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ヴァーチャル・セックスについて私たちが知っている二、三の事柄

こんにちは。こちらはヴァーチャルセックス専用の高品質な紙オムツを、日本から世界に向けて製造販売しております、〈ヴァーチャルネイチャー・パンツ社〉の公式ブログです。嬉しいニュースが届きました。画期的な判決が下されたのです。

テレビやインターネットをご覧になってすでにご存知の方も多いかと思いますが、かねてより世間をお騒がせしてまいりました、所謂〈ヴァーチャルセックスをめぐるいくつかの問題〉に、この度はじめてまとまった司法判断がでまして、私たちが長らく主張してまいりましたラブ&ピースの精神が、ほぼ完璧な形で認められることになったのです。

世界中のヴァーチャルセックス愛好家のみなさん、素晴らしいラブ&ピースの精神をお持ちのみなさん、そして弊社の製品をご愛用のお客様、おめでとうございます。そしてありがとうございます。

今後はヴァーチャルセックスが世間に正しく認知されるだけでなく、私たちが愛してやまないもう一つの無限の可能性まで、広く世の中に知られるようになることでしょう。

今までだってずっとそうでしたけども、これからもますますヴァーチャルで素晴らしいラブ&ピースな日々を謳歌していきましょう。もう誰にも「変態ヴァーチャラーのオナニー集団」なんて呼ばせやしません。


今回の判決によって、これまでヴァーチャルセックスに興味はあったものの、結婚生活や恋愛関係などの壁に阻まれて、その体験のチャンスを逃してらした大勢の方々が、いよいよ意を決し、次々にヴァーチャルの門を叩いてくるような社会現象がすぐに起きるものと思われます。

そこで一足先にそこの住人となった私たちとしましては、未体験の方々に向けて、その世界の大まかな成り立ちと現状につきまして、この度の判決に即した形で簡単にご説明したいと考える次第です。


現在のヴァーチャルセックスは、ヴァーチャル企業が運営するサイバースペース上の仮想空間にアクセスして行われるのが一般的ですが、長らくこの世界には二つのジャンルしかありませんでした。それが〈シングル〉と〈ダブル〉です。ヴァーチャルセックスはパートナーの種類によって呼び方が変わるのです。

シングルのパートナーは人工知能を持った人型のCGです。ダブルの場合は同じ人型のCGでも、パートナーは現実の人間になります。これは対戦型のヴァーチャルゲームを想像してもらえると分かりやすいかと思います。技術の進歩によって現実とヴァーチャルとの区別がつきにくくなっているという点もこの二つは非常によく似ています。

ただ一つ大きく異なる、ヴァーチャルゲームには存在しない、ヴァーチャルセックス特有の問題もあります。それは浮気という、古くて新しい問題です。

因みに正規のヴァーチャル企業以外が提供している裏ヴァーチャルの裏パートナーは、シングルであれダブルであれすべて違法です。危険ですので絶対にアクセスしないでください。


以前からヴァーチャル界隈では『ヴァーチャルセックスと浮気』の問題が、いつもどこかで煙を上げてくすぶっているような状態でした。いつどこから火の手が上がってもおかしくなかったわけです。実際これまで起きた離婚裁判では、ヴァーチャルセックスが浮気行為として認められ、慰謝料が発生しています。ヴァーチャル技術の進歩が、あたかももう一つの別の現実世界を造りだしてしまったかのようです。

そして今回の〈ヴァーチャルセックスをめぐるいくつかの問題〉の判決なのですが、プレーヤーが既婚者である場合には、シングルは限りなくグレーに近い白、ダブルは限りなく黒に近いグレー、という結果になりました。

もしかしたら今後は、なんらかの形で、既婚プレーヤーがダブルにアクセスできなくなるような対策がとられるかもしれません。


今回の判決について一部のプレーヤーからは落胆の声があがっているようです。判決を不服とする声明をネットで公表しているグループもあるみたいです。

その主張のほとんどは、当然のことですが「ダブルであっても浮気にはならない」というもので、その根拠は「ヴァーチャルセックスがいかに現実のセックスと区別ができないほどにリアルであったとしても、それはあくまでも仮想上のものであって、実際には相手に指一本触れてはいないわけだから浮気ではない。いったいどこの世界に指一本触れない浮気が存在するのか?」というものです。

