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彼女が悪魔に憑かれたら

「私のバージンを返して欲しいって彼女が言ってるんです」

携帯電話のスピーカーの向こうで男が言った。

「仰っている意味がよくわからないんですけど」

僕は携帯電話のマイクにむかって言い返した。

「ええ。私にもよくわからないんです。でも、彼女はたしかにそう言ってるんです。あなたにバージンを返してほしいって。そういったわけなんで、お手数ですけど、それを返しにきてもらえませんか」

「人違いみたいですね。すいませんけど忙しいんで、これで」

「ま、待ってください!冗談で言ってるんじゃないんです!」

たしかに男の声は真剣そうではあった。でも、話の内容からして、その真剣さはむしろ場違いなものだった。むしろ趣味の悪い冗談であったほうがまだ救いがある。

それに、僕が忙しかったのは偽りのない事実だった。時刻は午後7時を少しまわったところ。そろそろ一次面接を受けた出版社から電話がかかってくるころだ。ワケのわからない電話の相手をしている場合ではなかった。

「金田マサルさんですよね?」

男は僕の名前を確認した。これで三度目だ。

「そうだけど」

「神奈川県立川ノ崎高校出身で、同級生だった真鍋ミユキと当時付き合ってましたよね?」

「半年だけね」

「そうでしょ?それで、ミユキはあなたに....」

「あのね」

もう面倒だし、時間もなかったから、僕はとっさに思いついきの嘘をついた。

「ミユキはバージンじゃなかったよ」

我ながら品のない嘘ではあった。でも、その分効果はテキメンだった。スピーカーの奥から男の「え!?」という声が聞こえてきた。なんだか『サザエさん』のマスオさんみたいな「え!?」だった。それはどこまでも存在感の希薄な「え!?」なのだ。僕は登場する曜日を間違えたマスオさんにトドメの一撃をくわえることにした。

「だからさ、どのみち僕は彼女のバージンを返すことはできないわけ。わかった?」

男はグーの字もなかった。僕は携帯を切り、同時に男とも、かつての恋人真鍋ミユキさんとも完全に縁を切ったつもりでいた。

でも、そうはならなかった。


面接を受けた出版社からはいくら待てども電話もメールもこなかった。10時ごろになって同じ大学のガールフレンドから電話がかかってきた。「面接どうだった?」と彼女は聞いてきた。

「まあまあ、かな」

「電話あった?」

「それがまだ」

「そう」

スピーカー越しの彼女の言葉がため息と一緒になって耳にとどいた。深い深いため息。シーズン終了間際の横浜ベイスターズのコーチ陣がベンチ裏で吐くような。

「私ね、しばらく帰省することになりそう。地元で就職活動しようと思って」

「え!?」

まったく人のことは言ってられない。僕もさっきの電話男と同じようなマスオさん状態に陥ってしまった。でも、僕の「え!?」にはそれなりの重さがある。だって、彼女は都内の企業に就職希望のはずで、すでに二社から内定をもらっていたからだ。しかも彼女の実家といったら九州なのだ。

「もしかしたら、もっと条件のいい会社が見つかるかもしれないし。それにまだ時間もあるから、なるべく選択肢を多くもっていたほうがいいと思うの」

「それはそうだね」

僕のスピーカー越しの言葉に、深い深いため息がふくまれていなかったことを願う。


結局、出版社からはなんの連絡もなかった。ガールフレンドは帰省してしまうし、梅雨時のベタつき感をのぞいたとしても、寝つきの悪い夜になりそうだった。

大学四年目の夏。文学部の創作学科に席を置いている僕は、卒業制作である中編小説を書き進めながら、せっせと就職活動をしている最中だった。

卒業制作のほうはボチボチ進んでいたけれど、就職活動のほうはまったくお先真っ暗な状態で、第一志望である出版業界の門戸は、長引く不況のせいもあってか想像以上に狭くなっていた。

このまま東京でアテのない就職浪人になるより、いっそ田舎に帰って地元の企業に就職しようか、そんな弱気な考えが頭をもたげはじめたころだった。男から電話がかかってきたのは。

おかげで僕は志半ばのない帰省計画を白紙にもどすことができた。

三年前に上京して以来、僕はまだ一度も故郷の土を踏んでいなかった。


当時、真鍋ミユキなるうら若き乙女が、はたしてバージンであったかどうか僕は知らない。僕と彼女の関係はその程度のたわいのないものだった。高校生活の最後の半年間で、たしか一回だけキス(のようなもの)をしただけ。

そもそも、僕は彼女のことを呼び捨てにしたことすらなかった。いつも「真鍋さん」だった。それだけで二人の関係がどんなものだったかわかるだろう。僕たちは、NHKの連ドラにでてきそうな純朴な田舎の高校生カップルだったのだ。真鍋さんとの清く短い男女交際は、僕の暗い高校生活の中で、ほとんど唯一のいい思い出として記憶されていた。


電話の男は自分の職業をコンビニの店長だと名乗った。そう言っておけば、いくらか自分の発言に真実味がでるとでも思っているかのように。

彼には悪いけど、僕個人としては、あんな話を真にうけるほどコンビニ店長という職種に重きを置いてはいない。それに、決して職業差別というわけではないけれど、僕の記憶では、真鍋さんはコンビニ店長と付き合うようなタイプでは決してなかった。

もしかしたら、あの電話は真鍋さんとはなんの関係もない新手の振り込め詐欺だったのかもしれない。バージンを返すなんてできないわけだから、つまりそれは、それに見合った対価を支払えということなのだ。名付けて「元カノ・バージン詐欺」。たしかに、中には引っかかる男もいるかもしれない。かなり確率は低いだろうけど。

下宿先にコンビニ店長から宅急便がとどいたのは、電話があった日からちょうど一週間が経った雨の夜のことだった。


その日の僕のスケジュールは、朝早くから濃紺色のリクルートスーツに身を包んで、お茶の水で開催された合同就職面接会に参加、午後は水道橋の名画座で二本立てを鑑賞、さらにジャズ喫茶で一時間粘ったあと、下宿先の阿佐ヶ谷にあるバッティングセンターで三番勝負、といった感じだった。面接の結果がいかがなものであるにしろ、これがここ最近の僕のベストな平日の過ごし方だった。

そして、テレビで夜のニュースを眺めながらホカ弁を箸でつっついていたころ、宅急便のお兄さんが下宿先のインターホーンを押したのだ。

茶色い包装紙にくるまれた荷物の送り状には聞き覚えのある名前がペン書きされていた。僕は携帯越しに耳にした男の「え!?」を思いだした。送り状の品目欄には「食料品」とある。それから少し懐かしみのある故郷の住所。

どうも気味が悪い。僕にはコンビニ店長から食料品を送られるような身に覚えはまったくない。イヤな予感がする。するに決まっている。

このままほったらかしておこうかとも思ったけども、中身がナマモノだったら困るし、冷蔵庫に入れるには荷物は大きすぎた。黙って捨てるにも燃えるゴミか燃えないゴミか見当がつかない。仕方なく僕は包装紙を破って中を見てみることにした。

水ようかんの詰め合わせセット。それはコンビニのカウンター越しによく飾られているギフト商品だった。箱のおもてに白い封筒がそえてある。そこには男が何度も確認した僕の名前が宛名書きされている。

電話のつぎは手紙攻勢。性懲りもなく。でも、水ようかんがセットになっているからにはなにかしらの状況の変化みたいなものがあったに違いない。でも、それでハイそうですかと、甘いエサにほだされて直ぐに封を開けるほどこっちだっておめでたくはない。

それに、卒業制作として中編小説を書きすすめている輩としては、下手な影響をうけるのを避けるためにあらゆる活字媒体から目を遠ざけているところなのだ。月に一度は読みかえしてきたケリー・リンクの短編集だってもう半年も開いていない。そんな僕が、どうしてコンビニ店長の手による文章に目をとおさなければいけないのか。


だが、結局のところホカ弁を食べ終えるころには、僕は自分の考えを訂正することになった。もちろんそれは食後のデザートとしての水ようかんにほだされたわけではなくて、三年以上も文学と格闘し、おまけに出版業界に就職を志望しているような学生が、たかだかコンビニ店長が書いた手紙ごときにいまさらどんな影響もうけるはずがないと考えなおしたからで、それに正直、内容も知らずにそのまま手紙を放置しておくことが少々薄気味悪くもあったのだ。

そんなわけで僕はコーヒーを入れ、封を開いた。手紙を読むなんてずいんぶん久しぶりだった。

白い便箋の片隅に、砂浜にうちあげられた巻き貝の水彩画が印刷されていた。気のせいか文面から乾いた潮の香りがプーンと漂ってくる。そういった作りの特殊な便箋なのだろうけど、コンビニ店長がもしも狙ってこんな便箋を使用したのなら、彼のもくろみは見事に達成されたことになる。なぜなら僕は、限りなくアカの他人に近い男の手紙を読みはじめながら、いささか郷愁の念にかられるという、かなり奇妙な心理状態に陥ったから。

白い砂浜めいた便箋に、なかなか達者なペン文字が、よせる波のように永遠とつづいていた。でも、その言葉のつらなりが織りなす響きは、懐かしい波の音のようには心地よくはなかった....。


『前略。梅雨の長雨にあじさいの花が色濃く映る季節になりました。金田さんにおきましてはいかがお過ごしでしょうか。

先日は不躾な電話を失礼いたしました。どうかあのことは忘れてください。ミユキのバージン云々に関しては私たちの間違いでした。ミユキ本人も反省しているところです。どうかお許しください。

それでは、どうしてあのような電話を金田さんにさしあげることになったのか、その辺の事情を含めましていろいろとご説明いたしたく、このような手紙を書くことになった次第です。

以下の内容には金田さんへの重要なメッセージが含まれています。さらに度重なる失礼な記述もあるとは思いますけども、どうか最後までお読みになられることを強く希望いたします。


まず最初に断っておかなければならないことがあります。私とミユキは付き合いはじめて一年ほどになるのですが、この半年でミユキは以前とは大きく変わってしまったんです。私が知っている現在のミユキと、金田さんが知っている過去のミユキとには、大きな隔たりがあるのです。

まわりくどい言い方をしてもお手間をとらせるだけですし、こうしている間にもある危険が確実に迫っています。早速本題に入りたいと思います。

とても悲しく残念な報告をしなければなりません。ミユキが悪魔にとり憑かれてしまったのです。


金田さんは『エクソシスト』という映画をご存知でしょうか。悪魔にとり憑かれた少女が、ベッドの上に浮いたり、首が360度回ったりする外国のホラー映画なんですけど、現在のミユキのイメージはまさにあんな感じなんです。もしまだご覧になっていませんでしたら、一度ご鑑賞していただくことを強く希望します。たぶんご近所のTSUTAYAに置いてあると思います。

ただ、アレは映画ですので、かなり誇張された部分があります。さすがにミユキがベッドの上に浮いたり、首を360度回したりすることは今のところありません。それでも、彼女がほとんど寝たきりで、食事もロクに口にしないような状態であることは事実です。そして時折、私よりも低い男の声(俳優の中尾彬氏をイメージしてもらえるといいと思います)で私に語りかけるのです。


ところで、突然ですが、金田さんはローリングストーンズという外国のロックグループはご存知でしょうか。中尾悪魔(男の声で話すときのミユキです。私は悪魔をこう呼ぶか、あるいは単に中尾と呼んでいます)によりますと、彼女にとり憑いてるのは、そのローリングストーンズの『悪魔を憐れむ歌』という曲にでてくる悪魔なんだそうです。

洋楽などにはとんと疎い私は、ローリングストーンズも、その『悪魔を憐れむ歌』のこともよく知らなかったのですが、中尾に悟られないようこっそり町の図書館でその曲が入ったCDを試聴しましたところ、音楽的なことはともかく、その訳詞を見て私は驚愕しました。なんとそこに歌われている悪魔ときたら、あのイエス・キリストが神を疑ったときや、かのジョン・F・ケネディ大統領が暗殺されたときなどにも、その場にいあわせてたというではないですか。

ほんとうに、とんでもなく全人類的な悪魔です。悪魔というものは、そもそもそういったものなのかもしれませんが、それにしても、人類史の影の部分を一身に背負ったような強者が、どうしてまた極東の島国のそれもまた一地方の女性にとり憑いたのか皆目見当がつきません。ただ、ミユキも中尾悪魔の経歴を認めてはいるようなので、私としてはそれをうけいれるほかありません。


ここまで書いて思うのですが、たぶんこのような文面だけを読んでいただいても、遠い東京の空の下で暮らしている金田さんにはなかなか真実味は伝わらないと思います。そこで、身内の不幸を公表するような後ろめたさはあるのですが、私がビデオカメラで撮影したミユキの映像をYouTubeにアップすることにしました。URLは[http://www.youtube.com/-....]です。すぐに削除する予定でいますので、できるだけ早い時期にご覧になっていただくことを強く希望します。

撮影は私の家の寝室でおこないました(ミユキの様子がおかしくなって以来、彼女の両親の意向もありまして、ミユキを私の家に預かっているのです。私の実家は現在のコンビニエンスストアになる以前は、両親が酒屋を営んでおりました)。

後々のため、できるだけ詳細な記録をのこそうと思いまして、この日のためにハイビジョンカメラを購入しました。より繊細な映像がご覧になっていただけるかと思います。ミユキの低い野太い声は決して吹き替えなどではありません。金田さんにとってもかなりショッキングな映像になるかとは思いますけど、どうか最後までご覧になってください。ミユキにとり憑いている悪魔の存在を信じてもらえるかと思います。


先述しましたように、ミユキの様子がおかしくなりはじめたのは、年がかわってからなのですが、それからというもの、私は方々の医者に彼女を診察してもらいました。中には、まったく異常はないという人もいましたけど、たいていの医者は彼女がうつ病であると診断しました。

もちろんミユキはうつ病ではなかったので、もらった薬を呑んでも効果はありません。むしろ時間がたつにつれ、彼女の症状は深刻になっていきました。

そうしてようやく私自身もミユキの体になにかがとり憑いていると信じるようになったわけなんですが、そうなってくると私の力ではどうすることもできないのです。霊媒師の方に頼んでみようかとも考えたんですが、お金の無駄だからやめるようにと、逆にミユキの口から中尾悪魔に助言される始末でした。


