あなたの埋もれた才能見つけます㉕
もしかしたらこれが生涯最初で最後のあなたのあだ名になるのかもしれません。あまりに田中つながりだと相方である私が困るので、分かりやすいようにあなたにニックネームを付けて差し上げたいと思うのです。それも田中Aとか田中Bもどきの記号めいた呼び名とは違う、あなたにピッタリとフィットした名前を。
せっかく人から覚えてもらいやすいように、わざわざありがちな名前を付けたのにも関わらず、あなたたち水晶掘りの両親の願いは、見事なまでに裏の裏のそのまた裏返しになってしまったようです。ありふれた名前を持つあなたたち水晶掘りは、かつてはみんな神童と呼ばれた男たちです。あなたたちが小さな水晶の球体の中に見つけるのは、かつて神童だった子供のころのあなた自身かもしれません。
人を人とも思わない、人を名前ではなく積極的に四文字言葉で呼ぶあなたには、職場や学校でも誰も親しみのこもった呼び名なんて付けようとはしなかったでしょう。それはあだ名による四文字言葉への復讐です。
「いいや、俺には100人のダチがいるぜ」
あなたは強がって胸のブローチに向かってそうほざくかもしれません。仮にそれが事実であったとしたら、それはそれで喜ばしい珍事です。どうぞその100人のお友達によろしく伝えてください。ただその場合一つだけ心残りがあります。私があなたに付けたあだ名が「イカサマ」であるという一点です。
それがあなたの新しい名前です。アニメにでてくるサイコロ振りの鼠の呼び名ですけど、水晶掘りのあなたに相応しい名前だと思います。あなたは年上なので、「さん」付けにして、「イカサマさん」と呼びたいと思います。ゲームキングの田中さんに、イカサマの田中さんです。
私のことはどうぞ気軽に「ピンキー」と呼んでください。今回の採掘の際に、キャシーさんが私に付けてくれたあだ名です。なんだか昔の刑事ドラマみたいな展開です。呼び捨てで結構です
図書室から校庭キャンプへともどると、キャシーさんが言いました。「かの街は夢でできている」と。そこでは「あらゆるものごとが丁度いい具合に調整されている」と。
そう聞かされても、すぐには信じられませんでした。だってそのわりにはかの街の風景はぜいぶん殺風景ですし、どこか想像力の欠けたお芝居の書き割りを見せられているかのようだったからです。彩豊かなパレードも、子供たちが喜びそうなお菓子でできた家もありません。せいぜいが甘口のカレーライスどまりです。
「でも、完全無料のデッドエンドなコンビニならある」
そう言ってニッコリ笑い、キャシーさんは校庭キャンプコーヒーで唇を保湿します。私も信じられないと言うわりにはすっかりこの森の香りのするコーヒーのファンになってしまって、いつもなら遠慮しがちなブラックを味わいつつ啜ります。
キャシーさんはチカチカと揺れる炎に横顔を輝かせながら、かの街における夢についての話しをつづけます。
「この焚火もそう。校庭キャンプではなにより焚火が大事。かの街での子供たちのスケジュールがキャンプファイアーを中心に回っているように。私たちはこの火でお湯を沸かして、ソーセージを焼いて、読書もする。しかも朝目が覚めたときには火が消されているだけじゃなくて、その燃え跡さえ綺麗さっぱり片付けられている。子供たちが裏山を歩けば、毎日必要な量の薪木が必ず手に入る。考えれば、ずいぶん不思議な現象じゃない?」
どうやら私は山の手線の旅のおかげで不思議さに慣れすぎてしまっていたようです。
土曜の夜は子供たちのフォークダンス大会はお休みです。水晶生命から私たち採掘隊がやってくるからです。これも「何事も丁度よく調整された」一端でしょうか。
例えるなら私たち発掘隊は、クジラの巨体に吸い付いているコバンザメめいた存在です。校庭では子供たちの大きなキャンプファイアーの代わりに、私たちのための小さなキャンプファイアーが夜遅くまで灯ります。私たちにも夢の力によって身分相応の分け前が与えられるようです。クジラがコバンザメを必要としているように、私たちもかの街に必要とされているわけです。
初回の採掘で私は貸出しの上限である三冊の本を借りました。ただしどんな本を借りたのかは秘密です。魔法の呪文が他言無用であるのに等しく、かの図書室の貸出し記録はヘッドハンターたちだけに共有される情報だからです。
かの小学校における貸出し限度についていえば、それはかの街によって定められたものではなく、ヘッドハンターたちの記憶によって決定するものらしいです。つまりヘッドハンターがかの図書室で借りられる本の冊数は、本人が卒業した小学校の貸出しルールにのっとっているらしいのです。私の貸出し上限が三冊なのは、私の小学校の図書室がそうなっていたからです。
夜中になるとかの街の子供たちはみんなどこへいってしまうのでしょうか。図書室からもどってくると、校舎は暗くなり、最後まで点いていた図書室とそれに通じる廊下の明かりもパタッと落ちてしまいました。明日を刻む時計の秒針がカチカチと動きはじめるまで、かの街の小学校は世界に向かって完全に閉じってしまったかのようでした。
校庭キャンプへともどったとき、キャシーさんは緑色の寝袋にうつ伏せに包まって、読書する蓑虫になっていました。テントから焚き火の方に顔を向けながらiPadで読書をしているのです。本当に本好きで、どこにいても読書をしているふうです。