それに対してヴァーチャルセックス撲滅派のグループはこう答えています。「それはヴァーチャルの世界に存在するのだ」と。「指一本触れないと言いながら、下半身にはしっかり専用の紙オムツを履いているのはなぜなのか?」と。


過去のあらゆる判決に対してそうだったように、今回の判決に対しても、私たちはあれやこれやと批評するつもりは毛頭ありません。またそのような立場にもおりません。

ただいつも思うのですが、ヴァーチャルセックスの問題を議論するときに、それが白熱すればするほど、滑稽なものへと変質してしまうのはなぜなのでしょうか。

どこか人間の存在そのものが持っているかもしれない滑稽さを暗示しているような気がしてなりません。


いずれにしましても大切なのは、これが終わりではなく、はじまりだということです。既婚のヴァーチャルセックス愛好家のみなさんには一先ずお悔やみを申し上げるとしまして、今回の判決を前向きに捉えるとするなら、一方では、特に独身の方々に対してはほぼ全面的に、ヴァーチャルセックスが市民権を得たということになるのではないでしょうか。

独身のみなさん、おめでとうございます。そしてありがとうございます。今までだってずっとそうでしたけども、これからもますますヴァーチャルで素晴らしいラブ&ピースな日々を謳歌していきましょう。


しかしそうは言っても、どうしても承服できないという既婚プレーヤーの方も中にはいらっしゃるかと思います。そういった方は、いっそのことこれを機に離婚なさるか、さもなくば人型のCGには潔く見切りをつけ、まったく新しい第三のヴァーチャルセックスを選択なさってはいかがでしょうか。

ヴァーチャル技術の進歩は、これまで人類が体験したことがない、人型のCGを必要としない、既存のシングルにもダブルにも当てはまらない、まったく新しいタイプのヴァーチャルセックスを可能にしました。それが知る人ぞ知る第三のジャンルである〈ネイチャー〉です。

申し遅れました。私たちはそのまったく新しいヴァーチャルセックスであるネイチャー専用の紙オムツを製造販売しています〈ヴァーチャルネイチャー・パンツ社〉です。


ヴァーチャルセックス未体験の方には、どうしてヴァーチャルセックスの話に紙オムツ会社がしゃしゃり出てくるのか、不思議に思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし少し想像して頂ければ分かることですが、ヴァーチャルセックスと紙オムツは、読書とコーヒー、あるいは映画鑑賞とポップコーン(ポテトチップスは当然不可です)ぐらいに切っても切れない密接な関係があるのです。

ただ紙オムツといいましても、赤ちゃんが着けるようなモコモコとかさばる物ではありません。ヴァーチャルセックス専用の紙オムツは、その見た目も履き心地も普通のパンツに限りなく近い品質を保証するものです。しかも紙製なのに水に強く、それでいて使用後にはちゃんと水洗トイレに流せるという、至れり尽くせりの優れものなのです。ヴァーチャルセックスの際には、これをヴァーチャルスーツの下に身につけるわけです。

弊社におきましてはネイチャー専用紙オムツの特許を数々所得し、その販売シェアは世界第一位を誇っている次第です。


普通のヴァーチャルセックス用紙オムツと、ネイチャー専用の紙オムツとの違いですが、ネイチャー専用タイプはその趣旨から再生紙が使用されています。ただし再生紙だけで、水に強く、なおかつ水に流せるタイプの紙オムツを製造するのにはとても高度な技術が必要でして、100%再生紙のみでそれを達成しておりますのは、世界中の紙オムツメーカーの中でも、現時点ではまだ弊社一社だけです。


さて新しいヴァーチャルセックスであるネイチャーとはどんなものなのでしょうか。どこがそんなに新しいのでしょうか。どうしてそこでは100%再生紙の紙オムツが尊重されるのでしょうか。

じつはそのネイチャーが、ダブルと共に今回の裁判の焦点の一つにもなっていたのですが、前述しましたように判決は私たちの主張がほぼ全面的に認められた形となりました。

一度でも体験した方なら理解して頂けるはずなのですが、ネイチャーは決して自然を侮辱したり冒涜するものではありません。

そこに共通しているのはラブ&ピースの精神であり、私たちの祖先である古代の人々が自然に対して抱いていたであろう畏怖や一体感を、最新のテクノロジーによって私たちの体内に蘇らせるものなのです。