医学の力も頼りにできず、神にすがることもできない。まったく八方塞がりな日々がつづきました。そんなある日の昼、ミユキが奇妙なことを口にしました。中尾悪魔がある男の居場所を調べているというのです。

いったい調べているというのはどういうことなのか。ミユキによりますと、夜になるとが奴が彼女の記憶の中に入りこみ、あれこれ頭の中を探っているというのです。彼女にはそれが感覚として分かるらしいのですが、中尾が調べているのは、どうもミユキがはじめて性交渉をもった相手の男性のようで、これはなぜだかはわかりませんが、奴にはその男の肉体がどうしても必要らしいのです。

金田さんも覚えがあるかもしれませんが、ミユキはとても頭の回転のはやい女性です。とっさの機転がきくのです。で、中尾悪魔の暗躍を察知したミユキは、ここでも得意の機転をきかせたわけなのですが、結果的にそれが、金田さんにとてつもない不幸を招きよせることになってしまったことをここで告白しなければなりません。


はっきり云いましょう。ミユキは悪魔に嘘の情報を与えました。ただそれは、言葉として奴に直接伝えたのではなくて、あくまで自分の頭の中でストーリーを作り、それをイメージした。つまり、ミユキは自分自身の偽の記憶を、自分で創り上げたわけなのです。その偽の記憶を読み取り、まんまとそれを信じ込んだ中尾は、ミユキの口を伝い、私に命令したのです。金田マサルという男に電話をかけるようにと。

もうおわかりかと思います。ミユキが彼女の初体験の相手として悪魔に信じ込ませた男性とは、あなたのことなのです、金田さん。

実を云えば、金田さんに電話をかけるまで、私もミユキの作った偽初体験話をう呑みにしていました。彼女は「人間などに騙されるわけがない」という中尾悪魔の自尊心を上手く利用したとあとになって言っていましたが、子供のころからの空想好きが役に立ったともこぼしていました。


しかし、とっさの機転とはいえ、このような展開は金田さんにとってはまったく迷惑極まりない話かと思います。今、この文章を読んでいるあなたの心境を考えますと、私も一人の当事者として心苦しいばかりです。

恐らく、金田さんのお気持ちを察しますに、「いかに偽の記憶とはいえ、どうしてよりによって自分を選んだのか」という怒りにも似た疑問符であふれかえっていることでしょう。

ごもっともです。しかし、言い訳がましくなりますけども、ミユキの選択にも彼女なりの論理的な根拠があったことをここであえて書かせてくだい。


彼女の話によりますと、『悪魔を憐れむ歌』に登場する悪魔はたしかに恐ろしい悪魔的な力をもっているようです。しかし、同時に奴は人間の体に寄生しなければ地上では生きていけないようなのです。

なんだかM87星雲からやってきたヒーローみたいなのですが、さらにその形而上学的な力は、意外にも物理的な力学の法則にのっとっているようで、野球のピッチャーの投げたボールが時間と距離によってやがて失速していくように、悪魔の力も距離や時間によってその影響力に違いが生じるらしいのです。


以上のような条件からミユキは考えました。自分がねつ造する偽の初体験相手は、なるべくここ川ノ崎から遠く離れた場所に暮らしている男性がいいと(実際のミユキの初体験の相手が誰なのかはいまだ見当もつきませんが、前後の事情からして、その方が川ノ崎近辺に暮らしている男性であることは確かでしょう)。

そしてここが重要なポイントになってくるわけですが、いくらねつ造とはいえ、まったくの赤の他人では、いかせんリアリティがでてきません。実際の中尾彬氏はべつにして、中尾悪魔がはたしてどれほど現代社会の恋愛事情に通じているかは定かではありませんが、奴がいかに人間を見くびっているとはいっても、さすがに書き割りのようなベタな展開は信じない可能性があります。そこで当然のようにミユキの選択肢は、ここ川ノ崎から遠く離れて暮らし、尚かつ実際にかつて付き合ったことのある男性に絞られたわけです。

この二つの条件を満たす男性が、ミユキの中に何人いるのかは知るよしもないのですが、おそらく、この二つの条件をもっとも完璧に満たす男性が金田さん、あなただったのです。


ここまで書いても、まだ金田さんの心には割り切れなさ感がのこるかもしれません。ごもっともです。しかし、申し訳ないのですが、それについて検証している時間はもはやないのです。この手紙をお読みになっている間にも、中尾の魔の手は確実に金田さんのもとに近づいているはずですから。

包み隠さず申しあげます。中尾悪魔は金田さんに呪いをかけようとしているのです。

お気持ちお察しします。本来であれば、ミユキの恋人である私が負うべき責務です。ですが、ミユキが選んだのは金田さんなのです。これは私の個人的な見解なのですが、恐らく、ミユキが金田さんを選んだのは、ただ単に川ノ崎から遠く離れた場所で暮らしているという理由だけではないような気がします。

少し大袈裟に聞こえるかもしれませんが、彼女は共に悪魔と戦うパートナーとして金田さんを選んだのではないかと私は考えているのです。悪魔にとり憑かれるという想像を絶する苦難を体験しているミユキは、同時に悪魔と戦うことのできる唯一の女性でもあるわけです。

ミユキにはすでに金田さんのために全身全霊をこめて中尾と戦う覚悟ができています。微力ではありますが、私も店の世話(このところアルバイトが立てつづけに辞めてしまい、タイトなシフトがつづいています)をしながらできるかぎりのサポートをしてあげたいと考えています。

誠に勝手な言い分ですが、ここは一つ金田さんも男らしいご決断をお願いします。


中尾悪魔の呪いがどんなものなのかはよくわかりませんが、一つ確かなことは、たとえそれがどんな形の呪いであったとしても、奴が金田さんの命そのものを狙うようなことは決してない、ということです。なぜなら、殺してしまっては身も蓋もないからです。魂のぬけた亡骸にはとり憑けない、というわけです。

中尾の狙いは、あくまで金田さんを精神的、肉体的に痛めつけることにあるはずです。もしかしたら、奴には仲間の悪魔がいて、そのためにべつの人間の体が必要なのかもしれません。いずれにしましても、悪魔は人が衰弱しているときにとり憑くようです(ミユキの場合、それはちょうど彼女がインフルエンザで寝込んでいる時期でした。ただ、そのインフルエンザと中尾の呪いとの因果関係は直接的には不明です)。


今後はいつなにが起きるかわかりませんし、なにが起きてもおかしくはありません。くれぐれも、病気ケガ、事故の類にはお気をつけになってください。なるべく外出も控えたほうがいいかと思います。

このような状態がはたしていつまでつづくのかわかりませんが、念のために、私の名刺を手紙に同封しておきます。どんな些細なことでもかまいませんので、なにかありましたらご一報ください。

しつこいようですが、くれぐれもご注意を。そして、遠い故郷の空の下で、あなたのために戦っている一人の女性がいることをどうか忘れないでいてください。


PS. 川ノ崎名産、水ようかんのギフトセットをはじめました。よく冷やしてお召し上がりになってください。』


コンビニ店長の手紙を読み終えたばかりの僕は、なんというか、ここ一番の大試合で救援に失敗したリリーフピッチャーのような気分がしてならなかった。実際には一人アパートにいたわけだけど、仮にもし狭い下宿先の部屋に試合後のチームナインや監督コーチがすし詰め状態になっていたとしても、誰一人、僕と目をあわせようとはしないかのような。

それはいろんな意味でショッキングな手紙だった。そこには大小様々な地雷がしかけられていた。でも、なにより僕が驚いたのは、新種の不幸の手紙めいたその内容より、結局のところ真鍋さんがコンビニ店長と付き合っていたという事実と、大学に入ってまで文学を専攻しているこの僕が、決して職業差別ではないけれど、いかにそれが手紙という形式をとっていたとしても、コンビニ店長が書いた文章などを一気に読みとおしてしまったという後事実だった。

僕にしてみれば、コンビニ店長ぐらい文学から遠く離れた職業はこの世に存在しない。彼らにくらべれば、まだフリーターのコンビニ店員のほうがいくらかマシだ。僕のイメージとしてコンビニ店長とは、休憩中に文庫本に目をおとしているそのフリーター店員を、白い目で眺めている種類の人たちなのだ。

そのコンビニ店長にこれぐらいの文章が書けるわけだから、世間一般を見わたせば言わずもがな。僕が就職面接で次々と落とされるのはとうぜんの結果だし、呑気に卒業制作とかいって執筆活動などにかまけている場合ではない。

そう考えると、この手紙は不幸の手紙どころか、狭く偏った僕の見識を広げてくれた幸運の便りということになる。

いや、よそう。これではまるでバカの言うことに感心している大バカ者みたいではないか。文章の出来はともかく、こんな手紙を送ってくる輩がマトモなはずはない。もっとべつのとらえ方があるはずだ。


封からだしたときの便箋は懐かしい潮の香りがしたけども、それを仕舞うときにはインチキな詐欺の匂いがプンプンした。それもかなり手の込んだ組織的な匂いが。『地元特産品教団』とか、『悪魔を憐れむ会』とか。

もしかしたら、コンビニ店長なんてハナから存在しないのかもしれない。そう考ると少しは心も安まるし、手紙の内容からして、そう考えたほうが妥当ですらある。つまり、手紙の書き手は、コンビニ店長に成りすました、教団に一文字何円かで雇われた三文作家なのではあるまいか。

でも、そんな組織が仮に関わっていたとするなら、この手紙だけですべてチャラになるということにはならないだろう。きっと次にとどく手紙では、バッタもんの壷や魔除けの数珠あたりを、今だけの特別奉仕価格というフレ込みの法外な値段で売りつけてくるはずだ。なにしろ向こうは悪魔の呪いがかかっていると本気で忠告しているわけだから。面接に落ちるのも、彼女が帰省してしまうのも、階段でのつまづきさえ、都合の悪いことはすべて呪いのせいということになる。


電話での段階では「元カノ・バージン詐欺」と呼んでいた三面記事的な一件は、ここにきて全国紙の一面を飾る組織的詐欺事件へと拡大しそうな様相を見せはじめていた。ふたたび名付けるとするなら、今度のは「卒業アルバム詐欺」。

僕の推理はこうなる。まず、『地元特産品教団』なり、『悪魔を憐れむ会』なりが、どこそこの卒業生から高校の卒業アルバムを買い上げる。教団はそれを三年間ほど寝かせて頃合いを待ったのち、アルバムの写真の中から特に美人の女子生徒を選ぶ。そして別ルートで手に入れた住所録を頼りに、今は故郷から離れて暮らしている元卒業生だけを選んで、地元のコンビニ店長の肩書きを名乗り電話をかける。コンビニエンスストアなら日本全国どこにでもあるから疑われる心配がないのだ。

一方で、電話で交わされる会話は、相手の近況をうかがうのと同時に、元学園アイドルの情報収集にも一役買うことになる。その情報は、次のターゲットとなる元卒業生に電話をかけるさい役立つことだろう。


教団はあらたに入手した情報をすみやかに分析すると、間を入れずにこんどは手紙を特産品と一緒にターゲットの自宅に送りつける。懐かしい故郷の品にほだされた元卒業生は、つい手紙の封をあけてしまう。

手紙には、「学園のアイドルだったミユキさんは、じつはあなたに好意をよせていたんです」などといった内容が書かれているはずだ。時が経って世話になった担任の顔は忘れても、当時学園のアイドルだった女子生徒の存在は覚えているもの。これは、その彼女が本当に好きだったのはじつは自分だったという、モテない男子特有の虚栄心を逆手にとった、教団による棚からボタ餅的な巧妙なる心理作戦なのだ。

でも、そのボタ餅にはもちろん毒が盛られている。便箋の文面は決まり文句のようにこうつづく。「悲しい報告をしなければなりません」と。


たぶん手紙を読んだ卒業生男子の何割かはYouTubeにアクセスすることだろう。ただ、そこに映しだされるのはきっと美人ではあるけど、学園のアイドルだった同級生ではない。教団に雇われたモデルとか女優の卵なのだ。でも、卒業して三年が経過しているわけだから、はっきりとは見分けはつきづらい。そもそも美人の顔のつくりは不美人より個性に乏しいし、しかもその声は中尾彬風に吹き替えしてあるのに決まっているのだ。それに手紙には、彼女はここ半年で大きく変わってしまったと、あらかじめエクスキューズが入っているのだし。


我ながら僕の推理は完璧のように思える。これでリリーフピッチャーとしての名誉も回復できた。監督コーチの熱い視線をふたたびブルペン上に感じることができる。ほどなくリリーフカーに乗りこんだ僕は、球場にこだまする声援を背にしながら卒業制作へととりかかることだろう。

でも、なにより嬉しかったのは、この推理によって真鍋ミユキさんの名誉も回復できたことだった。その名誉とは、無論のこと、悪魔にとり憑かれたといった話が虚実であったということではなく、彼女がコンビニ店長と付き合っていなかったという事実にほかならない。

僕はインスタントコーヒーのCMにでてくる違いのわかる役者のごとく満足げにコーヒーカップを口にした。こんな手紙がとどくまでは、もともと悪くない一日を過ごしていたのだ。ようやく気分も持ちなおして、本来のペースをとりもどしつつあった。そろそろパソコンを立ち上げる時間だ。もちろんYouTubeを閲覧するためではなく、やりかけの卒業制作にとりかかるために。


だがその夜、僕が実際にパソコンのキーボードをたたくことはなかった。いざモニター上のファイルを開こうとすると、携帯の着信が鳴って、僕の指はマウスをクリックすることなくそこからはなれた。

