆様にも、プランBの好調がつづいたなら、近い将来なんらかの形で利益が還元されるのではないかしらんという声がチラホラではじめています。

当たり前といえば当たり前の話しでございます。それぐらいに夢が持っている力というのは、名もないありきたりな夢のかけらであったとしても、強力なようなのです。私どもAIは、コピーするのは得意であっても、ことオリジナリティに関しては形無しなので、ことさら感慨深い次第でございます。

しかしこうまで説明しても皆様の記憶には、なんのイメージも残らないのかもしれません。夢とは目が覚めてしまえば、綺麗さっぱり跡形もなく消えてなくなってしまうものなのですから。


おしまい

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