表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/185

ターザンの木教習所⑧

唐突ですけど、このブログのタイトルを思いつきました。『西荻ターザンの木教習所の大きなお世話ブログ』です。どうでしょうか。なかなか今風なタイトルになっているのでは、と思います。ちょっと長いので、短く略して呼ぶときには、『お世ブロ』とか『お世話ブログ』ではなく、ぜひ『大きなお世話ブログ』でお願いします。

さてタイトルも決まったところで、『大きなお世話ブログ』ならではの大きなお世話話しのつづきに戻りたいところなのですが、みなさんからの「まだやるんですか?」コールが一斉に聞こえてきそうです。「ブログだから読みはじめたのに、こんなに長いとは思わなかった」とか。「まるで小説じゃん」とか。

正直に言いますと、私としても一回目からここまで書くつもりはなかったのです。本来なら今ごろ飛行機の窓から人生初の空と海と太陽の美しい旅絵巻をうっとりと見下ろしていたはずなのです。電車に乗った小さな子が、窓の外に流れる風景を飽きることなく眺めているように。

それが搭乗する前から予定外のアクシデントに見舞われてしまい、しかも未だにその只中にいる最中で、キーボードを打つ手を休めるわけにはいかない案配なのです。まるで空港のターミナルに閉じ込められながら、踊るのをやめられない赤い靴の踊り子状態です。


せっかくここまで読んでいただいたのに、長尺というだけで、みなさんとさよならになってしまうのは私の本意ではありません。商売にだって差し支えます。世にも珍しい、この木なんの木ターザンの木を紹介して興味を持ってもらう広報の仕事が、紹介する前に書けば書くほど飽きられてしまっては、本末転倒もいいとこです。

私たち西荻窪自動車教習所は、西荻窪ターザンの木教習所に生まれ変わらなければいけません。この程度でヘタをコイている場合ではありません。それでは『大きなお世話ブログ』の名に恥じるというものです。断ってはいませんでしたが、『大きなお世話ブログ』の別名は『転んでもただでは起きないブログ』なのです。


世界中の空港ターミナルに幽閉されながら、自らのブログの長尺さに思い悩む教習所の広報たちが、いま一斉に名案を思いつきました。小さな小さなカイゼル髭の跳ね上がったいくつもの先端が、同時多発的にピクピクして、沈滞しているターミナルの空気を蝶々の羽みたいに少しだけ揺らしました。分厚い霧のベールを突き抜けて、空港ターミナルには世界中の様々な情報が飛び交う中継ステーションになって、私たちといえばライ麦畑ならぬ空港ターミナルの髭を生やしたキャッチャーたちなのです。

アガサがふたたびメッセージを発信し、私たちキャッチャーはまたまたキャッチしたのです。ブログの長さを物ともせず、みなさんの関心を三日坊主並みに長つづきさせる名案をです。あるいはそれは迷案かもしれません。ときにアガサは私たちを不安にさせるほどに大胆不敵なアイデアを送って寄こすのです。


海を越えて私たちの受付クイーンから届いた提案は大胆でありながら呆れるほどに簡単です。物語の登場人物に〈あなた〉を加えるだけです。それによって読者であるみなさんに物語の中に参加してもらおうという魂胆なのです。八人目の賢者になってもらうわけです。題して〈八人目の賢者になって、あなたも読書会に参加しようツアー〉です。とっても分かりやすいですよね。

まだアップもしていないブログ上で、すでに一年前に終わってしまっている過去の読書会への参加を呼びかけるのもおかしな話だとは思います。でもアガサはそれが可能だと信じているのです。やらないわけにはいきません。


一つ考慮に入れておいてほしいのは、八人目の賢者は決してあなた一人ではないということです。♯No.8のハッシュタグは、世界中の空港から発信されます。物語の中だけでなく、やがて地上に同じ番号を持った国際色豊かな賢者たちがあふれるでしょう。ですからなにも不安に思う必要はありません。大船に乗ったつもりでツアーに参加してください。

なんでしょうか。「あの......私はアメリカ人でも、図書館職員でもありませんけど......」ですって?

もちろんその通りです。あなたはアメリカ人ではありません。でも喜んでください。それでも読書会には参加できるのです。それも一年前に終わっている読書会にです。

すでにお話している物語の粒子は、あなたの体にもほんのちょっとですがすでに降りかかっています。物語粒子は言葉に付着するのです。その中に含ませることができます。おにぎりの梅干しみたいに。チョコレートの中のアーモンドみたいに。そしてあなたはもうずいぶん私が書いた文章を読んでいます。それは七つの図書館に届いたマーロン・カール氏の正式な招待状とはべつの、もう一つの限定付きの招待状であり、物語の中を行き来するタイムマシーンなのです。