携帯画面に、僕が卒業作品を提出することになっているゼミの先生の名が表示されていた。学生たちから先生と呼ばれるのをひどく嫌っている非常勤助教授の堀田さんだ。まだ30代半ばで、去年うちの大学に赴任してきたばかりの彼は、たしかに先生というよりは、学生たちの兄貴的な存在だった。古き良きアメリカンロックと、これもまた古き良きアメリカンベースボールをこよなく愛する、ヤングでピースな文学部の助教授。特に僕とは、教師と教え子というより、歳のはなれた友人同士といった感じで、彼は僕に泣く子も黙る60年代のブルースなロックを、僕はかわりに、泣く子も踊りだすような00年代のダンスなロックを教えあう間柄だった。

そんなフランクな堀田さんだったけども、じつは僕だけでなく、ゼミの学生全員が常々不思議に感じている謎めいた傾向が一つあった。それは彼が関西圏出身であるにもかかわらず、関西弁を一切喋らないということだ。しかも、ただ喋らないというだけではない。堀田さんは関西圏に属する話題そのものを避けているようだった。まるで、関西アレルギーみたいな徹底ぶりで。おかげで、僕たちのゼミでは、吉本芸人のお笑いや、阪神タイガースについての話題は、中世の地動説にも等しく、長らくタブーになっていた。

おそらく堀田さんには、なにかしら郷土にたいする複雑な思いがあるのだろう。上京以来、僕がまだ一度も帰省したことがないように。お互い、そこまで心のうちを明かしたことはないけれど、ゼミの学生たちの中でも特に僕と親しいのには、二人がそうした喪失感を共有しているせいなのかもしれなかった。

そんな堀田さんが、携帯電話のむこうで僕にこう言ってきた。

「あのな、このあいだ貸した三千円、今すぐ耳そろえて返してくれへんか」


三千円?まったく寝耳に水だった。というか、本やCDならしょっちゅう借りてるけど、これまで僕が堀田さんから金品を借りたことなんて一度だってない。もしかして、冗談のつもりで言っているのだろうか。堀田さん、なにかいいことがあって、長年の生まれ故郷へのトラウマが一気に吹っ切れたのだろうか。それで今夜は関西弁なのだろうか。「遠く故郷を思う会」の一人としては気になるところだ。

「堀田さん、どうして今日は関西弁なの?なにかいいことでもあった?」

「ゴチャゴチャぬかすなボケ。返すか、返さへんか、二つに一つや。どっちやねん」

前言撤回。もしかしたら、いいことではなく、すごく悪いことがあったのかも。苦労に苦労を重ねた翻訳の仕事が酷評をうけたとか。それで堀田さん、ヤケになっているのかもしれない。

「コラ、聞いてんのか。金返せ言うとんじゃ、ボケ」

「聞いてますよ。なにかあったんですか?悪い冗談ならやめてくださいよ。僕がいつ堀田さんから三千円借りたんですか」

「殺すぞ、ワレ!」

どうも様子がおかしい。あきらかに常軌を逸している。いつもの堀田さんではない。悪酔いでもしてるのか。

「忘れたとは言わせんぞ。先週の飲み会や。ワシがカードで代金立て替えたやろ。アレや」

「だって....あれは堀田さんのオゴリでしょ?自分で言ってたじゃないですか」

「ふざけんなや。こっちはな、臨時雇いの薄給でどうにか生活してる身やぞ。なにが悲しくてお前らみたいなボンクラ頭のおぼっちゃま学生にタダ酒オゴらなあかんねん。あほんだら」


その夜、堀田さんが浪花のサラ金業者スタイルを崩すことは最後までなかった。とにかく、一秒でもはやく電話を切りたかった僕は、仕方なく、昼前に学食で落ち合い、そこで三千円を返すということで話はどうにか落ちついた。

会話の最後に、堀田さんはこう吐いた。

「あのな、これだけは言っとくぞ。前々から言いときたかったことや、耳の穴カッポじってよーく聞いとけ。ええか、金田。お前な、才能ないぞ。ゆめゆめ物書きになろうなんて考えおこすなよ。作家の真似事は学生時代だけのお遊戯だと思え。ええな。わかったな」

ガチャ。

ジキルとハイド。もしかしたら、堀田さんは二重人格者なのかもしれない。今の今までまったく気がつかなかったけど。それ以外に説明がつかない。電話番号は合ってるし、声も堀田さんそのままだった。

僕は携帯画面を見つめながら、これが手鏡でなくてよかったとふと思った。もし鏡だったら、さぞや虚ろな自分の顔が映っていたことだろうから。


僕はそれっきり努めて堀田さんの件は考えないことにした。気分が悪い。そんなことより卒業制作だ。帰宅してからまだ一字もすすんでいない。一日一ページがノルマなのに。

ようやく僕はマウスを握りしめ、執筆モードに入った。だが、どこをクリックしてよいのかわからない。モニターが真っ暗なのだ。

部屋がやけに静かだった。そして暑苦しかった。

壁を見上げた。いつの間にかエアコンが止まっていた。

僕は窓をあけた。

雨が止んでいた。ベランダごしの夜風が涼しかった。

帰省前にガールフレンドが置いていった鉢に小さな芽がでていた。


あと一週間もすれば大学は夏休みに入る。梅雨シーズンは明け切ってはいなかったけど、久しぶりに足を踏み入れたキャンパスには、ヴァカンス前の快活な空気が満ちていた。

もっとも、就職活動中の四年生にとって今は氷河期の真っ只中であり、さらにこの日、リクルートスーツ姿の僕には度重なる人工的な暴風雨も吹き荒れていた。大学構内にある学食に到着したのは約束の時間を30分も遅れてのことだった。

いったい今度はどんな関西弁を浴びせられてしまうのか、そう考えると足取りは重かった。このまま、しらばっくれて帰ろうかと思ったぐらいだ。

いや、実際に広い学食の隅のテーブルに、堀田さん御用達、くたびれたハードロックカフェTシャツと思わしき背中が見えたときには、本気で帰ろうとしたのだけど、やっと履き馴れてきた僕の真新しい革靴が、二匹の冬のハエみたいにピタリと動きを止めたのは、その堀田さんの向かいに見知らぬ女の子の顔が見え、しかもその女の子というのが、頭に白い髪飾りをのせた、まるで秋葉原のメイドカフェで働いていそうな格好をしていたからだ。

一般社会とくらべればよほど自由な環境の大学構内にあっても、二人の取り合わせはかなり特異な存在だった。

もしかしたら堀田さん、ただの二重人格者ではなくて、その手の店の常連客でもあるのかもしれない。今日は同伴デートの途中というわけだ。

しかし、仮にそうだとして、いやたぶんそうに違いないのだろうけど、いかに非常勤の身とはいえ、神聖な教育の場に同伴でくるとは何事か。教え子としては、ここは説教の一つも垂れたいところだ。でも、三千円を押しつけてとっとと退散するのにはかえって都合がいいかもしれない。

そんなふうに僕は考えて二人がいるテーブルにむかった。


「まいど。おおきに」

自由な空気をさらに自由に和ませるべく、僕は二人に軽いあいさつをした。しかし堀田さんはともかく、初対面の女の子にもこれはまったくウケなかった。というか、どうも僕は余計なことを口走ってしまったようだ。和ませるどころか、僕の場違いなギャグは、せっかくのヴァカンス気分のキャンパスにもう一つの局地的なゲリラ氷河期をもたらしただけだった。

振り返った堀田さんのハードロックカフェTシャツはあいかわらずヨレヨレだったけど、その上に付いた顔の方はパリパリに凍りついていた。気のせいか、唇が小刻みに震えている。

一方、長い黒髪の日本人形が白いフリフリの付いた黒いメイド衣装を着たような、痩せた感じの女の子は、目の前の冴えないゲストよりよほどメールのやりとりのほうが大事なのか、両手に持ったピンク色した携帯電話の画面から一瞬顔をあげて鋭い切れ長の視線をこちらにむけただけだった。携帯には、それよりはるかに重そうなストラップの束がどっさり垂れさがっている。テーブルについた肘の横には、学食のデザートで一番大きなチョコレートパフェがのっていた。たぶん、携帯電話のつぎに甘いものが大事なんじゃないだろうか。いや、順番が逆かもしれない。

はたして、アメリカンなハードロックカフェと秋葉原なメイドカフェとに、どんな因果関係があるのかは知らないけど、今日の堀田さんの印象は、昨夜の横柄な態度とは雲泥の違いがあった。もしかしたら女の子の手前、猫をかぶっているのかも。それとも、やっぱり二重人格で、今はおもての顔を見せているだけなのだろうか。いずれにしても、こちらはこれから面接にいかねばならぬ身の上なのだ。長居は無用。

僕は財布をとりだすべくスーツの内ポケットに手を入れた。すると同時にメイドギャルがふたたび顔をあげてこちらを見た。彼女は携帯電話を手にした占い師みたいに、黒いネイルアートがほどこされた指を僕にむけて告げた。

「財布をださないで、金田くん。そのお金、呪われてるから」


「こちらは山田風子さん。去年まで僕が教鞭をとっていた女子大の四年生で、同人誌にミステリー小説を発表してるんだ。お父さんはあの有名なミステリー作家の山田吾郎。今日はデビュー作の執筆で忙しいところ、わざわざアルバイトを抜けてもらって来てもらったんだよ」

山田吾郎?知らないけど。それに、わざわざ来てもらった訳は?そんなに忙しいのに、どうしてアルバイト中なの?

堀田さんは説明不足な紹介を完璧な標準語ですませると、まるでそれが人命にかかわるものであるかのように、急ぎ僕の分の飲み物を買いに席を立ってしまった。今日は年長者らしくちゃんとオゴってくれるつもりなのか。もしかして、その代金にたいしても、あとで取り立ての電話がかかってきたりして。

それはそれとして、初対面の女性と、それも得体の知れない眼光鋭いメイド女子と二人切りで向かいあうことになってしまい、本来なら気まずい空気でも流れそうなところだったけど、僕的には珍しく、そんな感じはまったくしなかった。それは、山田風子ちゃんなる女子大生が、人当たりがよくて、初対面の人間になんら緊張感を感じさせないフレンドリーな人だったからという意味合いではもちろんなく、むしろ事態はその逆で、初対面であるにもかかわらず、僕を「くん」付けで呼び、おまけに謂われのない借金をわざわざ返しにきたのに、それが呪われていると宣う女の子に、僕は気を使う必要性なんてまったく感じなかったのだ。


よほど込み入った事情があるのか、堀田さんが席をたつと、風子ちゃんはメールのやりとりをふたたび開始した。目の前のゲストには目もくれず。

こういうのが最近の学生に多いパターン。よく言えばマイペース。ふつうに言って自己中。僕らゆとり世代の特徴だ。

すると、ゲストの心のクレームが聞こえたのか、風子ちゃんは視線の先はなおも携帯画面にむけたまま、僕に言葉だけをかけてきた。

「気にしないでね、金田くん。私、携帯で小説書いちゃうタイプだから。〆切が近くてあせってるとこ」

それは無理な話。そんな格好して、気にするなというのは。これから面接にむかう輩にむかって、呪われてると言っておきながら。ここはゆとり世代の一員として、たとえ携帯画面に表示されているものが、絵文字だらけのデコメールでなく、世界の未来を予言するような革命的文学作品であったとしても、言いたいことは言わせてもらおう。

でも、まずは世間的な挨拶から。とりあえず携帯ストラップとデビュー作の話題はパス。

よくよく見て見てみれば、それは十二支のストラップだった。つまり、彼女の携帯には十二個もの軽めの重りがついているわけだ。

自分の干支だったらわかるけど、十二支全部付けることになにか意味でもあるのだろうか。たぶんないだろう。だって、十二支以前にストラップというものそれ自体にたいして意味なんてないんだから。

「アルバイトって、もしかしてメイドカフェ?」

「うん。そうよ」

「それ店の制服?」

「うん。店長のモットーがね、東京を秋葉原化することなの。だから今もちゃんと時給が発生してるわけ。この格好で外歩いてると宣伝になるじゃない?少なくともメイド文化の宣伝には」

敵もさるもの。風子ちゃんはこれらの会話を、携帯画面から目をそらすことなく平然とこなした。しかもその親指は休むことなくキーボードをピッチしている。もしかしたら十二支ストラップにだってちゃんとした理由があるのかもしれない。僕には計り知れないなにか文学的な意味合いがあるのかもしれない。彼女が書いている小説と関係があるのかもしれない。

でも、僕が知りたいのは、世界の未来ではなくて、あくまで今日の個人的な出来事なのだ。


「で、そのメイドカフェって、悪魔払いとかする種類のお店?アルバイトの子は、みんな霊媒師?」

風子ちゃんは唇の両端をあげてようやく僕を見た。そうすると少し可愛らしく見えた。これぐらいのことを言わないと、冗談も認めてもらえない感じ

だ。

「霊感が強いのは私だけ。そういう店には、霊感の強いお客さんってまず来ないの。それが私がメイドカフェでバイトしてる理由。霊感の強い人って、世間が思っている以上に多勢いるし、そういう者同士が顔を向きあわせるのって、けっこうキツイものがあるの」

「お互いの財布の中身がわかっちゃうから?」

「財布の中身だってわかるし、背後に女性の守護霊が憑いてることだってわかるわよ、御主人様」

風子ちゃんは僕にむかって見方によってはキュートともとれるアイコンタクトをしながらそう言った。当然、僕は内心ドキッとしたけど、昼間の堀田さんが関西弁をひた隠しにしているように、それはおもてにださないようにした。努めて平静を装って僕は言った。

「それ、たぶん守護霊じゃないよ。彼女ならまだ生きてるから」

「知ってるの?彼女のこと」

「うん。彼女、元気にしてるかな」

「そうね....元気なんじゃない。一応自分の脚で立ってるから」

「立ってるんだ。それは意外」

初対面であるにもかかわらず、いや初対面であるからこそ、共通の話題があるというのはいいことだ。たとえそれが僕にとり憑いているなにかしらであったとしても。呪われているらしい僕の持ち合わせだとしても。