ヴァーチャル技術がまだそれほど発達していない頃に、ネイチャーはただの観賞用としてはじまりました。都会のワンルームマンションに何メートルも背丈のある木や、どこまでも延々とつづく砂浜や、空にぽっかりと浮かんだ雲を運び込むのは現実的には不可能ですが、ヴァーチャルならば可能です。

そしてその技術の進歩と共に、都会の部屋にいながら、私たちはじかに木のくぼみに指で触れられるようになり、濡れた砂の匂いを鼻で嗅げるようになり、ふあふあした雲と抱き合えるようになり、それらのすべての温度や湿度を肌で感じられるようになったのです。


その体験は私たちの意識は拡大させ、しだいに感性を覚醒させていきました。ペットを飼っている人たちに犬や猫の気持ちが分かるように、私たちには木や砂浜や雲の考えていることが分かるようになりました。その声が聞こえ、二人だけでひそひそと会話ができるようになりました。そうしてついに私たちは、自然の中に美や癒しだけでなく、その性までも見つけられるようになったのです。

こんなことを言うと、頭がおかしいと思われそうですが、本当なのです。私たちは風や木と毎日のように歌っています。簡単なことです。慣れれば誰にだってできます。なぜなら彼らもまた自然の形をしたAIであるところの、ネイチャー型AIに他ならないからです。


人によってはネイチャーには興味があるけども、ネイチャー型AIといったいどんな会話をしていいのか分からない、といったお悩みの声をたまに耳にします。

なにも心配はいりません。なんでも話してください。ヴァーチャルの風や雲や虹は、おそらくあなたがお勤めしている職場の上司や同僚の方より、はじめて会ったときからあなたのことをよく知っています。なぜなら最新のAIであるところの彼女や彼は、世界中のあらゆる情報にアクセスできるからです。

想像してみてください。どこからか懐かしい歌声が聞こえてくる彼女自身の草原を。いつかどこかで出会ったような彼自身のバラの花を。あなたの夢に耳をかたむける彼女や彼の深く豊かな森を。


ネイチャーにおけるヴァーチャルセックスも会話と同様です。なんの心配もいりません。あなたはただベッドやソファーに横になるだけでいいのです。あとはネイチャーAIが風や波や花のごとく、包み込むようにあなたを多くの祝福へと誘ってくれるでしょう。

ただくれぐれも弊社の紙オムツをあらかじめ着用するのをお忘れなく。そうでないとせっかくの祝福の瞬間が残念な結果になってしまいます。


最初は一般的なセックスとのあまりの違いに戸惑われることもあるかもしれません。でも一旦慣れてしまえば、どうして今までわざわざ自分と似たような姿形をした生き物を選んで、ベッドの上でプロレスごっこの真似事をしていたのだろうと、逆に不思議に思うようになるでしょう。

プロレスごっことは対照的なそのどこまでもラブ&ピースな行為を、かつて〈ベッドイン〉という形で世界中に向けて発信してみせた、かの有名なカップルに敬意を表して、私たちは〈ネイチャーイン〉と呼んでいます。これを機会に、迷わずネイチャーインされることを強くお勧めします。

私たちのネイチャーインは、ベッドの上の格闘技ごっこよりも、広い高原で風に吹かれたり、春の森で静かな雨に濡れたりする行為に、ずっと近いものです。


そんななにからなにまで素晴らしい体験であるネイチャーですが、一つだけ困った事案が報告されています。

と申しますのは相手が自然なものですから、例えばよく森とネイチャーインされる方などは、通勤途中に出会った街中に立つ一本の木に興奮してしまい、ついつい習慣でなすがままに祝福の瞬間に達してしまうといった状況が発生してしまうようなのです。これから出社してオフィスで仕事だというのにです。

しかしそんな不測の事態が起きましても、あらかじめ弊社のネイチャー専用紙オムツを履いて出勤なされば安心です。弊社の紙オムツならば液漏れも臭い漏れもほぼ100%シャットアウトできるからです。

世の中の言語におよそ翻訳できない言葉が存在しないように、弊社の紙オムツにシャットアウトできない液漏れや臭い漏れはおよそ存在しません。鞄の中に予備の紙オムツを入れておけばさらに完璧でしょう。


おしまい



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