では早速〈八人目の賢者になって、あなたも読書会に参加しようツアー〉をはじめましょう。一年前に肝心の読書会は終了していますけど、遅刻は厳禁です。

あなたが勤めている丸の内図書館は、東京の丸の内にあります。それはとても変わった図書館です。私のブログの中ではそうなっています。私の目には、あなたの鼻の下と顎に生えはじめたポートランド髭ちょんちょこりんが良く見えます。あなたの赤ちゃんカイゼルちょんちょこりんの形は、アガサのそれに良く似ています。

銀色のバスがあなたを待っています。スミソニアン博物館の大展示場から夜中にこっそり運びだされてすっかりメンテナンスを終えてきたような、昔の大リーガーたちがシーズン中の大陸の移動用に乗っていたような、そのボディをげんこつでコンコン叩いたなら、モダンジャズの分厚いシンバルのいぶし銀めいた音色が響いてきそうな、光輝いた大型のバスです。

人の人生には一度ぐらいそんな朝があってもいいはずです。ピープル・ゲット・レディ。それを証明するためにも、バスは丸の内通りに眩しい胴体を横づけして、あなたが出勤して来るのを待っていたのです。


こうまでして誘っても、あなたはまだ駄々をこねる気でしょうか。今度は「あの......私が働いている会社は丸の内にはありませんし、図書館でもないですけど......」ですって?

いいでしょうか。私は丸の内通りとは言いましたけど、丸の内の通りなんて一言も口にはしてません。それに第一私は、あなたのカイゼル髭の跳ね上がり方にはちょっと関心ありますけど、あなたがどこの会社のどこのオフィスで働いているかなんて、少しも興味はないのです。

もちろんあなたは会社員です。と同時に図書館職員でもあるのです。丸の内図書館は、丸の内にオフィスを構えた企業が合同出資して運営されている非営利団体です。あなたは本来勤めていた企業から出向している身分なのです。おめでとう、あなたは本当の幽霊社員です。違いますか?違いますよね。でもいいんです。今度はあなたが妄想する番です。それがNo.8の仕事です。ただ、あなた一人に孤独な妄想をさせたりはしません。百万人の八人目の賢者たちが一緒です。


約束の日がやってきました。あなたに約束を交わした覚えがなくとも、その日は朝から見事なニューヨーク晴れで、丸の内通りのオフィス街では早朝から銀色のバスが主役です。

駅の改札や地下道の出口から吐きだされた勤め人たちの行列が、いったい何事かと驚いたふうに、皆一様に大きな銀色の車体を見上げていきます。反射する朝日の眩しさに目を細めます。彼らの眠たげな頭も一気に覚めたようです。それからこんな大きなバスで都内の混み混みな交差点のカーブを曲がり切れるのかしらんと心配しはじめます。「映画かドラマの撮影かしらん?」とか。「あんなド派手なバスでこれから社員旅行?社長の趣味?それとも罰ゲーム?」とか。


様々な憶測が早朝のオフィス街に風船みたいになって上っていきます。あなたはそんな丸々とした風船クエッションたちを、パレードのヒロインみたいに頭上に従えて、通りにコインローファーの靴音を鳴らしながら悠然と歩いてきます。

あなたが勝手に決めたあなたの制服は、胸にエンブレムの付いた紺のブレザーとフレアの入ったチェック柄の膝丈スカートに茶色いハイソックスです。夏にはカンカン帽をかぶってポロシャツに着替えて、冬にはダッフルコートを着てコインローファーからブーツに履き替えます。男性でも同じです。あなたが女性なら昔ながらのオリーブ少女に、男性ならスコットランドのバグパイプ吹きにちょっと似ています。どうぞ丸の内のオフィス街にエアーバグパイプの音色を反響させてください。

あなたはこの街の有名人です。パレードのヒロインにピッタリです。しかも風船の上の空は青々と晴れ渡っています。点々とした小さな白い雲たちはあなたのパレードを見物にきたみたいです。あなたの顔は、大抵いつも車で移動する大企業の社長さんたちよりもよほど知れ渡っています。


丸の内図書館は丸の内オフィス街のどこかのビルの中にあります。ある意味、丸の内図書館は移動図書館です。動く車輪が付いていない移動図書館です。あなたが開くオフィスのドアの向こう側にそれはあります。それはどこかのビルのオフィスに、あるいはどこのビルのオフィスにでも存在します。


丸の内図書館の唯一の図書館職員であるあなたの仕事は、なによりもお客さんを見つけることです。それに尽きます。

お客さんは丸の内のオフィス街で働く勤め人たちです。あなたはその紺とグレーの群衆の中に、小さなポートランド髭の持ち主を見つけださなければなりません。でもなんの心配もいりません。あなたが胸につけたエンブレムは恐れを知らず、あなたが履いたローファーは疲れを知らず、そしてあなたの日本代表ポートランド髭No.8の感度は、仔犬の尻尾みたいに敏感だからです。


つづく



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