「ところで、呪われたお金の使い道はどうすればいいのかな」

「ホームレスのオジサンにあげたら。いいにしろ悪いにしろ、少なくも、あの人たちには変化が必要だと思うから」

僕には風子ちゃんの言ったことが冗談なのか本気なのかわからなかった。

紙カップを手にした堀田さんがようやく席にもどってきた。


「風ちゃんは霊感の強い子なんだ。昨日、金田くんの携帯に電話したあと、彼女がマンションにやってきて、危ないところを助けてもらったんだよ」

「私って、自分の知り合いが霊にとり憑かれると、必ずその人の夢をみるの。その人が夢にでてきて、霊に痛めつけられてるの」

「へー」と言ったのは僕で、「でも、君と僕とは、今日はじめて会ったわけだけど」

メイド風子ちゃんは不思議そうに僕を見た。堀田さんが席にもどっても、いつでも現代のパピルスに予言を書きだせる体勢をとっていた。

「夢にでてきたのは堀田さんよ。私、堀田さんが大阪かどこかの舞台ホールみたいなとこで、大阪弁の漫才師と漫才をしてる夢をみたの」

風子ちゃんは人の鼻先をナメるみたいにチョコレートパフェを舌ですくった。

「私、お笑い好きだからそれでよかったんだけど、問題なのは、ボケ担当の堀田さんが上手に大阪弁をしゃべれないってこと。大阪弁のボケを噛むたびに、相方の漫才師から殴る蹴るのツッコミを入れられちゃうの。でも、それが会場のお客さんたちには大ウケで。私、あんまり堀田さんが可哀相で、それで目が覚めて、急いでウチをでてタクシーに飛び乗ったの。あの漫才師がただの漫才師じゃなくて、悪霊だっていうことが私にはすぐにわかったから」

僕は風子ちゃんが夢でみた堀田さんの晴れ舞台を頭の中で想像してみた。それは意外と簡単にできた。もともとが大学教授には見えない人なのだ。


「マンションのインターホン鳴らしてでてきたのは、堀田さんじゃなくて漫才師のほうだった。薄気味悪かったけど部屋にあがったら、堀田さん、死にそうな顔してソファーに腰掛けてたわ」

「すっかり自己嫌悪に陥ってたんだ。金田くんに電話したあとだったからね。よりによって、漫才師の霊だなんて。最悪だよ」

「なかなか堂に入ってましたけど」

「いやゴメン。昨夜のことは謝るよ。でも正直、どんな内容の話をしたかまでは覚えていないんだ。たしか三千円を返してくれ、みたいなことは言ったような気がするんだけど」

「『耳そろえて返してくれへんか』て言ってましたよ」

「やっぱり。ほんとゴメン」

「でもね、堀田さんは自分の意志とは無関係に、霊に言わされてただけなの。だから、金田くんも悪く思わないで」

風子ちゃんはそうフォローを入れたけど、僕にしてみれば、それはほとんどフォローになっていなかった。

だって霊なんかより、二重人格のほうがよっぽど現実的な考え方だし、もしもそれが問題の根幹であったなら、堀田さんが電話で僕に言ったことは、ある意味すべて彼の本心になりうるのだ。最後に僕にむかって吐いた致命的な言葉さえ。

それに、二重人格者という考え方なら、堀田さんがこれまで関西弁を一切しゃべろうとしなかった理由も説明できる。おもての顔の堀田さんは、浪花の取り立て屋めいた裏の顔を無意識のうちに否定しつづけてきたはずだから。

「前から不思議に思ってたんですけど、堀田さんって、関西出身ですよね?どうしてふだん一言も関西弁話さないんですか?」

僕は自説の確証を得るためにたずねた。でも、また余計なことを口走っただけみたいだった。風子ちゃんも不思議そうに堀田さんの顔を見た。堀田さんはバツが悪そうにこぼした。

「それについては追って話しするよ。今はとりあえず先を急ごう」


風子ちゃんは話をつづけた。

「たぶんあの漫才師、堀田さんに漫才の手本でもみせてたんだわ。そこにお客がきたもんだから、喜んじゃって。一人でボケて一人でツッコんで。舞台と同じピカピカに光ったスパンコールのダッサいスーツ着て。私たちの前で悲しいぐらい昭和丸だしの漫才をはじめたの」

「僕にはそのときの記憶もまったくないんだ」

「堀田さんは魂の抜け殻みたいに座ったまま動かなかった。私、なんだか漫才師と二人切りで世界にとり残されちゃったような気がしてきて、普通の世界をとりもどすには、とにかくあの一人漫才を止めるしかないと思ったから、『もうヤメてくれない?ぜんぜんオモシロくないから』って言ってやったの。霊にはなにより霊自身がイヤがりそうなことを言ってやるのが一番効くみたい。生きてた時代のコンプレックスとかね」

「一種の特殊能力だよ。風子ちゃんには霊がイヤがることがわかるんだ。言葉による一人ゴーストバスターズとでも形容したらいいかな」

「霊って、ドラマとか映画の中では、すごくグロテスクに描かれてるけど、実際の霊は、赤ちゃんの肌みたいに敏感なの。だって、彼らには肉体がなくて、常に魂が剥きだし状態なんだもん。群集の中に一人で裸でいるみたいなもん」

「だから霊を退治するのに剣や銃は無用なんだ。彼らに有効なのは直接心に響くものでしかない。つまりそれが言葉であるわけ」

自分ではなにもしていない堀田さんが、偉そうに言った。


僕はふとメイド風子ちゃんが携帯で書いているミステリー小説のことを考えた。それはすごく面白いか、すごくつまらないか、どちらかのような気がした。そして物語にでてくる登場人物たちは、これは間違いなく一人残らずなにかにとり憑かれているか、なにかに呪われているのだ。彼女にしてみれば、僕たちみたいな輩はいいお得意さんなわけだ。

風子ちゃんは呪いの国のコケティッシュなお姫様みたいに、呪われたしもべたちに語って聞かせた。

「緊張してる人と話してると、相手の緊張がこっちにも伝わってくることあるでしょ?それと似たような感じだと思う。私には霊がすっごく気にしてることが、お願いだからそれだけは言わないでってことが、あの人たちの様子からなんとなく伝わってくるの」

それは特殊能力というより、性格が悪いってことなんじゃないだろうか。もの凄く。ドSとか。クラスにたいてい一人はいる、アダ名をつけるのが異常に上手いヤツとか。

でも、もしかしたらそれは物書きになるための重要な資質なのかもしれない。たいていの作家は性格が悪いらしいから。

だとしたら、風子ちゃんは素質十分というわけだ。ちょっと悔しいけど。

未来のアガサ・クリスティは話をつづけた。


「その昭和漫才師、キョトンとした目で私のことを見たわ。焼き魚みたいな目だった。たぶん、そのマヌケ面が生涯唯一まともな芸だったんじゃないかしら。でも私、その顔でピンときたの。昔この人のコントだか漫才だかを、テレビで観たことがあるって。そのときもオモシロくなかったけど、やっぱり死んで霊になってもぜんぜんオモシロくなかった。だから、ほんと早く成仏したほうが本人のためだと思って、『あなたの漫才ぜんぜんオモシロくない。笑えないの。もう死んでるんだからさ、いまさら生き恥さらさなくてもいいんじゃない?』って言ってやったの。そしたら漫才師、『なんやと、ネエチャン。もういっぺん言うてみい』って凄んだから、私、ホント頭にきちゃって、『オモシロくないって言ってんだよ、このKYジジイ!』って怒鳴ってやったの。そしたら....」

風子ちゃんの表情が曇り、流暢だった言葉が途切れた。いったい、漫才師の霊はなにをやらかしたのか。今度は僕と堀田さんが顔を見合わせることになった。

奥歯を擦り合わせるかのように、風子ちゃんはやっとしゃべりはじめた。


「そしたら、あのクソ漫才師、唐突に私の前で衣装を脱ぎはじめたの。馴染みの銭湯にきたみたいに。それもヘンな調子の鼻歌まじりで。『フーフー、フーフー』って。スパンコールの上着を脱いで、シャツのボタンを一つずつはずして。一枚一枚、丁寧に折りたたんで床の上に重ねていくの。そしてまた『フーフー、フーフー』って。なんかお座敷の余興みたいに、私の目の前で踊りながら脱ぎつづけるの」

「ほんと、我ながら最悪な霊にとり憑かれたもんだよ。恥ずかしいよ」

たしかに堀田さんにとって、それは終始最悪の出来事だったかもしれない。でも話に耳をかたむけながら、僕は彼とはべつのことを考えはじめていた。

それは僕自身の悪夢について。そして、風子ちゃんがつぎに口にした言葉が、その悪夢の扉を開く呪文になった。

「でもね、そのとき私ふと思ったの。いったい、この漫才師のオジサンの行動には、どんな意味があるんだろうって。霊には、その霊が生きていたころによくしていた行為を反復するという特徴があるし、人間の行動にも必ず意味がある。だとすると、あの漫才師のバカげた行動にだってちゃんと意味があるわけ。もしかしたら、堀田さんに霊がとり憑いた理由もそのへんに隠されてるかもしれないと思って、私、つぶさに漫才師の行動を観察したわ。そしたら私、一つあることに気がついたの。オジサンが口ずさんでる鼻歌、どこかで聞いたことがあるってね」

風子ちゃんはそこまで言うと、つづきはCMのあと、みたいに席を立っていった。


学食の中がざわめきだした。そろそろ午後の講義がはじまる時間なのだ。ほどなく学生たちの集団移動が開始された。

僕もいいかげん席を立たないと、電車の乗り換えだってあるし、面接の時間に間に合わない可能性がでてくる。でも、借りた金を返すという、ここにきた本来の目的はまだ遂げていなかった。もっとも、おもての自分をとりもどした堀田さんには、もはやその必要はないかもしれない。それに、僕の財布の中の野口英世博士はすっかり呪われてしまっているという話だし。

「堀田さん、午後の講義はいいんですか?」

「それはいいんだ」

メイド嬢が留守の間に僕はたずねた。返ってきた答えには二通りの相反する解釈が可能だった。「午後は講義がないからいいんだ」なのか、「午後に講義はあるけど、そんなのどうだっていいんだ」なのか。僕にはどうも後者のような気がしてならなかった。

どちらにしても、僕がそんな質問を投げかけたのは、べつに臨時雇いとしての堀田さんの勤務評価を心配したわけではなくて、無論のこと、自分の去り際を模索してのことだった。でも、僕のチャレンジはあえなく失敗した。

あらたなデザートを手にした風子ちゃんが、席にもどってきた。話はこれからが佳境なのだ。

このあと僕が興奮して席を立ち、午後の空きはじめた学食で、裏の堀田さんみたいな状態に陥ったのは、風子ちゃんが、たぶん二個目のデザートを舌ですくってから、まだ五分と経っていないときだった。


「そんなことあるわけない!」

関西弁と標準語との違いはあるにせよ、非常勤助教授よろしく豹変した僕は、声を荒げて席を立った。もしかしたらテーブルをバンと一度ぐらい叩いたかもしれない。講義がはじまっても学食にたむろする暇そうな学生たちが何事かと振り返る。でも、一度火がついた僕のハートは、これしきの周囲の視線ではビクともしない....はずだったのだけど、まるで大人のケンカを眺める子供みたいな堀田さんと風子ちゃんの表情に気がついたとき、僕のハートはつまずき、あげくバケツの水にさした花火みたいにブスブスとなった。

ただ、僕としても決して二人の純真な表情に心打たれたというわけではなかったし、そもそも文学繋がりか、あるいは良く言って霊繋がりの三人が、子供みたいに純真であるはずもなかった。

そうではなくて、想像上のバケツの水をかぶって頭も冷えたところで、これまでの経緯をコンマ何秒かのうちに振りかえったのち、ようやくある事実を悟ったという次第なのだ。

つまり、僕はまんまと二人にハメられていたのだ、と。


それはハードロックカフェな堀田さんにとってチャンス問題になるはずだった。たとえ超ウルトライントロだって即答できたに違いない。でも実際には、堀田さんは問題をだされる以前から答えを知っていたわけだ。なぜなら、彼と風子ちゃんとはここへ来るより先に事の顛末について十分に話しあってきたはずだから。そうでなければ、風子ちゃんがここにいるはずがない。

「それって、ローリングストーンズの『悪魔を憐れむ歌』じゃないかな」

当然正解。それが例の漫才師がストリップがてら口ずさんでいたという、風子ちゃんが聴いたことがあるという、「フーフー」な歌の曲名だった。回答者はもちろん我らが堀田さん。

「そう、それ。『悪魔を憐れむ歌』」

パフェをペロリと舌でなめ、風子ちゃんはそう言ってチラリと僕を見た。いや、もしかしたら、僕の背後にいるという守護霊モドキを見ていたのかもしれない。

どちらにしても、それは僕にとって、点と点が結ばれた瞬間だった。東京の大学構内にある学生食堂と、遠く離れた川ノ崎のコンビニエンスストアとが、見事に一本の線でつながった瞬間だった。『ハリー・ポッター』の作者なら、この状況を「まさに音楽、それが魔法なのです」と書き記したかもしれない。ストーンズファンなら逆に怒り心頭で、ページを黒く塗りつぶしたかもしれない。

僕はといえば、心情的には後者に近い。なにしろテーブルを叩いて席から立ちあがったぐらいだから。だって、アーティストの創作がいちいち本当の話になってたら、世紀魔Ⅱのデーモン小暮は本当に23000歳ということになってしまうではないか。


「まあ、座れよ、金田くん」

「そうよ。座ったほうがいいわ」

興奮が冷めた僕は言われるがままにそうした。でも、二人の猿芝居につき合ったわけではない。二人に悪気はなかったということはわかっているけど。

「金田くん、『悪魔を憐れむ歌』になにか心当たりでもあるの?」

「いや、べつに」

風子ちゃんの執拗な質問に僕はあくまでシラを切った。本当は心当たりアリアリだったし、二人だってそのことはすでに感づいていたはずだ。

それからの話は、だいたいが予想どおりにすすんだ。ストリップショーの漫才師はついにブリーフパンツ一枚になると、風子ちゃんの前に正座し、カンネンしたかのように深々と頭を下げ詫びをいれたそうだ。そして、事の真相を語りだした。自分が『悪魔を憐れむ歌』の悪魔に命令されて動いていたこと。その悪魔が金田マサルという名の男子学生に呪いをかけようとしていること、などなど。そして、折り畳んだ服を脇にかかえると、もう一度こうべを垂れ、ブリーフ姿のままどこへともなく消えたらしい。


