ターザンの木教習所②
管制塔は濃い霧に包まれた遠い岬の灯台のように見えます。滑走路に張り付けにされたものたちのぼんやりした輪郭だけが浮かんでいます。灰色した空が霧へと溶け込み、さらに霧が地上で翼を広げた鉄の塊を覆い隠しています。
私は今、ターミナルの建物からは覗くことのできない空港外の風景を、お天気アプリの外部カメラを使って観察しているところです。濃霧注意報がだされている空港は、どこか現実離れして見えています。そこは未来の、私たちの次の世代のために存在している建築物のようであり、それが霧の厚いベールで周囲から隔離されて、まるで朝靄に包まれた富士山麓の科学研究所めいて、さらに非日常感がアップしています。本当に未来の人々のためにプレゼントされた場所のようなのです。
時間を持て余した教習所のスタッフたちは、エスカレーターに乗って空港内のレストラン街へと上っていきました。私は一人、ターミナルのロビーに残ってこのブログを書きつづけています。私の味方はフロアにじかに置いたボトルタイプのブラックコーヒーだけです。できるだけ早くこのブログを書き上げなければいけません。そんな気がしてならないのです。科学研究所は常に危険が一杯です。
でも、だからといって乱雑になっては身も蓋もありません。私たちの活動はすべてネイチャーX社の評価対象になっているからです。
私が書いているこのブログも当然そうなります。私たちはわざわざ大枚を叩いて、呑気な大人の社会見学のために遠いアメリカまで馳せ参じるわけではないのです。西荻窪自動車教習所で働いていた社員たちの運命は、冗談でなく、私たちの肩にかかっています。輝かしい未来を手にするか、それともみんなで一緒にダークサイドへ落ちていくか。
神様は様々な形となって私たちの前に現れるという話は本当なのかもしれません。解像度の低い教習所のブラウン管テレビに映しだされた痩せ細ったターザンの木は、あたかも民衆に見捨てられた哀れな救世主がゴボウの木となって、土の中から生まれ変わってくる昭和のドキュメンタリー番組のようでした。
この世界に救済なんて存在しない、それは絵に描かれた餅のようなもの......ずっとそう思い込んでいた私は、その日、絵に描かれた美味しそうな餅がスケッチブックのページからニョキニョキでてくる様子を、この目ではっきりと見たわけです。
糞みたいな人生を送ってきました。友人も恋人もなく、夢も希望もありませんでした。冗談ではなく私の体の中には、触れたものすべてを石に変えてしまう、意地悪な魔女が棲みついているかのようでした。
そんな私の目に、はじめて見るターザンの木は、まるで空から下りてきた一筋の雲の糸のごとく映ったのです。「この世界に救済なんて存在しない」と高を括っていた人間には、逆に「この世界に存在しないようなもの」が、ときに救済の存在理由になり得るのです。
いかがなものでしょう。このブログを読んでいるみなさんは。絵に描いた餅がスケッチブックからでてくるところを見てみたいとはお思いになりませんか?
どうもターザンの木について語るとき、私の文章はスピリチュアルな面が強調され過ぎるようです。でも心配しないでください。なにも私は教習所発のおかしな新興宗教を布教しようとしているわけでも、スケッチブックから飛びだしてくる餅を売りつけようとしているわけでもありません。私はただ、みなさんにターザンの木の素晴らしさを知ってもらうために、多少なりとも個人的な体験を織り交ぜて話す必要性を感じているだけなのです。
そんなわけですので、もう少しだけ辛抱してもらえたら幸いなのですけど、人には許容範囲や我慢の限度というものがあります。企業には企業の社会イメージというものがあります。せっかく生まれ変わろうとしている私たちの教習所が、糞と関連付けられて語られるのは私の望むところではありません。
ですので、この辺で客観性と企業イメージを保持するために少し趣向を変えまして、ターザン木の誕生にまつわるお話をなるべく客観的に、ちょっとだけスピリチュアルなウィキペディア風に、説明したいと思います。
ネイチャーX社のCEOマーロン・カール氏はまだ四十代のインド系アメリカ人で、彼の子供の頃からの植物好きは、アウトドア派の両親の影響が大きいようです。カルフォルニア大学ロサンゼルス校を卒業したあと、植物学の博士号を所得しています。
アップル創業者の一人、スティーブ・ジョブズ氏がいつも黒いタートルネックシャツを身につけていたように、マーロン氏はいつでもどこでもオックスフォード地の水色のボタンダウンを着ています。若々しく引き締まった褐色の肌とシャツの青さはとても相性が良さそうです。
