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ターザンの木教習所⑲完

最後に人の話ばかりではなく、私自身が見た夢の話もしたいと思います。

昨夜のことです。とても縁起のいい夢を見たんです。それは卒業式の予行練習よりもさらに一足も二足も気のはやい、〈ターザンの木試乗会〉の夢です。そこで私は教習所のインストラクターたちを差し置いて、ハングライダーを操る人みたいに、雲を帽子のようにかぶった木の、その根の部分に乗って東京の空の下を飛んでいました。

おかしいのはその夢の試乗会で、私は大嫌いだった、あのピンク色した自動車教習所時代の制服を着ていたことです。しかも現役の頃よりスカートの裾が短くなっています。

でもそんなことは私は少しも気にはしませんでした。なんと言っても私の脚はそこそこ美しく、ピンク色のスカートに、青い空と白い雲に、よく映えていたからです。


お昼前に西荻窪教習所の所員一同に見送られて教習所を出発した私は、試乗会が開かれる銀座を目指して、見習い中の魔法使いみたいにターザンの木の細い幹をしっかり握り締めて、東京の空を一人南東に向かって飛んでいました。

ただインストラクターでもない私に、広報担当の私に、上空のルートなんて見当がつくわけがありません。それでも最初の試乗会に遅刻するわけにはいきません。会場になっている数寄屋橋交差点一帯では、この試乗会のためにわざわざ交通規制がされているそうなのです。

でも、じつはそんな場合であっても心配はご無用です。もともとフリーストリーミングの木と呼ばれていたターザンの木です。あっという間にグーグルマップにアクセスして、安全かつスピーディーなルートを自動的に割りだしてくれます。


春を迎えた東京上空の強い風は夢の中でもまだ肌寒く、教習所代表という責任も重なって、身が引き締まる思いで、私は山の手の住宅街と桜の花を足下に眺めながら、ちょっと緊張していたのを覚えています。

公園で遊んでいる黄色い帽子の園児たちに手を振ります。彼らは私の制服仲間です。散歩中の犬がどうして一人でいくのかと吠えたてます。それから鳩の群れと競争します。彼らにとって私とターザンの木は、初日からピンク色の制服を着て登校してきた派手な空飛ぶ転校生です。

私の気持ちは私の脚に触れる空気の量に比例して、どんどん自由になっていきます。私は太陽の方向を目指してターザンの木に「GO!」と言ってみます。


この目で見るのがはじめてなわけで、乗るのだって当然はじめてのはずなのに、私は自分でもビックリするくらい上手にターザンの木を乗りこなしていました。もしかしたら相性がいいのかもしれません。ターザンの木を乗りこなすのには、なにより相性が大事なのかもしれません。あるいは長年受付けの椅子に座りつづけてきたので、私のお尻はどんなものにもフィットしやすくなっているのでしょうか。

ちなみに私が乗っているのは、アガサがネイチャーX社のドームから盗みだしてきたオリジナルであるターザンの木の、そのクローンタイプです。クローンタイプの木にはオリジナルの記憶がそのまま移植されているのだそうです。もしかしたらアパートの屋上で聴いたキャサリン運転手の『サークルゲーム』も憶えているかもしれません。ちょうどいい機会なので私も歌ってみます。


あの日、うたかたの屋上で七人の図書館職員が見上げたもの、それがターザンの木のあるべき姿だったなら、それはターザンの木ではなく、もっとべつの名前で人々から呼ばれていたでしょう。たとえば雲のなる木とか。

もしそうであっても、それはそれで素晴らしい出来事ですし、世界中の人々を驚かせるのに十分なニュースになっていたでしょう。ただそれだけだったら、私たち西荻窪教習所のでる幕はどこにもないですし、私がノコノコと海をわたる必もありません。

つまり人々にはそのあと、雲のなる木とはべつの姿を見る機会が待っていたわけです。綿菓子めいた帽子よりさらにワクワクするような。わざわざ古い映画のヒーローの名前を持ちだしてきたくなるような。