どうも僕は本当に呪われているようだ。それにしても、漫才師というのはもともと喋るのが仕事だから口が軽いのは致し方ないとしても、堀田さんではないけれど、どうしてよりによって漫才師だったのか。

いや、もしかしたら、これが中尾悪魔の考えた策略なのかもしれない。徐々に徐々に僕を孤立させること。ガールフレンドのつぎは大学の恩師。僕に近い人間が一人一人、僕から離れてゆく。しまいに僕は孤独に耐えきれなくなって、コンビニ店長の名刺を手に故郷の土を踏む。でもそこには、当然ここよりさらに強力な罠が仕掛けられているといった案配だ。

堀田さんと風子ちゃんは、あきらかに最初に会ったときより厳しい目で僕を見ていた。最初、被害者だった僕は、もはや容疑者の立場にいるのだ。

「これで私たちの知ってることは全部話したから、今度は金田くんが話す番じゃない?」

はやくも二個目のスイーツを平らげた風子ちゃんはつづけた。

「まずは、金田くんのうしろに立ってる守護霊みたいな女性について。さっき、彼女のこと知ってるような口ぶりだったけど。私、彼女から強い引力を感じるの。それもなんだかすごくローカルでコンビニな引力」


「コンビニな引力?」

僕は聞いた。

「うん。だって、その女の人、コンビニの前に立ってるんだもん。なんか夜になったらヤンキーがたむろしてそうな地方のコンビニ。彼女、誰なの?金田くん、知ってるんでしょ」

「知ってるよ。でも、言えない。彼女のプライバシーに関わることだから」

ここら辺が潮時だ。僕は真鍋さんのことはもとより、コンビニ店長も、いいや川ノ崎の街が含むすべてを、ほかの人にしゃべるつもりはなかった。僕は最後までしまっておいたとっておきの爆弾をなげることにした。

「その代わりにべつの情報を提供するよ。じつは関西弁の霊は、その漫才師だけじゃないんだ。下宿をでてから、学食にくるまでに、僕は関西弁霊にとり憑かれたと思わしき三人の人間と出会った。そして見事に、三人から関西弁で怒鳴られた。それが、僕が約束の時間に遅れた理由。だから、堀田さんもまだ気を抜かないほうがいいと思いますよ。いつまたとり憑かれるかわからないから」

僕の言葉による爆弾は堀田さんを直撃したようだった。目をやると、堀田さんは口をあんぐりと開け、魂のぬけがらみたいな顔をしていた。たぶん、風子ちゃんがマンションで見たのと同じ顔。

僕は「面接にいかなきゃいけないから」と言って、ようやく席をたった。一人の女性とおまけにコンビニが張り付いているという僕の背に、風子ちゃんの声がとどいた。

「金田くん、あなた人の心配してる場合じゃないでしょうに!」

たしかに。


結局、面接にはいかなかった。なんだかイヤな予感がしたのだ。それも身の危険を感じるほどの。やはり、コンビニ店長が書いていたように、しばらく部屋でじっとしているのが得策かもしれない。エアコンとパソコンが故障中ではあっても、冷えた水ようかんぐらいはあるし。

イヤな予感ははやくも的中した。帰りの道中、僕はいたるところで敵意ある視線を肌に感じた。いつもの大学通りがヤクザな繁華街に見え、馴染みの喫茶店がぼったくりバーに見えた。

駅に着けば、反対側のプラットホームに立っているメタボリック気味のサラリーマンが、黒縁メガネの奥くから僕を見つめ、なにやらブツブツつぶやいている。耳にはとどかないけれど、十中八九それは関西弁であるのに違いない。丸い顔が徐々に赤く紅潮してゆく様が見てとれる。まるで自分でつぶやいた言葉に怒っているかのようだ。

ついには怒りが頂点に達したか、メタボサラリーマンは僕にむかって反対側のホームで叫びだした。なんだか、溜め込んだ仕事上のストレスが一気に吹きだしたみたいな。まったく、そういうのは上司か取引先にやってほしい。

「コラー、そこのボンクラ学生!そこで待っとけ!いてコマシたるー!」

サラリーマンは階段めがけて走りはじめた。こっちのホームにわたってくるつもりらしい。ホームに電車が入ってきた。これ以上ないタイミングで。


僕は本当に守られているのかもしれない。いいや、まさか。

飛び乗った電車のドアから、黒縁メガネをずり落としながら階段を駆け下りてくるサラリーマンの姿が見えた。間一髪で電車の扉が閉まった。

「ま、ま、待たんかい!社会人ナメんなよ!」

叫びながら、しばし電車と併走するメタボ。その腹が苦しそうにタプタプと揺れていた。まさに九死に一生だった。でも、どうして僕が学生だとわかったのだろうか。

「外へでれば男には七人の敵がいる」とは言うけれど、このままのペースでいくと、僕にはそんなものでは収まり切らないみたいだった。車内を見渡せば、乗客には外回りのサラリーマンが、言ってみれば関西弁予備軍の集団が、チラホラまじっている。サラリーマンだけではない。制服姿の高校生だって十分アブナい。なにしろこの日、僕を朝一番に関西弁で恫喝してきたのは、まだランドセルを背負った小学生の男の子だった。男の子は、通りですれ違いざま顔をあげ、まだ声変わり前の黄色い声で言ったのだ。

「コラ、兄ちゃん、なにメンチ切っとんねん!小学生にケンカ売るヒマあったらな、とっとと就職先決めて、お国のために働かんかい、このどアホ!」

もちろん僕は小学生相手にメンチは切っていない。


それでも、まだ相手が子供なら少しは可愛げもある。ある意味、刺激的な励ましともうけとれる。しかし、これが大人相手だと話はまったく違ってくる。

やんちゃな男の子と別れたあと、履歴書用の封筒を買うために立ち寄ったコンビニで、僕は店長らしき男に腕を掴まれこう言われた。

「学生はん、万引きは立派な犯罪でっせ。一緒に交番いきましょか」

「なにも盗ってないよ」

僕は手にした封筒をみせてマトモにこたえた。でも、それは間違えだった。やっぱり、僕はコンビニ店長という人たちとはどうもウマが合わない。浪花生まれの岡っ引きめいた店長は、手に一段と力をこめた。

「みんな、そう言うんや。就職活動中のとこすまんけどな、あんたの夏はこれでおしまいや。お疲れさん。さ、いこか」

東京で関西弁を使うコンビニ店長はいるかもしれない。万引きの冤罪だってタマには起こるだろう。でも、僕が就職活動中の学生であることを知るコンビニ店長はまずいない。少なくとも川ノ崎以外には。

僕は店長の手を振り払い、封筒の束をフリスビーみたいに投げた。それはクルクル回りながら店内を旋回して、狙っていたわけではないけど、ちょうどカウンターに設けられた『おでんコーナー』のスープの中にボチャッと落ちた。

「うおーッ!ワイのおでん!ワイが手塩にかけたおでんがー!」

それは、こだわり店長のこだわり風おでんだったのか。あまりのショックに、こだわり店長は男のこだわり的な雄叫びをあげ、僕の存在を一瞬忘れたみたいだった。自動ドアから客が入ってくる。この好機を見逃す手はない。


万引きの濡れ衣を着せられた僕は、まるでコンビニ強盗になったみたいに店の外へと飛びだした。路地からでてきたタクシーが急ブレーキで目前に止まる。血相をかえたタクシードライバーがドアから顔をだした。

「どこに目つけとんじゃ、ボケ!ひき殺されたいんかい!」

背後からコンビニ店長の声が響く。

「運転手はん、そいつ捕まえてくれ!おでん泥棒や!」

「なんやと、ホンマか!」

いつの間にか、おでん泥棒にされてた僕は、ボンネットをかけのぼってジャンプし、とにかく走りつづけた。


今ごろ窃盗および器物破損の容疑者として、僕は指名手配されているかもしれない。でも、コンビニの防犯カメラに残された映像は、逆に僕の無実を証明してくれることだろう。

そんなことを考えながら、コンビニ以上に危険きわまりない密室状態の電車に乗り合わせた僕は、朝からつづく一連の災難を思いおこし、ようやくある統計的な事実を発見した。

それはつまり、小学生をふくめて、これまで遭遇した関西弁霊にとり憑かれた人たちが、すべて男だということ。しかしそうなると、中尾悪魔はどうして女である真鍋さんにとり憑いたのかという疑問がのこるけど、それはこの際問題外。とりあえず僕は車両の移動を開始した。誰とも目が合わないようにうつむきながら。


僕が目指したのはJRの桜の園。男どものいない世界。先頭にある女性専用車両だった。それはたしか、通勤時間限定のサービスだったような気もしたけど、ワラにでもすがりたい僕は、とにかく先頭車両めざしてイバラの道を歩みつづけた。

記憶違いだったか、JRの桜の園は日中でもちゃんと存在した。ということは、同時に男である僕がそこにいてはいけないことにもなるのだけど、緊急時なのでそれは大目にみてもらうことにした。

もっとも、車両の女性客たちは、僕の存在などハナから気にしてないようではあった。スーツ姿の僕が足を踏み入れても、誰一人顔もあげなかった。もしかしたら、僕にはもとから男としての存在感がちょっと希薄なのかもしれない。一人ぐらいは気がついて顔をあげてもよさそうなものだけど。

どちらにしても、これ幸い。僕は亀のように小さくなって、隅の席でじっとしていることにした。

しかし、よくよく考えてみれば、この桜の園状態は必ずしも都合のいいことばかりではなかった。僕はシートに腰を落ち着けてからそのことに気がついた。

たとえば、次の駅で関西弁霊にとり憑かれた男がこの車両に乗り込んできたらどうなるか。これまでのケースを考慮すれば、僕が女性たちの前で見知らぬ男から関西弁で怒鳴られることになるのは目に見えている。そんなの僕だってイヤだけど、偶然居合わせてしまった女性たちにとっても迷惑な話だ。

こうしてはいられない。僕は臨戦態勢を復活させることにした。気を抜いてる場合ではない。ドア越しに立って、プラットホームの容疑者が車両に足を踏み入れそうになるのを発見したときには、すぐさまホームに飛び降りるのだ。


せっかく気を張って臨戦態勢はとったものの、実際に僕が次にプラットホームに足をおろしたのは、地元の阿佐ヶ谷駅だった。つまり、容疑者は最後まであらわれなかったのだ。女性専用車両に乗り込んできたのは、本当に女性だけだった。

さすがは日本人。生真面目な国民性の賜物か。

いや、そんなことはない。これは国民性でも、ただの偶然の結果でもないのだ。僕はなんだか世間から過大評価されているルーキーみたいに、大勢の女性に見送られながら、逃げるようにプラットホームにおりた。

下宿先にもどって卒業制作にとりかかろうとしても、我がパソコンは相変わらずウンともスンとも言わず、エアコンも右へならえの状態で、仕方なく僕は換気扇を回して部屋の窓を全開にし、久しぶりにケリー・リンクの短編集を手にとった。

でも、一行もまともに読めなかった。とてもじゃないけど読めた代物ではなかった。無論、ケリー・リンクの文章が悪いわけじゃない。そんなことがあるはずがない。彼女こそ小説界のファンタジスタなのだから。


記念すべきケリー・リンクのデビュー作『スペシャリストの帽子』が、『スペシャリストの帽子やねん』になっていた。ハードカバーの『マジック・フォー・ビギナーズ』が、『マジック・フォー・ビギナーズ、それってなんなん』になっていた。二冊の短編集に収められたすべての作品は、どれもご丁寧にタイトルから登場人物のセリフまで、すべてが適当な関西弁に書きかえられていた。いやこの場合、関西弁に翻訳されていたというべきか。

いずれにしても、ケリー・リンクはアメリカの作家であって、難波とか、岸和田出身の女流作家ではない。当たり前だ。これは、関西弁霊がついに活字の世界にまで侵攻してきたということなのだ。

僕は手当たり次第、棚にならんだ本や雑誌を引きぬいてみた。漱石の『それから』が、『それからでんな』になっていた。ヘミングウェイの『日はまた昇る』が、『日はまた昇る、それがどないしたん』になっていた。F・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』にいたっては、『ほんまアンドロイドは電気羊の夢みるんかっちゃう話や』になっていた。

僕の本棚は、ほぼ壊滅的な打撃をうけていた。唯一無傷でのこったのは、松本人志の『シネマ坊主』だけかと思われた。


心の広い読書家なら逆に面白そうだと、関西弁バージョンの漱石やヘミングウェイにトライしていたかもしれない。でも、今の僕にはそんな精神的余裕はなかった。堀田さんじゃないけれど、僕も関西弁アレルギーを発症しつつあった。もう関西弁だけにかぎらず、関西に関連するあらゆることに触れたくないのだ。

僕はコーヒーを沸かし、棚からセロニアス・モンクのCDを選んでデッキに入れた。ピアノトリオの演奏ならまず間違いなく関西弁はでてこないだろうと考えたからだけど、でも、そんなふうに考えてしまうこと自体、悪魔の術中にはまっている証拠なのかもしれない。


コンビニ店長の手紙を読んだときには、悪魔の呪いというから、それこそ僕が思い浮かべたのは、ハリウッド的なドラマチックな展開だった。白昼の街が暗雲に包まれて、次々と僕めがけて落雷が堕ちてきたり、地面が突然裂けて、そこから得体の知れない化け物があらわれ、奈落の底へと引きずり込まれたり。あるいは、子供向けのファンタジーみたいに、子ブタに変身させられたり。だから、逆にそんな夢みたいなことが現実におこるはずがないと、タカをくくることもできた。

でも、それがまさかこんな地味で、ある意味ベタな呪いでくるとは。

いや、もしかしたら、本来の状況はもっと悲惨なことになっていたのかもしれない。堀田さんは僕が三千円の借りを忘れていたことに腹を立て、卒業制作に赤点をつけていたかもしれない。小学生の男の子はヤンキー高校生だったかもしれないし、万引きの罪で警察に誤認逮捕されたあと、タクシーにひかれていたかもしれない。

