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若い頃の苦労が買える店(後編)

ウィキペディアによりますと、ドストエフスキーはその人生の最晩年に、かの『カラマーゾフの兄弟』を書き上げたのだそうです。

おそらくドストエフスキーは〈若い頃の苦労〉を服用してはいなかったはずですが、私はその話しをネットで読んで、もしも私に十分過ぎるほどのお金があったなら、世の中の苦悩をすべて背負い込んだような、かの有名な肖像画を、ぜひとも〈若い頃の苦労〉の商品パッケージとして使いたいものだと真剣に思った次第でした。きっと〈若い頃の苦労〉に箔が付くでしょう。


私たちが取り扱っている〈若い頃の苦労〉は、一種の滋養強壮剤みたいなものです。そのせいで顧客には中年から初老の男性が多いのです。

ただし、よくドラッグストアで売られている滋養強壮剤とは大きく性質が異なります。そもそも〈若い頃の苦労〉はどんな種類の医薬品や医薬部外品にも含まれません。それはもとは形のない感情であり経験なのです。

それでも〈若い頃の苦労〉は、ある意味ではどんな滋養強壮剤よりも効果があります。それは消費者の肉体にではなく、その精神に直接作用するからです。


〈若い頃の苦労〉はなによりもマンネリを嫌います。〈若い頃の苦労〉にとって安定は停滞を意味します。

逆に〈若い頃の苦労〉はユーモアを好みます。イタズラ心や変化を愛します。お抱え運転手を雇う身分にまで上り詰めた偉い方々に、時給800円だった頃をもう一度思いださせます。駅前で雑魚寝して目覚めた早朝の眩しい日差しをもう一度感じてもらいます。バブル期に流行した言葉を借りるなら、〈若い頃の苦労〉は新人類よりも〈新旧人類〉を爆誕させます。


〈若い頃の苦労〉を指して、精神的バイアグラと呼び、間接的に揶揄する人たちもいます。

それはそうかもしれません。たしかに〈若い頃の苦労〉には精神的バイアグラ的なところがあるかもしれません。でもそれを言ったなら、この世に存在する音楽や文学や映画や、その他あまたの芸術には、すべて精神的バイアグラ的なところがないでしょうか?だとしたなら、「精神的バイアグラ万歳!」といったところです。


〈若い頃の苦労〉の購入者には、過去にビジネスやアートの世界で成功を収めた、年齢的にもベテランと呼べる方々が大勢いらっしゃいます。

〈若い頃の苦労〉は文字通り彼らをフレッシュな新人だった頃の精神にもう一度立ち戻させる魔法のごとき粉末です。ただし決して怪しい品物ではありません。

それでも〈若い頃の苦労〉に批判的な人たちはよく口にします。「世代交代が二十年は遅れてしまう」と。

仰りたいことは十分理解できます。でもよく考えてみてください。私たちの店は60年代の昔から営業を開始しているのです。〈新旧人類〉のみなさんはすでに大勢活躍されています。


私たちが批判を心配して、これまでずっと広告をださずに細々と営業をつづけてきた主な理由はそこにありました。「世代交代を遅らせる」という根強い批判です。

しかし時代は変わったように思います。世代交代の声はいまもありますけど、現実的に考えれば、若い人口は減りつづけ、全人口に占める年寄りの割合は増加傾向にあります。そうすると、ベテラン勢の精神的な若返りは一つの光明と言えるのではないでしょうか。新しいアイデアを次々に捻りだす若々しいベテランならば、いつの時代にも重宝されるはずです。

〈若い頃の苦労〉を使いつづけてきた私たちの顧客が、カツラやシークレットブーツ的な不安から解放される時代がやってきたわけです。


さて、中央総武線に乗り込んだ早春の〈若い頃の苦労〉たちは、鉄橋の先端から荒川のまだ冷たい水の流れへと次々にダイブしていきます。

彼らはこのときはじめて決まった形と質量を持ちます。金魚ぐらいの小さな魚です。その形と大きさには、なるべくエネルギーを使わずに速く泳げるという計算が働いているようです。

残念なことに私たちは体内に吸収したエネルギーをすぐに消費してしまいますが、〈若い頃の苦労〉たちはそれを冬眠中の熊みたいに体内に貯蓄しておく芸当ができるようです。

夏から冬の季節の間、ずっと私たちや顧客の財布に世話になってきた〈若い頃の苦労〉たちは、例えるならエネルギーの塊みたいなものです。彼らには呼吸すら必要ないのです。イルカめいた速さで、流れる水を集団で駆け昇っていきます。