マーロン氏が26歳のときに自宅で立ち上げたネイチャーX社は、減少をつづける世界の森林対策として、効率よく酸素を供給する樹木の研究開発を行ない、目覚ましい成果を上げてきました。
X社のさらなる躍進は、その成果に目をとめたNASAが、火星の大地に酸素を供給するための樹木の共同開発をX社に提案してきたことです。ネイチャーX社はすでにそのとき、カルフォルニア州郊外の広大な土地に本社を構え、そこに人工プラントを育成するための巨大ドームを二つ所有していましたが、NASAの出資を得て、さらにもう一つの巨大ドームを隣接する土地に建設しました。ターザンの木はその新しいドームの中で誕生した新種プラントの一つなのです。
ターザンの木はその名前から想像するような、ジャングルの奥地に生息している自然の樹木ではなく、じつは温度や湿度や日照時間を自由自在に調整できる透明なドームの中で誕生した人工プラントだったのです。ただカルフォルニア州にはかつてターザンシリーズを産んだ映画の都ハリウッドがありますから、それを考えればまずまず的を得た命名だったといえるでしょう。
もっともターザンの木という名前がつけられるのはもう少しあとになってからのことで、当初はほかのプラントと同じように名前でなく番号がついているだけでした。しかもターザンの木の運命は、その名前がつけられる以前に、植樹から一年足らずで早くも立ち消えようとしていたのです。
というのは、プラント用ドームがいかに巨大であってもその面積は無限ではありません。それに比べて樹木の成長のスピードは大変遅いわけです。研究材料としても使えないような失敗プラントは、データだけ保存されたあとに、根っこごと引き抜かれて焼却処分される運命にあったのです。
なにを隠そう、私たちのターザンの木は、失敗中の失敗プラントでした。土から伸びたゴボウのようなそれには、あるいはゴボウとなって生まれ変わった救世主のそれには、一年が過ぎても枝さえ生えずに、緑色した小さな葉がチラホラと、波平さんの頭の髪のごとく辛うじて幹についてるだけといった有様でした。波平さんの髪の毛もどきを何万本植林したところで、火星を酸素で満たすのは不可能なはずです。
つぎに植えられようとしているプラントの苗木がすでにいくつも待っています。失敗プラントの烙印を押されたターザンの木には、直ぐに焼却ミッションが下されました。
でもここから奇跡が起こるわけです。ゴボウの救世主の救世主が現れるわけです。そうでなかったら、私たちが渡米する意味もありせん。大枚を叩いてまで。
さっきまで賑やかだったアジアからの団体客は、みんな疲れ果てたようにターミナルのソファーや床に置いた大きな荷物にもたれて眠りにつき、それぞれの故郷に帰った夢を見ているようです。
はしゃいでいた子供たちも、大人たちの体をクッション代わりにして同じように眠っています。ただ子供たちが夢の中で見ている故郷の街は、やっぱり濃い霧で覆われているのかもしれません。現実の世界で夢と繋がっている彼らの意識のパイプは、夢の世界ではやはり現実と繋がっているのかもしれません。
書き進めましょう。スピリチュアル風ウィキペディアはさらに先へと参ります。
ターザンの木を救ったのは一人の女性でした。名前も年齢も職種も公表されてはいませんが、ピンク色の制服は着ていなかったでしょう。
ここで私は彼女を仮に「アガサ」と呼びたいと思います。特に意味はありません。たった今、そんな名前を思いついただだけです。
アガサはネイチャーX社の研究員かもしれませんし、三つのドームの清掃員なのかもしれません。どちらにしても彼女はその日、根っこから引き抜かれ、ドームの土の上に横たわった、あられもないゴボウ型救世主の姿を見下ろしたでしょう。そしてあろうことか、彼女はそれを抱えてドームを抜けだすと、焼却場に行く代わりに、野菜泥棒みたいにこっそり自宅へ持ち帰ってしまったのです。
奇跡はさらに更新されます。
ターザンの木を自宅に持ち帰ったアガサは、それを本当のゴボウみたいにフライパンで炒めて晩御飯のおかずにしたりはしませんでした。彼女はアパート暮らしをしていて、その屋上にはアパートの住人たちが共有している菜園があります。そうです。アガサはその日のうちに空いた場所にターザンの木をふたたび土に還したのです。行け、行け、アガサ!
それにしても、立場はどうであれ、彼女はなぜそんな行動にでたのでしょうか。職を失う危険は思い浮かばなかったのでしょうか?そんなことをして彼女になんのメリットがあるのでしょうか?