どんな可能性だってある。風子ちゃんが言っていたことが真実ならば。僕が真鍋さんに守られていなければ。


しかし、それが僕には一番信じられなかった。あの真鍋さんが僕を守ってくれているなんて。それなら、まだ悪魔にとり憑かれた件のほうが真実味がある。実際、彼女にはそれを匂わせる生真面目すぎる一面があったし。むしろ守るよりは、二人の別れ方からして、呪うべき立場にいる人なのだ。

けれど、三年という年月が彼女の心を癒やし、頑なな意志を和らげたのかもしれない。それでコンビニ店長と付き合っているのかもしれない。

そんなふうに考えでもしなければ、あまりにも都合のいい偶然が重なり過ぎた。怒り狂ったメタボサラリーマンが階段をわたってきたとき、計ったかのように電車がホームに入ってきたこと。封筒がちょうどおでんのスープに落ち、既定の時間帯でないにもかかわらず、電車には女性専用車両があって、最後までそこに男性客が一人も乗車してこなかったこと。

なにかしらの力が働いていないかぎり、こと僕の人生にかぎってこんな連続した幸運は起こりえない。

ただ、もしもこの幸運が真鍋さんのお陰だったとしたなら、そもそも関西弁霊にしても本来悪魔が意図したものとは異なった形になっている可能性がある。中尾悪魔は言葉などではなく、もっと暴力的な呪いをかけていたのではないか。それが、呪いの対象である僕に真鍋さんの力が働いているため、関西弁霊という形に弱体化されているだけなのだ。

しかし、どうして関西弁だったのだろう。風子ちゃんみたいに、真鍋さんもお笑い好きなのだろうか。


いずれにしても部屋に引きこもっている場合ではない。このままでは就職浪人まっしぐらだし、なにより僕には真鍋ミユキさんという強い味方がついているわけだから。

それに関西弁霊にしたところで、とり憑いているほうも、とり憑かれてているほうも、ごくごく普通の人間みたいだし、べつに恐れる必要なんかない。怒鳴られたら怒鳴りかえしてやればいいだけだ。周囲の目なんか気にしなければいいのだ。気にするけど。

とりあえず僕は気分転換のためにシャワーを浴びることにした。

それから約5分後、僕は素っ裸のまま、じっとシャワーの小さな穴々と無言の会話をしていた。蛇口をひねっても、お湯も水もでなかったのだ。僕はシャワーを浴びることはできず、よって気分転換もできなかった。

水道料金はちゃんと納めている。ならば、これも呪いのなせる業か。なんてセコい悪魔なのだろう。

いや、違う。そうではないのだ。もしかしたら、僕が蛇口をひねった瞬間、そこからは熱湯が勢いよくでて、僕は大火傷を負っていたのかもしれないのだ。

いいや、間違いなくそうなっていただろう。真鍋さんがついていてくれなければ。


中央線沿いの雑多な夜風が、まるで春の潮風のように心地よかった。自宅でのシャワーをあきらめた僕は、夕飯の弁当を買いにいく途中、近所のコインシャワーでそれをすませた。

コインシャワーにはシーズンオフのホテルみたいに人影はなく、弁当屋は女性スタッフだけだった。

怒鳴られたら怒鳴りかえせばいいとはいっても、やはり無駄な争いは避けたほうがいいに決まってる。このまま上手く運べば、僕のモラトリアム生活はどうにか成立していきそうな感じだった。

でも、百戦錬磨の悪魔がそう簡単に引き下がるはずがない。僕の淡い期待は、弁当片手に下宿先にもどったとき、はやくも木っ端微塵に砕け散ることとなった。

「コラー、金田!どこほっつき歩いとんじゃ!今何時や思うとんねん!人を待たせやがって、このゴロツキが!」

背筋がゾッとした。斧を手にした『シャイニング』のJ・ニコルソンと道端でバッタリ出くわしたような気分だった。潮風めいていた夜風は 、男の怒鳴り声に一気に浪花の嵐になりそうな気配をみせはじめていた。僕を待っていた輩は、きっと自らの怒りによる発熱と、湿った空気の影響で、黒縁メガネのレンズをどんよりと曇らせていた。昼間のメタボサラリーマンが下宿前の街灯の下に立っていた。


「どうしてここがわかったんかっちゅう顔やな、金田。社会人ナメんな言うたろうが。冥土の土産に教えたるわ。これや、コレ」

メタボはネクタイをゆるめ、その手を鞄の中に入れた。まさか本当に斧でもとりだすつもりなのか。それはマズい。こっちの手持ちは唐揚げ弁当だけなのだ。勝ち目はない。

「本名、金田マサル!生年月日、平成元年8月6日!住所、東京都杉並区阿佐ヶ谷....」

まるで卒業式の校長みたいに、メタボサラリーマンは家々の窓明かりにむかって読み上げた。奴が鞄にしのばせていたのは斧ではなかったけど、個人的にはそれに匹敵するほど厄介な代物だった。

どうして奴が僕の履歴書を持っているのか。思い当たるのは今日、キャンセルした会社の面接官だった。でも、僕がメタボと遭遇したのは大学の最寄り駅。面接会場が駅のプラットホームであるはずがない。


「学歴!平成15年川ノ崎市立川ノ崎中学校卒業!平成18年神奈川県立川ノ崎高校卒業!同年野中大学文学部入学!大したもんやないか、金田!なんで面接来なかったんや、アホンダラ。ま、来ても落としたけどな、ガハハハハ!」

メタボは大声でつづける。

「まーだ、わからんのかいな。ワイはな、お前が今日、面接ドタキャンするかもしれへんちゅう情報をあるお方から入手して、先回りして駅で待っとんたんや。そしたらお前、案の定、面接会場とは逆方向のホームにおったやないか。ワイはホンマ目疑ったで。そんなんで、この就職氷河期生き残れる思うとるんか。今日はな、そのお前の腐り切った根性、ワイが叩きなおしたるやさかい。まあ、まずは詫びの印に、部屋あがって茶でもいれろや」

たしかにメタボの言うことにも一理はあった。だからといって、茶をだす気にはまったくなれない。

しかし困った。下宿先にまで押しかけてくるとは思わなかった。この状況では、いくら怒鳴り返したとしても、肝心の逃げ道がない。

こうなると、それこそ風子ちゃんみたいに関西弁霊を一撃のもとに退治できる必殺仕事人的な言葉が必要になってくる。でも、そもそも風子ちゃんみたいには霊が見えない僕に、霊のイヤがる言葉が思い浮かぶはずもなかった。


「どないしたんや、人の顔じっーと見て。つづき読もか?」

メタボ面接官は手にした履歴書をチラツかせた。街灯の下で、僕の半生のごとき紙切れが白く光る。

もちろん僕はメタボの顔など見つめてはいない。その背後にいるはずの関西弁霊を見つけようとしていたのだ。でも、当然そこに人影は見当たらない。結果的に僕はメタボを見ていることになってしまう。またしても、奴の言っていることが正しいことになる。これではあまりにもシャクにさわる。

メタボの背に張りついている霊がはたして生前どんな関西人であったのか僕は知らない。そんな僕にできるベストの選択は、関西人の最大公約数的なモデルをそこに当てはめることだけだった。

そのモデルとは、以前同じクラスだった男子学生なのだけど、彼は人から指をさされることと、同じく「キミ」と呼ばれることをひどく毛嫌いしていた。彼によれば、その二つの行為は関西圏では御法度なのだという。人にあるまじき、畜生にも劣る行為なのだという。死者にムチ打つ行為なのだという。

その元クラスメートが関西人の最大公約数に該当するかどうかわからないけど、僕の関西出身の知り合いは、彼と堀田さんしかいないのだから仕方ない。おそらく、彼のほうが堀田さんよりはだいぶ関西人らしいことは確かだし。とりあえずやってみるしかない。

僕はメタボの顔に標準をさだめ、人差し指を真っ直ぐにむけた。


「なんや、なんの真似や。面接ドタキャンしたくせに逆ギレか。ええ度胸してるやないか」

メタボは僕の人差し指を、まるで剣でも突きつけられたかのようにアゴをだして見据えた。いくらかは動揺しているようだ。元クラスメートの彼が言っていたことは本当だったのか。

僕はファンタジーゲームの主人公みたいに、魔法の剣を手に一歩二歩前に進んだ。黒縁メガネの魔物がそれにあわせて後退した。

「人を指さすな!学校で教わらなかったかんか!」

「教わってないね。すくなくとも関東の学校ではそんなこと教えない」

「なんや!この関東の田舎モンが!」

メタボの慌てぶりからして、これは効果アリと僕は踏んだ。狼狽える魔物に追い討ちをかけるべく、つぎに魔法の呪文を唱えた。

「うるさいだよ、キミは」

「キ、キミ?今、キミって言うたんか。人のことキミ言うたんか」

「ああ言ったよ、キミ。キミさ、とっとと消えろよ。ウザイんだよ」

「人をキミ言うな!人に指さすな!」

ふたたび逆上するメタボ。ここまではよかった。でも、そのあとが悪かった。もしかしたら、僕はクラスメートの発言の主旨を勘違いしていたのかもしれない。関西人を指さし「キミ」と呼ぶ行為は、むしろ米国人相手に中指を立て「ファック」と呼ぶ行為に等しいのではないか。僕の呪文はあっさり解かれ、メタボが闘牛のように突進してきた。

こうなったらヤルしかない。遠い空の下では、真鍋さんが僕のために悪魔と戦っているのだ。それを思えば、腹のでたサラリーマンと格闘するぐらい屁でもない。


「ウギャー!」

むかってきたメタボは胸に手をあて苦しそうに悶絶した。奴は僕の魔法の剣によって切り裂かれ、返り討ちとなったのだ。でも、血は一滴たりとも流れはしない。僕の剣は、さっきまで奴を指さしていた手に手をそえてだけの「エアー剣」だったから。

関西人というのは、相手になにかしらツッコミを入れられると、どうしてもそれにたいしてリアクションをとらずにはおけない人種らしい。べつに通りで乱闘してもよかったのだけど、せっかくのシャワー帰り。暑苦しそうなサラリーマンの体に触れるのは気が引けた。そこで、いつかテレビで観た関西人をテーマにしたバラエティー番組を思いだし、とっさに僕はエアー剣をかざしたのだった。

「コラー、金田!」

メタボは当然すぐに回復し、ふたたび僕にむかってくる。僕はそれを「エイや!」とばかりふたたび切る。

「ウギャー!切られたー!」

メタボのリアクションはこちらの期待以上だった。堀田さんの漫才師にしろ、中尾悪魔の選ぶ関西弁霊はどうしてこうもコテコテなのか。

いいや、そうじゃないのかもしれない。中尾悪魔は本当はパンチパーマのコワ面を僕のもとに送り込んでいたのかもしれないのだ。それが真鍋さんによって、比較的無害な人選にかえられているとしたら。

ならば、その期待にこたえるべく、奮闘せねばならない。僕はメタボの腹めがけ、剣を突き刺した。


「やめろ!金田、やめてくれ!」

メタボはワイシャツの腹をおさえて嬉しそうに悶絶する。たぶん、関東から北の人間なら、ヘベレケに酔っ払ったときにしかそんなことはしない。

僕は真鍋さんと、さらにはメタボの期待にもこたえるため、腸の周辺を深くエグった。

「アカン、死ぬ死ぬ!そんなことしたら死んでまうて!」

メタボは、いやメタボにとり憑いた関西弁霊は、自分が関西人であったことの喜びを、今一度、体全体で表現していた。

しかし、リアクションしてくれるのはいいとして、このままではラチが開かないのも事実。切って切られて永遠その繰り返し。さてどうしたものか。

すると、まだ腹に剣が刺さっているはずのメタボの顔つきが一変した。おバカな関西人はどこかに消え、会議室の社会人の表情がスッと降りてきた。おまけに、厄介者みたいに両手で僕を押しのけると、「なにしてんねん」と低く冷静に言いはなった。

僕たちのつかの間のコンビ芸は解消され、メタボはすっかり酔いが醒めたような目つきをしていた。もしかしたら背後に奴の上司か、パトロール中の警官でも立っているのかもしれない。袖にされた僕は、元相方の視線を目で追った。

夜の通りに、ゴスロリアニメのヒロインみたいな風子ちゃんが立っていた。


「なんや、ネエちゃん。見せ物ちゃうで。とっとと家帰り」

メタボは言った。ただ、風子ちゃんがそれを聞き入れた様子はなかった。唇を固く結び、両手を腰にあてたポーズを崩さなかった。

彼女は夜の風紀委員長みたいに堂々としていた。ここからは猫一匹通さない、といった感じだった。そして僕がしたよりもゆっくりと、黒いネイルの先端を真っ直ぐメタボにむけた。

なんだかひどく慣れた感じだったけど、コイツにその手は通用しないのだ。いいや、もしかしたら....。

「なんやねん、どいつもこいつも」

メタボはウンザリしたように言った。その言葉の調子にはまだ余裕が漂っていた。でも、今度ばかりは相手が悪かったかもしれない。

「トナカイ」

風子ちゃんは唐突に言った。トナカイ?最初、僕には彼女の意図がまったく呑み込めなかった。とにかく覚えた言葉をなんでも口にしてしまう赤ちゃんみたいな印象だった。

それでもメタボには、いや、メタボにとり憑いている関西弁霊には、その言葉の意味がちゃんと伝わっていたようだった。風子ちゃんが言った瞬間、ヤツはまるで年頃の女の子みたいに鼻を両手でおさえたのだ。

「トナカイ」

風子ちゃんはもう一度言った。

「人をトナカイ呼ばわりすな!」

メタボの声は震えていた。いや、鼻を両手でおさえているからそういうふうに聞こえただけなのかもしれない。どちらにしても、風子ちゃんがそれでやめるはずがない。

彼女は指先をクルクル回しながら唱えるように言った。

「トナカイちゃん。赤鼻のトナカイちゃん」

「人を赤鼻のトナカイ言な!」

メタボは泣きだしそうだった。僕は、「霊が僕たちより敏感」だという、風子ちゃんの言葉を思いだしていた。


たぶん、メタボにとり憑いている霊は赤鼻で、子供のころからそのことをカラカわれつづけてきたのだろう。その男の子にとってクリスマスシーズンは、ほかの子供たちみたいに胸躍らせる季節ではなく、まさにブルーブルークリスマスだったのかもしれない。