東京の荒川を上流に向かってたどっていきますと、遠く埼玉県に位置する秩父地方の山奥まで繋がっていきます。

エネルギーの塊の魚になった、疲れ知らずの〈若い頃の苦労〉たちは、その長い過程をわずか一日で昇りつめてみせます。朝に新宿駅をでて、夕方までには秩父の森の奥にたどり着く速さです。そこが彼らの目指した最終地点であり、約束の土地なのです。


長い長い河川のどこかで、私たちが契約した東京湾の漁師たちが、〈若い頃の苦労〉の一部を捕獲します。契約した漁師たちには早春から初夏の間だけ陸に上がって、川で漁をしてもらいます。ただ、それがいつ、どこでどのような形で行われるのかに関しては、すべて企業秘密とさせていただきます。

それでもその作業がすべて法律の範囲内で行われ、なおかつそれが可能なのは、〈若い頃の苦労〉と過去に契約を交わている私たちだけであるのは、申しておきたいと思います。漁師の顔ぶれももう何年も変わっておりません。


捕獲した〈若い頃の苦労〉たちは、薄く濁った玉色をしていて、若干の水分を含んでいます。その場で岸辺に並べて干され乾燥されます。すっかり水分を蒸発してサキイカ状になって果てたあとで、発泡スチロールに詰め込まれ、〈くじゃく〉まで届けられます。

雑居ビルの屋上でさらに一日干したあとで、私たちはいよいよ擦りコギでサラサラした粉状になるまで潰し、透明の小瓶に詰め、グラム数を測り、蓋を閉めて封をし、商品ができあがります。

小瓶状の〈若い頃の苦労〉は、まるで翡翠の詰まった薬入れみたいに綺麗です。用法としては、小さじで掬い舌の上にのせて直接含んでもらっても結構ですし、水やお湯で流し込んでもらっても構いません。若干の苦味はありますけど、特に味はしません。


〈若い頃の苦労〉たちが、秩父の山奥を流れる上流にたどり着いたあとどうなるのか、私たちは知りません。仮に知っていたとしてもお教えできません。

ただ噂では何度か耳にしたことはあります。もうずいぶん長い間商売をしているわけですから、噂の一つや二つでてきても不思議はありません。社員や契約している漁師たちに箝口令は敷けますけど、顧客にまでそれを強要するのは無理なお話しです。それでも顧客たちは噂話を風聴しているのは漁師たちだと言いますし、漁師たちは漁師たちでまったく逆の成り行きを口にします。


私ははじめてHPに文章を書くにあたり、どういった形で話しを締めくくったらいいのかちょっと悩みました。どういうふうでも良さそうですし、逆にどういうふうでも収まりが悪そうです。

私はここで父の代から漁師たちの間でまことしやかに語られている〈若い頃の苦労〉に関する一つの伝説を紹介して、ひとまずの結びにしたいと思います。

船乗りたちは迷信深いと聞きますが、その兄弟である漁師たちは物語好きなのかもしれません。彼らの作ったお話しは私のお気に入りでもあります。

伝説は、欲に目が眩んだ漁師が、秩父の森の奥で体験した不思議な目撃談という体裁をとっています。ほとんど『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』の〈若い頃の苦労〉版といった感じです。


秩父の山奥に端を発する川の上流には、産卵後の鮭みたいに、力尽きた〈若い頃の苦労〉の残骸が、さぞや岸辺に大量に打ち上げられているはずです。当然〈若い頃の苦労〉の残骸は高額で取り引きされます。

小遣い稼ぎとばかり、漁師は早朝から軽トラを、初夏を迎えた山を流れ落ちる川の上流へと走らせました。しかし目的地に到着した漁師でしたが、そこには〈若い頃の苦労〉の残骸は一片も見つかりません。おかしいと思った漁師は、近辺を散策して人気のない森に分け入り、細い沢を見つけました。チョロチョロと流れる水に導かれるようにして、長靴の底で鬱蒼とした沢沿いの路を、湿った土を踏んで進んでいくと、まだ昼のはずなのに周囲は急に日が暮れたみたいに不気味に薄暗くなっていきます。

海や河川には詳しいのですが、山や森にはいたって不慣れなせいもあって、一度諦めてもときた森の路を引き返そうかと思ったとき、漁師は木立の奥に玉色に鈍く光る泉を見つけます。


玉色した円形の泉には森のどこからか光が差し込んでいます。ただ水面の濃さまでが〈若い頃の苦労〉とまったく同レベルなので、そこにお目当てのお宝が潜んでいるかどうかは見分けがつきません。

漁師はとりあえず持ってきた網で泉の水を掬ってみようかと考えたのですが、手にした網の柄を長く伸ばしてそれを水面にかざしたときに、森の奥からガサガサガサガサと、木々の枝葉を揺らす物音が聞こえてきたのです。