インターネットで検索すると様々なアガサ像がでてきます。ただ、どれも的を得てるとはいえない気がします。
ターザンの木教習所の広報としましては、「アガサ覚醒説」を打ちだしたいところです。つまりその日、研究員であれ清掃員であれ、彼女アガサは、ターザンの木の声を心の中で聞いたのです......。
すみません。またしてもスピリチュアル度が規定値を超えてしまったようです。
たとえそれが多分に心の問題だとしても、植物が人間にメッセージを送るなんていったいどういうことなのでしょう。とても正気の沙汰とは思えません。公共性の高い機関の広報としては問題ありありです。
でもこれだけは言わせてください。私にはアガサの気持ちがよく分かるのです。なぜなら私たちは同じコインの裏と表だからです。もちろんアガサが表で、私が裏です。
すすんで根っこを引き抜く人間がいれば、それを植えていく人間もいます。呪われた遺伝子の持ち主がいれば、祝福された幸福の遺伝子の持ち主だってこの世にはいるはずです。私たちはどこまでも対照的です。私たちは同じコインの裏と表です。私はこれから飛行機に乗ってネイチャーX社へと赴き、そこで誰よりも、CEOのマーロン氏よりも、アガサに出会える日がくるのを心待ちにしています。
眠くて眠くてたまりません。こうしている間にも瞼が閉じて指が自然と止まってしまいそうです。こんな有様では、あと何字書けるのか分かったものではありません。
マックブックの画面がチカチカします。目をこすって見上げると、ターミナルの大きな案内表示の文字と数字もチカチカして今にもいくつかのフライトがこの世から消えてなくなりそうです。これは目の錯覚でしょうか。
響くのは国際色豊かなイビキと私の指がキーを叩く音だけです。生まれてはじめてターミナルに足を踏み入れたとき、そこが思っていたよりも静かな場所なのに驚きましたけど、今ではさらに静けさを増して、まるで時が止まった富士山麓の科学研究所よろしく、静寂の世界に包まれてしまったかのようです。
錯覚ではありません。私の悪い予感はよく当たるのです。呪われた遺伝子の面目躍如といったところです。
子供たちもみんな眠っています。現実世界との太いパイプもついに絶たれてしまったようです。
チェックインカウンターの前に行列をつくっていた人々も床に伏して眠っています。そのカウンターにいたはずの女性職員の姿は見当たりません。数珠になったワゴンを押して往き来していた空港の男性職員もどこかに行ってしまったきり戻っては来ません。アナウンスもまったく流れず、上階のレストラン街へと繋がるエスカレーターは間が抜けた鈍い音を立ててたった今停止してしまいました。私としては、ただ教習所の仲間たちがせめて食事を終えてから寝落ちしたのを祈るばかりです。
マックブックのバッテリーの減りが早くなっています。急がねばなりません。ターミナルの玄関やダスト口から侵入してきた細かな霧の一つ一つの粒子に、「誰も起きていてはならぬ」というミッションが、あるいは「なにものも動いてはならぬ」というミッションが、刷り込まれいたのに違いありません。大きなコウノトリたちの電気仕掛けの巨大な巣が、その機能を停止しようとしています。
ああ、またしても規定のスピリチュアル度を超えてしまったようです。でもこれは緊急事態ですので、ここは一つ大目に見てもらいたいところです。
ターザンの木よ、アガサよ、どうか私に力を貸してください。マニトーという名の、あなたたちの精霊の力を千葉の成田まで送ってください。それが無理でしたら、せめて私のマックブックのバッテリーだけでもどうにかしてもらえると助かります。フォースとライトセーバーでなく、私はマニトーとマックブックで一人戦わなければならないのです。
アイツが来たのです。本当なら、あの春の日にやってくるはずだった奴が、最後の最後になって、ようやく攻め込んで来たのです。私の悪運が、私の呪われた遺伝子が、もう一人の私自身が、どうにかして私を飛行機に乗せないようとしているのです。
それにしてもいったい私の悪運はいつからこんなに大袈裟になったのでしょう。たしかにずっと友達がいなかったり、恋人がいなかったり、勤める会社が次々に倒産したりはしましたけど、たかだか女一人のために大きな空港を丸呑みにするなんて、やり過ぎではないでしょうか。女が一人幸運を手にしようとするのがそんなに気に入らないのでしょうか。
まあ、分からなくもありません。そういう輩は世間には大勢いますから。
もしかしたら私の悪運は、春の講義室でターザンの木を見初めた私に恐れをなし、悪の大王にせっせと忖度して、この日に標準を合わせ力を蓄えていたのかもしれません。
奴はもう直ぐ霧の中から『ギャートルズ』に登場する骸骨の馬みたいなのに跨がって正面玄関から入ってくるでしょう。そうして私の体をつまみ上げてはうしろに放り投げて乗せると、ダークサイドへ連れ戻そうとするはずです。
ならば受けて立ちましょう。なにしろ相手は私自身なのです。これまではいいようにさせてきましたけど、今の私には強力な二つのマニトーとマックブックという新しい味方がいるのです。
つづく