気の毒ではあるけれど、今はそんなことも言ってられない。僕も一緒になってメタボを指さし、すっかりシーズンオフではあるけれど、風子ちゃんと『赤鼻のトナカイ』を道端で合唱した。

「真っ赤なお鼻のトナカイさんは~いつもみんなの~」

メタボの手が今度は鼻から耳へと移動した。そしてついには歌が二番にいく前にアスファルトに両ひざをついた。

僕はいろんな意味で胸をなで下ろした。『赤鼻のトナカイ』の二番の歌詞なんて知らなかったから。

「すんませんでした!もう勘弁してください!」

土下座したメタボがアスファルトにむかって哀願した。即席の阿佐ヶ谷少年少女合唱団は歌をやめ、風子ちゃんの両手はふたたび腰にもどった。

「つぎはこの程度じゃすまないからね。身元調査して、亡くなったお父さんは霊になってこんな悪いことしてるんですって、あなたの家族に知らせることだってできるんだから」

「二度といたしまへんから!どうか家族には内密にしといてください!」

「本当ね。本当にそう思ってるなら今回だけは許してあげる。行っていいわ」

「おおきに!ありがとうございます!」

メタボは膝をあげ、僕たちに一礼し、きびすを返した。

「待って。置いてくものがあるでしょ、オジサン」

風子ちゃんはメタボの背に声をかけた。当然と言うべきか、ヤツは僕の履歴書を僕にではなく、おずおずと風子ちゃんに手渡した。もっとも、我らが風紀委員長の真の目的は僕の履歴書ではなかった。メタボのスーツのポケットに手を突っ込み、彼女はそれを強制的に没収した。

「オジサン、会社帰りにこんなもの必要ないわよね?」

「スンマセン。すっかり忘れてましたわ」

メタボはバツが悪そうに頭をかいた。そして突然身をひるがえして走りだした。

「これですんだ思うなよ、ボケー!」

通りの角からメタボの、いや、元トナカイ少年の遠吠えが聞こえた。殺伐とした夜風が吹いて僕たちを包んだ。

「だから、人の心配してる場合じゃないって言ったじゃない」

風子ちゃんは強い口調でそう言うと、じつは風紀委員長が影のスケ番だったみたいに、僕の目の前で手にした折りたたみナイフの刃を飛び出させてみせた。

僕はメタボにではなく、彼女にお茶をだすことになった。


風子ちゃんには窓際の席を用意した。それは僕にできる最高のおもてなしだった。冷たいお茶と水ようかんをふるまい、コンビニ店長の手紙に目をとおしてもらった。

学食では話さなかったけど、今さら事の次第を隠しておくのはさすがに気がひけた。

さて、僕が感心して読んだコンビニ店長の文章に、未来のアガサ・クリスティでもある女の子がどんな反応をしめすのか、個人的にはそのへんのところも気になるところではあった。

でも、彼女は潮の香りがまだのこった便箋に目を落としながら、表情をおもてにだすことは一切なかった。どうも、風子ちゃんにとってコンビニ店長は、あくまで水ようかんを贈ってくれた人物であり、それ以上でもそれ以下でもなさそうだった。

時折、窓から入ってくる夜風に長い髪が揺れていた。

風子ちゃんは手紙を読み終えると、まるでお口直しでもするみたいに、今度はピンクの携帯電話で自分の執筆活動を開始した。そうとう〆切に追われてるみたいだった。

それでも、彼女はキーボードを打ちつづけながら僕との会話はつづけてくれた。それがペンであるにしろ、携帯の小さなキーボードであるにしろ、彼女にとって文章を書くことは、呼吸するのと同じぐらいに自然な動作のようだった。

「やっぱり来て正解だった。私ね、帰りの電車の中で金田くんの夢見ちゃったの」

「それってもしかして悪い夢?」

そうに決まっているのに、恐る恐る僕はたずねた。

「どちらかといえば、そうなるかも。金田くん、夢の中でさっきのサラリーマンに刺されてたから」

「....あのさ、世紀魔Ⅱのデーモン小暮ってほんとうに23000歳なのかな」

「なにそれ。そんなこと今どうだっていいでしょ。それにデーモン小暮は23000歳じゃなくて100047歳」

そうだったのか。でもこの際、77000歳ぐらいの誤差は間違いには入らないはずだ。

「これから僕はどうすればいいんだろ....風子ちゃん、よかったら今晩泊まっていかない?変な意味じゃなくて」

「そうしなくても済むように、私、コレ渡しにきたのよね」

風子ちゃんは携帯の最後のキーを親指で押して言った。

「おしまい。送信と」


「この携帯、金田くんにあげる。もう全部書き終わったから、必要ないの。今、編集の人に小説メールで送信したとこ」

「....携帯なら持ってるけど」

「これね、私にとって命の次に大事なものなの。私のすべてがこの中に詰まってると言っても大袈裟じゃないぐらい。だからきっと金田くんのことを悪い霊たちから守ってくれるはず。御守りにして。どこに行くときにも肌身離さず持ち歩いて」

ピンクの携帯を、僕が?十二支のストラップも一緒に?

僕の表情を読みとったのか、風子ちゃんは補足した。

「もちろんストラップ込みで」

「でもさ、キミはどうするの」

「もう家電屋行って、新しいの買ってきた」

そう言って彼女がポケットから取りだしたのは、ストラップが一つもついてない、いかにもハイスペックそうな黒いスマートフォンだった。

「メイドイン台湾。編集者の人に使いやすいからって薦められて。クールでしょ?」

どうせ貰えるなら、そっちの方がいいな、とは僕は言わなかった。冗談でも、そんなことを口にできる立場ではない。

なにやら、風子ちゃんがスマートフォンの画面を操作すると、ピンク携帯のバイブ機能が作動して、十二支たちがいっせいに自分たちの年がやってきたみたいにちゃぶ台の上で騒ぎだした。光る画面にメール着信の表示がでた。

「手紙を読むかぎりさ、落ちついたら、金田くん一度帰郷したほうがいいと思う。その気になったら、このアドレスにメールして。その携帯まだ使えるし、ロック機能とかもかけてないから。私も一緒について行ってあげる」

「携帯、見ていいの」

「うん。よかったら、ファイルに保存してある私の小説も読んでいいけど。デビュー作にして、遺作である私の本。金田くんがその読者第一号になるわけ」


「遺作?」

「うん。私、これでもう小説書くのヤメにするつもり。これからはもっと自由に生きる。自分が本当にやりたいことをやる」

僕はなんと言ってよいのやらさっぱりわからなかった。リクルートスーツに身を包み、毎日のように面接のハシゴをしている輩には、ただただおとぎの国の話のようなのだ。

「私の両親、私が三歳のときに離婚してるんだけど、じつは父親だけでなく、私のお母さんも物書きなの。ただ、父にくらべればぜんぜん売れてない無名のね。で、私はその母親のほうに育てられたわけ。小説家になるための英才教育をうけながら。たぶん、お母さんにはお父さんに負けたくないっていう気持ちがあったんだろうと思うけど、二十年間その小説家になるための英才教育をうけてきた私が悟ったのは、小説家になるための英才教育なんてこの世に存在しないってことだった。スポーツ選手とかクラシックの音楽家とは最初から土俵が違うのよね。お父さんにはハナからそれがわかってたみたい。結局、小説家になれる方法って偶然しかないって。それでも私、お母さんのこともお父さんと同じぐらい好きだし、お母さんがこれまで私にしてくれたことを無下にしたくもなかった。だからベストセラー小説を一冊書いて、それでヤメようと思ったの。そうすれば、お母さんの気持ちも少しは晴れるだろうし。知ってた?ベストセラー小説には法則があるって。お父さんが教えてくれたんだけど、いい本を書くより、売れる本を書くほうが楽なの。ある意味で」

ほとんどおとぎの国の魔法一家の話だった。僕の両親は離婚もせず仲むつまじく暮しているはずだけど、それがむしろ悔まれる。


おとぎの国のヒロインは話をつづいた。

「たぶん私が霊感が強かったりするのも、子供のころから本ばっかり読まされてきたせいだと思う。人の心の奥底を眺めるのと、本の行間を読む作業はちょっと似たとこがあるから。でもそのせいで、私には昔っから友達一人できなかった。思うんだけど、物書きにまず一番必要な才能って、特別なことじゃなくて、ごく普通の、平凡な人間の感覚のような気がする。それがないと、なにをどう書いても読んでる人は共感できないから。私のお母さんにはそういう知恵がなかった」

平凡な人間。おそらく、僕もその中に含まれているのだろう。まあそれはいいとして、デビュー作であり、遺作でもある彼女の作品が、ベストセラーにならなかったらどうするつもりなのだろうか。

いや、そんなヤボなことを聞くのは御法度だ。僕はハードルを一つ飛び越してたずねた。

「小説書くのヤメたあとはどうするの?」

「それがわからないの。ずっと読むことと書くことしかしてこなかったから。それで、もうすぐ大学も卒業だし、お父さんに相談してみたら、お父さんが言うの。自分がなにをしたらいいかわからないときは、自分が一番やりたくないことをすればいいんだって。そうすると、自分がやりたいことが見つかるんだって」

「なるほどね。じゃ、一番やりたくないことはわかるんだ」

「うん。たぶんね」

「それはなに?」

「組織の中で働くこと。つまりね、これから私も金田くんと同じようにリクルート活動するわけよ」

なんだかよくわからないし、生まれも育ちもまったく違うのだけど、巡りめぐって、僕と風子ちゃんは同じ土俵に立ったらしかった。


風子ちゃんはスマートフォンで下宿前にタクシーを呼びつけた。もういっぱしの女流作家みたいだった。

外まで見送りにでた僕に、風子ちゃんはタクシーの車内から、「忘れてた」と言って、コードに巻かれたピンク携帯用の充電器を手渡した。

「自分の携帯は忘れても、私の携帯は忘れずに持ち歩いてね。つぎに会う場所が、病院とか、葬儀場にならないように」

「うん。そうするよ」

「話してなかったけど、私ね、堀田さんから面白い小説書く生徒がゼミにいるって、金田くんの作品読んだことあったの。それで、あなたに興味もったの。本当は霊のことはどうでもよかったの」

案ずるより産むが易し。人間万事塞翁が馬。

その夜、僕はピンク携帯を枕元で充電しながら眠りについた。電話機としてではなく、御守りとして持ち歩くわけだから、べつに充電する必要はないんじゃないかと思いつつ。


僕は風子ちゃんのピンク携帯を『ピンキー』と名付けた。たぶん風子ちゃんなら、十二支ストラップの一つ一つに小説の登場人物みたいな、それぞれのキャラクターにあった名前をつけていたことだろう。

もらったときは半信半疑だったけど、ピンキーはさっそく赤い充電ランプを灯したときから、御守りとしての御利益をせっせと発揮していたようだった。

翌日の朝、僕は喉の乾きをおぼえて、時計のアラームよりはやくに目を覚ました。

もしかしたらと思って、寝床から手をのばしてエアコンのリモコンを手にとってみたら『ドライ』表示になっていた。設定温度は28度。たぶん、深夜のうちに動き始めたのだ。昨日はウンともスンともいわなかったのに。

ためしに『冷房』のボタンを押してみたけど、冷房にはならなかった。でも、動かないよりはずっとマシ。

枕元のピンキーは充電がすんで、緑色のランプを表示していた。

布団からでると、パソコンのモニターにはWindowsのロゴが浮かび上がっていた。ただ、マウスをクリックしてもそれ以上先にはすすめない。でも、電源さえ入らなかった昨日に比べれば、たしかにわずかではあるけども状況はいい方向にむかっているみたいだ。


シャワーの蛇口をひねったら、節水しているみたいに、こちらも水がチョロチョロとだけど出るには出た。けど、やっぱりお湯にはならない。それでも僕はさっそく寝巻きを脱いで、ピンキーの恩恵にあずかった。

もとの持ち主が持ち主だけに、ピンキーの影響力はちゃんと文学の世界にまでおよんでいた。ただ、そもそも文学そのものの解釈が千差万別だったりするために、その影響力のとらえ方にもパソコンやエアコンとは違った微妙なセンスが必要とされた。

例えば、昨日は『それからでんな』になっていた夏目漱石の『それから』が、今朝見ると『それからでっせ』になっていた。

はたしてコレは改善されてると解釈してよいものだろうか。「それからでんな」と、「それからでっせ」の間にどれほどの違いがあるのだろうか。関西弁の微妙なニュアンスの違いが理解できない僕には、そこのところの判断ができなかった。


たしかに、言葉の境界線には 微妙な部分があったけども、それを除けば、事態がいい方向にむかっているのは確実だった。あとは、これが対人間、あるいは対関西弁霊にも適用されるかどうかだ。

今日も今日とてリクルート活動に勤しむ予定の僕は、予定よりだいぶはやくに部屋をでて、通りで人を待った。

僕の待ち人は黄色い帽子をかぶり、ランドセルを背負っている。昨日の小学生の男の子だった。

彼は今朝、カルガモの行列めいた学童たちの行列の一員として僕の前にあらわれた。

男の子はすぐにこちらに気づいて、自分だってカルガモの一員のくせして、またいいカモを見つけたみたいにニヤリと笑った。

僕たちはお互いの距離を縮めていった。男の子は、怪しげに膨らんだ僕の左胸に目を止めた。そして、慌ててそこから目をそらした。僕のスーツの内ポケットにはピンキーが忍ばせてあったのだ。