今では私たちはターザンの木が帽子みたいに頭にかぶっているロールパンの形をした雲の、その元がなにかを、それがなにによって形作られているのかを、よく知っています。

その答えはあなたがいま読んでいるこのブログの中にあります。私のマックブックはノーマルなマックブックとはちょっと違います。打ち込んだすべての言葉の端々にも、ヒゲヒッピーたちのスピリッツとメロディーとリズムが息づいているからです。それからシェパードくんのヴイックスヴェポラッブも少し。教習所の元受付け係として、そして広報担当として、私はそれをとても誇りに思っています。ステッカーにしてあとでマックブックの扉に貼りたいと思います。


ターザンの木には、鳥や蝶やペンギンが持っているような、羽や翼はありません。私たちの木のそれは雲の形をしています。空中を飛翔していた物語の粒子が図書館へと集まり、図書館職員の脳味噌を中継地点として、ついには雲の形となって外の世界で結晶化したものです。

もちろん、樹木が空を飛ぶなんてと、どうしても信じられずにいる人たちが世の中にはまだ大勢いるのを私たちは知っています。そんなのはインターネットの世界の戯言に過ぎない、と。

お気持ちは理解できます。私たちはそういう人たちにこそターザンの木の姿を一日でもはやくお見せしたくて仕方がありません。


七人の図書館職員たちが読書会で読んだのは、偉大な、それほど偉大ではない、まったく偉大ではない、偉大どころかむしろ害になる、アメリカの物語たちでした。ウッドストック氏が選んだ本がどれに当たるのかは不明ですけど、結局のところ大切なのは彼らが読んだ本の内容ではなくて、その一語一語に関連付けられた、彼らの脳味噌の奥底に眠っている無数の物語だったのです。

それでも一つ良かったのは、ロサンゼルスから飛行機で戻ったウッドストック氏が、キャサリン運転手に話したようにその後すっかり読書家になって、好きなポーカーもそっちのけに真っ直ぐ帰宅するようになったことです。氏は図書館の館長をしてる奥様の書斎から一冊ずつ借りてきては、毎晩のように読書を愉しんでいるのだとか。

これはアガサから届いた最後のメッセージです。


ここでターザンの木の操縦方法について簡単にご説明しておきたいと思います。

ターザンの木は、普通の木と同じように普段は土に根を下ろしています。運転手が車のドアのロックを解除するみたいに、ターザンの木に出発の合図を送ると、イスカンダルを目指す宇宙戦艦ヤマトみたいに土を揺らして地面から根っこごと浮かび上がります。その推進力は頭にのせた飛翔する粒子の結晶です。

ターザンの木の定員は大人二名までです。人が座ったのを確認すると、椅子の代わりになる根の部分が勝手に丸まって、下半身を優しくホールドしてくれます。その名の由来になったアガサのターザンスタイルよろしく、立った状態でも乗れますけど、その場合は必ず幹の部分を両手で握るようにしてください。

ターザンの木の操作は基本言葉で行います。使用言語はいまのところ英語オンリーです。どれも小学生でも知っているような簡単な単語ばかりです。スピードはそれほど期待できません。ほとんどママチャリ並みです。でも一般的なマンションの屋上よりも高くまで上昇できます。

現状はこんな感じのようです。改良されるべき点はこれから徐々に改良されていくでしょう。


ターミナルの天井の照明が明るくなってきました。さっきまで床やソファーに横たわって寝ていた人々が立ちあがっては、キツネに抓まれたように不思議そうに周囲を見回しています。それでもまだ状況が把握できないようです。空港職員たちが慌ただしそうに動いては乗客たちに言葉をかけてまわっています。シェパードくんの姿はどこにも見当たらず、おそらくもといた場所にもう帰っているのでしょう。


二階のレストラン街と繋がったエレベーターが低い音を立てて動きはじめました。教習所の同僚もあとから下りてきて元気な姿を見せてくれるでしょう。

ずっと真っ黒なままだった電光掲示板にはフライト情報がポツポツ並びはじめています。私たちが乗るロサンゼルス行きの状況も確認できます。上手くいけば出発はそう遅くはならないようです。マックブックのバッテリーも急速に回復した模様です。いまのうちにブログをアップしておいた方が良さそうです。

さて、みなさんには第一回目から長々とお付き合いしていただいてありがとうございました。感謝に堪えません。見事ネイチャーX社の承認を勝ちとって、西荻窪の地に日本初のターザンの木教習所が開校した際には、どうか一つよろしくお願いします。ぜひ免許証を所得しにいらしてください。所員一同、心よりお待ちしています。

それでは行ってきます。


おしまい


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