てっきり小鳥か森に暮らす小動物かと思ったのですが、野犬の可能性も心配して、漁師は茂みの影に身を隠し、隙間から周囲の様子を伺っていました。

するとなにか半透明の物体が、月を横切る雲のようにゆっくり通り過ぎていきます。

『プレデター』のシュワルツネッガーになったような心持ちがしましたけど、それも一瞬で、漁師はもともと珍しい生き物には日常的に接しているので驚きは長つづきしませんでした。それよりその生き物が凶暴な野犬でなくてまずは一安心といった気持ちの方が大きかったのです。


漁師は半透明の生き物のあとを音を立てないように慎重についていきました。

見たところその物体の質感は、手に持ったときの〈若い頃の苦労〉に近いものがありました。金魚サイズの〈若い頃の苦労〉が、人間の大人サイズにまで成長したような印象です。金魚よりははるかに大きく、森の巨人と呼ばれるデイダラボッチよりははるかに小さいといったところでしょうか。

小型版デイダラボッチは動きが遅いので、漁師はつぶさに様子をうかがえました。それは疲れているようでした。あとをつけてくる漁師の存在に気づく余裕はなさそうでした。よく歩みを止めて、木立に手をあてて休んでいました。触れた皮の部分は濡れて色が黒く変わっていました。しまいにその物体は太い幹に身を預け、ズルズルと根本に座り込んでしまいました。


「自分はいま、〈若い頃の苦労〉の最期を目撃しているのかもしれない」

漁師は直感的にそう考えました。多少の欲目はありましたけど、ちょうど大きさからいって、川を昇ってきた大量の〈若い頃の苦労〉たちが沼に集まって一つにまとまり、それが陸に上がって森をさまよい歩いているように思えたからです。形と大きさ以外は、色も質感も〈若い頃の苦労〉そのままでした。

〈若い頃の苦労〉のデイダラボッチは幹に寄り掛かったまま動こうとはしませんでした。生きているのかも死んでいるのかもわかりません。玉色の粘土で造ったみたいに目も鼻もないので表情も読み取れません。おそらく川を昇り切ったところで体力を使い果たしたのだろうと漁師は思いました。

「あれほどの大きさの〈若い頃の苦労〉には、いったいどれほどの値が付くものなのだろう」と、予想外の収穫を目の前にして、漁師は逆に不安になりだしました。「乾燥するまでに何時間掛かるのだろうか」と具体的な心配をはじめ、「日が暮れてしまうのではないか」としだいに不安になってくるのでした。


「慌てても仕方がない。待って様子をみるしかあるまい」

そう腹をくくって漁師も幹に寄りかかり、〈若い頃の苦労〉と同じ姿勢になって向かい合いました。そのあとしばらくして、漁師は一攫千金の見果てぬ夢に誘われるように眠り込んでしまいました。

このお話しの結末には、『取らぬ狸の皮算用』めいた教訓が用意されているわけではありません。『浦島太郎』的などんでん返しが漁師の身に起きるわけでもありません。漁師は眠ってしまったときと同じようにごく当たり前に目を覚まします。頬に雨粒が当たったのです。


海や川でもそうですが、雨が降ったときの初夏の森は急に賑やかになります。雨足はすぐに強くなって、森の樹々を様々な自然の打楽器へと変身させます。それはときに目覚まし時計の役割も果たします。

漁師は樹木の茂みの下で目を覚まします。森が〈若い頃の苦労〉との別れを告げています。漁師はその時間にギリギリ間に合ったようでした。

玉色の金魚が、デイダラボッチの頭のてっぺんから次々に離れていって、森の空間を昇っていきます。金魚たちは小さな尻尾を懸命に振りつつ、蝶々の集団のような複雑な模様を描きながら大地から空へと旅立っていきます。デイダラボッチの体は逆にどんどん小さくなっていき、やがて消滅してしまいます。あとに残ったのは誰の記憶にも記録されないわずかに湿った土の影だけです。

漁師はただ呆然と、顔を濡らしながら、雨雲の中へと吸い込まれていった金魚たちの群れを見上げます。


私がこのお話しの好きなところは、「どうして〈若い頃の苦労〉はわざわざ川を昇るのかしらん」という、幼い時分から長らく不思議に思っていた疑問への答えのヒントが隠されているように思えるからです。

一言で申してしまえば、それは「散り散りになって捨てられた〈若い頃の苦労〉たちが、ようやく一つになって結ばれ合う」ためのプロセスであったのではないでしょうか。そのためには、川の水や森の泉が必要だったのです。

雨雲に吸収された〈若い頃の苦労〉たちは、おそらく雲と一緒に風に流されて東京の街までたどり着いたはずです。彼らはそこで雨粒となって私たちの肩を濡らすのです。


おしまい

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