「おはよう」

僕は男の子に声をかけた。彼はうつむいたまま、内気な小学生よろしく帽子の下で小さく「おはよう」とこたえた。

よしよし。


気をよくした僕はその足で昨日のコンビニへとでむいた。

「いらっしゃ....」

こだわり店長の気持ちのよいこだわり挨拶は、僕の顔を見た途端に中断した。彼はおでんのスープをかきまぜているところだった。

「お前、また来たんか!ええ根性してるやないか、コラ!今日という今日はポリスつれてったるで!」

カウンターを飛びだした店長は、僕の胸ぐらをつかんだ。そこからピンキーが顔をのぞかせた。ギョッとした店長が、僕のスーツの襟から手をはなして言った。

「い、いらっしゃいませ」

「はんぺんと大根ちょうだい」

僕は言った。


そのあとにも面接会場へむかう道中、関西弁霊予備軍めいた視線をたまに感じることはあったけど、彼らが半径5メートル以内に僕に近づくことはなかった。

普段の日常生活がもどりつつあった。すべてが改善されつつある。 ただ、面接の結果だけは散々だった。これは悪魔の呪いとは無関係だから致し方ない。ピンキーの神通力もさすがにここまでは通じない。

名画座でクレイジーキャッツの二本立てを鑑賞し、サラリーマン社会の夢と現実に思いを馳せながら家路に着く。そこに最後の砦が僕を待っていた。

「面接、どないやった、金田!」

聞き飽きた声に、見飽きた腹。

「ダメやったろ!?分かってんねん、ワイには。お前みたいなんが、一番面接官に嫌われるタイプやねん。そやからな、今夜は面接のプロであるワイがみっちり直接御指導したるやさかい、覚悟しいや。その前に、今日はあのけったいなネエちゃんはおらんやろな。アレはあかんで。それから、トナカイの歌もナシや。ちゃんと耳栓もってきたけどな。準備ええやろ。そこがお前とは違うとこやねん」

ごもっとも。でも、せっかくの耳栓も今回は役には立たない。むしろアイマスクのほうがまだよかった。

「水戸黄門は好き?水戸黄門ゴッコやろ」

「はあ?」

「この印籠が目に入らぬか」

「なにヌカしとてんねん。印籠って、お前、それ携帯やんけ。しかもお前、ピンクの携帯って、どない趣味しとんねん。大阪のオバハンか....」

いいや、これはたしかに印籠なのだ。象徴的な意味で。その証拠に紋所だってちゃんとある。メイドカフェ的な紋所が。やっとメタボもそれを読みとったらしい。

「ギャー!で、でたー!」

悪行のかぎりをつくした悪代官よろしく地面に土下座するかわりに、メタボ面接官は夜道を猛ダッシュして僕の視界から消えていった。

毎晩こんなことしてれば、彼も少しは痩せるかもしれない。


梅雨明けと時をおなじくして、関西弁霊は僕の前から消えた。風子ちゃんのデビュー作はまだ書店に並んではいなかったけど、すでに僕はそれを三度読み返していた。感想は直接会ったときに話すつもりでいた。

もはや悪魔の呪い云々を忘れかけていたころ、コンビニ店長から二通目の手紙が、いや、手紙を忍ばせた二個目の宅急便が、とどけられた。

それは宅急便の荷物としてはいささか奇妙な形をしていた。正方形なのだ。しかも、今回のギフトセットはコンビニエンスストアのそれでもない。有名百貨店の包装紙につつまれているからだ。

包装紙を破ると、中から正方形の木箱がお目見えした。なんだかひどく高級そうだ。木箱の蓋の上に封筒がチョコンとのっている。もちろん僕は、木箱のほうを先に開ける。

濃厚な甘酸っぱい香りが、高級そうな香りが、下宿の部屋いっぱいにひろがった。玉手箱の煙みたいにいっぺんに。

マスクメロンだった。乾いた地面めいた網目が入ったやつ。テレビで見たことがある。いや、テレビでしか見たことがない。人生において、人様から木箱に入ったマスクメロンを贈られる局面はそうはない。たぶん。

僕はこの貴重な経験をよりよく記憶しておくべく、ちゃぶ台に鎮座した贈り物をしばし眺めた。

しかしそうしていると、つぎにコンビニ店長からの手紙の内容が気になった。水ようかんでアレだから、マスクメロンともなれば、よほどのことがあったに違いない。

ようやく僕は、窓辺の特等席に腰をおろして封を開いた。エアコンはどうにか27度まで下がるようになっていた。


『前略。水平線をかこむ入道雲たちが日をおうごとにその背丈を競い合い、毎日のように記録更新してゆく季節となりました。金田さんにおきましては、その後いかがお過ごしでしょうか。ご連絡がないのは、そちらにお変わりがないものと勝手に推測しております。

本日は嬉しいご報告があります。早速お知らせいたしたく筆をとった次第です。

今回のこの手紙を、祝・ミユキ全快号と名付けさせてください。あの憎っくき中尾悪魔がミユキの体から退散していったのです。


それは突然の出来事でした。店のカウンターに立っていた私のもとに、パジャマ姿のミユキがヨロヨロと自分の脚で歩き、部屋からでてきたのです。

金田さんは昔のアニメで『アルプスの少女ハイジ』をご存知でしょうか。ご存知でしたら、私が云いたいことはすでにおわかりかと思いますし、もしご存知でなければ、なにを云ってもなんのことだかさっぱりわからないかとも思うのですが、その時の私の気持ちは、まさにクララが車椅子から立ちあがり、自分の脚で歩いたときのハイジのような気分でした。

その感動的なシーンで、たしかハイジは「クララのバカ!」と叫んだはずですが、もちろん私がミユキにむかってバカと叫ぶはずはなく、ただ黙って抱きしめました。この一週間というもの、彼女はずっと寝たきりでいたのです。

そしてミユキは私の耳元でささやきました。すべて終わった、と。


つかぬ事をうかがいますが、最近、金田さんの交友関係で、新しい出会いはありませんでしたか?ミユキの話ですと、金田さんのお知り合いの方の中に、たいへん霊感の強い方が一人いらっしゃるようなのです。ミユキはその方の力を携帯電話的な引力という言葉で表現しましたが、以前にはそのような引力を感じることはなかったらしいのです。

ミユキにはその方の存在を感じることができ、その方も自分の存在を感じとっているはずだと、ミユキは申しています。


どうでしょうか。どなたか、そういった方に心当たりはないでしょうか。ちなみにミユキの話では、その方は若い女性で、甘いものがお好きなようです。

もしも心当たりがおありでしたら、ミユキと私がお礼を述べていたと伝えていただけると幸いです。もしも、その方のお力添えがなかったら、ミユキは今もベッドで一人、中尾悪魔と戦っていたでしょうから。


そのような経過がありまして、ミユキはただ今、リハビリの真っ最中です。食欲ももどり、以前の健康的な本来の彼女の姿を取りもどしつつあります。ようやく私たちにも普段どおりの生活がかえってきました。

ですが、唯一つ、以前とは確実に変わってしまった部分もあります。それはミユキの身体能力に関することです。

最初の手紙で、私はミユキがベッドの上に浮いたりすることはありませんと書きましたけども、現在のミユキはベッドの上でも、絨毯の上でも、浮くことができます。

絨毯の上を浮くことのできる人間がリハビリを行なうのもおかしな話ですが、恐らく、悪魔にとり憑かれたことによって、彼女の体にある変化が起きたものと思われます。後遺症のようなものなのかもしれません。

自分の体を浮かせる代わりに、その応用として、人や物を動かしたり、浮かせたりすることもできたりします。テレキネシスというのでしょうか。私も一度やってもらいましたが、これはなかなか楽しいものです。記念にビデオに撮影しましたので、YouTubeにアップして、金田さんにもまたご覧になっていただこうかとも考えたのですが、以前アップしましたミユキのビデオが、YouTubeにおいて一日に10万アクセスを記録してしまい、少々困ったことになりましたので、今回は残念ですが自重したいと思います。


ところで、金田さんは夏はお好きですか?私はこの季節が大嫌いでした。と云いますのも、私が店長を勤めるコンビニエンスストアは海岸近くの国道沿いにありまして、毎年この季節になりますと、夜ともなれば、地元の暴走族が集まり、店の駐車場は彼らの溜り場と化してしまうからなのです。

警察にも取り締まりをお願いしているのですが、功を奏しません。学校が夏休みに入れば、夜でも子供の手をひいた家族連れのお客様が来店いたします。本当にどうしたらいいものかと、せっかくミユキの状態がよくなったところなのに、今年も夏が近づくにつれ、また憂鬱な気分だったのですが、なんと最近になりまして、ミユキがその暴走族のヤンキーたちを退治してしまったのです。

もちろん、リハビリ中の彼女が素手で暴走族のヤンキーたちを退治したわけではありません。テレキネシスを使ったわけです。

その夜、パジャマ姿のミユキは部屋から店のカウンターにでてきました。店の駐車場には全部で5台ほどのオートバイがとまっていたでしょうか。暴走族のヤンキーたちはそこで店で買った打ち上げ花火をして騒いでいました。

すると突然、オートバイが、ヤンキーともども、その打ち上げ花火よりも高く、まるで木枯らしに舞う落ち葉のように軽々と夜空に浮かび上がったのです。

いったいどうなるのかと眺めていますと、ヤンキーとそのオートバイはもの凄い速さで、彼らご自慢のオートバイのスピードをはるかに超える速度で、あっという間どこかに飛んでいってしまいました。

ビデオに録画していなかったのがつくづく残念です。

それっきり、ミユキはなにごともなかったかのように部屋に引っ込みましたが、さすがに彼らがどうなったのか彼女に尋ねてみたところ、海に落としてやったと、涼しい顔で申しておりました。

時間も時間だったので、少々心配になった私は、遅番のアルバイトに店番を頼んで、懐中電灯片手に海岸沿いを歩いてみたのですが、夜の海はまさに漆黒のような暗さで、なにも見つけることはできませんでした。

その後、暴走族のメンバーが遺体となって浜に打ち上げられたというニュースは耳にしていないので、まあ無事だったのでしょう。

ともかくこの件以降、暴走族が店前にたむろすることはなくなりました。

今年は静かな夏がおくれそうです。


最後になりますが、今回の件では金田さんに大変なご苦労をかけてしまったことを、ここでお詫びさせてください。本当に申し訳ありませんでした。

お盆には、こちらにはもどられますか?もし帰省するご予定がありましたら、一度私の店にも立ち寄ってもらえたら幸いです。ミユキともども、金田さんのお越しを心からお待ちしています。

それでは、金田さんのご健康をミユキと共に祈りつつ、筆をおきたいと思います。』


どうやら川ノ崎にもいろいろなことが起こっているらしい。手紙を読み終えた僕は、しばらく帰っていない故郷に思いを馳せた。

そういえば、落ち着いたら一度帰省したほうがいいと風子ちゃんは言っていた。彼女も同伴で。ちょうど今がその時期なのかもしれない。きっと風子ちゃんと真鍋さんなら話が合うだろう。歳も同じだし。いい友達同士になれるかもしれない。でも、僕とコンビニ店長は....。

夜風が頬をさすった。帰省しているガールフレンドが置いていった観葉植物に赤いつぼみがなっていた。

夏がきていた。

いろんなことがあって、もう半月も連絡をとっていないけど、彼女はどうしているだろうか。本来なら、いの一番に電話すべきだったかもしれない。なんだか、ガールフレンドと過ごした日々が遠い過去の出来事のような気がする。


それが虫の知らせだったのだろうか、携帯電話の着信が久しぶりに鳴った。

てっきりガールフレンドからの電話かと、期待半分、早合点したけど、待受画面を光らせていたのは、僕自身の携帯ではなくて、ピンキーのほうだった。気のせいか、ちゃぶ台の上の十二支たちの喜びようにも力が入っている。たぶん、もとのご主人様からの知らせなのだ。

僕はふと、風子ちゃんがどうしてあの重たいストラップをわざわざ携帯電話にぶら下げているのかわかったような気がした。もしかしたら彼女は、着信があったときの十二支たちの反応を見て、かかってきた電話にでるかどうか決めてたりしていたんじゃないだろうか。一種の動物占い。

もしもそうだったとしたら、十二支たちの騒ぎようは、むしろ僕にむかって電話にでないように忠告していたのかもしれない。

なぜなら、ピンキーが待受画面に表示していたのは、僕のガールフレンドの名前なのだ。それも、番号は九州にある彼女の実家のそれになっている。


なぜ風子ちゃんの携帯に僕のガールフレンドが電話をかけてくるのか。いや、そもそもなぜ彼女の名前が登録されているのか。

考え得る唯一のケースは、僕と風子ちゃんが出会う前から、風子ちゃんと僕のガールフレンドが知り合いだったということだけど、はたしてそんな偶然があり得るだろうか。しかも、実家の電話番号を知っているということは、けっこうな付き合いのはず。それなのに、風子ちゃんが僕の存在を知らなかったというのは、ちょっと解せない。もしかしたら、二人はお互い顔の知らないメル友だとか。あるいは僕のガールフレンド、実は風子ちゃんが同人誌に書いていたミステリー小説の読者ファンだったりして。

いくら考えてもキリがない。答えを知ることできるのは、実際に電話にでてみることだ。

ようやく僕はピンキーの通話ボタンをおした。


「もしもし、そちらは金田マサルさんでしょうか?」

スピーカーから僕の耳にとどいたのは、懐かしいガールフレンドの声ではなく、聞いたことのない低い男の声だった。なにやら中尾彬風の。男はつづけた。

「私、星野さやかの父なんですが」

ガールフレンドの名前だった。僕はなんだか凄くイヤな予感を抱きながら携帯電話のスピーカーに聞き耳を立てていた。

ガールフレンドの父親から夜に直接電話がかかってきて、いい予感を抱く男もあんまりいないだろうけど、僕の悪い予感はそれとはまたべつの種類のものだった。

お父さんは思い悩んだように重い口をひらいた。

「うちの娘がですね、あなたにバージンを返して欲しいと言っているのですが....」

僕はピンキーの電源を切り、それを十二支とともに横たえた。

夜風がふたたび僕の頬をさすった。

窓の外から男たちの声が聞こえてきた。男たちはカーニバルがやってきたみたいに陽気に歌っていた。

フーフー、フーフー、フーフー、フーフー。

  


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