テントで宿泊するなんて小学生だった林間学校の夜以来で、ずっとこの瞬間がやってくるのを楽しみにしていた私は、さっそくキャシーさんの真似をして、自分も蓑虫になって蛍の光みたいに焚火の灯りで読書に勤しみたいと思ったのですけど、なにしろはじめての採掘の日で、いろんな出来事がたてつづけに起きたせいか、私は知らぬ間に疲れ果てていて、横になった途端にすっかり瞼が閉じてしまいそうでした。
せっかくの待ち望んだ校庭キャンプの夜でしたけど、覚えているのは、キャシーさんの寝袋が緑色でテントが赤で、それがちょうど『ノルウェイの森』の上下二冊の色の組み合わせと同じであることぐらいになってしまいそうでした。
そんなとき、キャシーさんがiPodをテントに置いて寝袋からモゾモゾとでてきたのです。脱皮する蓑虫みたいに。
「ピンキー、コーヒー付き合わない?」
待ってましたとばかり私が頷くと、キャシーさんは焚火で温めたヤカンから、校庭キャンプコーヒーをカップに注いでくれました。私たちは炎を囲んで先輩と新米のヘッドハンター同士の会話をはじめました。
傍に積んだ、図書室から仕入れてきたばかりの貸出し限度の三冊を、キャシーさんは見やって言いました。
「栞が挟まれてるでしょ。そこに日付けがでてない?」
三冊にはそれぞれ、図書係の女の子たちが受付カウンターで挿してくれた白い栞が挟まれていて、ページから抜いてみると、図書室からでたときにはただの白い紙だったはずなのに、そこには黒い日付けが浮かび上がっていました。ちょうど一月後の土曜日の日付けでした。
「それが本の返却日。つまり、あなたたちの最初の採掘日になるわけ」
私は白い栞に浮かんだ黒い日付けを、魔法新聞の動く記事でも読みとるみたいにまじまじと見つめます。
「あとで会社から報告があると思うけど、ヘッドハンターの合否を決定するのは、実質的にはかの街であり、かの小学校であり、子供たちなのよ」
キャシーさんはカウガール風ジャケットのポケットから白墨の塊りをつかんで、おまじないみたいに私の手のひらに擦り込みます。私は白い円を舌先で舐めてコーヒーで流し込みます。「答えは問いの中にある」と心の中でお約束のセリフを復誦をしながら。
すると私は夜空に瞬いている星々を見つめて、それが本物の星ではなくて、かの街にやってきた子供たちのための乗り物であるのを懐かしい数式みたいに直感的に理解します。おそらくは地中に埋められた小さな球体である水晶や、その方向を指し示すキューブと同じ物質でできた。
それからキャシーさんは夢の話をはじめました。「かの街は夢でできている」と。「あらゆる物事が丁度いい具合に調整されている」と。
丁度いい具合に調整されているわりには、すでに眠くて仕方がない新人ヘッドハンターでしたけど、それというのもすべてかの街が夢でできているためなんだそうです。新人ヘッドハンターは「あらゆる物事」のうちに組入れられているのです。とくに新人ヘッドハンターについては、はじめはほぼ確実に寝落ちするらしいです。夢の力によって。
それでキャシーさんに私の元気玉とも呼べる白墨の残りを分けてもらったんですけど、ゲロには効果があった私のメモリーも、眠気には劇的な効き目はないみたいでした。それでもキャシーさんはどうしても私を眠らせたくないようで、ついには私の校庭キャンプコーヒーに直接スプーンで削り取った白墨の粉を砂糖みたいにまぶして飲ませはじめる始末です。
こうなってくると、どうしても眠りたい女と、どうしても眠らせたく女との、おかしな闘いがはじまったみたいな状況です。
でも仕方がないんです。どうか私の先輩であるキャシーさんを責めないでください。彼女には後輩に伝えておきたい話がたくさんあったんです。ないにしろそれができるのは、一夜だけに限られていたので。
眠い眠いヘッドハンターと対照的なのが、あなたたち水晶掘りなんだそうです。
「水晶掘りは決して眠らないの」
キャシーさんは言います。
「掘って掘って掘りまくるの。そして土の中にお目当てのものを見つけたら、とっとと小学校の校門をあとにして、もときた駅に一人先に帰っていくの。それからプラットホームのベンチで夜が明けるのをまんじりともせずに待ちつづけるの」
私は広い校庭のどこかに、刺し込んだナイフの刃でいまも土をおこしているはずの小さなゲームキング田中さんのフード姿を探したのですけど、もはや視界は虚ろ虚ろで、それもままならない状況でした。
眠る女と眠らない男。書物の中に魔法の言葉を見つける女と四文字言葉を吐く男。電車の乗客たちを子供に変えてしまう女とその子供たちを地中に埋まった水晶の中に見つける男。私はどこまでも夢に近く、あなたはどこまでも夢から遠い。私は眠り、あなたは眠らない。私は眠り、あなたは眠らない。私たちはかなり対照的なコンビであるようです。
一つ不思議に思うのは、初代田中屋がいつも眠ってしまった山の手線の最終電車でかの街へとたどり着いていた点です。彼は特殊な水晶掘りだったのでしょうか、あるいは特殊なヘッドハンターだったのでしょうか、それともその両方だったのでしょうか。それはもはや伝説です。
どうやらかの街の誕生の秘密はこのあたりに解くヒントがありそうです。私は復誦せずにはいられません。答えはいつも問いの中に隠れていると。
つづく